第2話 ――アイドルぅ!?

 あの日から、暦の上では一週間が過ぎたらしい。

 あっという間の七日間だった。

 五島ごしまの感覚では、あれからまだ二、三日しか経過していないように思われるのに。


 プロジェクトの凍結が通達され、ソロテックが記者会見を行ったあの日。

 

 昼休みの終わりも間際、ぎりぎりオフィスへ戻り着いた五島一行を待ち受けていたのは、朝にもまして剣呑な雰囲気の織部その人だった。

「部長、お話があります。こっちに来てください」

 そして五島は、渋々と織部に連れられて彼女のデスクまで来た。

 自分のデスクには戻る間も与えられなかった。

 ちなみに、織部の剣幕に気圧されて、そのままついて来ようとした岡田は、

 「岡田さんはいいです――!」

 とすぐさま一蹴されて、すごすごと自分のデスクへ引き下がっていった。

 その後ろ姿が哀れを誘うようだが、今の自分の立場を思えばむしろ羨ましいほどかと五島は思い直した。

 娘のように年の離れた部下に、有無を言わさず引っ立てられているのだから無理もない。

 部内の他の人間はといえば、努めて見ないふりを決め込んでいるらしい。

 偶々たまたま目が合った女性社員がすぐに目を逸らしたのは、恐らくそういうことである。


 ――やっぱり、俺もう帰って良いですか? 

 ――というか、朝からなんか、この子性格変わってない?

 

 それが自分のせいであるかもしれないということは、とりあえず棚に置いておく。

ところで、五島の棚は特注で、高さは三メートル近くもある。その一番上の方に放り投げるようにするのだから、一度置いたものはまず間違いなくそのままである。

 

 デスクに着くなり、 

「これ、見てください」

 と、語気も荒いまま織部が言う。

 丁寧な口調のままなのが逆に恐ろしくもある。

 いっそ、「見ろ」と言われた方がまだ気が楽かもしれない。


 織部のデスクは、性格が表れるように整理整頓されて小綺麗だ。

 隅の方に、可愛らしいマスコットのフィギュアが一体、ぽつりと置かれている。

――これ、何のキャラクターだったっけか。確かに見覚えがあるんだが……、

「あの、部長。

ごめんなさい、ともう少しで口に出そうになった。

こっちです、ともはや怒りを通り越して呆れ顔の織部が指さしたのは、デスクの上のモニタだ。

社内規格の二十三インチの透過型ワイドモニタにメーラーが表示され、新着と思しき一通のメールが開かれていた。

――ふつうに考えて、これを読めってことですよね。ええ、ええ、わかってましたとも。

しかし、最近にわかに視力の衰えを感じる五島は、モニタに表示された小さな文字を読み取るのに少しだけ難儀した。


「あの、部長――」

ごめ、まで声に出た。

「ごめ……?」

「あ、いや――、織部はこのメールを見せたかったんだろ?」

「そうですけど、もしかしたら使い方が分からないのかと思って。ほら、ここで文面をスクロールできますから――」

「――君は一体、俺を何だと思っているんだ?」

あまりの言い草に、流石の五島も面食らった。

しかし織部はさも当然という風に、

「だって、部長がまじめに仕事しているところを見たことなかったので」

 これには返す言葉もない。

 聞かなかったことにして、文面に目を通す。少し顔を近づけてみる。

「ちなみにここで拡大できますけど」

「知ってるよ!」


――もちろん、それは今知った。


 そのメールの差出人は、時田教授となっている。

 教授は、『プロジェクト:ユリカ』を共同で進める東工大の『時田人工知能研究室』の室長である。

 彼からのメールがなぜ織部宛てに届いているかというと、答えは単純で、

 織部は学生時代、この『時田人工知能研究室』に所属していた。

 そのため、先技研において先方との折衝は、専ら織部の担当とされているからだ。

 そしてまた、研究開発中の人工知能『ユリカ』の基礎設計も、誰あろうこの織部が、学生時代に考案したものであった。

 

 時田教授からのメールには、

 昼前に研究室に『事業拡大向上推進設計部』の柏木という人物から連絡があり、

 プロジェクトの雲行きが怪しいこと。

 そして今は研究室のサーバーで管理されている『ユリカ』について、

 ロボマルの上層部から直々に、柏木ら〝事推進への権利の移譲〟を求める声が掛かっているということ。

 以上の二点を知らされたが、それがあまりにも突然で驚いたので、確認のためにこのメールを送ったことが記されていた。

 今まで、こちらからの連絡はほぼ全て織部を通して行っていたので、全く別の所からこのように重大な連絡が来たとあれば訝しむのも当然であろう。

 残念なことに、それらは疑うところのない事実であったのだが。


 読み終わって五島は、

 柏木のやつ、手抜かりないな――といっそ感心したほどだ。

 だが、諸々の手続きは済ませておく、という柏木の言葉を真に受けて、「こちらから連絡する手間が省けた」と考えるのは少々前向きに過ぎるというものだ。

 メールには、『ユリカ』の権利の委譲について、

 研究開発費用は全てロボマルが負担しているので、この上層部からの要求を拒むことはできない、とも書かれていた。

 

