第十五話:湖上の城Ⅰ(かくれんぼ)
一つの城がある。
周囲は湖で囲まれており、出入り口は城の出入り口から対岸へ続く一本道のみで、現在は明かりが灯っている。
空で輝く三日月と星々が湖上の城を幻想的に魅せている。
さて、ここまでの説明で分かると思うが、時間はすでに夜であり、キソラが“白亜の塔”から戻ってきたのは、夕方であり、今いるこの場所――“湖上の城”に着いた時には、周囲は真っ暗だった。
キソラが守護者に連絡を入れなければ、一本道があることすら分からないほど、真っ暗だっただろう(城自体には明かりが点いていたので、分からないのは通り道のみである。なお余談だが、一本道の明かりはファンタジーに合わない科学的なもので点いている)。
「毎回思うが、迷宮というより、ダンジョンだよな」
「迷宮と書いてダンジョンと読むんですよ」
冒険者の一人から言われた台詞に、キソラはそう返す。
「いや、迷宮はラビリンスだからな? それに、ここは迷宮でもダンジョンでもないだろ」
しかも、目の前にあるのは、明らかに迷宮に見えない、キソラが管理する
実は、この件について、キソラも先代である母親と守護者に聞いたことがあるのだが、守護者は母親を見て、母親は母親でにっこりと微笑み誤魔化した。その笑顔が妙に迫力があり、それ以来キソラは母親にこのことは聞いていないため、“湖上の城”が何故迷宮扱いなのか分からないままだが。
「まぁ、そんなことはどうでもいいです。では、説明しますね。ここでのランクアップ試験は『かくれんぼ』です」
「『かくれんぼ』?」
キソラの言葉に首を傾げる冒険者たちに頷いて、説明する。
「はい。内容は、この城の城主――守護者を見つけること。
冒険者たちを連れ、守護者の画像を見せながら、一本道を歩きつつ説明する。
そして、キソラが管理者権限で鍵を開け、城の中へ入ると、“白亜の塔”の時のように、キソラは守護者に連絡を入れる。
『こんな時間にごめん、リーリア。試験への
『了解』
守護者であり、この城の城主――リーリアの了解の意を聞き、頷けば、上の方に数字が現れる。
「あれがゼロなったら探し始めてください」
そう言って、数字を見ていると、五秒前からカウントが開始される。
カウントが三秒前になると、走り出そうと準備を始める者もいた。
そして――……
「では、試験開始」
ゼロになったのと同時に、キソラがスタートコールする。
それを聞いた冒険者たちは歩き出し(走り出した者もいたが)、リーリアを探し始めるのだった。
そんな光景を見つつ、キソラもキソラで、別方向に歩き出した。
☆★☆
ぴちょん、と滴が落ちる。
『マスター、大丈夫?』
「ん、大丈夫」
心配そうな声に、キソラは閉じていた目を開く。
『フィーリアのこと、びっくりした』
「そうだね……」
この迷宮の守護者、リーリアが心配そうに覗き込む。
どうやらフィーリアのことを聞いたらしい。
(リーリアが知ってるなら、他の守護者たちも知っているよなぁ)
今回の件はいろんな意味で衝撃的だった。
迷宮管理者として、技量など先代には及ばないにしても、管理者としての経験はいろいろしてきたはずなのだが、今回の件はキソラにとって、初めての体験だった。
迷宮内への侵入。
守護者への憑依。
守護者たちへ注意は促したが、いくらキソラといえど、憑依していた者を完全に排除できるわけがない。
フィーリアを助けるために“切り離し”を使ったが、あの時はとにかくフィーリアを助けないといけない、と思っての行動だった上に、そう何度も使うような技じゃない。
(兄さんに聞いてみようかな)
もしかしたら何か気づいてアドバイスしてくれるかもしれない。
「……」
軽く息を吐き、再び目を閉じる。
(こうしていると、夢を思い出すわね)
それは、三人目――アリエス・カノンのことだ。
時折、夢に見る彼女は、水に浮かび、空を見ていた。
何故なのか、理由は分からないが、本当の事はアリエス本人しか分からないのだろう。
『マスター』
リーリアに呼ばれ、キソラは目を開く。
『わたしは仕事に戻ります。いくら城内とはいえ、安全とは言い切れませんから、気をつけて』
「うん、ありがとう」
リーリアの言葉に頷き、彼女を見送った。
フィーリアの件があったためか、リーリアの言葉には警戒するような色が含まれていた。
「私も、もっと強くならないと」
なおさらそう思う。
(アークたちや迷宮の仲間たちだけではなく、学院の友達やギルドのみんな。後は――)
兄、ノークら城に住む面々。
(守りたいものが多すぎる)
思わず息を吐く。
「それに、そろそろ行った方がいいよなぁ」
最初のうちは行かないといけないと思っていたのだが、すっかり忘れていた。
