第十四話:草原に立つ塔


 風が吹き、草原の草花が揺れる。


 そこには、白亜の塔があり、住人は一人の少女。

 何もない、平和なこの空間。

 物静かで、澄んだ空気がすさんだ心を浄化する。


 太陽がこの地を照らし、青い空を白い雲が流れていく。


『ねぇ、主様マスター


 塔に住む少女は尋ねる。


『この場所は、貴女を癒せていますか?』


   ☆★☆   


「キソラちゃん、ランクアップ試験の迷宮、お願いしても良いかな?」

「構いませんよ」


 ギルドの受付嬢にキソラは頷いた。

 アークは依頼が張り出されている掲示板の前で、どの依頼を受けるのか選別している。

 キソラが学院にいるときのほとんどはギルドにいるらしく、この前はギルバートを冒険者登録して、一緒に依頼をしては稼いでいるらしい。


「人数は?」

「えっと、三十人ね。それなりに数が多いから、キソラちゃんに無理させちゃうかもしれないけど」


 キソラは苦笑いする。

 ランクアップ試験の担当者であるキソラは学生でもあるため、ギルドに顔を出せるのも限られてくる。そして、その顔を出せるのは休みぐらいだ。


「三十人ですか……それって、試験官含めて、ですか?」

「いや、含めると六十人になるんだけど……」

「うわぁ……」


 人数を聞き、気になったことを尋ねながら、どの迷宮を使うのかを思案する。

 この前の休みの時も、試験をやらなかったわけではないが、今回は予想以上の人数である。


(人数が人数だし……)


「二ヶ所、開放します。さすがに一ヶ所だけでは無理がありますし」

「無理なら無理って、言ってくれればいいのよ?」


 心配そうな受付嬢に、キソラは首を横に振る。


「大丈夫ですよ。今回の迷宮は一筋縄ではいきませんから。あと、ランクアップ試験受ける人に――」


 キソラが受付嬢に頼み事をすれば、受付嬢は頷いた。

 頼んだのは、攻略する迷宮のメンバー振り分けであり、キソラは開放する二つの迷宮を決める。


 迷宮“白亜の塔”と迷宮“湖上の城”。


 先に行くのは“白亜の塔”だ。

 草原に立つ真っ白な塔は天高くそびえ、最上階からは最高の景色が拝められる。


「……」


 ――のだが、キソラはその景色を見たことがない。

 守護者曰く、見たことがあるのは、守護者と先代迷宮管理者だけらしい。

 しかも、厄介なことに、塔の上の方には高レベルのモンスターがおり、ランクアップ試験のランクに応じて、階層が決まる。余談だが、スカイスクレイパーのいる“天空の塔”も似たような仕組みになっている。


 くじにより、振り分けられた試験を受ける冒険者たちはギルドに集まると、キソラに先導されて迷宮に向かう。


「行ってらっしゃい」


 受付嬢に見送られて。






 着いた先には、草原と白亜の塔があった。

 周囲を見回す冒険者たちに、キソラは苦笑いする。

 だって、この場には塔と草原、青い空と白い雲しかないのだから。


「この塔を攻略すればいいのか?」

「はい。でも、全部という訳でもなく、半分で構いません」


 冒険者の一人に問われ、キソラは答える。


「半分?」

「本来なら最上階まで行ってもらうところなんですが、上に向かうにつれて出現モンスターのランクも上がるんです。今回皆さんのランクアップはCランクですから、同ランクモンスターが出現する半分を指定しました」


 なるほど、と冒険者たちは頷く。


「それに、この塔はいろいろと知られていないということもあり、私でも守護者の許可が出ている半分ぐらいまでしか進めないんです。だから、安全が確認できている半分まで進んでいただければ、勝手に入り口に戻してくれます。ま、たどり着ければ、の問題ですが。何か質問はありますか?」

「いや、特には」


 説明を終え、確認すると、キソラは冒険者たちを塔の入り口へ案内する。

 そして、塔の扉を開き、中へ入る。

 中は太陽の光が降り注いでおり、壁沿いと中心の二ヶ所に階段がある(中心は螺旋階段になっている)。


「壁沿いの階段を上っていってください」

「何で真ん中じゃ駄目なんだ?」


 螺旋階段を示しながら尋ねる冒険者に、キソラは困った顔をしながら、答える。


「あれは、屋上までの直結ルートなんですが、周りからモンスターたちが襲ってくるんですよ。もちろん、道はあれ以外にもありますが、もし、あの階段を使った場合、逃げ場も限られますし、今回の目的は試験ですから。チャレンジしたければ、迷宮攻略するつもりでなければ危険です」


