第二話:仮契約


 コツコツと靴音が迷宮内に響く。

 迷宮の守護者(番人ともいう)から連絡を受けたキソラは一人、迷宮に来ていた。

 とはいえ、きちんと武装しているので、襲いかかられてもそれなりに対処は出来る。


 そこで、ふと気配がしたため、立ち止まる。


「まだ奥?」


 キソラは周囲に問い掛ける。


『まだ』

『最下層』

「おい」


 二つの返事が聞こえ、思わずツッコむキソラ。

 時折、結界のある迷宮の守護者が、他に結界のある迷宮に遊びに来ることがある。

 もちろん、キソラの支配下にある迷宮間だけだが、かなりの数を支配下に置くキソラだ。迷宮の守護者たち同士も仲良くしている(ケンカすると、キソラの鉄槌が落とされる)。


 さて、本来なら冒険者らしく、罠やら何やらを越えて迷宮を冒険するキソラだが、今はそれどころではないので、管理者権限で最下層に一気に降りる。


「よっと」


 最下層が見えたので、綺麗に着地する。


「さてと、着いたことだし、捜しますか」


 侵入者がケガをしているのなら、その辺に倒れている可能性があるため、足元に注意しながら、キソラは捜し始めた。





 ただひたすら歩きながら捜す。


「……見つからねぇ」


 中々見つからないため、キソラは溜め息を吐いた。


「はぁ、仕方ない」


 キソラは探査魔法を作動させようとしたときだった。


「……いた」


 そこにいたのは黒髪の男性で、連絡にあった通り、かなりボロボロに傷ついていた。

 侵入者とはいえ、とりあえず迷宮から出さないと手当ては出来ない。


「痛くても、少しだけ我慢してくださいよ、っと」


 そこで男性に触れたキソラに、何かが流れる。


「今……」


 流れてきたイメージに、キソラはあり得ないものを見るかのように、男性を見る。


(この人、まさか……?)


