第五話:まさかの相手


「せ、先輩!?」


 動揺するアリシアに、キソラは尋ねる。


「捜す手間が省けた、とはどういう意味ですか?」

「そのままの意味だよ」


 フェクトリアはそう返す。


「僕は君たちと同じ契約者、ということだ」


 フェクトリアの『契約者』という言葉に、アークとアリシア、ギルバートが反応する。

 それに気づきながらも、キソラは尋ねる。


「何故、先輩が契約を?」

「何故? それは、面白そうだったから、と答えておくよ。話を聞いた時、わくわくしたのさ。勉強でのストレスを解消するために最良の方法だと思ったよ」


 それを聞いたアークとギルバートから怒気が放たれる。

 アリシアに至っては、驚いているのか両手で口を覆っていた。


「他人事だと思って……」

「そうだよ。他人事だから、楽しめるんだ。君たちに何が分かる。学年一位になる認められるための努力をしたこの僕の気持ちが!!」


 冷たいながらも、怒気を含んだ瞳を四人に向けて言うフェクトリア。

 そんな彼の言葉に、ある出来事を思い出したキソラは告げる。


「ええ、分かりませんよ。分かりたくもない。けど、今の貴方に、それを言う資格はありません」

「何……?」

「私は、昨年度の主席の努力を一番近くで見ていたから分かる。だからこそ、今の先輩には言う資格が無いんです」


 目を細めるフェクトリアに、怯むことなくキソラは言う。


「もう一度言います。今の貴方に、努力した・・・・なんて言う資格はありません」

「お前……」


 さすがに何度も言われて頭に来たのか、フェクトリアはキソラを睨みつける。


「僕は君たちの上級生だぞ!? いいのか? 刃向かえば――」

「私たちを学院から追い出す、ですか? 首席権限で?」


 フェクトリアは目を見開いた。

 何故知ってるんだ、と言わんばかりに、その目は見開かれていた。


「私、さっき言いましたよね? 昨年度の首席の努力を一番近くで見ていた、と」


 それを思い出し、訝るフェクトリア。


「昨年度の首席……」


 思い出そうとするアリシアに、キソラはフェクトリアから目を離さない。


「ノーク・エターナル。それが昨年度の首席」

「ノーク・エターナル? というか、エターナルって……」


 キソラの言葉に、ん? と首を傾げて、というか、とキソラを見るアリシア。

 アークも気づいたのか、キソラを見る。

 唯一分かってないギルバートも、どういう意味だ、とキソラに視線を向ける。


「ノーク・エターナルは兄よ」


 キソラは短く答える。


「兄……? 『天才』と呼ばれたノーク・エターナルの?」

「そうやって言われるから、自分から言いたくなかったのに」


 疑いの眼差しを向けるフェクトリアに、内心で舌打ちしながらも、キソラは溜め息混じりにそう言う。


「戦闘前ですから、一応自己紹介しておきますか。私はキソラ・エターナルっていいます」

「……フェクトリア・リーアストだ」


 キソラの名乗りに、フェクトリアも名乗る。

 そういうところは律儀なんだな、と思いながら、キソラはフェクトリアの観察を続ける。

 少し間が出来るが、少ししてからフェクトリアが口を開いた。


「それで? 僕がいるといつから気づいていた?」

「私たちがここで話してる途中から、先輩がいたことは分かってました」

「なっ……」


 アリシアたちが驚いたようにキソラを見る。


「さすがに戦闘は避けたかったので、帰りたかったんですが、貴方が空気も読まずに私たちに話しかけてきたせいで、こんな面倒くさい状況になったんです。どう収拾するつもりなんですか」


