第十七話:湖上の城Ⅲ(内容変更)


「やれやれ、やっと開いたか」


 大して汗をかいてないのに、腕で汗を拭く動作をしながから、ドアを壊した張本人は、足を静かに下ろしながらそう言った。


 さて、ドアを壊した張本人ことキソラが何故、ドアを壊すことになったのか。それは数分前に遡る。






 アングラ回廊から出ようとすれば、再び問題が起きた。


「開かない、だとっ……!?」


 回廊と庭園の空間状態を元に戻し、城へ戻ろうとしていたのだが、何度やってもドアが開かない。


「……」

「……」


 二人して無言になる。


「なあ、反対側からは――」

「ふざけんな。マジふざけんな。反対側が見えてるならまだしも、見えてないだろうが。お前、あそこで倒れてたけど、反対側のドア見えた? 見えなかったでしょ。ここは無駄に長いの。バカに出来ないレベルで長いの。城の住人でも回廊や庭園で迷子になるレベルなのよ? マジふざけんな」


 と、重装備の冒険者の言葉を遮り、苛立ったようにキソラは言う。

 彼女の豹変に驚きながらも、「す、すまん」と重装備の冒険者は謝る。


(さて、どうする。普通に切りつけたとして……いや、ドアに衝撃吸収の魔法のせいで、物理攻撃や魔法をぶつけても意味がない。第一、ドアを壊したとして、他の冒険者たちが回廊に入れないようにするにはどうすればいい)


「うーん……」

「何なら、俺がドアを壊してやろうか? 壊してもいいのなら、だけど」


 唸るキソラに、重装備の冒険者は尋ねるが、キソラは首を横に振る。


「物理攻撃は無理ですよ。衝撃吸収の魔法のせいで、魔法もほとんど無効にされますから」

「はぁっ!?」


 キソラの説明に、重装備の冒険者は「何だそりゃ」とでも言いたそうな反応で返す。


「まあ、手が無くはないですが」

「ひやひやさせるなよ」


 手がある、と聞き、安心したらしい重装備の冒険者に、キソラはドアに目を向ける。


(そう、手はある。ただ……)


 重装備の冒険者の目の前で、もう一度だけ魔法を使わないといけない。


(それも空間魔法と一般的な魔法の同時使用だ)


 だが、脱出するためには手段は選んでられない。


「少し離れていてください」


 そう告げれば、重装備の冒険者が距離を取る。


(今からするのは、『衝撃吸収魔法』が吸収出来ない・・・・・・であろう方法。そして、一時的な結界魔法に一般的な魔法である身体強化)


 同時使用になるが、空間属性持ちであるキソラなら、それが可能だ。


(『衝撃吸収魔法』が衝撃を吸収しない加速度でドアをぶち破る!)


 そう思いながら、身体強化の魔法を自身に掛ける。

 ドアが無事でいてくれるかどうかは分からないが、やらなくてはずっと“アングラ回廊”にいることになる。


「そんなのっ、お断りだっ!」


 身体強化による蹴りに加速魔法を追加し、ありえない速度でドアに蹴りを放つ。

 そして、現在。

 冒頭のドアをぶっ飛ばした状況に繋がるのだが――


『……マスター、何してくれてるんですか』


 先程までの焦りはどこへやら。

 リーリアは静かに告げる。

 キソラの背後で、重装備の冒険者は今の状況に驚いているのか、その場で固まっていた。


「あれ? リーリア、いたの?」

『わざとらしいですね。ドアの反対側の状況を把握するなんて、貴女にとっては朝飯前ですよね?』


 不思議そうなキソラに、知らない振りは通じない、と言外に告げるリーリア。


「まぁねぇ」


 とはいえ、キソラもキソラでリーリアがいるのを前提でドアを破壊したわけではない。

 キソラたちが出ようとしたドアの前に偶然、リーリアたちが居合わせただけだ。


『リーリア様、ドアもそうですが、急がなければ……!』

『そうだった』


 執事に言われ、リーリアはキソラを捜していた当初の目的を思い出す。


「……何かあったの?」


 自分がリーリアを捜すならまだ分からないでもないが、リーリアが自分を捜していたということに違和感を感じたキソラは二人に尋ねる。


『現れたんです』

「現れた?」

『合成獣――キメラが』


 キソラの問いに、執事が答える。

 それに対し、驚きながらも、キソラはすぐに切り替える。


「一応、聞くけど、どこに?」

『最初は一階のテラスに出現したらしいんですが、今は城内を走り回ったりしているようでして……』

「こんな時に……」


 タイミングが良いのか悪いのか、舌打ちするかのような言い方をするキソラに、執事が『とりあえず向かいましょう』、と告げ、一行は移動を始めた。


「そもそも、合成獣キメラだっけ? 何でそんなもんがいるんだよ」

「ここのモンスターじゃないのか?」


 少年と重装備の冒険者が尋ねる。


合成獣キメラは“湖上の城ここ”のモンスターじゃない。出現するとしても、AランクやSランク相当の冒険者が行くような迷宮ぐらいにしか出てこない」

「なら、何で――」

「知らないわよ。こっちも状況を把握しきれてないんだから!」


 城内を歩くキソラがイライラしているのに面々は気づいていた。

 実際のところ、キソラとしては空間属性の使い手であり、迷宮管理者であるのに、この状況を起きたというのが許せないのだ。

 自分が関わり、問題が起きて、その場ですぐに対処できるならともかく、今回は自分が“湖上の城”にいたのにも関わらず、事前に察知出来なかった。


(ああもう!)


