第三話:戦闘開始


 風が吹く。

 それに髪を靡かせ、男は街灯のみが照らす明かりの消えた街を見下ろしていた。


「こんな所に居たの?」


 背後からの声に何も返さない。

 声から予測するに、少女なのだろう。


「無視かよ。まあいいわ。明日は学院方面を捜すなら、私としてもありがたいしね」


 二つに結んだ赤髪を揺らし、少女は言う。

 少女が今、身に着けているのは、学院の制服だ。

 学院内に契約者がいないとは思ってない。

 もし、いるのならこちらとしては好都合だ。


「そうだな」


 少女の言葉に男は立ち上がり、少女を見る。

 そのまま二人は少女が利用する学生寮に戻った。


   ☆★☆   


「いーい? 私がいない間は寮長にアークの世話は頼んでおいたから、ちゃんと聞きなさいよ?」

「分かったから、早く行け。遅刻するぞ」


 仮契約云々で睡眠時間もままならないまま、キソラはアークに昼食について説明し、昼食代金用を渡す。

 昼食前後は、寮長がアークの傷の様子を見に来ることになっているのだが、何度も繰り返し言うキソラを宥め、アークは早く学院に行くように告げる。


「じゃあ、行ってくるから」

「ああ、行ってこい」


 そんなバタバタしながらも、キソラは慌ただしく出て行った。


「……」


 一気に静まり返る室内に、アークは溜め息を吐きながら、ベッドに倒れ込む。

 成り行きでキソラに世話になり、仮契約者となったが、アークとしては、キソラに感謝しながらも、迷惑になっていないか心配だった。

 同性ならまだしも、自分たちは異性である。


「どうなるんだろうな。これから」


 アークは目の上に腕を乗せて、そう呟いた。


   ☆★☆   


 ミルキアフォーク学院・普通科教室内。


「キソラ、大丈夫?」


 友人が話しかけてきたので、伏せていた顔を上げる。


「あ、あはは、大丈夫……」


 そう返しながら、せっかく上げた顔を伏せるキソラ。


「保健室、行ってきたら?」

「大丈夫~……」


 保健室を勧める友人に、キソラは右腕を上げ、大丈夫だと伝えるが、全然大丈夫ではない。

 キソラの席は窓際で、教室の出入り口からは遠かった。


「っていうか、何でそんな眠そうなの?」


 グサリと見えない何かがキソラに突き刺さる。

 アークのことは言えない。


(それなら……)


「ああ……ちょっと仕事でね」


 誤魔化すしかない。

 キソラが今話している友人二人は、キソラが迷宮管理者であることを知っており、キソラが仕事と言うときは、大抵迷宮関連だと二人は理解していた。

 いくらアークについて隠すためとはいえ、嘘を吐くのはどうかと思うが、全部が全部嘘ではないため、誰もキソラを責められない。

 だからと、


(迷宮関連なのは合ってるし)


