第22話 レインコール
「由里佳が事務所を飛び出したまま帰ってこない」
そう織部から聞いたのは、木曜日の、日が沈む少し前のことだった。ちょうどその頃から激しく降り始めた雨は、勢いこそ衰えたものの二日経った今も止む気配がなく、灰色の空の下、由里佳の行方を知る手がかりはようとして掴めていない。
ロボットの家出――。
少なくとも、ロボマル社内においては前代未聞の事態である。
世界的に見ても、おそらくあまり例のないことであると思う。
あの日、由里佳を再起動するという話は前もって織部から聞かされていたが、まさかそんな報告が来ることになるとは、流石の五島も思いもよらないことだった。
とは言え、当初五島はこの事態をそこまで大したことだとは捉えていなかった。
何しろ、あんなことがあった後である。それは由里佳にも思うところはあるだろう。分別のない子どもというわけではあるまいし、少し頭を冷やせばすぐに戻ってくるさ、と楽観的に考えていた。
いつもの五島の悪い癖である。
しかし、その原因となった一幕を織部から詳しく聞き及ぶにつけて、更にそのうえ丸二日も音沙汰がないとなれば話は別である。
「流石に探しに行かないとまずいですよね」
岡田がそう言ったのは、昨日の午後、つまり由里佳の失踪から一夜が明けて、先技研のオフィスに集った面々が織部から詳しい話を聞いた後のことだ。
岡田の言葉に応じ、佐々木が重々しく頷いて言う。
「この雨の中ですからね。あてどもなく彷徨っているところを警察に保護されでもしたらことですよ」
「いっそのことそうなれば、捜す手間もはぶけて楽なんだがな」
「由里佳のこと、詳しく聞かれたらなんて説明するつもりですか。そっちの方がよっぽど面倒に決まってますよ」
五島が軽口を言うと、いつものように岡田が噛みついて反論する。
「冗談だよ、冗談」
うるさそうに手を振ってから、
「そういうことなら、そうだな――。佐々木と岡田は引き続き、菅原の件を頼む。由里佳は俺が探しに行く」
実のところ、例の事件についての五島の見込みは早々に外れていることが判明して、調査は完全に行き詰まっているのだった。
そういうわけで、手持ち無沙汰の五島が自ら捜索役を買って出ると、
「わたしも一緒に探しに行きます」
織部が食い気味に同行を申し出た。
ところが五島はすぐに首を振ってこれに答えて、
「いいや、織部は出来るだけ家にいてくれ。由里佳がいつひょっこり帰ってこないとも限らないだろ?」
「それはそうかもしれないですけど、でも――」
「まあ、俺に任せておけって。迷子になったロボットをどうこうするのは昔から得意なんだよ」
五島が得意気に言うと、織部の目つきが訝しいものに変わる。またそんな適当なことを、と言っている目だ。
「迷子とは少し違うと思いますけど……」
「いいや、わかんねーぞ。案外本当に、迷子になっちまって帰れなくなってるだけかもしれないぜ」
また軽口を叩いてから、少しだけ真面目な口調になって、織部に言い聞かせるように言葉を継いだ。
「とにかくまあそういうことだから、織部は大人しく家にいて、由里佳が帰って来た時に温かい飯でも食わせてやれるように準備しといてくれよ。――な?」
そして今日、七月二十六日。土曜日の夕方。
天気はやはり雨――。
くたびれた喫茶店の軒先で、それに負けじとくたびれた五島が雨宿りをしている。
時々思い出したようにぼんやりと、見るともなしに通りに目をやり、そこに由里佳の姿がないことを確かめては、首を振ってため息をつく。
何か当てがあってのことではもちろんなかった。
けれど、何となくあっけなく見つかるような気がしていたのだ。
それが気のせいだったと気づいてから、すでにどのぐらいの時間が経っただろう。
「っとにどこほっつきあるいてやがんだあいつは」
昨日の午後から引き続き、今日一日雨の中、朝から晩まで足を棒にした捜索が徒労に終わって、五島は苛立ちを隠せない声でぼやいた。
――だいたいこの雨が全部悪い。
じとじとと中途半端な勢いで、いつまでも降り続く雨と分厚い鈍色の空には、五島でなくても気分が滅入るというものだ。もしそうならないやつがいるとしたら、そいつの前世はカエルかオオサンショウウオに違いない、と、誰とも知れない人物に向けて当てつけのように思う。
