第20話 四人寄れば

 一台の自動運転車が、夜の帳が下りて間もない国道を滑るように走り抜けて行く。そのあまり広いとは言えない車内の四人掛けの後部座席に、ふたりの男が並んで収まっている。

「それで、結局、ふたりには事情を話したんですか?」

 病院から事務所へ向かうロボットタクシーの車内で岡田が口を開いたのは、車が走り出してから五分ほど経ってのことだった。

「由里佳のこととか、俺達の目的とか、その辺りのことは大体な」

「ふたりはなんて?」

「由里佳さんは無事なんですか、だとさ」

「――それだけですか?」

「ああ」

 それだけだ、と五島は憮然とした顔で頷いた。

 岡田が訝しむのも当然だろうと思う。 

 ――どうして黙ってたんですか?

 五島の予想していたその言葉が、ふたりの口から出ることはなかった。

 話を聞き終えたふたりは呆気ないほど落ち着いていて、五島の用意していた言葉はほとんど用をなさなかった。

 拍子抜けと言えば拍子抜けの結果である。

「――どうして黙ってたんですか?」

「お前、さっきから質問ばっかりだぞ」

 五島が横目で睨みつけるようにして詰ると、

「聞いて欲しそうな顔をしてたので」

 岡田は窓の外を見たまま平然と答えた。

 別にそんな顔をした覚えはない。

 した覚えはないが――、

 振り上げたこぶしに振り下ろす先が必要なように、

 用意した言葉にも吐き出す先が必要かもしれない、と五島は思った。

 はあ、と肩の力を抜くように溜息をひとつ。

 それから五島は、大儀そうに口を開いた。

「――あのふたりにはな、何の先入観もなしに由里佳と付き合って欲しかったんだよ。同じグループのメンバーとして。何ならただの友達として、な」

「部長って……」

 岡田は胡散臭そうな顔をして、何やら言いかけてやめた。

「言いたいことがあるならはっきり言えよ」

 すると大袈裟に肩をすくめてから、岡田は言いかけた言葉を口にした。

「部長ってロマンチストなところありますよね」

「なんだ、悪いか」

「別に悪くはないですけど――」

 意味ありげな間を開けてから五島に視線を向けて、

「でも、それだけじゃないですよね?」

「他に何があるっていうんだ」

 とぼけた風に問い返す五島に、「これ知ってますよね」と岡田が携帯端末の画面を見せる。

 そこに表示されているのは何年も前のネットニュースの記事らしい。

 五島が一瞥をくれると、見覚えのある見出しが目に留まった。

「――何だ、知ってたのか」

「何だ、知ってたのか、じゃないですよ。部長こそ、やっぱり知ってたんじゃないですか。だから由里佳のことも黙ってたんですよね」

「まあ、そうかもな」

「そうかもなって……、」

「仮にそうだったとしてもだ」

 五島は腕を組み、座る位置をずらして、座席に深くもたれるようにして言う。

「この先どうするかってのはあのふたりが決めることだ。俺達が決めることじゃない」

それから、一呼吸分の間を開けて言った。

「俺達が今するべきことは他にある。――そうだろ?」




「原因はわかりました。」

 五島と岡田が事務所に着くと、すでに到着していた織部がふたりを出迎えて早々に言った。冷静なようでいて、奇妙に抑揚を欠いた声だった。

「まあとりあえず、中に入って話しましょうよ」

 佐々木が奥から顔を覗かせて言った。

 すると織部は、自分が道をふさぐ形になっていることに思い至ったらしく、

「ごめんなさい」

 と小さく言ってから脇に避けた。

「気にすんな。ほら、これ。確かコーヒー切らしちゃってたろ」

 そう言って、五島はここに来る途中で買ってきた缶コーヒーを織部に手渡した。

 頂きます、と言って受け取った織部に頷きを返して、 

「悪いなふたりとも、休日のこんな時間に呼び出したりして。これ、佐々木の分」

「由里佳達の一大事とあれば、そんなことは言ってられませんよ。万木さんの方は大丈夫なんですか?」

 佐々木が缶コーヒーを受け取りながら尋ねて言う。

「何とか大事はないようで、一安心ってところだよ。親御さんに来てもらって、とりあえず後は任せてこっちに来た。他に俺達にできそうなこともなかったしな」

「親御さんには何と?」

「ステージで転んで怪我したってことにしてある。言っとくが、本人の希望でな」

「――ふむ、そうですか。ひとまず大事がないと聞いて安心しました」

 佐々木は一度言葉を切ってから、五島に視線を向けて続ける。

「が、そうは言っても、怪我をさせたということに変わりはないですからね」

「わかってる。――これでもな、俺だって反省してんだよ」

「別に五島さんを責めようってわけじゃないですよ。意識が甘かった部分はあるかもしれませんが、それは我々も同罪ですから。それに今回のことについては、どうやらが絡んでいるようですし」

