第六話:天空の塔とスカイスクレイパー

    ☆★☆   


「二対一か」


 ふむ、と一人思案する細目の男ことイーヴィルはそう呟く。

 地上戦なら一対三だが、実質的には空中戦なので、一対二である。

 イーヴィルはちらりと地上の一部に目を向ける。

 そこでは、キソラとフェクトリアが戦っており、キソラがいかにも(デザイン的に)不釣り合いな剣を振っていた。

 どこからか取り出した剣を、最初のうちは手に馴染ませるためだったのか、その辺に向かって、適当に素振りしていた。

 その際、キソラが「やっぱり、向こうの時・・・・・の方が使いやすいな」と言っていたのだが、その声は近くにいたアークですら聞き取れなかった(つまり、昨日の夕飯準備時の時の声よりも小さかったことになる)。

 そんな彼女に驚きながらも、「ま、いっか」と妥協したらしいキソラに、アークたちも自分のするべき事をするために、イーヴィルと戦闘を開始したのだった。


「あいつ、本当に後方支援なのか!?」


 イーヴィルの相手をしながら、ギルバートがアークに尋ねる。


「知るか。パートナーでも、知ってることと知らないことがあるんだよ!」


 イーヴィルに攻撃しつつ、ギルバートの問いに答えるアーク。

 だが、その問いはアークも疑問に思っていたので、明日の帰宅時にでも聞いてみようと思ったアークだった。






 剣と魔法がぶつかる。

 キソラの剣とフェクトリアの魔法である。


「……」

「……」


 ただ無言で打ち合う二人。


「さっき防げたのは、その剣のおかげか?」

「別に、この剣のおかげではないですよ」


 フェクトリアが言ったのは、キソラがフェクトリアの攻撃を防いだ先程のことだ。

 彼から放たれた炎弾を切り裂き、当たるのを防ぎながらキソラはそう答える。


「けどまあ、魔戦科とは対等に戦える自信はありますけど」


 魔戦科――魔導戦闘科は、ミルキアフォーク学院にいくつかある科の一つで、魔法による戦闘をメインとした科である。

 ちなみに、いくつかある科の中で、キソラとアリシアは学院内で在籍数が多い普通科所属だ(キソラ曰く、自由時間が取れるため、とのこと)。


「大した自信だな」


 そう言うフェクトリアに、


(迷宮管理者ですから)