 この世界に転移魔法はあるが、世界自体を超えてくるなど無理だ。

 いや、否定はしきれない。

 そういう技術を持った世界の者なら、可能かもしれないのだから。


 キソラは考えるのを止めて、男性を背中に担ぎ、迷宮を出た。


   ☆★☆   


 ミルキアフォーク学院。

 エスカレーター式の学院で、キソラも初等部の頃から通っている学院だ。

 そんな学院には、遠くの地から来た生徒のために学生寮が用意されており、それぞれ男子寮と女子寮がある。

 女子寮の方にはキソラも住んでいるのだが――


「男子禁制なんだよなぁ、ここ」


 迷宮から助け出した青年(男性というよりはこちらの方が近かった)を見ながら、キソラは呟く。


「ま、いっか。治り次第、出て行ってもらえばいいし」


 そんなこと言いながら、キソラは看病するための用意をする。


「……」


 青年の額に置いていたタオルを濡らして絞り、再度額に置く。

 そんな風に青年を看病しながらも、結局キソラはイスに座ったまま眠りについてしまうのだった。


   ☆★☆   


 目が覚める。


「ここは……どこだ?」


 天井やこの部屋に見覚えはない。それに自分は洞窟のような場所にいたはずだ。

 それに、とイスに座り、船を漕ぐ少女に青年は目を向ける。時折、少女がイスから落ちそうになり、青年は内心では慌てた。

 きっと彼女が自分を手当てしたのだと、推測した青年は、彼女を観察する。

 肩より下まである黒混じりの紺色の髪。見た目からして十代なのは間違いないと青年は判断した。

 そして、初めて会ったはずなのに、妙な懐かしさもあり、そのことに内心、首を傾げる。


「っ、」


 そんな青年は自身の視線に感づいたのか、と思ったのだが、そんなことはないらしい。


「あ、起きたんだ」


 少女はやや伸びをして、肩を軽く回す。


「ケガの方、大丈夫ですよね」

「ああ」


 少女に聞かれ、青年は答えた。


「それなら良かったです」


 少女は流し台の隣にコップを置き、自分の分と青年の分のお茶を用意する。


「これ、置いておきますね」

「ああ……」


 未だに自分がここに居る理由が分からないのだろう。

 だが、向こうが何も言わない限り、少女――キソラも聞くつもりもなければ、答えるつもりはない。


「なあ」

「ん?」


 話しかけられたので、とりあえず返事をするキソラ。


「ここは……どこなんだ?」

「ここ? ここはミルキアフォークの学生寮だよ」


 聞かれたので、キソラは答える。

 ミルキアフォーク? と首を傾げる青年に苦笑いしながら、キソラは説明する。


「ああ、ミルキアフォークは学院で、十代の若者たちが通う学校みたいなものなの」


 これで伝わったのかと心配そうにキソラが見ていれば、どうやら伝わったらしい。


「つまり、君は学生なのか」

「まあ、そうですね」


 間違ってはいない。


「そうだ、自己紹介が遅れた。俺はアークだ」

「私はキソラ。キソラ・エターナル」


 青年――アークの名乗りに対し、キソラも名乗る。

 アークと名乗った青年はキソラの名前を何度も復唱していた。

 出来れば、見てないときにやってほしいとキソラは思うのだが、さすがに今は無理なので言わなかった。


「それで、俺は洞窟のような場所に居たはずなんだが?」

「ああ、それは私がここまで連れてきたからね」


 だから居る場所が違って当たり前だと、キソラは説明する。


「といっても、転移魔法で運んだんだけどね」


 乾いた笑いと共に、キソラは言う。


「転移魔法?」

「あれ、知らない? 別の場所から別の場所へ移動する魔法」


 尋ねるアークに、キソラが説明すれば、ここにも魔法があるのか、とボソボソと呟く。

 この呟きはキソラにも、ちゃんと聞こえてきたのだが、本人は聞こえない振りをしながら、すでに飲みきってしまった自身のお茶を入れ直す。


「まあ、詳しく言うなら、アークさんの言った洞窟みたいなところを出てから、転移魔法を使ったんですがね」


 キソラが付け加えるように言う。


「そうだったのか……ああ、あと『さん』はいらない」


 アークにそう言われ、分かりました、と頷くキソラ。


「とりあえず、一つだけ言っておきたいことがあるので、いいですか?」

「何だ?」


 尋ねながらも頷くアークに、キソラは言う。


「私はさっき、ここが学生寮だと言いました」

「ああ」

「ここは女子寮です」

「見れば分かる」


 キソラがいるのだから、多分そうなのだろう、とアークは予想していたのだが、ここまで聞けば、キソラが何を言いたいのか予想できる。


「ケガ人である貴方に言いたくはありませんが、一応、言っておかないと何か問題が起きたときに疑われかねませんから」

「それで、何が言いたい」

「この女子寮は、男子禁制なんです。以前、女子寮に忍び込んだ男子生徒がいて、女子寮にいた生徒が被害に遭ったことがあったらしいんです」


 うわぁ、と思いつつ、アークはキソラの話を聞く。


「それ以来、罰則やら何やらが厳しくなって、もし忍び込んだり、入れたりしたら、停学や退学になる可能性があるんです」

「それ、マズいんじゃないのか?」


 話を聞く限りでは、今この状況はキソラに不利な気がすると、アークは言う。


「大丈夫ですよ。寮長に話を通して、貴方のケガが治るまで部屋に居させてもいいと、許可を貰いましたから」

「……」


 いいのかそれで。


 罰則やら何やらが厳しくなったわりには、寮の規則は根本的な部分は変わってないらしい。

 しかも、怪我けがしているとはいえ、男女で同じ部屋にいるのだ。

 つまり、何かあっても文句は言えない。


(つーか)