「――どういうことだ? さっき原因がわかったって言ってたよな」

「そのあたりのことは織部さんに話してもらった方が良いでしょうね」

 佐々木が水を向けると、待ってましたとばかりに、

「まず今回の由里佳の――、〝暴走〟についてですが、これは偶然の産物でもなんでもなくて、それを期して書かれたプログラムにより、意図的に引き起こされたものであることがわかりました」

 織部は一息にそう言ってから、

「これを見てください」

 タブレット端末を五島と岡田のふたりに見えるように差し出した。

「由里佳に実装されているすべてのプログラムをスキャンした結果です。それによって、この中に何者かに書き換えられた痕跡があるものを見つけました。――具体的には、これとこれとこれです」

「運動制御系のひとつと命令系統の中枢プログラム……、それにこれは――」

 ひとつひとつ確認した岡田が、最後にハッとした声を上げる。

「そうです。岡田さんが書いた、あのダンスの制御プログラムです」

「――つまり、由里佳が暴走するようにプログラムを書き換えたやつがいるってことか?」

「そういうことになります」

 織部は五島の問い掛けに頷いて答えた

「――ってことは、岡田が犯人ってことか?」

「違いますよ!!」

 岡田は五島の言いがかりを全力で否定した。

「じゃあ誰が犯人なんだ?」

「聞かれても知りませんよ!!」

「実は、それも見当がついてるんです」

 織部の言葉に、五島と岡田は揃いも揃って「?」という顔をする。

 おふたりとも承知のこととは思いますが、と前置きしてから、

「由里佳に新しくプログラムを書き込む場合には、それがどんなものであれ、有線での接続が絶対不可欠なんです。セキュリティ対策の一環として、オンラインではデータのやり取りをすることができないようになっていますので」

「そうなのか?」

「そうなんです!」

 五島に小声で尋ねられた岡田が、少しだけ苛立った声を上げる。

「何のためにあんなバカ高い接続ケーブルをわざわざ使ってると思ってたんですか。特定の施設内で使うロボットならいざ知らず、由里佳みたいな日常的に出所の知れない電波に晒されるようなロボットに、オンラインのシステムアップデート機能なんて怖くて乗っけられませんよ」

「――つまり、犯人は由里佳に有線で接続する機会があったやつに絞られるってことか?」

「そういうことになります」

 織部は五島の問い掛けに頷いて答える。

「――ってことは、やっぱりお前しかいないじゃねーか」

「だから違いますって!!」

 岡田は五島の言いがかりを全力で否定する。

「他にもう一人、定期的に由里佳に有線接続できた人がいますよね」

 少しの間を開けて、

「白金義体研究所の菅原さん……、ですか」

 岡田がポツリとこぼすように言うと、織部が頷いた。

「この二カ月の間、由里佳のオペレーティングシステムに接続を掛けた人物は岡田さんとその人のふたりだけです。これについては、アクセスログを辿ることで裏付けも取れました」

「――でも、どうしてそんなことを? それに、誰がやったかなんてこうして調べればすぐにわかるのに……」

「理由についてはわかりませんが、自分の犯行がすぐに露見するだろうということは承知の上だったと思います。恐らく、何らかの後ろ盾があるものと考えた方が良いでしょう」

「どこかに黒幕がいるってか」

ふむ、と頷いてから、唸るように五島が言った。

「よくよく考えたら、僕が書いたプログラムはともかくとして、その他のふたつに関しては、簡単に書き換えられるようなものじゃないですよね」

「ええ。だからこそ、岡田さんの書いたプログラムを利用したんだと思います」

「踏み台にされたってことか……」

「――つまり、どういうことだ?」

「運動系や命令系の中枢プログラムには定期的な自己診断機能があって、今回のような書き換えが行われていた場合、自動的に修正されるようになっているんです。ところが、岡田さんが作ったプログラムは後付けということもあり、この対象に含まれていませんでした。だから、まずは岡田さんのプログラムをバックドアのように利用して、このプログラムが作動すると自動的に他のプログラムを書き換えるように細工がしてあったんだと思います」