 戦闘回避のために帰ろうとしていたのにどうしてくれるんだ、と本気で面倒くさいのか、キソラの言葉からそれを感じ取ったアークたちは苦笑いした。

 アリシアたちと戦ってるときだって、眠いだの何だのと言っていたキソラだ。

 本来なら、アリシアが再戦申し込みし、キソラが断り帰って、やっとまともに眠れるはずだったのだ。

 なのに、フェクトリアが乱入し、キソラとしてもアリシアとしても、喜ばしくない状況となったのだ。


「君たちが負けを認めてくれるなら、僕は何かするつもりはないよ」

「二対一で勝てるとでも?」

「勝つ方法なんか、いくらでもある」


 あくまでも勝つ自信はあるらしい。

 しかも、微妙に会話が噛み合っていない。


「…………」


 さて、どうしようか。

 挑発する言葉ならいくらでも出てくるのだが、基本的に前線で戦うのはアークとギルバート、アリシアの三人だ。

 キソラがサポートするとはいえ、限度がある。

 キソラ自身、前線で戦えないことはないが、迷宮のことを考えると、あまり魔力は使いたくないというのが本音だ。

 しかも、相手は自ら戦う肉弾戦よりも、頭脳戦を得意とするフェクトリアだ。

 ちょっとやそっとの作戦では、すぐに対策が練られてしまうのがオチだ。


(それなら私は――)


 徹底的に怒らせよう。

 キソラはそう決めた。


「随分、余裕があるんですね」

「それは、君にも言えるんじゃないのか?」


 内心、舌打ちしながらも、キソラも言い返す。


「寮に帰ってはダメですか?」

「ダメだね。さっきも言ったけど、戻りたかったら、負けを認めなよ」


 寮への帰宅もダメか、と呆れ混じりの溜め息を吐く。


(このままじゃ、また完徹になる……!)


 明らかに趣旨はずれているのだが、キソラとしては重要なのだ。


「負けを認めるつもりはありません」


 勝負もせずに負けを認めるなど、キソラはしたくなかった。

 今朝方、友人たちが話していた先輩像を思い出し、キソラは歯を食いしばる。


「仕方ない。なら、君たちを学院から追い出そう」

「何故そこに繋がるのか不明なんですが――」


 そこで切り、キソラは告げる。


「たとえ学院を辞めたとしても、私には余裕で生活できる手段がありますし、今更同居人が何人増えようが、それは変わりません」


 つまり、学生という事以外、キソラに失うものはない。

 アークやアリシアとギルバートを離れ離れにするよりはマシだと、キソラはそう考えたのだ。


「……へぇ」


 フェクトリアは冷たく、そう呟いた。

 そして、手を振り上げ、下ろした。


「キソラ!」


 アークが叫ぶ。

 振り下ろされたものそれは何だったのか。

 その正体は、キラキラと輝く銀の光と轟々と燃え盛る炎で、キソラに向かって、振り下ろされたのだ。


「ったく……」


 空から降ってくる銀の光と燃え盛る炎を見て、誰にもその表情を見せずに呟けば、銀の光と燃え盛る炎はそのままキソラにぶつかった。

 いつの間にか、キソラがアークやアリシアたちから距離を取っていたためか、三人に被害は出なかったものの、見せられたものが見せられたものだけに、三人はその場で固まっていた。