 付け加えるなら、AランクからSランクへのランクアップ試験に挑戦する冒険者は螺旋階段を使用できる。壁沿いとの二択で選択できるが、キソラが知る限り、螺旋階段を選んだ人は少なく、時間が掛かっても、壁沿いの階段を使う冒険者たちの方が多かった(ちなみに、階段選択で挑戦内容も変わるのだが、今回は壁沿い一択なので、キソラは螺旋階段については説明していない)。

 そして、チャレンジする場合、死にそうになってもキソラは責任を持つつもりもない。今回は試験だから危険度を下げているが、迷宮攻略するなら、危険度は試験よりも跳ね上がる。そもそも、キソラが管理してるから云々を抜きにしても、迷宮は危険な場所であり、管理しているキソラや前迷宮管理者(というかキソラの母親)、管理している迷宮の守護者たちが特殊なだけだ。


「そうか」

「でもまあ、試験だろうが、迷宮攻略だろうが危険なことには変わりませんからね。気を付けて行ってきてください」


 一応、納得したように頷く冒険者にそう言い、キソラがどうぞ、と促せば、冒険者たちが足を動かし、壁沿いの階段を登り始める。


「さてと」


 全員が登りきったのを確認すると、キソラはこの塔の守護者に連絡する。


『フィーリア、挑戦者チャレンジャーたちが行ったわよ』

『分かった。じゃあ、試練を開始するね?』

『お願い』


 フィーリアと呼んだ守護者に冒険者たちが行ったことを伝えれば、了解の意を示したため、キソラも頷く。


「さて……」


 キソラは塔を見上げる。


「私は今回も最上階を目指してみますか」


 そう言って、キソラは歩き出した。


   ☆★☆   


『はー、私も大変だけど、主様マスターも大変だねぇ』


 塔の一角にある部屋、通称・守護者の間。

 そこで、息を吐き、守護者であるフィーリアは、ランクアップ試験をしに来た冒険者たちと屋上を目指すキソラをモニターを通して見ていた。

 この塔はそれなりに厄介だ。

 出現モンスターたちはそれぞれが意思を持っているため、一筋縄ではいかないし、フィーリアが見てきた戦闘パターンとモンスターたち各自が見てきた戦闘パターンがそのまま組み込まれているため、野生モンスターや他の迷宮に現れるモンスターより、頭が回る。

 厄介なことこの上ない。


『この後も試験やらないといけないはずなんだけど、体力残ってるのかどうか』


 やれやれ、と思いながら、フィーリアは塔の中央にある、上まで伸びていた螺旋階段を上がるキソラを見ていた。


 ただ、その背後に黒い影が忍び寄っていたことに、フィーリア本人は気づかなかった。


   ☆★☆   


 結論から言えば、それは間違いだったらしい、とキソラは思った。

 最上階まで挑戦し始めたのはいい。キソラの指定した塔の半分までにいたモンスターたちは冒険者たちの方に掛かりきりだったのだから。だが、どうだ。それより上には高ランクのモンスターがうじゃうじゃとそれはもう、鬱陶しいぐらいにそこら中に存在するではないか。


「鬱陶しい!」


 剣で襲いかかってきたモンスターたちを薙ぎ払う。


 BランクからAランクへのランクアップ試験にこの場所を使わなかったのが原因らしいが、だからといって、この塔ばかり使えば、他の守護者たちからえこひいきだと言われかねない。それに、他の場所でも“白亜の塔ここ”と似たようなことが起こられても困る。


 しかも、キソラが現在使っているのは、塔の中心で渦巻く螺旋階段だ。逃げ場の少ないこの場所で、空中移動出来るモンスターはともかく、出来ないモンスターたちは何故、攻撃しようとするのだろう、とキソラは思う。一階の床まで、かなりの高さがあるため、人は言わずもがなモンスターも落ちれば死ぬのだ。

 先程から飛びついてきては振り落とす、ということをキソラはやっているが、下へ戻ったとき、モンスターの死骸だけで足の踏み場が無いとか最悪である。空中移動系のモンスターたちが床に落ちてないだけでもマシなのだろうが、フィーリアが再生リサイクルと称して、蘇生させているので、倒してもキリがないのが現状だが。