 とは言えない。

 別に隠してるつもりはないが、自慢するようなことでもない。

 だから、キソラはこう返す。


「足手まといになりたくありませんから」


 誰の、とは言わない。

 キソラが前線に出るのは、本当に切羽詰まった時だ。

 そのためか、彼女が今使っている剣も滅多に見られないため、そんなものあったっけ? と冒険者チームを組んだ際に言われることは少なくはなかったりする。


「ねぇ、先輩」

「何だ?」


 キソラはフェクトリアに話しかける。


「先程から兄を『天才』と呼んでますが、天才って、何ですか?」


 その問いに、フェクトリアは黙る。

 両親もそうだが、キソラが一番よく一緒に居たのは兄であるノークだ。

 そんな彼を見ていたためか、キソラは尋ねるのだ。


 『天才』とは何なのかを――


   ☆★☆   


 翼を広げ、空中を飛ぶ。

 空中戦を繰り広げるアーク、ギルバート、イーヴィルの三人を下からアリシアは一人見上げていた。

 別の場所では、キソラとフェクトリアが対峙していた。

 下手に下から攻撃すれば、味方であるギルバートとアークに当たりかねないし、キソラに援護しようにも、距離がありすぎる。


「っ、」


 アリシアは舌打ちした。

 何故、助けられないのか。

 少なくとも、キソラが相手だったときは彼女を相手に戦っていたのだ。

 だから、よく観察すれば、何らかのヒントはあるはずだ。


   ☆★☆   


「『天才』とは何か、だと? 知るかそんなもん」

「……」


 フェクトリアの返答を聞いて、しばし黙り込み――


「なら、言うな」

「なっ……! 聞いたのはお前だろうが!」


 キソラの言葉を聞き、それは酷くないか!? とツッコむフェクトリア。


「まあ、そうなんですが……」


 素直に認めたキソラを訝りながら、フェクトリアは受け身体勢を取る。


「私はその『天才』とやらに入るんですかね?」

「なっ……!?」


 キソラの周囲には、先程フェクトリアが放った銀の光と燃え盛る炎が浮かんでいた。

 行け、とキソラがフェクトリアに指差せば、銀の光と燃え盛る炎は彼へと飛んでいき、爆発した。


「フェクト!」


 上空からイーヴィルが叫ぶ。

 だが、煙の中から現れたフェクトリアは煙を吸い込んだのか、咳き込んでいた。


「おまっ……なんっ……」


 咳き込んでいるためか、上手く話せないらしい。


「先輩が聞きたいことは大体分かります。私が使えた理由ですよね?」

「……」


 キソラの言葉に、無言の肯定で示す。


「さっき先輩の攻撃を防げた理由、聞いてましたよね?」

「ああ……」

「ちょっとズルしました」


 ごめんなさい、とキソラは言う。


「ある事情から話せませんが、私はあまり魔力を使いたくないので」

「つまり、魔力を使わずに防いだ、と?」


 そう尋ねるフェクトリアに、キソラは困ったような笑みを浮かべる。


「そうと言えばそうですし、違うと言えば違います」


 だから、キソラはこう返すしかない。


「さっきのは?」

「あれは単なる先輩の技の劣化コピーです」


 防いだ時と同様に、技を出したと答えるキソラ。

 そんな彼女を怪訝な顔をするフェクトリア。


「なら、魔力を使わせてやる」

「……!」


 何かを感じたキソラは、フェクトリアから距離を取る。


「さっきのがダメなら、これは防げるか?」


 雨が降り、雷が鳴る。


「属性魔法……」


 そう呟く。

 放たれる可能性のある属性は、水、雷、氷の三属性。


「後は風属性よ」

「アリシア……」


 後ろからの声に振り向いて、声の主の名を呼ぶ。


「雨は囮で、風属性本命で貫く。そうとも考えられない?」


 アリシアは微笑みながら言う。


「なるほどねぇ」


 納得したようにキソラは頷き、フェクトリアを見る。


「『天を求め 翼を持つ者は飛翔する』」


 雨に打たれ、フェクトリアを見ながら、キソラは詠唱する。


「『邪魔する者には一切遮断し 隔離する』」


 ぶわり、と上空にいたアークたちに何らかの感覚が遅い、地上にいたアリシアとフェクトリアにも何らかの感覚が襲う。


「『空間転移――“迷宮:天空の塔”』」


 気づけば、六人は古い遺跡のような場所にいた。

 上空にいたはずのアークたちも地上に立っていた。


「ここは――」


 フェクトリアはそう言いながら、周囲を見渡し、上を見上げた。

 上には穴が空いており、空が丸見えだった。


「ちょっ、一体何をしたのよ!」


 アリシアが尋ねる。

 そんな彼女に、髪を絞り、雨に濡れた分の水気を払う。


「単なる転移魔法よ」


 端的に言うキソラに、眉を寄せ、顔を顰めるアリシア。


「ここは、『迷宮』の一つ、“天空の塔”」

「“天空の……塔”」


 キソラの言葉を誰かが復唱した。


「単なる転移魔法って、これだけの人数を転移させておいて、どこが単なる・・・だ!」


 この世界における転移魔法というのは、基本的に二~三人、もっとも多くて四~五人だ。

 だが今回、キソラが転移させたのは六人。

 そもそも、魔力量を考えれば、術者を含めた六人の転移など危険であり、いくら最高位の魔術師や魔導師でも、自ら進んで行おうとはしない。

 では何故、キソラが転移出来たのか。

 一言で言うのなら、キソラが迷宮管理者だからである。

 迷宮管理者の転移は、管理者が各地にある迷宮へ転移移動するため、通常とは微妙に違う。

 今回の場合、普通の転移魔法ではなく、迷宮管理者としての転移魔法を使ったため、多人数での転移が可能だったのだ。


(とはいえ、そんな説明できないし)


