第十六話:湖上の城Ⅱ(アングラ回廊)

   ☆★☆   


 扉を開け、回廊へと入る。


「相変わらず、無駄に長い回廊と広い庭園ねぇ」


 そもそも、長くなければ回廊とは言わないのだが。

 キソラとしては、回廊もそうだが、観覧目的でもないのに、庭園内を見て回るのは非常に面倒くさい。

 手っ取り早く、この植物迷路を上空から見ることが出来ればいいのだが、そのためには、二階三階と上の階へ向かわないと行けない。


(当時の守護者と管理者が目の前にいたら、今すぐにでも殴ってやりたい)


 この回廊と庭園の追加だけで、どれだけ“湖上の城”の敷地が広くなったことか。壊しても良いのなら壊してやりたいが、当時の貴重な建物だと思うと、微妙にだが気が引ける。

 このことを先代迷宮管理者がどのように思っていたのかは知らないが、仮に知っていたとすれば、その方法は自分と似たようなものだろう、とキソラは思う。


(単に知らなかっただけなのかもしれないけど)


 知らないのなら知らないでそれでいい。今は自分が知っているのだから。


「っ、と」


 周囲を確認しながら回廊を歩いていれば、その途中で倒れている人物を発見する。


「まさかのビンゴとか嫌なんですけど」


 しかも、見るからに重装備である。

 比較的モンスターのレベルと出現率が低めの“湖上の城”に重装備で来るなんて、とも思うが、それはキソラの感覚であり、慣れてない人にしてみれば未知の領域なのだ。警戒するのも無理はない。


「でも、逃げきれるの? これ……」


 ほぼ全身鎧な姿である目の前で倒れている人物を見る限り――この人物は前衛なのだろうが――、逃亡するのに最適なのかは甚だ疑問である。


「う、う……」


 とりあえず、死んでいるという心配はしなくて済んだようだ。

 もしこれで、死んでいたりすれば、“湖上の城”は今すぐにでも“進入禁止迷宮”にされるところだ(なお、“進入禁止迷宮”とは読んで字の如く、迷宮探索を禁止された迷宮のこと。キソラの様な管理者の管理下にある迷宮は管理者以外に入ることは不可能となり、それ以外はギルドから『○○(場所名)の迷宮(またはダンジョン)の進入は禁止する』と通達が出される)。


「大丈夫ですか?」

「っ、モンスターか!?」


 普通に声を掛けただけなのに、モンスターと間違えられた。

 キソラとしてはとりあえず、体を起こしてもらえたので良しとしつつ――


「違います」


 初めてならまだしも、管理者となって何年も経つキソラは冷静に否定する。

 誰だって、勘違いしたまま攻撃されたくはない。


「なら、何者だ」

「何者って……」


 私、試験開始時からいたんだけどなぁと思いつつ、人に尋ねる前に自分から名乗ることを知らないの? と言おうとしたキソラだが、剣を向けられているため、下手に刺激して首をねられては元も子もない。

 しかも、反応を見る限り、ベテランの冒険者というよりは、どちらかといえば新人らしい反応である。


「私はキソラ。ここ“湖上の城”の案内役をしていたんだけど」

「案内役……?」


 案内役、という言葉に訝る重装備の冒険者に、苦笑するキソラ。

 嘘は言っていない。


「とにかく、ここから出ましょう」

「……本当に、モンスターじゃないんだな?」


 まだ疑ってたのか、と内心で思いながらも、誤解を解くのに時間が掛かりそうだ、とキソラは判断する。


「どこの世界に名前を名乗るモンスターがいるんですか。私はれっきとした人間です」

「確かにそうだが……」


 どうやら、信じてはもらえたらしい。


「さて、本題です」


 本題? と冒険者は顔を顰める。

 キソラには、管理者兼守護者代理として、彼がアングラ回廊この場にいる理由を聞く必要があった。


「一つ、貴方はここで何をしていたのですか?」

「……何って、ここの守護者を探してたんだよ」


 キソラは納得したかのように頷いた。

 そもそもの試験内容が守護者であるリーリアを捜すものなので、うっかり迷い込んでも仕方ないとは思っていたのだが、予想通りに迷い込まれるとは驚きを通り越して呆れてしまう。


「二つ、ここは立ち入り禁止になってたはずですが、どうやって入りましたか?」

「立ち入り禁止!? んなもん、立て札も何も無かったぞ!? 鍵も開いていたし」


 冒険者の言葉に、ん? とキソラは内心首を傾げた。


(立て札も無ければ、鍵が開いていた?)


 立て札、というかドアプレートが裏表逆ならともかく、鍵については守護者であるリーリアが閉め忘れるはずがない。


(ということは、誰かが扉を開けた?)


 リーリアでなければ、自然とそうなる。

 回廊には自分たち以外にいなかったし、庭園には何の気配もなかった。たとえ、気配を消されてても、微妙にだがキソラは“湖上の城”のモンスターを除き、反応できる。


「っつ、まさか――!?」


 ハッ、となり、キソラは振り返る。


(リーリアが危ない!)


