【短編】夏に、紅葉を贈るから

ぽんちゃ 🍟

第1話




——なんで、なんで?



なんで。


鼓動が痛い、息が出来ない、


体が、心も、崩れていく。ぜんぶ、今までが全部。



なにかを、失った。


私にとって、とても大きなもの。


持ってもいない、なにか。



「好きだよ」



って、焦がれた君の隣にいる、あの人は誰、


なんで、隣にいるの、息のかかる距離なの、


ねぇ、なんで待ってよ、



小学3年生の夏で止まったこの鼓動が、


また動き出して嬉しかった、


高校の入学式で再会したとき、


運命なんじゃないかって思った、


初恋がやっと花を咲かせてくれるんじゃないかって、でも、



でも、


舞い上がったのは、私だけだったんだ。




私の、9年間の想いは——




   *  *  *




「今日の告白が成功しますように…!」



 恋には、相手がいる。


 だから難しい。



 敵でも味方でもないお相手がいて、個人が足掻あがいたところで相手の感情を動かすことはできない。最大の努力をしたって、振り向いてもらえないことも多い。


 この広い地球の中で、まず出会うことが奇跡で、それから互いを好き合うのはもっと奇跡だ。人間の力で簡単にどうこうできるわけない。



「どうしたらいいか分かんないよね」



 そう……本当に、分かんないよ。


 可愛くなればいいんじゃないだろうし、あと数時間で私ができることなんて少ないし。


 だからもう、神様にすがるしか……って、



「ピピ!? なっなな、なんで」

もみじちゃん、声漏れてたよ~」



 ?? 


 ピピは先に参拝済ませたはずなのに、なんで隣にいるの……?


 私のお祈りが長かったから? 戻ってきてくれたの?



 …え、なに? 


 漏れてたって、私の思考……?



「恋は相手がいるもんねぇ~」



 うわぁ…うわ、ピピがニヤニヤしてる……。


 さっきの独り言、全部聞かれてた感じっすか……イタい。



「まぁまぁ、とりあえず行こ」



 班に置いてかれちゃうよって、私の手を引いて参拝終了を促した。


 私は神様に一礼して、ピピを追いかける。



 ピピ。


 ピピは、友達。同じクラスで超絶可愛い子だ。


 最初に隣の席だったのがきっかけで、よく喋るようになった。性格も趣味も反対なのに気が合って、今日も同じ班で修学旅行を楽しんでいる。



「ピピはそういうのないの?」

「? アオハル系?」



 首を傾けたピピの長い髪が、サラサラと風になびいた……可愛い。


 なんというか、こういうとこ、美少女は罪だと思う。男だったら絶対ほれる。



「あっそか、ピピは彼氏できたもんね」

「え、ちょっ椛ちゃ」

「ごめんごめん、なんでもないよ!」



 ダメだ、つい非リア同盟と間違えてしまう。



 修学旅行1日目の昨日、ピピは密かに想いを寄せていたふじ君に告白されたんだってふえー!! 両想いでお付き合いだって! 甘美!


 クール系男子の藤君は、高身長でかっこよくて優しくて、まさにパーペキ、学年を超えてモテる人だ。可愛いピピとお似合い。



 前々からピピの恋は応援していたし、実って本当に嬉しい。



「ピピ、お幸せにね」

「私のことより自分のことでしょっ!」



 ピピが顔を真っ赤にして怒ってる。可愛い。


 写真撮って藤君に送りたい。



「椛ちゃん、お祈りしたの?」

「うん。あとは私の勇気次第」

「ここまで応援したんだから、絶対伝えてきてね」



 ピピが、ふわって笑ってくれた。


 恋愛の先輩がこうやって背中おしてくれると、勇気出る。



「ナツキくん、元気そうだった?」

「ま、まぁ」

「よかったね! 夜に?」

「うん、ライトアップ見に行くときがいいかなって……」



 ナツキくん——近野こんの夏樹なつきくん。


 いちおう幼馴染で初恋の人で、今はクラスメートのやつだ。



 みんなは普通に『近野くん』とか『夏樹くん』って呼んでるけど、私は、昔のあだ名が外れなくて『ナツくん』って呼んでる。



「7歳からの初恋かぁ…」



 ピピが、遠くを眺めて呟いた。



 ……そうだ。恥ずかしいけど、間違ってはない。



 小学1年生のあの日、私はナツくんに惚れた。


 きっかけは些細かもしれないけど、私には充分で。小学3年生のときにナツくんが転校しても、私はずっと覚えていたし想っている。



 今は、高校1年生、16歳。


 9年経っても色褪せてないし、別の誰かに惹かれることもなかった。


 現実味がないって言われるけれど本当のことで、ずっとナツくんを焦がれていた。



 今の私は、あのとき以上にナツくんが好きかもしれない。



 小学生の姿で静止していたナツくんが、高校生の姿で再来してきたんだ。変わったところも変わらないところも全部、好きだ。



 昔から整った顔だとは思っていたけど、可愛いとかっこいいが入り混じった、えくぼの素敵な細い男子になっていた。


 でも、根っこは変わらないというか、誰にでも優しい心は、あの日と変わってなくて嬉しい。



 それに、私を覚えていてくれた。転校を見送った側は覚えていても、転校する側は覚えてないことだって多いのに、私が話しかけたら、昔と変わらない人懐こい笑顔をまた、向けてくれた。



「……ねぇ、ピピ」



 なぁにって、ピピが私の方を振り向いた。



「今日、頑張ってくるね」



 そうだ、頑張んなきゃだ。



 9年間つづり続けた想いを伝えないで、どうする。どこにも捨て場所なんてないんだから、渡さないといけない。重いけど、受け取ってほしい。



 修学旅行を、忘れられない思い出にしてみせる。


 そして、ピピに笑ってありがとうを言う。


 ピピの恋の成功にも改めて、乾杯するから。



 神様、よろしくお願いします。






 修学旅行2日目、今日の夜。


 この想いを伝えなくちゃ、


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