 悪用されるのを防ぐために、キソラは(ああ見えて)秘密主義な冒険者ギルドの職員とノークにしか話していない。

 それ以外で知っている者がいれば、意図的ではなく、偶発的に起きて知ったというだけである。


 そして、キソラに出来る打開策は、


「いえ、単なる転移魔法ですよ?」


 と白を切り、押し通すだけである。

 帰ったら帰ったで、アークがうるさそうだが、彼への説明は週末に行う予定なので、それまでは待っていてもらうつもりだ。


『きーちゃん、来たんだねぇ』


 そう上から声がし、声の主は魔力やら何やらで分かってたけどねー、と付け加えながら、六人の下に下りてくる。


「……」

『え、無視? 無視なの?』


 クルクル、とキソラの周囲を回る声の主。


「動くのを止めろ。じゃなきゃシメるぞ」


 珍しく怒っているらしいキソラの言葉に、顔を引きつらせる声の主。


『迷宮攻略に来たのかと思ったよ』

「んな時間に来るか」

『え、夜中に――』


 ゴッ。

 完全に殴った体勢のキソラに、うわぁ、という顔と驚いた顔をするアークたち。


「今の私には睡眠時間が掛かってんだよ! 邪魔すんな」


 ビシッと指差すキソラに、何とも言えない視線を向ける面々。

 完全に放置である。


『きーちゃん、辛辣だねぇ』


 誰のせいだ、とキソラは目で睨みつける。


『まあいいや。僕は静観してればいいんだよね?』


 キソラは頷く。

 それじゃあ、と声の主は上に飛んでいく。


『壊すのだけは止めてよー? 直すの大変なんだから』

「大変なのは同意するが、直すのは私だろうが」

『まあねー』


 ニコニコしながら、塔の上の方にある手すりに座りながら、声の主は言う。


「ったく……」


 キソラは溜め息を吐いた。


 迷宮“天空の塔”。

 階層は全二十階。

 一フロアが縦に長いため、外部の下から見上げると、空にも届きそうな長さとなっている(つまり、全長を二十分割してあるというわけである)。

 管理する守護者は、スカイスクレイパー。

 先程の声の主は彼のものである。


「そう言えば、私たちと最初に会ったとき、貴女一人で歩いていたわよね?」


 ポツリ、とアリシアが言えば、思い出したらしいギルバートも同意する。


「確か、俺が話しかけて、途中でアークが来たんだよな」

「ああ」


 アークが頷いたのを見て、キソラは内心舌打ちした。

 上の方では、スカイスクレイパーがくっくっ、と必死に笑いをこらえていた。


『きーちゃん、もう教えたらー?』

「余計なことを口に出すな。スカイ」


 スカイスクレイパーを睨みつけるキソラだが、にっこり笑みを浮かべられる。


「……」


 そんな彼を見て、キソラは何だかイラッときた。

 それが表面に浮かんでいるのか、キソラの足元からビリビリ、と放電が起きる。


『ちょっ、きーちゃん、余裕無くなりすぎ……』

「問答無用」


 さすがに焦ったスカイスクレイパーがキソラを止めようとすれば、キソラから放たれた雷撃が彼に当たる。


『当たっ!』

「チッ、掠り傷か」


 思いっきり、舌打ちしたキソラに、本当に自分たちの知ってるキソラなのか疑うアークたち。


『ちょっ、いきなり攻撃するのは止め――』


 キソラの雷撃が逃げ回るスカイスクレイパーを追い掛ける。


「お、おい……」

「何ですか?」


 見かねたフェクトリアが声を掛けるが、機嫌が悪いらしいキソラに「いや、何でもない」と返す。

 そんな彼を見て、もうちょっと粘れよ、と視線を向けるイーヴィル。

 対して、ならお前がどうにかしろと視線で訴えるフェクトリア。

 自分たちが言えたことではないが、下手に刺激すれば巻き込まれかねない。


『あらら、聞くのと実際に見てみるとでは、こうも違うのね』


 また変なのが現れた。

 五人の目がそう言っていた。

 その視線に気づいているのかいないのか、新たに現れた声の主は、キソラとスカイスクレイパーを見て、肩を竦めた。


『キソラちゃん、そこまでにしないとぶっ倒れるよ? 私たち・・・としても、それは喜べないなー』


 それと、と付け加える。


『スカイ。あんたキソラちゃんに何言ったのよ。ここまで怒るって、相当なことよ?』

『理由なんて知らないよ! 勝手にきーちゃんが怒ってるだけだ!』


 何やら話しているらしい、と理解した五人。


『キソラちゃんも、理由は分からないけど、いい加減に落ち着きなよ』

「私は落ち着いてる」


 それは落ち着いてる人の台詞じゃねーよ、と思う面々。


『落ち着いてる人の台詞じゃないよね、それ』


 どうやら声の主も、同じことを思ったらしい。

 返答のないキソラに肩を竦めて言う。


『キソラちゃん、他の五人を学院――元の場所に戻しなよ。何があったか知らないけどさ、私たちに八つ当たりするのは間違いだよ』

「……」

『するならクロウにしないと』


 まともなことを言ったかと思えば、親指を立て、そう言う声の主。


『……』

「いくら何でも、それは――」

『こぉらぁ! フェリス! てめぇ、俺を生贄にすんじゃねぇ!』


 また何か来た。

 無言のスカイスクレイパーに、二番目の声の主――フェリス、そして今来た声の主。

 話からして、多分クロウという人物・・だろう。

 さらに――


『クロウ~、今行ったらマズいって~』


 四人目である。


「……」

『ま、マママママスター!!?』


 そして、キソラの視線に気づいたのか、四人目が叫ぶ。


『あ、あのですね、私は止めたんですが、クロウが突っ込んでいったと言いますか……』


 身振り手振りで説明する四人目。


「お前ら、とっとと持ち場へ戻れ。今なら見なかったことにしてやる」

『それなら戻るか』

『だねー』

『すみませんすみません』

『え、僕意味なくない?』


 キソラの言葉に、一斉に散る面々守護者たち

 そんな中、スカイスクレイパーは、「人質? ねぇ、僕は人質なの?」と、ほか三名に尋ねるが、三人は親指を立て、グッドラックと言った。

 それを見て、泣きそうになるスカイスクレイパーに溜め息を吐きながら、フェリスたち三人を呆れた目で見るキソラと、状況が分からなくとも、何となく察したらしいアークたち五人はその状況を黙って見ていた。


