6 あまなつ
父の言ったとおり、台風は上陸することもなく通り過ぎ、翌日は真夏のような天気になった。カンナは放課後ジャージに着替えると、真っ直ぐハタさんのビニールハウスに向かった。
案の定、ハタさん夫婦は台風の後片付けで忙しそうだった。
「あらあカンナちゃん。昨日はお母さん大変やったねえ」
おばさんがすぐに気付いて声を掛けてくる。ハタさんにまで知られてたのか、とカンナは肩をすぼめた。この小さい町では、誰がコケたのハゲたのという小さなニュースまで、すぐ隣近所に知れ渡ってしまう。
「お母ちゃんなら大丈夫です。あのハタさん、この前の苺やけど……」
母と些細な理由でケンカしてしまったこと、折角ハタさんがくれた苺を台無しにしたことをカンナは正直に伝え、頭を下げた。
「ほんっとに、すみませんでした。で、あたしお詫びになんかお手伝いしたくて」
「あはは、そんなことでわざわざ来たんか」
おじさんは日焼けした顔をほころばせた。おばさんも作業の手を休めないまま笑いかけてくる。
「カンナちゃんは真面目やねえ。そういうとこ、お母さんにそっくりや」
「え、あたしがですか。どっちかいうとお父ちゃん似や思うとったけど」
「いいや、お母さんによう似とる。まあええわ、折角来てくれたから手伝ってもらおか。そこの溝に溜まっとる落ち葉、集めてくれる?」
「はいっ」
その日の夕方まで、カンナはハタさん夫婦の作業を手伝った。思えば中学に入ってから、のらりくらりと『帰宅部』を決め込んで身体を動かすことをあまりしてこなかったが、汗をかくのは思ったより気分が良かった。
「ナッちゃんとは――カンナちゃんのお母ちゃんとは、中学で一緒だったんよ。面白い子やし、妙に真面目で気が強いとこもあるし、なかなか人気者やったよ」
畑から家へ帰ると、冷えたみかんジュースを勧めながら、おばさんは中学時代の思い出を懐かしそうに語り始めた。
「ちょっと困ったところもあったわ。いっぺんヘソ曲げたらなっかなか自分からは謝らん。意地っ張りでねえ」
おばさんは笑っているが、カンナは自分のことを言われているようで居心地が悪くなった。
「な、カンナちゃん。あんたがお母ちゃんとぶつかるんは、お互い似た者同志やから、かな?」
「えーそうかなあ」
「ふふ、ナッちゃんがうらやましいわ、ケンカしてくれる可愛いらし娘が
へ、可愛らしい? 自分が? むずがゆい気持ちでジュースをがぶ飲みしていると、おおい、と声を掛けておじさんが色鮮やかな甘夏柑を何個も持ってきた。
「これお見舞い。もってお帰り」
「そ、そんな。苺もらったばっかりやし」
「苺はカンナちゃんにあげたんよ、なあ、お父さん。これはナッちゃんに。他のを出荷したあと木の枝に残して完熟させた実なんよ。お母さんに食べさせたげて」
おばさんの笑顔そのままのような甘夏柑の色が、カンナの目に沁みた。
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