幕間

第15話 その名に秘めた

 時田人工知能研究室で生まれたAIに、『ユリカ』という名前を付けたのは、その生みの親であり、育ての親とも言える織部その人である。

 それは、正式には『EUREKA』と綴られる。

 日本語では、エウレカまたはユリイカとも読まれる古代ギリシア語が由来である。

 それは「見つけた」というのを意味する言葉だ。

 その意味と響きが気に入って付けた名前だ。

 だから、もうひとつのAIに名前を付けるときには少し悩んだものの、結局、その音をとって『由里佳』と名付けた。

 ――けれど、今では少しだけ後悔している。

 何故ならそこに、『由里佳』を『ユリカ』のただの代替品として見なしている自分を見出してしまったから。そんなつもりで付けた名前ではないけれど、果たして本当に、そうじゃないと言い切れるだろうか。

 

 『ユリカ』は織部にとって娘のような存在で、だからこそ、掛け替えのない大切な存在である。その失うことなど考えられない存在が、今、不幸な偶然の積み重ねによって織部の手の届かないところにいる。

 どうしても〝彼女〟を取り戻したかった。

 つまりそれが、織部が五島の荒唐無稽な計画に助力を惜しまない理由である。

 自分の手の届く場所に、ずっと置いておきたいとまでは言わない。

 けれど、〝彼女〟が好き勝手にいじられた挙句、されるようなことだけはどうしても許せなかった。

 それは突飛な考えなどでは決してない。

 確かに今のところ、誰もその可能性についてまでは言及していない。しかし、それが決して杞憂ではないことを織部は知っている。

 ロボマルの社内においても、軍需産業に力を入れるべきだとする意見は前々から取り沙汰されており、この度のソロテックの一件がそれに拍車を掛けるであろうことは明白だった。

 世間のロボットに対する疑心の念が強くなる一方の昨今、民間での事業が成り立たなくなった時のことを考えて、それに対する備えが必要だ、などと、あの柏木あたりが如何にも言いそうなことである。

 ――そう、今ユリカの管理権限を持つ事推進の室長の柏木こそ、ゆくゆくは軍需産業への転向を目論む一派の先鋒なのである。

 これが果たして杞憂と言えるだろうか。

 柏木がユリカを欲しがったのも、つまりはそういう理由によるものとしか織部には考えられない。

 今すぐにどうにかなるということはないかもしれない。けれど、それも時間の問題であると織部は思う。だから、一刻も早くユリカを柏木の元から救い出すためには、これはどうしても必要なことなのだ、と自分に言い聞かせてきた。

 

 『ユリカ』が織部にとって娘のような存在だとすれば、

 『由里佳』は織部にとって一体どんな存在なのだろう。

 その疑問と煩悶の答えは出ないまま、

 織部は由里佳のことを『のの』と呼ぶ。

 〝彼女〟に対して確かに感じる親しみと愛情と、切なさを、その響きに込めて。

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