   ☆★☆   


 勢いよく駆けだしたはいいが、自分の現在地が無駄に長い回廊ことアングラ回廊だということをキソラは忘れていた。


「……ぜーぜー」


 重装備の冒険者を見つけたのは、城側から回廊を半分以上進んだ場所だったのだが、城側のドアまで後わずかなのに――


「ぜーぜー……」


 バテた。

 せっかく回復した体力を半分以上消費したらしい。


(おかしい。体力がこんなに減るなんて……)


 迷宮管理者であると同時に冒険者でもあるキソラは、それなりに体力はあるほうだ。少し走った程度で体力が一度に減るとはあり得ないのだ。


「お、おい、あんた大丈夫か?」


 後ろから追いかけてきた重装備の冒険者が尋ねるが、キソラに答える余裕はなかった。

 そして、アングラ回廊及び庭園に目を向けると、この場全てを『状態調査』の検索を掛ける。


「……空間制御、か」


 ギリッ、とキソラは歯を食いしばる。

 『状態調査』の検索結果と自身ので空間状態を確認すれば、異常はすぐに見つかった。


(ふざけやがって……! 空間操作で私に勝とうとするつもりか!)


 この世界で空間属性はあまり珍しくない。主な理由としては、転移魔法が空間属性に区分されているためである。

 だが、使用者に関しては別である。

 キソラのように、空間属性を持つ人間は珍しく、扱える者も少ない。

 道具としては、以前説明した転移魔法用の魔石などがあるものの、どのような仕組みで転移魔法用の魔石になっているのかは、空間属性を持つキソラでも分からない。

 また、キソラの場合、空間属性の悪用を極端に嫌っており、理由としては下手をすれば特定の人物に向けて、魔法を行使することだって出来るためだ。


「どうやら、貴方は大丈夫そうですね」


 キソラの言葉に、重装備の冒険者は理由が分からなそうに、「ああ」、と返してくる。


「でも、何でだ? 俺より楽そうだが」

「私の後を走ってきたのなら、重装備である貴方も息切れとかしそうなのに、と思っただけ」


 回廊及び庭園内での発覚した状態異常は『体力の消費』。

 無差別に効果を及ぼすなら、目の前の重装備の冒険者に何らかの効果が出ていないとおかしいのだが、彼にはどこも変わった様子は無い。


「この重装備だからな。少し走っただけで息切れはしない!」


 別に胸を張るようなことでもないのだが、と思いつつ、キソラは一度ゆっくりと深呼吸をする。


「よし!」


 気合いを入れるため、両頬を叩き、魔法を発動させるために言葉を紡ぐ。


「『最近、新たに加えられた空間設定 特定人物への“体力の消費”』」


 腕を上げ、庭園の真上にある天井に指を向ける。


「『迷宮管理者、キソラ・エターナルの名で命ずる――』」


 キソラは淡々と告げる。


「『滅せよ、“削除デリート”』!!」


 その影響か、この辺一帯を風となり、二人にも襲いかかる。


「……っ!」


 巻き起こった風から腕で顔を防御していた重装備の冒険者だが、その両腕の隙間から、そっとキソラに向けられた彼の目は見開かれた。

 風の方が、キソラを避けていた上に、一瞬だけ彼女の髪色が変わったように見えたのだ。


「さぁ、回廊ここから出ましょうか」


 そう声を掛けられ、重装備の冒険者はアングラ回廊から出るために、キソラの後をついて行くのだった。


   ☆★☆   


(マスター、どこですか!)


 リーリアは廊下や通路で眠ったりしている冒険者たちの合間を掻い潜り、必死にキソラを探していた。

 とある事情から、リーリアにはキソラと早く合流する必要があった。


『リーリア様。理由は分かりませんが、管理者殿ならアングラ回廊の方へ向かわれました』

『アングラ回廊!?』


 キソラに言われて、自身の側にいる執事に、リーリアは声を上げた。


 キソラのことだから、おそらく単独行動中の冒険者を捜しに行ったのだろう、とリーリアは判断すると、そのままアングラ回廊へ繋がる廊下に向かう。


『早く向かいましょう。あの方ならどうにかなさってくれるはずです』

『うん』


 リーリアは自分でも珍しいと思いながら、アングラ回廊に繋がる扉に向かって駆けていく。

 そして、アングラ回廊への扉が見えた時だった。


「見つけた!」

『っ、』


 ずっと捜していたのだろう。

 冒険者らしい少年が扉の前に立つ。


『そこをどいて! それか、そこのドアを開けて!』


 リーリアの叫びに、少年が何でそんなことを? と首を傾げる。


『お願い!』

「お、おう……」


 リーリアの必死さに驚いたのか、少年がドアノブに手を伸ばそうとすれば――


 バッキャーン!


「ドアが……」


 ドアが、吹っ飛んだ。


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