「ったく……」


 キソラがそう呟けば、スカイスクレイパーはびくり、とする。

 それに気づきながらも、キソラはアークたちに目を向ける。


「じゃあ、学院に戻しますね」

「は?」

「貴女、結局何がしたかったのよ」


 アリシアの問いに、さあね、と答えながら、五人を学院に戻すための魔法陣が五人の足元に現れる。


「バトルを放棄するつもりか!?」

「別に私は、無理して勝敗を付けるつもりはありませんから」


 魔法陣が転移用のものだと理解したフェクトリアの問いに、キソラは勝敗が必要とは思っていない、と答える。

 実際、アリシアとギルバートの時もうやむやにした。

 共闘はしても、キソラは勝利も敗北も選ばない。


「それでは、おやすみなさい」


 キソラがそう言えば、五人は学院に戻された。

 そして、さて、とスカイスクレイパーを見る。


「じゃあ、私も戻るから」

『……え?』


 てっきり説教されるのではないのか、と身構えていたスカイスクレイパーは、キソラから発せられた予想外の言葉に驚いていた。


『怒らないの?』

「どこに怒る必要があるのよ。ここはあんたの管轄でしょうが」


 尋ねれば、そう返された。


「それに私、ほとんど素が出てたからね。被害拡大阻止も含め、頭を冷やすためにこっちに来ただけだし」


 そういえば、とスカイスクレイパーは思い出す。

 他人アークたちがいたのに、キソラが珍しく話しまくっていた。

 キソラは表向き必要最低限しか話さないが、相手を信頼している場合だったり、守護者でない限り、馴れ馴れしくはしない。


「まあ、今更感もあるけどね」

『いや、開き直られても困るから』


 フッ、とキソラが言えば、スカイスクレイパーはそうツッコんだ。

 そこで、他人と関わろうとしないから友達が少ないんだ、とは言わない。

 言ったら言ったで、チャラになった説教を持ち出されそうだ。

 一方、キソラは小型の通信機を出し、冒険者ギルドに連絡を入れる。


「あ、夜分遅くにすみません。キソラです」

『あら、キソラちゃん? どうしたの?』


 聞き慣れた声が珍しそうに尋ねてくる。


「あの、昨日話した週末の件、午後からにしてもらいたいんですが、大丈夫ですか?」

『午後から? 別にかまわないけど……』


 大丈夫だと言われ、安堵したキソラはありがとうございました、と礼を言い、通信機を切った。


『試験?』


 スカイスクレイパーに、うん、とキソラは頷いた。


「週末にあるのよ。まあ、場所は決めたから、私はいつも通りに行って説明するだけだけど」


 それを聞き、ふーん、と相づちを打つスカイスクレイパー。


「じゃあ、私は行くから」

『うん。おやすみ、きーちゃん』

「おやすみ、スカイ」


 そう言って、キソラは“天空の塔”から学院に帰宅した。





 “天空の塔”から転移する前の場所――学院に出たキソラは戻ってくるんじゃなかった、と顔をした。

 彼女の前には仁王立ちをしたアーク。


「あ、あれー……? 戻ってなかったの?」


 引きつる顔を何とか笑顔にしながら、キソラが尋ねれば、アークは溜め息を吐いた。


「パートナー不在で戻れるか」


(怒ってる?)


 と思いながらアークを見上げるキソラ。

 実際、声の低さから怒っているのは分かるのだが。


「あの、その、ごめんなさい」


 理由はいくつか思いつくが、どれなのかは分からないため、謝った方がいいなら、謝ろうとキソラは思った。


「……別に、怒ってはいない」


 アークは溜め息混じりにそう言った。


「本当に?」

「ああ」


 確認を取るキソラに、アークは頷いた。


「そっか、良かった……」

「あ、おい」


 安心したのか、ふらついたキソラをアークが受け止める。


「大丈夫か?」

「眠い……」


 だが、返ってきた返事はその一言だった。


 現在、午前一時。


 何とか目標時間内にバトルは終わらせることが出来た(そもそもやってないのだが)ものの、結局、キソラはアークが運び、運ばれた本人(もちろんキソラのことである)は起床時間朝七時まで爆睡していたのだった。


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