天使と嘘つき

もがみたかふみ

天使と嘘つき

「なぁ、シンジ?」

「なんだ?」


俺はヒロシを見た。ヒロシとはなんだかんだで長いつきあいになる。完全な腐れ縁だ。悪いヤツではないのだが、口が上手く、いつも上手く乗せられてしまう。それでも長いこと一緒にいるのは、結局こいつがいいヤツだからなんだろう。


「こないだのパーティで、マユミを紹介しただろう?」

「紹介……ってお前、遠くから指さし確認しただけじゃないか。ああいうのを紹介したとは言わないだろ」

「どう思った?」

「どうって言われても」


俺は首を傾げた。見た感じ、どうということのない、普通の女性のように思われた。


「あれじゃ全然わからんよ。口もきいてないじゃないか」

「俺は、彼女最高だと思うんだ」

「ええ?」


俺は耳を疑った。ヒロシがそんなに女性を誉めるのは聞いたことがない。


「彼女は天使だ。女神だよ。まさに俺の人生に降り立った希望の太陽だ。彼女の幸福のためなら、どんなことでもできる」

「……お前がそんなに入れ込むのは珍しいな」


ヒロシは口が巧いので、意外と女性にはモテる。ただ自分から熱をあげることはあまりない。そのヒロシが彼女のどこにそんなに惚れ込んだのか、少々興味わいた。


「その彼女が、だ」

「うん」

「お前に興味あるんだそうだ」

「ええーっ!」

「何がええー、だ、この果報者」

「嘘だろう?」

「嘘なんて言うもんか。正真正銘、彼女がお前とデートしたい、とそう言っているんだ」

「いや、俺、いいよ。お前に譲るよ」

「バカヤロウ!」


ヒロシは一喝した。


「俺はなぁ、彼女の幸せのために人生を捧げると決めた。その彼女がお前を望んでいるんだ」

「はぁ」


こいつって、こんな献身的なタイプだったっけ?


「な、一度だけでいい。彼女に会ってやってくれ。俺のためだと思って。俺の代わりに彼女を幸せにしてやってくれよ」

「……なんか嘘っぽいな」

「なんだって?」

「お前の話がどうも嘘っぽいんだよなぁ」

「誓って言う。俺は嘘は一言も言ってない」

「ホントかなぁ。まぁ、それほど言うなら……」

「よし、じゃあお膳立ては俺に任せろ。な」


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「よぅ」

「ああ、ヒロシか」

「結局、マユミと上手くいったんだってな」

「あ、ああ」


実は今日も、ちょうどそのマユミと待ち合わせしているところなのだが、言い出すタイミングを逸してしまった。何も知らないヒロシはニコニコと話し続ける。


「俺も嬉しいよ。マユミが本当に幸せそうでな」

「ああ、なんか、その……悪いな」

「悪いって、何が?」

「だってお前、本当はマユミのこと、好きだったんだろう?」

「ああ、なんだ、そのことか。いいんだ。マユミがそう望んだんだからな。二人が幸せなら、俺のことはいいんだ。おとなしく、身を引くよ」


笑顔のヒロシを見ながら、なんだかいやーな予感を感じた。こんなに献身的なヒロシなど、見たことがない。その時、向こうのからマユミが走ってくるのが見えた。


「シンジくーん」


彼女は俺とヒロシの前まで小走りに走ってきて、軽く息をついた。


「ゴメンね、遅くなっちゃって」

「ああ、いや、いいんだ」


彼女はヒロシを見た。


「あら、お兄ちゃんもいたの」

「お兄ちゃん?」

「なんだお前、俺より先に家を出たくせに、どうして待ち合わせに遅れるんだよ」

「ちょっと駅前のビルを見てたら、遅くなっちゃって」

「ちょ、ちょっと待った」


二人は俺を見た。


「兄妹、なのか?」

「あらやだ。お兄ちゃん、そのこと話してなかったの?」

「ああ、そういえば、話してなかったかな」

「ええ? じゃ、どーやって私を紹介したの?」

「遠くから指さし確認で」

「そんなの紹介のうちに入らないでしょ。ホントは?」

「さー、どうやって紹介したんだったかなぁ」


ヒロシは俺から目をそらしながらトボけている。俺はヒロシに近づくと、マユミには聞こえないように言った。


「お前……だましたな?」


ヒロシはニヤリと笑った。


「嘘は言ってないさ。彼女は俺の天使だ。彼女を幸せにしてやってくれよな」

「……この嘘つき」

「嘘は一言も言ってない」

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