1周回目(1)

 うわああああああああ! 

 どがん、がらがらがっしゃん!


 俺、こと無頼耕太はいきなり神経接続を解除された苦痛に耐えかねてVRポッドから飛び出した。

 悲鳴をあげながら床に転がる。

 最後の「どんがらがっしゃん」は教室に欲おいてある簡易式の机をひっかけて倒した音だ。

 そう、ここは教室――それも生徒削減によって使われなくなった空き教室を利用した、『パソコンクラブ』の部室だ。

 パソコンクラブなどというありきたりな名前を付けたのは学校に対する目くらまし、何しろウチには日本IT会の影の首領ドンと目されているエスタルバ社の社長令嬢が所属しているのだから。

 彼女が私費を投じてそろえてくれたパソコンは最新式のもので、このVRポッドももちろん、彼女が用意したものだ。

 その彼女――前島アカサはポッド内の俺をモニターするために設置した三大のパソコンに囲まれて座っていた、が、あわててモニタリング・インカムを外して俺に駆け寄る。

「だ、大丈夫ですか、先輩!」

 このアカサ、痩せて小柄なボディに超ド級の胸を装備した美少女だ。その爆乳が顔すれすれをかすめながら助け起こされることが不満であるわけがない。

 しかし、たった今プレイしたゲームには不満しかないが。

「名前を入力しただけでゲームオーバーとか、どんな死にゲーだよ!」

「ごめんなさい、たぶんバグだと思うです」

 アカサがしょんぼりとうなだれるから、俺はうろたえてその頭を撫でてやる。

「ま、まあ、そういうバグ対策のためのテストプレイだし……ちゃんと修正しておけよ?」

「先輩……やさしいなのです」

「ば、ばばっか! 別に優しくなんかねえよ」

 猫のように伸びあがったアカサは、俺の手のひらに頭を擦りつけてさらなるナデナデを要求している。

 かわいい。

 信じられないのは、こんなにかわいい彼女が学校一の秀才であり、その才ゆえにエスタルバ社の実権を掌握する現トップであるということだ。

 もっと信じられないのは、どうやら俺に気があるらしいということなのだが、これは未確認情報なのでここでは伏せておく。

 ともかく俺は、そんな彼女が開発しているVRシステムのテストパイロットに選ばれ、校内でも治外法権区域であるこの部室で、二人きりで怪しげなVRゲームのテストをすることになったのだ。

 ふいに、アカサが真顔になった。

「それで先輩、どうでした?」

「どうもこうも、名前の入力すら済んでいないんだから本編は未プレイ……」

「いえ、現段階でも、神経接続および疑似五感はある程度把握できたのだと思うのです」

「疑似五感ねえ……あ、文字を触った感覚はあったな」

「ほう!」

「あと、気温? ここよりも涼しく感じるように設定されているだろ?」

 今は夏、ポッドから出た途端にドバっと汗が噴き出し、すでにシャツが背中に張り付き始めているというのに……ゲーム世界は春のような温やかさだったことを思い出す。

 アカサは満足したように頷いて、腕組みをした。

「おおよそ成功なのですね。それで、ゲームオーバーの瞬間はどうでした?」

「ゲームオーバーの……つまり死んだ感覚か?」

「です。そこは今回の開発でいちばん加減が難しかったです」

「そうだなあ……黒い?」

「ふむ、つまりブラックアウト体験です?」

「まあ、そうなんじゃないかな。さ、もういいだろ、アイスでも食いに行こうぜ、おごってやるからさ」

「先輩」

「ん?」

「私、お小遣いは国家予算並みのお金持ちですよ、おごるのは私の方じゃないです?」

「ば~か、そんだってお前は俺の『後輩』だろ、おとなしくおごられておけよ」

「先輩……好き」

「ん?」

「す、好きなアイスはなんですか」

「ガジガジくんかな。いいから行くぞ」

 俺はアカサの向かって手招きすると、部室を出た。


 この時、俺がもう少し注意深ければ気づいただろうか、アカサのたくらみに。

 彼女は俺の背中を見つめたままにんまりと口の端を吊り上げ、つぶやいた。

「先輩……殺してあげますね、何度も、何度も、何度でも!」

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デスエンド・ワールド 矢田川怪狸 @masukakinisuto

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