 と開き直られても困る。


「とりあえず、一時間目始まりそうになったら、教えて~」


 二人に向けて手を振れば、苦笑いを返される。


「はいはい、分かったよ」

「お仕事、ご苦労様」


 そう言いながら、キソラの頭を撫でる二人。


「二人ともありがとう」


 礼を言うキソラだが、友人二人の頭を撫でる手は止まらない。


「……」


 わしゃわしゃ、と撫で続ける二人に、次第に無言になるキソラ。


めんか」


 二人の手首を掴み、めさせる。

 案の定、キソラの髪はボサボサになった。


「あはは、キソラボサボサ~」


 空いていた方の手でキソラを指差し、大笑いする友人二人。


「二人がやったんでしょうが」


 二人の手首を放し、自身の髪を整える。

 全く、と言いつつ、そのまま一時間目は始まった。


   ☆★☆   


 そんなこんなで、あっという間に放課後。


「アーク!」


 バン! と音が鳴りそうな勢いで自室のドアを開けるキソラ。

 そんな彼女を、アークはうるさそうな顔で見る。


「何だ」

「寮長以外、誰にも見つかってないよね?」


 キソラの問いに、ああ、と頷くアーク。

 それを聞き、安堵の息を吐くキソラは、持っていた荷物を台所に置く。

 寮にあるそれぞれの部屋には、台所やトイレ、風呂場がある。

 大抵の生徒は男子寮と女子寮の間にあるラウンジで食事を済ませてしまうのだが、キソラは自炊派なので、市場などで材料を買って、調理する。

 今回――というより、これからはアークも一緒なので、彼の分も作らなくてはいけない。

 アークの返事に、なら良いんだけど、と思う反面、食事を作る分、材料費が増えたことで、ギルドの依頼を受ける数を増やさないといけないかな、とキソラは思案する。


(アークが居る以上、ラウンジは使えないしね)


 自ら好き好んで目立つつもりはない。

 とりあえず、制服の上着だけ脱ぎ、夕食の下拵えをする。


「何か作るのか?」

「夕飯」


 アークに尋ねられ、キソラは短く返す。


「何作るんだ?」

「秘密。出来てからのお楽しみ」


 実際、楽しみにする料理でもないんだけど、とキソラは内心で付け加えた。


「そうか。俺、この世界の料理初めてだから、期待するわ」


 そこで、キソラの動きが止まる。


「ちょっ、期待するのは止めて。後で期待外れとか言われたらヘコむから!」


 そう言うキソラに、そうなのか? と視線を向けるアーク。


「なら、期待値は半分減らしておくから」

「半分じゃなくて、全部無くして! 期待しないで!」


 そういうキソラに、何でだよ、という視線を向けるアーク。


「……口に合う自信がないんだよ」


 キソラはボソリとそう呟いた。


「何か言ったか?」


 そう尋ねられ、聞こえてないことを理解したキソラは、何も言ってない、と返し、止まっていた手を再び動かす。


(ばっちり聞こえてたがな)


 下手に不味くなければ、アークは文句を言うつもりもない。

 それでも、今回は彼女が初めて、この世界の料理を作ってくれるのだ。

 互いの好みなんて、少しずつ覚えていけばいい。


(だから、お前には悪いが、期待させてもらうぞ。キソラ)


 アークがそう思う一方で、キソラは滝のような汗を流していた。


(絶対、期待してる)


 今までが今までだけに、キソラは何となくそんな感じがしていた。


   ☆★☆   


 夕食後。


 キソラは撃沈していた。


「何で沈んでるんだ? 普通に美味かったぞ?」


 というアークの言葉が原因だ。

 期待云々は別にしても、普通に誉められても困る。


「アークはさ、濃い味派? 薄味派?」


 そう尋ねれば、


「どっちでもねーよ。俺としては、世話になってるから文句言う筋合いはない」


 と返される。


(まあ、そうなんだけどさぁ)


「それに、お前に世話になりっぱなしも悪いから、出来ることを探さないとな」


 それに溜め息を吐くキソラ。

 アークの場合、力仕事は出来そうだが、実力がはっきりとは分からない。


(それなりの実力者なら、冒険者を勧めるんだけど……)


 いざ依頼を受け、戦闘になったりして、実は実力皆無でした、なんて笑えない。


(それでも、登録だけさせとけばいいか)