「仮にも生物であり、廃品とかじゃないから止めろって言ったのに」


 キソラは溜め息を吐いた。


 ――本当にキリがなさすぎる。


 モンスターたちと遭遇しだしてから、数段――いや、数十段跳びで螺旋階段を攻略していたが、屋上まであと僅かって時に、奴は姿を見せた。


「出てきやがったか、Sランクモンスター」


 Sランクモンスターが出現し現れたことで、他のモンスターたちはキソラとSランクモンスターちとの距離を取る。Sランクモンスターが登場したとき、他のモンスターたちは手出しできないことになっている。

 それは何故か。

 巻き添えになるからである。


 “死にたくなければ、退避しろ”


 それが、Sランクモンスター以外の暗黙のルールでもあった。

 攻撃側から傍観する側に変わったため、モンスターたちの中にはSランクモンスターを応援するものもいれば、キソラのような挑戦者チャレンジャーを応援するという変わったものもいる。


「っ、やっぱり強いな」


 そう言いながら、キソラに諦める気配はない。

 剣と魔法を使い、ダメージを与えていくが、やはり足場が限られているためか、攻撃手段や防御手段も限られてしまう。


「っ、」


 螺旋階段の上に移動しながら、攻撃していく。


(あと、三段――)


 あと少しだった。

 モンスターたちからも、おぉ、と歓声が上がり掛けるが――、Sランクモンスター、いや、フィーリアが屋上へ行くのを阻止した。

 キソラが気づいたときには、重力に従って、塔の一階に向かって、体は落下していた。


「フィー……リア……?」


 何故、どうして、とキソラの思考はその疑問で埋まっていた。

 Sランクモンスターの手が一階の床と間に入らなければ、受け身を取っていなかったキソラは大けがしていた所だ。

 キソラが床に立ち上がったのを確認すると、Sランクモンスターと他のモンスターたちは天井を見上げる。


 ――何で、邪魔をしたの?


 まるで、そう尋ねているかのように。


『ダメじゃん、主様マスター


 くすくす笑いながら現れたフィーリアは、キソラが、モンスターたちがよく知る守護者フィーリアではなかった。

 モンスターたちの一部がキソラを見る。


「指定階下のモンスターたち、どうなってる?」


 モンスターたちに尋ねるが、はっとしたように数人が確認に向かう。


「それで、何があったのか、話してもらえるかしら? フィーリア」


 Sランクモンスターも厳しい顔つきでフィーリアを見ている。


『特に何もありませんが?』

「嘘はダメよ。これでもある程度の嘘なら見抜けるんだから」


 幼いときから周囲に大人がいたキソラにしてみれば、子供だからと騙そうとしてきた大人たちが使った嘘に比べれば、今のフィーリアの嘘なんて可愛いものだ。


「だから、もう一度聞く。何があった?」

『……っ、』


 フィーリアに威圧しながら、キソラは尋ねる。

 一方のフィーリアは怯んだらしいが、答える様子はない。


(答えない、か)


 フィーリアと目を逸らさず、キソラは考える。


(それよりも、フィーリアの態度だ。あの子は何かを誤魔化すとき、斜め上を見る癖がある。それに微妙にだけど、あれはフィーリアの話し方じゃない)


 つまり、何かが取り憑いているという事になる。

 そもそもフィーリアは見下ろしたりするのが好きではない。

 本人曰く、偉そうだと思われるかららしい。

 だから、キソラと話すときは、同じ目線で話していることが多く、モンスターたちもたとえSランクモンスターであろうが、同じ目線で話すようにしているのだと、キソラは聞いた。


(情報が少ないし、気づいてない振りして、もう少し話してみてもいいけど……)


 そもそも守護者に憑依するなど、それなりの実力が無ければ不可能だ。いや、たとえあったとしても、憑依出来るかどうかは疑問だが。


(それに、どうやって忍び込んだ?)


 以前にも言ったが、キソラの管理下にある各迷宮には、勝手に出入りできないように結界が張ってある。

 この日までで魔力を失ったのは一日……というより、数時間だが、キソラの魔力が無くなれば、各迷宮の守護者たちの魔力で結界が再構築される仕組みになっている。キソラの魔力が無くなり、結界が再構築される隙を狙った可能性もあるが、そんな都合良く入れるわけがない。


(仕方ないか)


 だから決めた。単刀直入に聞くことを。

 たとえ反撃されても、何とか対処できるだろう。キソラは無駄に荒くれ者や冒険者の相手はしていない。また、関わった人が関わった人だけに、(主にギルド長と学院長関連で)経験してきたことは普通の人とは微妙に違う。