そのせいもあって、事務所の周囲を中心にしてダメ元で行った聞き込みも、やはり有力な情報は得られなかった。誰の目にも留まらないほどに由里佳が日常に溶け込んでいるというのは、果たして良いことなのか悪いことなのか。少なくとも今の五島にとって厄介な問題には違いなかった。
「あいつ、地味過ぎるのかもな。もっと派手な見た目にしてやれば良かったか?」
そんな埒のない考えもそこそこに、ひとつ深呼吸をすると、
「仕方ねえ、こうなったら次は駅の方まで足を延ばしてみるか」
五島はそう独り言ちてから、傘を開き歩き出そうとして、
「あんた、良かったら中に入ってったらどうだい」
突然声を掛けられた。
「え――?」
顔をそちらへ向け、声の主を見とめて、
五島は傘と口をどちらも中途半端に開いたまま、間の抜けた声を出した。
そこにいたのはまったく見覚えのない、老婆と言っていいほど年嵩の女性だった。
傘を軽く持ち上げて顔を覗かせ、少しだけ気難しそうな
「ど、どうも――。えーと、中って……?」
五島が足元を確かめるように慎重に聞くと、老婆はそばまで寄ってきて顎で示すように言った。
「ほらここ、わたしの店」
正直、潰れているものだとばかりに思っていた五島は、思わず、
「営業してたのか、ここ……」
と、呆気に取られたまま、今しがた雨宿りをしていた軒先を見上げ呟いた。
目を凝らしてよく見れば、扉に「Closed」と書かれた小さな看板が掛けてある。
「失礼だね。そんなに驚いた声を出さなくたって良いだろうに。――丁度これから開けようと思ってたところだよ。ほら」
女性は小さく鼻を鳴らしてからそう言って、看板をくるりと裏返して見せた。すると「Open」と書かれた面がこちら側に現れる。
これで良し、と満足気に頷いてから差していた傘を畳み、再び五島の方を向いて、
「それで、どうするんだい。寄っていくならお茶ぐらいは出すよ」
憮然とした顔で、冗談ともつかない台詞を吐いた。
そりゃ喫茶店なんだから茶ぐらいは出すだろう。
サービスの一環というか根幹として。
「えーっと、ところで……」
とは言え、こんなところで声を掛けられたのも、きっと何かの縁である。物は試しと、五島は由里佳のことを聞いてみることにした。
「この女の子を探しているんだ。何か知っていたら教えて欲しい」
由里佳のバストアップを表示した携帯端末の画面を見せながら五島が言うと、
「――ふむ、それでこの子とあんたはどういう関係なんだい?」
画面を一瞥した後で、老婆の目つきがにわかに鋭いものに変わった。
「えーと、それは――」
正直、そんな質問が返ってくるとは予想もしていなかった。
しかし考えてみれば、怪しまれるのも無理はないのである。
何しろ得たいの知れない中年の男が、この雨の中、年端も行かない女の子を探していると言うのだから、むしろ怪しまない方が無理である。
もしかしたら、今日話し掛けたうちの何人かは、素知らぬ顔で五島と別れた後に「怪しい男がいる」と警察に通報したかもしれない、と今更のように気づいて今更ながらに五島は焦った。
目的はどうであれ、〝怪しい男〟はまさにここにいる。
悲しいことにそれは事実だった。
「何か後ろめたいことでもあるのかい?」
老婆の目とその口調がより一層険を増す。
下手なことを言えば、このまま警察に突き出されかねない。
歳に似合わず、そんな得も言われぬ迫力を老婆は醸し出していた。
本当のことを話した方が良いかもしれない、と五島は思う。信じてもらえるかどうかはわからないが、下手な嘘をつくよりは――。
そう考えてから、五島は少しだけ躊躇して、結局は諦めたように口を開いた。
「実は――、」
五島が見知らぬ老婆に詰め寄られ、不審者の烙印を押されかけていた丁度その頃、
ロボマル本社ビルの七階にある小会議室兼資料室(という名のただの物置部屋)に、佐々木と岡田のふたりがいた。