 実力なんて、少しずつ付けていけばいい。

 まずはギルドでアークを登録させよう、と思案するキソラ。


「なら、今度の休みに街に出ようか」

「いいのか?」


 女子寮から男が出てくるのが見つかれば、キソラが困るんじゃないのか、と言うアークに、キソラは大丈夫、と返す。


「学院外に転移するから問題ない」


 なら、いいんだが、というアーク。

 そんな二人の元に、音が鳴る。


「何だ?」


 怪訝するアークを余所に、はいはい、とキソラが音の発信源を操作する。


「はい、キソラです」

『あ、キソラちゃん? 遅くにごめんね』

「あ、いえ……」


 音の発信源――小型の通信機から聞こえてきた声から、相手は女性らしい。


『今度の休みもお願い出来るかしら?』


 そう言われ、アークを一瞥するキソラに、肝心のアークは首を傾げる。


「まあ、今回はそちらに行く用事もありますから、その用事と一緒でいいのなら、引き受けさせてもらいます」

『そう? 引き受けてくれるのなら、用事でも何でも一緒で構わないんだけど』


 その返答に、いいのかそれで、とキソラは思ってしまう。


「何か希望はありますか?」

『いつも通り、任せるわ』

「分かりました」

『それじゃあね、キソラちゃん』


 通信機が切れ、息を吐くキソラ。


「何だったんだ?」


 聞いてくるアークに、キソラは視線をアークに向け、答えた。


「私の仕事」


 と。


「仕事、って……お前、学生だろ?」

「そうよ。とはいえ週二の仕事だし、やらないと生活が厳しくなるからね」


 以前なら、キソラ一人だったから良かったが、今はアークも居るのだ。

 さすがにそれは仕方ないことなのだが、やはり、大変らしい。


「別にアークが気にする必要はないからね? まだ余裕あるし、今まで通り働いていても、一ヶ月先の二人分の食材費もまだあるぐらいなんだから」


 だから、心配するな。

 キソラはそう言うのだが――


(一体、どんな仕事をすれば、そんな収入が得られるんだ?)


 アークはキソラを見ながら思案する。


「別に変なことしてないし、こっち見られても困る」


 彼女の反応から察するに、どうやら、ずっとキソラを見ていたらしい。

 だが、見られていたキソラの方は恥ずかしかったらしく、若干照れていた。

 そのままキソラは台所へ行き、皿を洗い始めた。


「まあ、私が何をやっているのかは、週末に分かるからさ」


 そう言うキソラの言葉に、なら、それまで待っておいてやるか、と決めるアーク。

 もし、マズいことしてるのなら、止める。


(それが、大人・・の仕事だ)


   ☆★☆   


 風が吹く。

 いくらまだ春とはいえ、季節は初夏に移行しつつある。

 怪我人だからとベッドを無理やり押しつけた同室者に目を向ける。


「少し出てくるね」


 小声でそう言い、キソラは部屋を出た。

 そんな部屋を出て行く彼女を、同室者であるアークは、片目を開けて見ていた。


 一方で、部屋を出たキソラは、息を吐き、転移魔法を使い、各地にある迷宮に飛ぶ。

 睡眠時間を考えれば、見に行けたとしても、二カ所ぐらいだろう。


 迷宮管理者であるキソラはギルドからの依頼があると、この様に様々な場所にある迷宮に飛び、開放する場所を選ぶ。

 選定基準としては、挑戦する冒険者たちの技量やランク、その迷宮の特徴や罠、出現モンスターの種類などがある。


「来るかもしれないから、スタンバイだけはしておいてよ」

『分かってる』


 迷宮の守護者にそう言えば、頷かれる。

 迷宮管理者であるキソラは、守護者たちとはどちらかといえば仲が良い。


「じゃあ、私は行くから」

『気をつけてね、キソラ』


 心配はしてくれるらしい。


「心配してくれてありがとう。でも、もう帰るだけだから」


 バイバイ、とキソラは転移魔法で学院内に入る。

 学院外に転移すると、学院内へ入れない上に、寮生だと外部宿泊扱いになる。

 キソラとしては、アークが居る以上、それだけは避けたかった。

 二日連続の完徹は避けたいというのもあり、迷宮選定は一ヶ所だけで、あの場所だけだが、臨機応変が利く迷宮だから、大丈夫だろう。


「やっと寝れる」


 欠伸をしながら寮に向かう。


「……?」


 が、その足は唐突に止まった。

 周囲を見回すが、何もない。


「気のせい?」


 視線を感じる。

 前後左右にいないのだから、と上空を見てみれば――


「……」


 人影があった。

 背中には大きな翼。


(見なかったことにしよう)


 何となくマズい気がしたキソラは目を逸らし、寮に向かう。

 アークの時は仕方なかったが、今回は別だ。

 たとえ、例のモノゲームの関係者だとしても。


(しかし、どうやって寮に戻ろうか)


 この道を通らないと寮には戻れないが、不審者の近くを通るのも気が引ける。

 だからと言って、アークを呼べば、いろんな意味でキソラ自身が危ない。


「……」


 そっと目を向ければ、こっちを見ていた。


(うっそぉ……)


 このタイミングで目が合うの? と思うキソラ。

 ゆっくり足を動かすキソラだが、相手が目を細められ、硬直した。


(あーもう! アークでも何でもいいから、誰か来て助けてよ!)


