エターナルスプレッド
無限と空虚は似ているのか、どこまでも果てしなく広がるnull、それが一気に収束して光へと変わる。
情報のビッグバン、世界ははじまる。
俺が目を開けると、暗い世界に入力ボックスが浮かんでいた。
そう、ゲームでよく見かける、別名『最初に名前を入力してねボックス』。
白く発光するこれが、何もない真っ暗な空間の、俺のすぐ目の前にふわりと浮かび上がっている。
耳元で小さな声が、いかにも楽しそうに笑った。
「ようこそメメント・モリへ。最初に名前を入力してね」
声のした方に顔を向けると、手のひらに乗るほどの小さな女の子が、ニコニコと笑いながら、これもまた漆黒の空間に浮かんでいた。
妖精だ。
なぜ妖精だと思ったのか……彼女の背中にはトンボを思わせる四枚の羽が生えている。透き通った飴細工のような精細な羽が。
ここはゲームの中なのだから、間違いなく妖精としてデザインされた存在であるのだろうと、俺は納得した。
「へえ、綺麗だな」
別に返事を期待したわけじゃない。相手はゲームの案内役であるN P Cなのだから。
しかし予想に反して、その妖精は得意げに羽を震わせて言った。
「うふ、ありがと」
「すげえ、コミュニケーション能力があるのか!」
「うふふ、メメント・モリは現行ゲームの中で最高峰、次世代の技術を惜しみなく組み込んだ超バーチャルシステムですもの、全てのNPCと対話可能なのよ、無限に広がるシナリオのないゲームを楽しんでね!」
「すげえ、すげえ!」
「さて、驚いてばかりじゃなくて、名前を決めてちょうだい」
「おっと、そうだった」
俺は入力画面に手を伸ばす。そこには五十音表が付随していて、指先で触れると文字が明滅するのだ。
「音声入力じゃないのな」
「程よいアナログ感の演出はゲームのお約束でしょ」
「ま、そうだな」
俺はなんの疑いもなく文字を指でなぞる。
「本名ってのも抵抗あるからな、『エターナルスプレッド』っと」
文字を打ち込み終わった瞬間、なんだか低く脅すような音楽が「デドーン」と鳴った。
「なに、この音楽?」
ふと見上げると、さっきまでニコニコしていた妖精も顔を伏せ、なんだか不穏な空気だ。
「警告、その名前はあまりにも意味不明です」
「え、そうかなぁ」
「警告、警告、あと三秒であなたは死亡します」
「ええっ、えええっ、ちょ、ちょっとまってよ!」
「さん、にー、いち、ぜろ!」
入力画面に伸ばした指先もむなしく、あたりは再びの漆黒に……染まった。
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