 これはキソラのミスだ。

 “白亜の塔”での問題とアングラ回廊での“空間操作”だけで、問題はもう起こらないと勝手に判断してしまった。

 たとえ、臨機応変に対応できたとしても、迷宮管理者としてのキソラは一人なのだ。全てが全て、対応しきれるわけがない。


「それで、これからどうするんだ?」

『マスター』


 少年の問いに、リーリアはキソラに目を向ける。


「奴の動きを封じる。これ以上、暴れられるわけにもいかない」


 そう説明しながら、キソラはとある場所の鍵を開ける。


「ここは――……」


 キソラの後を歩き、五人が来たのは“湖上の城”の『管理者室』。


合成獣やつの居場所が分からないと対処の仕様がないからね」


 壁一面に設置されたモニターを全て確認する。

 モニターに映される合成獣キメラの暴れたであろう後を見ながらも、その暴れたであろう張本人を捜す。


『いました、右上です!』


 執事が示した場所に、それは確かに映されていた。


『マスター、あそこって……』


 リーリアが焦ったようにキソラに目を向ける。


「マズいわね……」


 キソラは軽く舌打ちした。今、合成獣キメラがいるのは、冒険者たちが眠る部屋や廊下に通じる道だ。もし、このまま行けば、彼らの命に関わる。

 何としても防ぐ必要があり、近くにあった『緊急用』と書かれたマイクでキソラは城内全体に告げる。


『城内にいる冒険者の方たちへ通達します。ただいま、緊急事態発生につき、ランクアップ試験の内容を変更します。もう一度言います。緊急事態発生につき、ランクアップ試験の内容を変更します』


 その内容に、少年と重装備の冒険者は声を上げる。


「ちょっ、何のつもりだよ!」

「そうだ! それに、いきなり試験内容の変更って……」

『こんなことになったのは、こちらの落ち度だけど、今はランクアップ試験なんかしてられない』


 二人の問いに、リーリアが淡々と答える。


『ランクアップ試験の変更内容は――ここ“湖上の城”に侵入した合成獣キメラの捕縛または拘束。参加者全員をランクアップ対象とします!』


 キソラはそこでようやく通信回線を切った。


「いきなり変更とか、どういうつもりだ?」

「リーリアが言ったでしょ? 試験なんかしてる場合じゃないって」

「そうじゃなくって――」

『お二人は、こう仰っているんですよ。何故、ランクの低い自分たちまで駆り出されるのか、相手が相手だけに足手まといになるのではないのか、と』


 執事の通訳に、ああ、と納得したのか、キソラは頷いた。


「本音を言えば、人手が欲しいんだよ」

「人手……?」


 それに、キソラは無言で頷く。


「今は“湖上の城ここ”のモンスターたちが必死に足止めしようとしてくれてる。でも、足りないんだよ。確認した限りだと、負傷したまま足止めに戻ってる奴もいた。なら、今“湖上の城ここ”にいる、戦闘経験のある冒険者たちの手を借りた方が早いでしょ?」


 モンスターの中には不死身なものもいるが、“湖上の城”にいるモンスターたちは不死身ではない。

 死なれては、再び蘇るのに時間が掛かる。

 だが、そんな時間を待つより、少しでもモンスターたちとの戦闘経験がある冒険者たちに協力してもらった方がいい、とキソラは判断した。

 本来なら、管理者であるキソラと守護者であるリーリアが対処しないといけないのだが、自分たちだけでは無理だ、と理解したから協力を仰いだのだ。

 それだけのことを一瞬で判断し、理解したのだ。この少女は。


「……」


 だから、二人は言葉が出なかった。


「それじゃあ、現場へ向かいますか」


 バサリ、と上着を羽織ると、戦闘モードに切り替わったキソラの言葉通り、現場へ向かうのだった。


   ☆★☆   


『ハァッ、ハァッ……』


 息が切れる。

 生きているのが不思議なくらい傷を負っているというのに。


『バカ! 早く医療班の方へ――ガッ!!』


 の爪により吹っ飛ばされた彼の言う通り、後方に下がる。

 傷を負った者たちを治療する医療班は、敵と戦う戦闘班の足手まといにならないようにある程度距離を取っている。

 だが、は目を離したわけではなかった。

 背後から迫っていた影に気づいたときには、もう遅く――私に狙いを定めたかのように、襲い掛かった。


(申し訳ありません、リーリア様……)