 自業自得なのは理解しつつ、それでも内心で助けを求めるキソラ。


「ったく、部屋にいないから外に出てみれば、何してんだよ」


 短期間で聞き慣れた声がキソラの耳に届いた。


「アー……ク……?」


 目の前に立つ男を見上げながら、何でいるの、とキソラは言いたかった。

 だが、アークが見ていたのは、上空からキソラたちを見ていた男。

 キソラもそちらに目を向ければ、そいつは笑みを浮かべた。


「見つけたぞ、アーク!!」


 喜ぶようにして言う男に、あ、やっぱり関係者か、と思うキソラは、余程自分がパニクっていたのだと理解した。


「ふーん、あいつがそうなんだ……。ん?」


 男の後ろから出てきたツインテールの少女は、アークの後ろにいたキソラに気づいたのか、首を傾げつつ見る。


「お前も、もう契約者見つけたのか?」

「お前もその様だな」


 男の言葉に受け答えするアークを見て、関係者どころか知り合いか! と思うキソラ。

 このままだと戦闘に入りかねないと判断したキソラは、声を掛けようとするが……


「アー……」

「俺はお前と戦うつもりは無いぞ」


 先程と同様に、男たちに見えないように、アークが前に立っていたのだが、位置が微妙にずれていた。


(守って、くれている……?)


 はっきりとは分からないが、どちらかといえば、アークはキソラの正面にいる。

 そのことに、若干嬉しく思いつつ、キソラは戦闘に入った場合に備え、相手を観察する。

 相手の男の背には翼があるのだが、もし同じ世界出身なら、アークにもあるのではないのか、と考える。


「それで、お前の契約者はその後ろに隠してる奴か?」

「お前には関係ないだろうが」


 男の問いに、あくまでしらを切るアークだが、背後のキソラを一瞥する。

 怯えてる様子はなく、軽く顔を覗かせているだけだった。


(大丈夫そうだな)


 そう思いつつ、アークはキソラから目を離し、男を見る。


「アーク、戦うつもり?」


 キソラがそう尋ねれば、アークは再びキソラを見る。


「何言って――」


 服の端が引っ張られる感じがしたので、アークがそちらを見れば、キソラが引っ張っていた。

 小刻みに震えてるのは気のせいか。


「どうするの?」


 再度尋ねられる。


「俺は――」

「私は治りかけなのに、無茶してほしくない」


 アークが答えようとすれば、キソラはそう告げる。


「それに、勝てる自信がない」


 それが本音か、とアークは息を吐いた。

 実際、キソラは前線攻撃が出来ない――いや、苦手なのだ。反対に、中~遠距離からの攻撃と後方支援の方が得意ではある。

 今、それを言うつもりはないが。


「あと……その状態だと飛べないから無理」


 それが、決定打となった。


「いつ、気づいた?」

「今」


 アークの問いに、キソラは短く答える。


「向こうに翼があるなら、アークにもあるんじゃないのかなって、思っただけ」


 要するに、キソラはアークに鎌を掛けたのだ。


「あるならあるでいいし、無いなら無いでいい」


 それを聞き、アークは溜め息を吐いた。


「それで、どうするの? 私たちと戦うの? 戦わないの?」


 ツインテールの少女が尋ねる。

 アークはキソラを見る。


「別に受けても良いよ」

「けど……」


 キソラはアークにそう返す。

 だが、言い淀むアークに、キソラは続ける。


「アークが勝つって、信じてるから」


 その言葉に、アークは目を見開いた。


「それに、私が原因だし」


 小さくそう呟く。

 部屋を出なければ、戦闘にはならなかったのだ。


(これは私の責任だ)


 そう思いながらアークを見る。


(アークに押しつけるような形になったけど――)