考古学的にも恐らく無価値の、いつの時代のものとも知れぬ書類の山や堆積した埃にまみれて荒れ放題のこの部屋で、一体何をしようというのか。明かりも点けず薄暗い室内で、申し訳程度に設置された会議用の長机に座って、十分ほど前からずっと、ふたりはただ手持ち無沙汰にしているだけだ。
とは言え、暇を持て余しているわけでは決してない。
人を待っているのである。
「――遅いですね。本当に来るんでしょうか?」
腕時計で時間を確認した岡田が、ついに焦れた声を出した。
「さあて、それはどうでしょう。この場所を指定してきたのは向こうなので、まさか場所を間違えているということはないと思いますが」
そう答える佐々木の声はどこか間延びして、泰然自若としている。
「それもですよ。一体どういうつもりなんですかね」
「ここなら他に話が漏れることもないとかなんとか。確かそんなところだったかと」
「信じられませんね、そんなの。もっともらしいことを言って、ただ嫌がらせがしたいだけなんですよ、きっと。大体あの人は――」
と不満を漏らし始めた岡田を、佐々木は口元に人差し指を当てがって「しっ」と制してから扉の方を示して言う。
「ほら、来たみたいですよ」
ハッとして口を噤んだ岡田が耳を澄ますと、果たして小さな足音が扉の前で止まり、ついでノックの音が三度聞こえた。少し間を開けてもう三度。
「どうぞ」
佐々木が入室を促すと、すぐに扉が音を立てて開けられた。
その向こうに立っていたのは、事推進の室長、柏木その人だった。
「これはどうも、おふたりとも。お待たせしてすいません」
言葉とは裏腹に、悪びれるところがまるでない普段通りの態度でそう言うと、柏木は軽く会釈してから室内へ入ってくる。
一歩足を踏み入れてから、ふと気づいたように天井に視線を注ぎ、
「おや、明かりも点けてないんですか?」
「蛍光灯が切れてるんですよ。随分とほったらかしにされてたみたいですから無理もないですがね」
佐々木が事情を説明すると、柏木は室内を一通り見渡してから、ふむ、と頷いた。
「なるほど、確かにこれでは無理もない。それにジメジメとして、とても快適とは言えない場所ですね、ここは」
「そんな場所で待ちぼうけ食らわせたのはどこのどなたでしょうね」
岡田が恨み節を挟むが、柏木は一向に気にした様子もない。
「いえね、私たちもここ数日はどうにも忙しくて。なかなか時間が取れずに申し訳ないと思っていたんですよ」
そればかりか、軽薄な笑みさえ浮かべて、心にもなさそうなことを言ってのけた。
佐々木が、柏木宛に社内メールで「折り入って話がしたい」と伝えたのは三日前のことである。返事が来るのに一日待って、「二日後の十七時に、七階の小会議室で」という簡潔なメールを受け取った。
「それに関しては、こちらも急なお願いを聞いてもらっている身ですから気にしないでください。とりあえず、こちらへ」
佐々木が椅子をすすめると、柏木はその笑みを益々わざとらしくして、
「そう言ってもらえると気が楽になりますよ。――ではお言葉に甘えて」
そして、岡田と佐々木が並んで座っている反対側の椅子に腰を下ろすとおもむろに口を開いた。
「さて、それでは早速本題に入りましょうか」
佐々木が重々しく頷くと、
「始めに確認しておきたいんですが、あなた達が知りたいのは白金義体研究所の菅原さんのことですよね。……ああ、今は〝元〟でしたか」
言葉とは裏腹に、すでに確信しているという風に淀みない調子で柏木は言う。
すると岡田が驚いたように、
「もう話していたんですか?」
隣に座る佐々木に向かって小声で聞いた。
「いいえ、詳しい事情についてはまだ何も」
「じゃあ、やっぱり――」
岡田が確信したという風に何かを言い掛けたのを柏木が遮って言う。
「そのぐらいわかりますよ。あなた方がこの一二カ月の間、何やら良からぬことを企んでいたことも、その悪だくみが暗礁に乗り上げかけているって言うことも全部ね」
「話が早くて助かります」
佐々木が真面目な顔で頷くと、
「さっき、やっぱり、と言いましたよね。つまり、あなた方はこう思ったわけだ、菅原さんの後ろで糸を引いていたのは、実は事推進なんじゃないかって」
柏木は意地の悪そうな笑みを浮かべて、ふたりに探るような目を向ける。ところが佐々木は再び首を振り、きっぱりと否定した。