 キソラの印象は、騙されやすそう、というものだ。

 だが、話を聞いていれば、学院や寮についての説明や寮長への連絡、としっかりしたような印象を受けた。

 それでも、あれとこれとは話が別だ。


「それに、ケガ人であるアークさんが、そんなことするとは思えないし」


 極めつけはこれである。

 アークはこの世界の常識を知らないが、キソラの今の言葉はどうなのだと、疑いたくなる。


 キソラはアークに尋ねない。

 この世界に来た方法や何故あの場所に居たのか。

 そして、アーク自身がどういう人物なのか。


「疑問に思わないのか?」


 だから、アークは自分から尋ねることしかできない。


「何が?」

「俺が、あの場所に居た理由とか」

「聞いてほしいんですか?」


 顔を伏せがちに言えば、キソラはそう返す。


「別にそうじゃないが、気にならないのか?」

「私は本人が話したくないなら、無理に聞こうとは思いませんし、その人の心に土足で踏み込む真似もしたくありません」


 そう言われ、アークは黙る。

 キソラとしては、聞いたとしてもどうにも出来ないし、もしそれが面倒事だったら、関わりたくない。というか、関わる前に聞かない方がいい、というのが本音である。


「俺は、さ」


 アークが呟く。


「こことは別の世界から来たんだ」


 キソラは目だけアークに向ける。


「別の世界?」

「ああ。この世界の者たちからすれば、『異世界』と言ってもいいだろう」


 キソラの言葉に頷き、アークは説明する。

 それに対し、異世界? と首を傾げるキソラ。


「それで?」

「俺が来た世界の中にはいくつも国があって、俺が住んでいたのは『帝国』と呼ばれていた国だ」


 アークが住んでいたのは、この世界と同じ――剣と魔法の世界。

 その中の一つが、アークが言った『帝国』こと『バルハムント帝国』。

 アークの居た世界の中では、大国に入り、それなりに豊かな国だった。

 そんな国に異変が起きた。


『異界の者と協力せよ』


 それだけだった。

 皇帝からの言葉に、国民たちは意味が分からず、その言葉を次第に忘れていった。

 この世界の者たちは、次元転移魔法を扱える。だが、その大半の理由は、この世界に戻れるかどうかすら分からないため、次元転移魔法を使おうとはしなかった。

 そんなある日、それに乗っかるように、反乱が起きた。


「戦い……」

「内戦だけどな」


 国民たちは争いから逃れるために、次元転移魔法を使える者たちは一斉に使った。

 反対に使えない者たちは使える者にしがみついたりして、命乞いをした。


「平和だったはずの世界が、一瞬にして戦場に変わった」


 アークの言葉に、キソラは目を逸らした。

 キソラは以前、赤く染まった大地の夢を見たことがあった。人々は戦い、泣き叫ぶ。失ったものは取り戻せない。赤く染まった手を伸ばすところで、いつも目が覚める。


「俺は必死に逃げた」


 逃げても逃げても反乱軍が追いかけてきて、足元には血を流す人々がいた。


「追いつめられ、最終的に俺は、次元転移魔法を使った」


 目を閉じ、手で顔を覆う。


「あの後、国がどうなったのかは分からない」

「……」


 キソラは何も言わなかった。

 何となく、気持ちが分かったからだ。だから、こういう場合は、無理に何かを言うより、誰かが側にいる方が良いときもある。


「……私は、よく分からなくはないけど」


 呟けば、アークが顔を上げる。


「多分、大丈夫」


 国の行く末は分からなくても、生物がいるなら、その世界は大丈夫だ。

 でも、とキソラは続ける。


「そのお陰でアークと私は出会えた」

「……」

「言い方は悪かったけど、それでも人との出会いは一期一会だからさ」


 私たちの出会いも無駄じゃない。

 亡くなった人のためにも、頑張って生きる。


「それが、今アークがすること」


 ね? といえば、ああ、とアークは頷いた。


「でも、予言だったのかな?」

「予言?」


 ふとキソラの言った言葉に、怪訝そうにアークが尋ねる。


「アークの話を聞くとさ、皇帝――王様は多分、そうなることを予感したんじゃない?」


 予感していたから、異国や外国ではなく、『異界』なんて言葉を持ち出したのではないのだろうか。


「キソラ」

「ん?」


 名前を呼ばれたので、返事をする。


「この世界や国について、教えてくれ。どんなに時間が掛かってもいいから」


 アークに手を取り、そう言われ、キソラは目を見開き、驚いた。


「ああ、うん。いいよ」


 思わずそう言ったキソラに、何かが完了したような音が鳴る。


『《仮契約》はされました』


「はい?」

「は?」


 思わず変な声を出す二人。


『ただいまより、お二人はペアとして、あるゲームに参加してもらいます』


「はぁっ!?」

「何だよ、それ?」


 だが、説明されることなく、一方的な会話は続いていく。


『この世界には貴方がた同様、ペアを組んだ方々がいます。その方たちと戦い、勝利してください』


「同族争いをしろと?」


 キソラが尋ねるが、やはり一方的な会話が続く。


『殺し合いではありません。ゲームです』


「もし、勝利したら相手はどうなる?」


 あくまでも『ゲーム』を強調するに舌打ちしつつも、今度はアークが尋ねる。


『敗北された方々は、そのままゲームの参加権利が失われます』


 ようやく答えた声に、眉間に皺を寄せる二人。


「“仮契約・・・”って言ってたけど、何でなの?」


『契約しておきながら、他の方とペアを組まれては困りますから、最終的にそのペアでよろしい場合のみ、本契約をしてもらうことにしてもらってます』


 無言になる二人。

 これで二人はアークのケガが治ったとしても、離れることが出来なくなってしまった。


「それで? もし、その“仮契約”とやらを破棄した場合はどうなるの?」


『《仮契約》を破棄された場合、対価を貰います』


「対価?」


 訝る二人に、声は言う。


『お二方の魂です』


 二人は目を見開いた。


「魂って……」


 呟くアークに、隣にいたキソラは言う。


「一つ言っておくけど、私の魂は先約があるから無理なんだけど?」


『それは、こちらで破棄させます』


 やけに自信満々に言う声に、キソラは再度言う。


「無理だと思うけどね。貴方がどこの誰か知らないけど、私の先約を破棄するなんて不可能」


 キソラの言葉に黙り込む声。


「安心しなさい。“仮契約”を破棄する気なんてないから」


『…………分かりました』


 キソラの言葉は通じたらしい。

 アークが何か言いたそうにしていたが、何も言わずに黙っている。


『これにて、案内を終了いたします。アーク様、キソラ様。ご健闘をお祈りします』


 プツンと声は切れた。


「何で勝手に決めた?」


 アークはやはり怒っているらしい。


「相談しなかったのは悪いけど、対価が魂なんてたちが悪い」


 キソラもキソラで、それなりに怒っていたらしい。


「まあなぁ」


 アークもそれには同意した。キソラの『先約がある』という言葉にも、破棄させようとしていた。


「それに、こちらが何らかのアクションを起こさない限り、向こうから挑まれることがないとは思う」


 アークは再度、同意したように頷いた。


「まあ、何だ。こうなった以上、協力するしかないからな」


 アークはキソラに手を差し出す。


「キソラ・エターナル。これからよろしくな」


 それに驚きつつ、キソラはその手を取る。


「こちらこそ」


 こうして、二人はパートナーとなった。


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