四等星「魔王」

 ここは、魔王城の大きな図書室です。


「ねえ魔王」


「どうした? 人間の娘よ」


「あの魔法使い、死んじゃったの?」


「あのお前がよく話していた魔法使いか。あいつは処刑されたぞ」


「私に魔法を撃ったことが原因で」


「城の中で魔法を撃ったことが原因で。お前だけするわけにはいかないからな」


「魔物たちは私に駆け寄ってきてたけどね」


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「あの魔法使いは、賢かった」


「そうなのか」


「だから疑問に思うの、なんであの魔法使いは私に攻撃したのかなって」


「理由は言ってたな。お前が憎かったらしい」


「憎いからって自分の死を近づけるの」


「近づけたんだろう」


「死とは絶対的な恐怖じゃないの?」


「死とは絶対的な恐怖だな」


「なんで彼女は絶対的な恐怖を享受したの?」


「それは知らない。わからないな」


「……わからないかぁ」


 娘は長い黄色の髪をなでながら言いました。


「魔王にもわからないことがあるの」


「いっぱいあるさ。自分の存在証明すら危うい」


「われ思うゆえにわれあり」


「かっこいい言葉だな」


「でしょう」


「まあ、私にはそれも危ういんだが」


「魔王は思わないの?」


「思うさ」


「それなのに危ういの」


「なんでだろうな」


 魔王は次の本を読み始めました。


「多分、狂っていることがわからないんだと思う」


「じゃあ、あの魔法使いは狂っていたの? そういう風には見えなかったけど」


「狂っていたね。少なくとも、私にはそう見えた」


「でも、彼女は賢かった」


「賢かったからさ」


 魔王は本のページをめくりました。


「じゃあ、なんで狂っていたの?」


「彼女自身も言っていたじゃないか、恨みだよ」


「賢いのに。そんなもので?」


「恐らく彼女は長い考えの末に恨みを捨てることもできたさ。でも、彼女自身でそれを考える前に、それを捨ててはいけない事を考えたんだろう」


「死を前にしても?」


「恐らく、彼女の中で何かがあったんだな。正義感や罪悪感等とは違う何かが」


「狂い?」


「言い表すならそれが一番手っ取り早いな。それで片づけられてしまうのはいささか可哀相だが」


「彼女は賢かった。だけど、恨みに狂ったと?」


「そうだな」


「わからないなぁ、死を前にして、死を取るなんて」


「それは彼女に聞いてみなけりゃわからない」


「狂人の言葉を?」


「もしかしたら、それをわからない我々の方が狂っているのかもしれないぞ?」


「まぁ、それこそわかんないことだよね……狂ってることは、わからないや」


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「でもさ」


「なんだ」


「魔王って、狂うほどに恨まれているんだよね」


「だな」


「悔しくないの」


「ほう? 悔しいとな?」


「だって、悔しくないの? 魔王って、生まれた時からそう決められていたんでしょう。その運命によって、大勢の人から恨みを受けることが、悔しくないの?」


「……まあ、悔しいと言えば悔しいが」


「……」


「前にも、似たようなことを言った勇者がいた。それを聞かれた時に、私はこう返してやった。だから今回も、こう返してやろう」


 魔王は本をしまいながら言いました。


「……もう、とっくに諦めたさ」


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 ここは、娘の牢屋です。鍵はかかっていません。


「わかんないや」


 娘の顔に、傷はありませんでした。

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