「――いいえ。それは違います。何も知らなければ、あるいは私もそう考えていたでしょうが」
柏木が、ほう、と少し目を瞠るようにして、岡田がまた驚いて声を上げた。
「どういうことですか? てっきり自分は、佐々木さんも事推進の仕業と考えているものだとばかり……」
岡田の疑問には答えずに佐々木は再び口を開く。
「菅原さんをけしかけたのは、ずばり、ソロテックではありませんか?」
「――あなたこそ話が早いですね」
すると、柏木はニヤリと不敵な笑みを浮かべてそう言った。
「ソロテックが? 一体どうして……。それに、何であなたがそんなことまで知っているんですか?」
岡田が佐々木に視線をやってから、次いで柏木に訝しい目を向ける。
「どうやら佐々木さんはご存知のようですが、一応私の口から説明させて頂きましょうか。岡田さんは『何故そんなことまで』とおっしゃいましたが、それが我々〝事推進〟の仕事のひとつだからです。つまり、競合他社の情勢や内部の動きを把握するということが」
「それって……、いわゆる産業スパイってやつじゃ――」
「似たようなものではありますがね。――ただし、勘違いしないで頂きたいのは、我々はあくまで自衛の手段としてそうしているということです。我々の活動によって得られた情報は、社内の他の部にも開示されることはありません。少なくとも、これまではそういうことになっていました」
「そうは言っても、やってることに変わりはないじゃないですか……!」
納得できないという顔を浮かべる岡田を窘めて佐々木が言う。
「とりあえず今は、その是非を問うのは止めにしましょう。彼らのおかげで今日のロボマルがあるというのもまた事実ですから」
「流石に佐々木さんは話のわかるお人ですね。――と、まあそういうわけで、我々はソロテックの内情について色々と興味深いことも知っているわけです。例えば……、実は彼らは第七世代のアンドロイドの研究開発に着手していながら、道半ばにしてその計画が頓挫している、とかね」
柏木はとても愉快そうに、ソロテックの機密中の機密をあっさりと暴露した。
「それじゃ、この前の不祥事は一体……」
「あれはまったく茶番ですよ。すべて彼らの自作自演です。自分たちで虚偽の情報を流して、世間の耳目を集めたんです」
「まさかとは思いましたが……。あれが本当にソロテック内部の判断によるものだというなら、よくあんな思い切ったことをしたな、と言うところですね」
佐々木が珍しく意外そうな声を上げる。
「ソロテック社内には幾つかの派閥がありまして、あれはその中でも急進派の一部が暴走した結果のようです。我々はその動きは察知していましたが、いつものように静観していました」
「当然、彼らがそんなことをするのはそれ相応の理由があるんですよね?」
探るような目で佐々木が問う。
「ええ。それというのも、どうやらソロテックは自衛隊や米軍との間で、第七世代の実用化について何らかの契約を結んでいるようなのです。まだ詳しいことまでは掴めていないのですが、恐らくは、例の〝アシモフ法〟に抵触せずにアンドロイドを軍事利用する方法を模索するための。ところが、彼らが手こずっている間に我らがロボマルの先技研がその実用化に王手をかけてしまった。それも、世間に成果を発表するという気も満々に。――彼らの理想としては、その存在を、出来ることなら永遠に世間には夢物語ということにしておきたかったのに、です」
柏木が言い終えると少しして、なるほど――、と佐々木が口を開いた。
「どうせ遅かれ早かれその存在が露見するなら、いっそのこと大々的に騒ぎを起こして業界を牽制しよう、というわけですか。それで我々の研究開発を中止させることができれば多少の損害には目を瞑ると――」
「ええ。恐らく彼らにしてみれば、民間での事業を縮小せざるを得ない事態になったとしても、十二分なお釣りが来るくらいにはうま味のある契約なんでしょう。しかし実際には、彼らが思っていた以上に関係各所に与えた影響が大きかったようで、当然と言えば当然ですが、急進派に属する上層部の人間は事件の直後に何人も首を切られたようです」