 それでも、出来る限りの援護はするつもりだ。

 アークの服の端からそっと手を離す。

 それに気づいたのか否か、アークは男に告げる。


「その勝負、受けてやる」


 それを聞き、笑みを浮かべる男。


「そう来なくっちゃな、アーク!」


 男は先制攻撃をしてくる。


「キソラ! ……ぐっ」

「アーク!」


 キソラも狙った攻撃に、アークが慌てて退避する。

 だが、掠り傷を負ったらしく、それを見たキソラが叫ぶ。

 けれど、そんなことしてる暇はない。


「アーク、どうしても空中戦に持ち込みたいなら援護するけど、あいつらを地上戦に仕向けることもできるし、どうする?」

「それ、本当か?」


 キソラの問いに訝るアーク。


「疑うの? 出来るって言ってるんだから、少しは信じて欲しいなぁ。私、こう見えて、後方支援型だし」


 自信満々に言うキソラに、料理の時とえらい違いだなと思うアーク。


「……そうか。なら、信じてやる。少しだけだがな」


 だが、そんなことはどうでもいい。

 パートナーになったのなら、彼女キソラを信じないと後が大変だ。


「で?」

「空中戦だ」


 翼を広げ、アークがそう答えれば、キソラは頷き、魔法を発動する。


「分かった。『風よ、飛翔の翼をの者に』」


 それを聞き、アークが飛翔する。


(体が軽い?)


 空を飛ぶアークだが、元の世界で飛んでいた時よりも、かなり飛びやすかった。


(キソラが援護しているからか?)


 後方支援がメインらしいが、それなら、攻撃と防御はどうするんだ、と思案していたアークだが、男の攻撃に気づいた時には、その攻撃を食らっていた。


「ぐっ……!」

「油断しすぎたな」


 攻撃を受けたアークを見ながら、男が言う。

 それを見て、内心舌打ちするキソラ。


「負傷者だからって容赦無しか……。『防御の壁よ、の者へ』」


 キソラはアークに防壁を展開する。


十分じゅうぶん余裕ね!」


 ツインテールの少女が切りかかってくるが、キソラはそれを避け、後ろに下がる。


「あの契約者やるな……」


 それを見て、笑みを浮かべる男に対し、アークは訝る。


「……お前、後方支援型じゃないのか?」

「さっきも言ったけど、私は後方支援型よ。けど、自分の身は自分で守るから、心配いらない」


 アークの言葉に、失礼な、と言いたげにキソラは返す。

 別にキソラは戦わない・・・・だけで、戦えない・・・・わけではない。


(とはいえ、私もアークも早く終わらせたいし――)


 それに眠い。

 こいつらは寝なくていいのか、と心配してしまう。


「一つ聞いていい?」

「何よ」


 返事があったことに驚きつつ、キソラは尋ねる。


「貴方たち、眠くないの?」


 アークでも夜には寝ていたのだ。

 同じ世界出身であるはずの男や目の前で対峙する少女が、眠くならないはずがない。


(私みたいに特殊でない限り、ね)