 覚悟を決めて、目を閉じる。

 でも、感じるであろう衝撃などは一切無く、そっと目を開けば――


『ごめん、遅くなった』


 横から奴を蹴り飛ばしたリーリア様がいた。


   ☆★☆   


 今にも殺されそうなメイドの人型モンスターを助けたリーリアを確認しつつ、キソラは合成獣キメラに目を向ける。


「なるほどね。生で見て分かったわ」


 執事が見たことがないという理由を、キソラは理解した。

 リーリアはともかく、“湖上の城”の者たちは城の敷地内から外には出ない上に、知っている魔物やモンスターも限られてくる。合成獣キメラを見たことがないモンスターの集まりだと説明した執事の言葉をそのまま受け取っていたため、自分も知らないモンスターだと思っていたキソラだが、そもそも彼らは“湖上の城ここ”の敷地内から出ないのだ。

 たとえ他の迷宮に出てくるモンスターでも、“湖上の城”の面々が知るわけがない――仮に知っている者がいたとしても、それは片手で数えられる数だけだろう。


(厄介な……!)


 キソラとリーリアたち、人型モンスターの“湖上の城”陣営は現在、動ける人型モンスターたちに協力してもらいながら、負傷者を医療班に運んでいる。


『あ、の……』

『無理して話さなくていい。だから、少し休んでて』


 リーリアが助けたメイドも医療班に運ばれ、リーリアに宥められた後は、落ち着いているらしい。

 守護者であるリーリアだけではなく、管理者であるキソラも来たため、士気が上がったように見えるのは、気のせいではない。


「現状報告」

『あ、はい! 見て分かると思いますが、ここに来るまで、かなりの被害が出ています。我々の攻撃も効いている様子はありません』


 その説明を聞き、キソラは内心首を傾げた。


(どういうこと? “湖上の城”のモンスターたちの攻撃って、かなり威力があるものが多いのに)


 それが、効いている様子がない。

 ランク云々は別に考えても、効いている様子がない、つまりダメージがないのはおかしいのだ。


『それに、あの翼で飛び回るため、攻撃のほとんどが当たらないんです』

「でしょうね」


 背中にある羽根で飛ばれれば、当たらないのは当たり前だ。


『マスター』


 リーリアがキソラの下へ駆け寄ってくる。


「もういいの?」

『はい』


 すでに何人かの冒険者たちも参戦しており、地に足が付いたときは剣など武器で、飛ばれたら魔法で攻撃するのを繰り返している。


『あの合成獣キメラ、グリフォンとワイバーンみたいなんですが、マスターはどう思いますか?』

「ワイバーンかどうかは分からないけど、翼が竜関係なのは間違いないでしょうね」


 リーリアの言う通り、合成獣キメラの体はグリフォンに見え、ワイバーンが持つ竜のような翼がその背にある。


「とりあえず、飛んで避けられないようにするから、少し距離取っててよ」


 そう言って、飛び回って冒険者たちの攻撃回避中の合成獣キメラに向かって走り出す。


「『モード:ロッド』!」


 キソラが上着の中からいつの間にか出した武器が光り輝き、杖となる。

 そして、跳躍し、反動などを瞬時に考慮からの“身体強化”で強化した後、杖を振り上げ――


「落っちろぉおおおお!」


 あり得ない加速度で振り下ろした。

 ぐぐぐ、と強く押さえつければ、合成獣キメラは叫ぶ。

 だが、次の瞬間には、合成獣キメラは地に押しつけられていた。

 余程強い力だったのだろう。

 その証拠に、合成獣キメラの下の地がひび割れている。


『……』


 呆然とする冒険者たちに対し、リーリアはどこか納得できなさそうな顔をしていた。


『何だか、納得できてないみたいですね』


 執事の言葉に、やっぱり分かっていたか、とリーリアは肩を竦め、未だ合成獣キメラの上から動かないキソラに目を向ける。


『せっかく“身体強化”だけだと無理だと思っていたから手伝おうとしていたのに、あの人・・・、全部一人でやってた』


 そう言いながら、リーリアは分かりにくいが悔しそうな顔をする。

 他の面々は気づかなかったみたいだが、きちんと見ていたリーリアは気が付いていた。


 重力系魔法、“重力グラビトン・操作オペレート”。

 『0~10』の十一段階で発動する魔法で、発動レベルが『10』に近ければ近いほど、身体に掛かる重力は強くなる。


 おそらく“身体強化”とともに発動し、掛けた重力は『2』ぐらいだろう。


『でも、管理者殿が頑張ってくれたんです。これからですよ、リーリア様』

『分かってる』


 執事の言葉に、リーリアは小さく頷いた。


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