「でも、あれだけ世間を騒がせてしまったら、元も子もないんじゃないですか? 自衛隊も米軍も今後はずっと疑いの目を向けられることになるのでは……」
岡田がもっともな疑問を口にした。
「確かにやりにくくはなるでしょうが、時間が経つほどに世間の関心は薄れていきます。それに疑われたとして、それが噂に過ぎないのならば証拠さえ出てこなければ良いんです。早い話が、例えば戦場で死んだ兵士が実はアンドロイドだったとして、それが絶対にわからなければ良いわけです。そのための第七世代ですからね」
「なるほど、確かに一理あるとは思いますが……」
「彼らにとって何よりも優先すべきは、第七世代のアンドロイドが他の企業によって実用化され、世間の衆目を集めるのを防ぐことです。その実在が世間に認知され定着してしまえば、流石に色々とやりにくくなりますし、自衛隊も米軍も計画を中止せざるを得なくなるかもしれません。その芽を摘むためならば、自ら小さな噂の種を蒔くことぐらいはやってのけるというわけです」
「……とりあえず、何が起きているのかということは大体わかりました。話を戻すと、菅原さんに指示をしたのも、ソロテック内部の急進派の仕業と考えて良いんでしょうか?」
佐々木の問いに、柏木は「ええ、恐らくは」と頷いて口を開いた。
「折角あれだけのことをしてロボマル社内でもプロジェクトの中止が決まったというのに、あなた方が諦めるつもりもなく、あまつさえアイドルとして衆目に晒すなどという奇想天外な行動に出たものだから、きっと焦ったのでしょうね」
すると佐々木がいつになく鋭い口調で言う。
「……そこまでわかっているのなら、事推進は今度のことも事前に知っていたんじゃないんですか?」
「知っていながら、知らんぷりをしていたと? ――ええ、お気持ちはわかりますよ。そう思うのも当然でしょう。しかし残念ながら今回ばかりは、我々の実力不足故に、実際に事が起きるまでそれを把握することができていませんでした。……何やら不穏な動きがあるのは察知していましたがね。まさかあのような直接的な手段に訴えるとは我々も考えていませんでしたので。いずれにせよ、信じるか信じないかはあなた方次第ですが」
柏木の目をじっと見つめるようにして少し間を開けてから、
「――わかりました。ひとまず、あなたの言い分を信じましょう」
頷いて、佐々木はそう言った。
「そうして頂けると助かります」
少しだけ皮肉っぽい笑みを浮かべて柏木が応じる。
すると、黙ってふたりのやり取りを見守っていた岡田が口を挟んだ。
「さっきから話を聞いていると、どうもこちらの内部の事情も向こうに筒抜けみたいなんですが……」
「それは当然です。何せロボマル社内にもソロテックの内通者がいますから。だから、そのための自衛でもありますよ。やられっぱなしではこの業界で生き残れませんからね」
「うちにもそんなのがいるんですか……。でもそうなると、あのソロテックが相手ではこちらからはとても手が出せませんよね。何か根本的な解決手段はないんでしょうか――」
「それに関してはご心配には及びませんよ。何故ならソロテックは、恐らくもうすぐに自ずと空中分解するでしょうから」
予想もしていなかった柏木の言葉に、岡田は呆気に取られた表情を浮かべる。
すると再び、鋭い口調で佐々木が問い掛けた。
「――それは本当に、〝自ずと〟なんですか?」
「さあて。遅かれ早かれそうなるのは間違いないんですが、時間も惜しいですし、そのドミノ倒しの、最初の一突きぐらいはこちらですることになるかもしれませんね」
「……どうしてあなたがそこまで? それに、社内の他の部にも情報を開示しないことになっているはずではないのですか?」
佐々木がゆっくりと慎重に、確かめるように口にすると、
「勘違いしないでください。別に先技研のためではないですよ」
柏木は肩を竦めて飄々とした態度で言う。
「すべて社長直々のご命令だからです。従わないわけには参りませんよ」
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