「たとえ『天才』の妹といえども――」


 勝ち誇ったような笑みを浮かべるフェクトリアに、「うそ……」と呟きながら、アリシアはその場に座り込んだ。


「さて、次は……」


 フェクトリアはアリシアたちに目を向ける。

 それに気づいたアリシアがビクリ、とし、ギルバートがアリシアの前に立つ。


「全くさぁ」


 フェクトリアがアリシアたちに向けて攻撃しようとしていたが、それは横からの声に防がれた。


「完全に倒したのかどうか、最後まで確認しましょうよ。先輩」


 そういうキソラに、目を見開く三人とフェクトリア。

 どのように防いだのかは分からないが、肝心のキソラは、「うわー、制服また新調かぁ」と呑気のんきに制服を見ながら、軽く焦げた部分を軽く払っていた。


「な、で……」


 驚くフェクトリアにキソラは視線を向ける。


「兄さんが前線担当だったから、私って防御や後方支援の方が得意なんです」


 だから、無事だったのか、とすぐには納得しなかった。

 キソラが何か隠しているのが分かったからだが、今はそれを問いつめる場合ではない。


「さて」


 キソラはフェクトリアの背後を見て言う。


「先輩のパートナーさん、そろそろ出てきてもらえないですかね?」


 そんなキソラの言葉に、フェクトリアは目を細める。


「ふーん、意外と勘が鋭い子だね」


 そう言いながら、猫のような細目の持ち主が、フェクトリアの背後から現れる。


「何で出てきたんだよ!」

「静観してるつもりだったんだけど、そこの子がね」


 出てきたことに怒るフェクトリアに対し、フェクトリアの契約者であろう細目の男は、キソラを見て言う。

 それを聞いて、キソラは顔をしかめた。


「契約者、代えられたら代えるのに」

「それは嫌みか?」


 細目の男の言葉に、フェクトリアがやや睨みつけながら尋ねる。


「いやいや、あちらさんみたいに可愛い子がパートナーなら良かったなぁ、と思っただけだよ。あ、今からでもパートナーチェンジする?」


 フェクトリアに言いながら、途中からキソラを見て、首を傾げる細目の男。

 何故かぞくり、としたキソラは、顔を引きつらせながら、答える。


「悪いけど、私も彼女も今の契約者パートナーで十分だから。ごめんなさい」


 あくまでアークとアリシアを守ろうとする姿勢のギルバートを強調する言い方をするキソラ。

 そんなキソラとアリシアを見てか、そりゃ残念、と肩を竦める細目の男。


「で、どうするよ。契約者殿」


 細目の男はフェクトリアに尋ねる。


「どうするって……」

「迷うぐらいなら帰らせてください」


 散々負けを認めろだのと脅しておきながら、というキソラに、何故パートナーが出てきた瞬間に迷うんだよ、と不機嫌オーラを隠すこともなく放つキソラに、目を逸らすフェクトリア。