しかも、フィーリアの件が起きてしまったため、行くなら早いうちに行った方がいいのかもしれない。
(ただ、問題は
アークが迷宮に落ちたとき、異世界からの移動による衝撃と迷宮に張ってあった結界がぶつかり、穴が出来たのだと、キソラは予想していた。
現在、迷宮はキソラの結界と守護者による薄膜で覆われており、守護者が今でも修復中らしいが、時間がかかっているのか、修復が終わったという報告は無い。
しかも、あれから何日も、何週間も経っている。
「私が行っても、時間が掛かる可能性があるかもなー」
空間属性を持つキソラが加わっても、掛かるものは掛かる。
それに今、キソラが“
しかも運良く明日は休みであり――分かりやすく言えば、日曜日。“白亜の塔”と“湖上の城”に来たこの日は土曜日となる――、アークを連れて迷宮に行くことも出来るし、行ったら行ったで穴が塞がってなければ、魔力を使うことになるかもしれないので、魔力も回復しておく。
「はぁぁぁ~」
キソラは深い溜め息を吐いた。
(何か、問題ややることが余計に増えた気がする)
守護者たちも要請すれば、協力してくれるだろうが、キソラとしては、守護者たちからはなるべく力を借りず、自力でどうにかしたい、というのが大半だ。もちろん、守護者たちも守護者たちでキソラが本当に困り、頼んだ場合はきちんと協力はしているのだが――もし仮に、キソラが頼りすぎたり、全く頼らなかったら、守護者たちの説教や注意が行われたのだろうが、今のところはその心配はない。
「もう夜中か……」
アークは寮に戻っているのだろうか? などと考えながら、明日、時間があればアパート的な場所を見て、拠点にさせればいいか、などと考える。そうなれば、休日には一緒にいることも出来るし、空間属性を扱えるキソラが部屋同士を転移先として繋げば、行き来はしやすくなるだろう。
キソラは水から上がる。
若干忘れかけていたが、今はランクアップ試験の最中なのだ。
冒険者たちの様子を見るために、城内を歩き回っていれば――……
『マスター、マスター』
リーリアが小声で話しかけてくる。
「どうしたの?」
『夜中なせいか、寝ていたり寝かけている方たちがいるのですが……』
夜中だもんねぇ、とキソラは思わず納得した。
これにはリーリアも慣れたもので、寝てしまっている冒険者たちは空き部屋に放り込んでおいたと、彼女から報告が来た。
「ったく、どこだ!?」
見回りを再開させて歩いていると、目の前から頑張って必死に目を凝らしながら歩いてくる少年がいた。
「あれ?」
もう一人が見当たらない。判定役の冒険者が一緒のはずだが見当たらず、逆の場合でも一緒にいないのはあり得なかった。
「ねぇ」
「……ッツ!? って、試験官の……」
声を掛ければ、ビクリとされるも、誰か分かると警戒するのを一時的に解いたらしい。
「何ですか?」
「君、一人? ペアのはずだったでしょ」
そう尋ねれば、ああ、と納得された。
「いつの間にかいなくなっていたんですよ。その場で寝てる人たちがいるのを見ると、どこかで寝てるんでしょうが」
少年が言うその場で寝ている人たち、というのはリーリアに未だ部屋に移されずに廊下や通路に横になっている冒険者たちのことである。
彼の言葉に苦笑しながらも、少年と別れ、キソラはある程度離れた場所で城内のマップを展開する。
「寝てるのはあり得そうだけど、回廊で迷ってる、ってこともあり得そうなんだよなぁ」
“湖上の城”には城への出入り口とは逆に位置する“アングラ回廊”と呼ばれる回廊が存在する。城内と回廊を繋ぐ場所に扉があり、回廊へ入ると途中に部屋はなく、庭園のようなものが存在するものの、回廊自体が無駄に長く、感覚が麻痺し始めた頃には回廊の反対側に着いていることが多い。
さらに、夜になると城への出入り口と同様に、下からライトが道を照らしており、庭園と相まって幻想的な空間を作り出すのだが、それを見るのは守護者であるリーリアと“湖上の城”に出現するモンスターの面々のみというのは、ここだけの話である。
余談だが、このアングラ回廊と庭園はリーリアの前の守護者――先代“湖上の城”の守護者が当時の迷宮管理者に頼んで増築してもらったらしい。
曰く、あったら面白いじゃん、とのこと。
その後、当時の管理者へ回廊や庭園について、細かい注文があったらしく、『回廊は庭園を囲む形でお願いね』や『庭園にはアーチや植物たちの迷路を追加してもいいかも』と増築時に言われたため、最終的に“湖上の城”よりも回廊や庭園に力を入れてある様に見えるのは気のせいではないだろう。