 そんなキソラに、少女は返す。


「あら、私たちの心配してくれるの?」

「違うよ。私は眠いから早く終わらせたいだけ」


 そう返せば、何ともいえない空気になる。


「……睡眠は生活するためには必要だからな」


 一応、フォローはしているらしいアーク。


「まあ、んなことはどうでもいい」

「私たちとしては、勝てばいいんだから」


 男はアークに攻撃しようとし、少女もキソラに攻撃しようとする。

 それに対し、アークは対抗姿勢を見せ、キソラは溜め息を吐いた。


「仕方ないか」

「私、あんまり戦いたくない。つか、眠い。というわけで、早く帰って寝かせろ」

「貴女、それが本音でしょ」


 アークが呟き、キソラが早く部屋に帰って寝かせろ、と言えば、それに対し、少女が呆れたような目でキソラを見ながら、そう返す。


「当たり前」


 キソラはあっさり肯定した。


「なら、貴女が負けを認めればいいだけよ」


 少女はそう言うが、キソラは不機嫌そうに少女を見る。


「却下」


 再度短く返すキソラに、今度は少女が顔を歪めた。


「却下って、貴女ね……」

「私たちじゃなくて、貴女たちが負けても、終了する」


 確かにそうだ、とアークは思う。

 よくよく考えれば、アークはともかく、キソラは完徹状態なのだ。

 今回初戦闘とはいえ、毎晩このような調子になるとすれば、部屋で休めるアークのことは除外したとしても、学生であるキソラは確実に倒れる。

 そう考えれば、今からでもキソラを寝かせた方が、倒れる確率は少しでも減らせる。

 それに、完全に成長期が終わったわけではない。

 地上にいる二人を見て、早急に決着をつけた方がいいと判断したアークは、目の前の男を視界に入れる。


「速攻で倒してやる。ギルバート」


 ギルバートと呼ばれた男は笑みを浮かべて、アークに返す。


「それはこっちの台詞だ。アーク!」


 そのまま戦闘に突入した二人のやり取りを見て、少女は呟く。


「単純……」

「言ってる場合?」

「え……」


 何が起きたのか、キソラが少女の足を引っかけ、少女は背中から倒れる。

 いつの間に隣に来たんだと、少女はキソラを見上げる。


「私が本当に何も出来ないと思ってた?」


 どこを見ているのか分からないで見つめられ、少女は黙り込む。


(後方支援っていう言葉に油断してた)


 後方支援というのはキソラ本人が言っていただけで、アークや少女たちが言ったわけではない。


「っ、」


 少女は起き上がり、服に付いた土を軽く払う。

 一方で、キソラは空中戦を繰り広げているアークたちを見る。

 どうやらされているらしい。


(アークの体力がギリギリってことか)


 見上げながら、そう結論づけ、キソラは魔法を使う。


「……『闇に隠れし、漆黒の翼よ、の者たちの飛翔を奪え』」


 キソラがそう告げれば、アークとギルバートの羽が消える。


「なっ……力が……」

「『風よ、の者たちに、守護の風を』」


 驚くギルバートに、キソラは再度魔法を使う。

 すると、風がアークたちと地面との間に入り込み、布団のような役割をし、二人はそっと地面に着いた。

 ギルバート同様、驚いていたアークだが、キソラが自分にしたことを理解し、怒鳴る。


「俺まで攻撃して、どうするんだよ!」


 そんなアークに、ムッとしたのか、キソラも怒鳴り返す。


「うっさい! 良いから、地上戦に切り替えろ!! 後で説明すっから!」

「完全に口調変わってるし」


 様子が変わったようにも見えていたが、どうやら口調も変わったらしい。


「ちょっと、何で飛ばないのよ!?」

「知らねぇよ!」


 ギルバートと彼の元に駆けつけた少女は、何やら言い合いをしている。

 そんな四人の横から、光が射す。


「……まさか、もう朝?」


 戦闘はほとんど真夜中から始めていたのだ。

 時は止まっていたわけではないので、朝になってもおかしくない。


「キソラ?」


 アークもキソラに近づき、彼女の名前を呼ぶが、返事はない。

 肩に手を置けば、キソラの身体はアークの方に倒れる。


「寝てるし……」


 そう呟きながら、ギルバートたちの方を見れば、そこに二人の姿はなかった。

 そのままアークはキソラを抱えて、寮の部屋に戻る。


 怪我が増えたせいで、アークが寮長に怒られたのは、数時間後のことだった。


   ☆★☆   


「ふぁあ……」


 欠伸をする。

 結局、二日連続で完徹してしまい、キソラは完全に不機嫌だった。

 先程、仮眠程度の睡眠は取ったのだが、あのままアークが一度起こさなければ、完全に遅刻していたし、休んでいたのだろう。


(今日は絶対に寝る!)


 そう決めて、気持ちを切り替え、昇降口に向かう。


「ん?」


 視線を感じたので、周囲を見渡せば、こちらを見る赤毛ツインテールの少女。

 彼女は碧の目を見開きながら固まっており、他の生徒たちが邪魔と言いたげに、不機嫌そうな顔で通り過ぎていく。

 髪色はともかく、どこかで見た顔。


「……」


 少しばかり記憶を遡る。

 そして、思い出し、キソラは叫ぶ。


「えーーっ!!!?」


 その場に、キソラの声が響き渡ったのだった。


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