「上級生を敬えって言ったの、先輩ですよね?」


 未だ目を逸らしたままのフェクトリアに、キソラは言う。


「今の先輩を敬えというのは無理があります」


 フェクトリアは恨みがましくキソラを見る。

 そんな彼女を呆れた目で見るアーク。

 一方で、アリシアは立ち上がり、服に付いた土を払っていた。


「貴女、先輩を挑発してどういうつもりよ」

「挑発したつもりはないよ。今のは本心」


 アリシアの言葉に、キソラはそう返す。

 最初は挑発するつもりだったが、話しているうちに、その気が失せたとは言えない。


「数日一緒にいて思ったけど、お前って、腹黒い部分があるよな」


 しみじみというアークに、「へぇ……」というキソラ。


「べ、別に悪い意味じゃないぞ?」

「あら、私は一言も良いとか悪いとか言ってないけど?」

「……」


 弁明しようとするアークに、気にしてないからいいけどね、と付け加えるキソラ。


「まあ、とにかく、帰らせてください」


 キソラがフェクトリアにそう言えば、細目の男から何とも言えない視線が向けられる。


「帰って何するの?」

「寝ます」


 即答だった。


「やっぱりそうなるのね」

「誰のせいで完徹続きだと思ってんだ」


 あれ? 微妙に怒ってね? と思ったアークたちの感想は間違っていない。


「で、バトるんですか? バトらないんですか?」


 はっきりしてください、というキソラに唸るフェクトリア。


「フェクトが君たちに突っかかったのは単なる息抜きだし、もういいんじゃない?」


 細目の男の言葉に、それもそうだな、と言うフェクトリア。


「というか、二度と突っかからないと約束してほしいんですが」


 面倒くさそうに言うキソラに、苦笑いする細目の男。


「それは無理かな。まあ、君たちを巡ってバトルするのも良いかもしれないけど」

「うわぁ、ウザい」


 キソラの今まで以上に感情の籠もった言い方に、顔を引きつらせる面々。


「さっきも言ったけど、今のパートナーで十分ですから」


 頑固だねぇ、と細目の男は、キソラとアリシアのパートナーであるアークとギルバートに目を向ける。


「ま、代えたくなったらいつでも言いなよ。お嬢さん方」

「その心配は必要ありません」

「そうです。もし嫌なら、この場ですぐにでも頷いているはずですから」


 細目の男の言葉に、キソラとアリシアが挑戦的な笑みを浮かべて、そう返す。


「全く、君たちは幸せ者だね」


 細目の男にそう言われ、アークもキソラの前に出ながら、そりゃどーも、と返す。


「でも、さ。努力した人を悪く言うのも、どうかと思うんだよね」


 男の目が開かれ、アリシアがひっ、と小さく悲鳴を上げる。


「近くで見ていたから何? 君は何かしたの?」


 男は問い続ける。


「『天才』だっけ? その妹だか何だか知らないけどさ。こっちも、相棒を悪く言われて頭に来てるんだよね」


 四人を見下すようにして、男はそう言った。


「さあ、バトルしようか。『天才』と『努力した者』のバトルをさ」


 男はそう言った。

 それを聞き、男の豹変にあんまり驚いていないことに気づいたキソラは、そっと息を吐いた。


(『天才』と『努力した者』のバトル、か)


 気を切り替えるために、キソラがそっとフェクトリアに目を向ければ、戸惑っているらしく、おろおろとしていた。


「ねぇ、フェクト。君は言われっぱなしでもいいの?」


 男は問い掛ける。


「それは……」

「君の努力が水の泡になるかもしれない」


 戸惑うフェクトリアに、男は告げる。


「アーク、マズい。先輩を早く……!」


 ハッとしたキソラがアークに声を掛けるが、遅かった。


「水の泡、か。それは困るな」


 キソラたち四人を見るフェクトリア。

 戸惑うキソラに、「え、何?」とアークやギルバートを見上げるアリシア。


「『天才』に、『努力した者』の気持ちなんか分からない」


 ぞくり。


 背筋が凍りそうな視線を向けられ、キソラは思わず拳を作った。


(そうだった。先輩は――)


 努力して、首席になった。

 今は何を言っても、きっと届かない。


(どうする?)


 キソラは思案する。

 この状況を、朝までに打破しなくてはいけない。


(どうすれば……っ!)


「……っ、」


 そこまで考えて、キソラはふと気がついた。


(また、やったのか)


 キソラはそう思った。

 アークと会ってから、主にバトル面で何かと裏目に出ている気がしていた。

 アークのせいというわけではないが、キソラはそう感じていたのだ。


(何で……っ)


 何故、こうなった?

 どこで選択肢を間違えた?

 そんな考えが、キソラの脳内をグルグルと回る。


「どうする? キソラ」


 前にいたアークがキソラに尋ねるが、返事はない。


「アリシア」

「何よ」


 胸ポケットから取り出した懐中時計(丸いアナログタイプ)を見ながら、キソラはアリシアに問い掛ける。


「悪いけど、アークたちの援護お願い。私は先輩が援護出来ないようにするから――だから、先輩を止めよう」

「……分かったわ」


 アリシアの返事を聞きながら、キソラはパチン、と蓋をし、懐中時計を胸ポケットにしまう。


(現時刻はきっちり十時。日の出まで約六~七時間)


「お前一人で大丈夫なのか?」


 アークの問いに、大丈夫、と笑みを浮かべて返す。


(大丈夫だ)


 何度も自分に言い聞かせる。


『キソラ』


 自分の名前を呼ぶ兄。


(私は今まで一人で乗り切ってきたんだから、これくらい)


 ――大丈夫。


 両頬を叩き、気合いを入れる。


「タイムリミットは七時間」


 朝日が出るまで。

 朝練に来る生徒に見つかる前に撤退までが目標。


「先輩の暴走は絶対阻止」


 今回はあちら・・・ではない。この姿・・・での前線行動・・・・だ。


 頷く仲間・・を見て、キソラはフェクトリアたちに言う。


「私たちは、貴方たちに負けない」


 開かれた細目から向けられた視線に、キソラも睨み返す。


(絶対に、勝つ!)


 今はそれが目的だ。

 そして――勝負は始まった。


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