キソラとリーリアがそのことを知ったのは、先代守護者からの口伝と当時の迷宮管理者の日記の様なものから発覚したことである(その日記の様なものは城の管理者室にあり、現在はキソラが預かっている)。
とまあ、そんなことを頭の片隅で思い出しながら、城内を見回りつつ、キソラはアングラ回廊に向かう。
途中、喧嘩するような声が聞こえてきたが、城内に住むリーリア以外の住人――人型モンスターである執事やメイド(高レベル保持者)たちが止めるだろう。
『管理者殿』
「……! いきなり、現れないでくれるかな。今夜だし、相手が私じゃなかったら、幽霊の類と間違えられていたよ?」
噂をすれば何とやら、突如現れた人物にビクリとしたものの、キソラはそう返す。
現れた人物――人型モンスターの執事は『すみません』、と謝るが、キソラは首を横に振り、話しかけてきた理由を尋ねる。
「それで、どうしたの?」
『はい、リーリア様から管理者殿の手伝いをするように、と』
「……」
理由を聞いて、キソラは思わず無言になった。
「……えっとさ、他の仕事は良いのかな?」
『問題ありません。それに、ここには私以外もおりますし』
言うと思った、とキソラは内心呟く。
そもそも、この場に来る度にキソラが顔を合わせるのは、目の前の執事とメイドぐらいであり、二人しか見たことがなかったキソラが、こんなだだっ広い城に使用人二人とかどんだけ鬼なんだよ、とも思っていたのだが、他にも通路などを歩き回る執事やメイドを見て、安心したのは言うまでもない。
「そう。……そうだ、リーリアに聞くの忘れていたんだけど、何か変わったことはあった?」
『変わったこと、ですか……』
ふむ、と思いだそうとするかのように思案する執事に、キソラはそっと周囲に目を向けると、念のため、誰にも聞こえないように“遮音結界”を張る。
『そんなに気にするほどのことではないと思うのですが、見慣れぬ生物が迷い込んできたことがありまして』
「見慣れぬ生物……?」
キソラは首を傾げた。
『はい。ですが、私でも上手く説明できるような姿をしておらず、一つ言えるとすれば、いろんな生物を合わせたような姿でした。分かりやすく言うのであれば――』
それを聞き、キソラは顔を顰めた。
自国が
「面倒ね。無害そうなら見逃してやれ、って言いたかったけど、何が合成されているのか分からない上に、私自身が直接見たわけじゃないから、安易に判断を下せない」
せめて、何が合成されているのか、またはキソラ本人が見たのなら、状況は変わったのだろうが、複数の迷宮を管理するキソラである。そんな中で、手が届かない所ももちろん出てくる。
溜め息混じりに言うキソラに苦笑しながらも、執事は心配そうに告げる。
『くれぐれも無茶だけはしないでください。貴女様が倒れられては、本当に“
「分かってる」
執事の言葉に頷くも、管理者であるキソラは守護者たちにとって、最後の砦だ。
管理者が無事なら、守られている迷宮も基本的に安全となり、自身の迷宮に何かあったとしても、守護者たちは他の迷宮へ一時的に避難するだけで済む。
もちろん、キソラがそう簡単に奪わせるわけもないのだが。
「それと、リーリアに協力しろって言われたみたいだけど、フィーリアの件もあるし、私的にはリーリアの側にいてほしかったんだけど」
いくら他にいるとはいえ、フィーリアの件が起こってしまった以上、今自分がいる“湖上の城”で同じことが――リーリア相手に起こられても困る。
それに、顔見知りだからこそ、目の前の執事にはリーリアの側にいてほしかった。
「とにもかくにも、何かあったら連絡して。すぐに駆けつけるから、リーリアの側にいて」
――フィーリアの二の舞にはさせないから。
そう付け加えて、キソラは告げた。
『承知致しました』
静かに頭を下げ、そう告げてくる執事の返事を聞き、キソラは頷くと、彼と別れて再び歩き出す。
「まさか『守護者通信』使うことになろうとは」
『守護者通信』とは守護者間での情報ネットワークのようなものである。
その種類は、くだらない噂話から、そもそもそんな情報、どこから得てるの? と聞きたくなるものまで様々だ。
キソラもいくつか目を通しており、中には見ていた
その中に、【要注意情報】というものがある(他にも【警報】などもある)。
言葉通り、守護者たちに要注意を促すもので、実は“白亜の塔”の件もこの『守護者通信』で知れ渡っていた。
(恐るべし、『守護者通信』……)
と思いつつ、キソラは【要注意情報】の欄に、“湖上の城”で目撃情報があった
そうこうしているうちに、キソラは目的の場所――アングラ回廊に繋がる扉の前に到着した。
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