「よりにもよってライブ中ってタイミングも、初めから計画のうちだったってわけだ」

「ライブの間だけで良いなら、自己診断機能にも引っ掛かりませんからね……」

 恐らくは、と織部は頷いてから、

「――これはわたしの落ち度です。新しくプログラムを追加することは知りながら、その対策を怠ったがために起こってしまったことなんです」

「いや、そんな織部さんのせいじゃないですよ。バックドアを仕掛けられるような稚拙なプログラムを書いたのは僕ですし……」

「そうだぞ。悪いのは岡田だ」

「いや、そもそも、元はと言えば部長が――」

「まあまあ。責任の所在については、ひとまず置いておきましょうよ」

 それまで黙って事の成り行きを見守っていた佐々木が窘めるように言った。

「今考えなくちゃいけないのは、今後同じことを起こさないためにどうするか、ということでしょう」 

 ね? と一同を見回しながら。

 同意を求めるようでいて、有無を言わせぬところが佐々木である。

「――佐々木の言うとおりだな。それで、その辺りについては何か考えがあるのか?」

 五島が織部の方を向いて言うと、

「由里佳の再起動には、二、三日時間をください。もう一度全てのプログラムを」

チェックして、脆弱そうな部分を洗い出したいんです」

 少し俯けていた顔を上げて、五島をしっかりと見返して言った。

「わかった。そうしてもらえるとこっちとしても安心だからな」

「それともうひとつ――、今後、由里佳のプログラムに手を加える際には、それがどんなに些細なものであれ、わたしの手を通して行いたいんですが……」

「ふむ。そうだな――、それが一番確実な安全対策かもな」

 ふたりはどう思う、と五島が佐々木と岡田の方に目をやると、

「私は賛成です」

 と佐々木が言って、岡田もそれに合わせて頷いて見せた。

「よし、なら決まりだ。織部には由里佳の再起動に関する諸々を頼むとして、俺達は――」

「今回の件が誰の差し金で引き起こされたのか、ってことを突き止めないとですね」

「おう。そうなると、まずは菅原のやつをとっちめるのが先決だな」

 すると佐々木が、そのことなんですが――、

「実は先日、白金義体研究所から先技研に連絡がありまして。本題は別にあったんですが、その折一緒に、件の菅原氏が突然辞職したと言う話を聞かされたんですよ」

「――おいおい、いつの間にか辞めてやがったってのか」

「ええ。向こうが言うには、菅原氏が担当していた由里佳のデータ収集は既に十分なサンプルが集まっているから、辞職の件でうちに迷惑を掛けることはないだろうって話だったんですけどね。そういうわけで、しばらくは新しい担当者を派遣する予定もない、とも言ってましたが」

 まさかこんなことになるとは――、と佐々木は肩をすくめるようにして言った。

「言われてみれば、この前の金曜日は検査に来ませんでしたね。またぞろ研究所の方が忙しいのかと思って大して気にも留めてなかったんですけど……」

「そうすると、菅原のやつが最後にうちに来たのは先週の金曜日が最後か。――野郎、その時に由里佳にろくでもないことをしやがったのか」

「あるいは、それよりもずっと前から、ですかね」

 佐々木が指摘すると、五島はチッと舌打ちをひとつ。

「研究所も辞めたとなると、これはいよいよ怪しいぜ。それだけに足る何かがあるってな――」

「本当に組織ぐるみなんでしょうか? 」

「さあな。だが心当たりならなくもないぜ。そいつを確かめるためにも、やつから話を聞きだしたいところだが――」

「もしかすると既に行方をくらましているかもしれませんね」

 むしろそうだと確信しているような口ぶりで佐々木は言った。

「――だな。俺もそっちの線は望み薄だと思う」 

「そうなると打つ手なし、ってことですか……」

 岡田がどんよりと落胆した声を上げる。

「心当たりならあるって言ったろ。手っ取り早くとはいかんがやりようはある。俺はちょっくらそいつを調べて来るぜ」

「五島さんの心当たりとやらは大体見当がつきますよ。それとは別に、私にもちょっとした心当たりがあるんですが」

「おう。それなら手分けしていくか」

「岡田さんを借りても?」

「良いぜ。こっちはひとりで十分だからな」

 五島はそう言って頷いてから、

「そうだな――。とりあえず、三日後に一度落ち合って成果を確認するってのはどうだ。もちろん、その前に何か至急の要件があればその時はそう言ってくれ」

 いいな、と五島が一同を見回すと、

 順繰りに、三者三様の決意を込めた眼差しと頷きが返された。

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