「言わないなら聞き直す。お前は何者だ」


 単刀直入に問いながら睨みつけるキソラに、フィーリアは目を細める。

 二人の放つ気に、モンスターたちはおろおろとしており、指定階下のモンスターたちは完全に怯えてしまっていたが、Sランクモンスターは無表情に状況を見ていた。

 そして、フィーリアが笑みを浮かべ、口を開いた。


『誰に向かって口を利いている?』

「何?」

『誰に向かって口を利いているのか、聞いているんだ』


 フィーリアのその問いに、キソラは返す。


「誰に、ってフィーリアじゃない」

『誰が勝手に名前を呼んでいいと言った?』

「貴女の名前を呼ぶのに、許可がいるの?」


 質問を質問で返す。

 そもそも体の持ち主がフィーリアであり、乗っ取った者はキソラが気づいたと理解したらしく、開き直るも、キソラもキソラで分かっていてフィーリア、と呼んだのだが――実際、呼ぶときに困るため、フィーリアと呼んだという理由もある。

 そして、質問した結果、返ってきた答えは――


『当たり前だ』


 その答えとともに、キソラから殺気が溢れ出る。

 彼女の幼馴染がいたら、全力で止めに来ていただろうが、この場に止められる人物はいない。


『この程度でキレたか』


 鼻で笑うフィーリアだが、冷や汗が流れていた。


(一体、何なんだ?)


 有り得ない恐怖が体全体を襲う。フィーリアの体自身は彼女の殺気に怯えているらしいが、フィーリアを通じて、キソラを見ていた意志・・の持ち主はそのことに気づかない。


「さっきの台詞、そっくりそのまま返してやるよ。仮にも主である私に、よくもまあ、そんな口利けたもんだな」


 それを聞いたモンスターたちがビクリとする。仮にも上級モンスターなら怯えるな、と言いたいが、それだけ怖いのだろう。


「覚悟は出来てるんだろうな、フィーリア」


 モンスターたちが再びビクリとする。


『っ、覚悟って――ッツ!!』


 フィーリアの頬に何かが掠る。指でなぞれば、血が出ていた。


 ――主様マスターは、目の前の少女は本気だ。


 フィーリアが浮上しかけたためか、二つの意識が交互に現れ始める。


 ――怖い。

 ――逃げ出したい。


 そんな思いが、体全体を駆け巡る。

 キソラをキレさせたら兄であるノークですら止めるのに一苦労するのだが、フィーリア本人ではなく、乗り移っただけの意志・・が知るわけもない。


 ――私を、殺すの?


 キソラの冷たい目がフィーリアを見ていた。


『……や、だ』


 フィーリアの目から涙が流れる。


『やだ、よぉ……』

『――ッツ!!』


 涙を流すフィーリアに、次第に意志・・が離れ始める。


主様マスター、助けてっ!』

『ふざけるな!』


 フィーリアの助けを求める声に、意志・・は冗談じゃない、と告げるが、キソラは今まで以上の笑みを浮かべていた。


「分かってる。ちゃんと助けるし、見捨てるつもりもないよ」

『――っ、』


 キソラの言葉に、フィーリアは感涙し、意志・・は絶句した。


「だから――」


 キソラは剣を抜く。


「もう少しだけ待ってて」


 その台詞に、フィーリアは頷いた。だが、意志・・もいるため、何かを感じたらしい意志・・は、少しずつ後ろに下がり始める。

 一方で、キソラは目を閉じ、軽く息を吐き出す。


 そして、目を開いたキソラは次の瞬間、フィーリアの目の前まで――空気の固まりで足場を作りながら跳躍する。


「少し我慢ね」

『はい』


 フィーリアは目を閉じる。


 ザシュッ!


 何かが聞られる音がした。

 フィーリアが目を開けば、その背後では、見知らぬ男が有り得ない、と言いたそうな絶望した表情をしていた。


『なん、で……』


 男にキソラは冷たい目を向ける。


「私は、仲間に手を出されるのが一番嫌いなの。貴方がどこの誰かは知らないけど、相手が悪かったわね」


 今回は特別に見逃してやるから、元の体に戻れ。

 そう付け加えてやれば、男の意志は消え去り、キソラとフィーリア、モンスターたちだけが残った。


『あの、主様マスター。あの、その……』


 何か言いたそうにしていたフィーリアに、キソラは無言で彼女を抱きしめた。


「良かった、無事で」

主様マスター……』


 ありがとうございます、とフィーリアが言えば、二人は離れる。

 その場で見守っていたモンスターたちも、微笑ましいものを見る目で二人を見ていた。


 その後、試験が終わり、降りてきた冒険者たちを連れ、キソラはギルドへ戻るのだった。


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