 長年の研究開発の成果が、無情にも先技研から奪い去られようとしている。

 それを阻止することは、おそらく不可能と思われた。


 そしてこれこそは、この日の朝にプロジェクトの凍結という事態を知らされた際に織部が案じたことが、早くも現実となったのを意味する。


「部長は知ってたんですか、このこと」

 メールを読み終えるや否や、織部が聞いてくる。

普段通りの声の調子に戻りつつあるが、目つきはやや険しいまま。

「――いや、俺もついさっき知ったんだ」

「さっき?」

 織部は怪訝そうな顔で聞き返す。 

「ああ。社食から戻ってくるときに、柏木のやつに出くわしてな。そこで聞かされたんだよ」

「……本当ですか?」

「嘘じゃない。こればっかりは本当だ。柏木から聞かされた時は、まだそこまで信じちゃいなかったんだがな」

「…………」 

 まだ半信半疑の様子で、織部は五島をじーっとねめつけている。

 ジト目である。

 その無言の圧力に耐えられなくなった五島は、とりあえず間を繋ごうとして、

「しかし、独断で時田教授に連絡を取るなんて、柏木もまた余計なことをしてくれたもんだ。こっちから連絡する手間は省けたが――」 

 〝見えている地雷〟を、思いっきり踏んづけた。

「――それ、どういう意味ですか?」

 織部の眼鏡のレンズが、きらりと光ったような気がした。

 しまった、と思った時にはもう遅い。

「えっと、それはだな……」

「時田教授がメールを送ってよこさなければ、やっぱり、わたしには黙ってるつもりだったんですか?」

「まてまて、それは考え過ぎだ。……正直、どう話したもんかとは思ったけどな」

 ちょっと落ち着け、というポーズを取りながら弁明する五島に対し、

 織部はそっぽを向いてまた一言。

「わたし、朝のこともまだ許してませんから」

「あ、いや、それは本当にスマン。――悪かった、この通り」

 今度は両手を合わせて全力の謝罪ポーズである。 

 織部は上目遣いに五島の目を覗くようにしながら、

「本当に悪いと思ってます?」

「思ってる。超思ってます。――後生だから許してください、織部さんっ」

「……わかりました」

 少しの間を開けて、五島の謝罪は割とあっさり受け入れられた。   

「えっ、本当に」

 良いのか、と間も拍子も抜けた声が出た。

「本当です。もうこの件で部長を責めることはしません。部長だけの責任じゃないことは承知してますし」

 ――わたしはただ、ちゃんと話してほしかっただけなんです。

 そう言うと、織部は恥ずかしそうに俯いた。

 普段の織部らしいその仕草に、懐かしさすら覚える。

 が、織部はすぐにまた顔を上げると、あの意志の強い光を宿した目で、

「でも、わたしはこのまま諦めるつもりはありませんからね。ユリカのこと」

 と挑むように言った。

「――仕方ない、俺もできる限りのことはやってやる」

「約束、してくれます?」

「ああ。なんたって俺は、先技研の〝部長〟だからな――」


 


 ――それから一週間である。

 重ね重ね、あっという間の七日間であった。

 

 処理しなければいけない書類は山と積まれ、

 関係各所からの問い合わせは、川の流れのように止まることがなく、

 佐々木を筆頭とする先技研の社員達は、その優秀さを遺憾なく発揮した。

 彼らは最初の四日で、最終的に提出する報告書の作成までを完了した。

 二日の休みを挟み、

 七日目の今日、その仕上げとして〝人事異動〟が行われる手はずになっていた。

 

 そして五島はと言えば、

 この七日間、ほとんど出社すらしていないのであった。


「部長、何日もどこほっつき歩いてたんですか?」

 五島が出社して来たのは、既に日も高い十一時過ぎのこと。

 この一週間で気温は少しずつ高くなり、夏の訪れをもう肌で感じるようである。

 そういえばその前に梅雨があったか、と嫌な時期の訪れを思い出して五島は少し気落ちした。

「ちょっと、部長聞いてます?」 

 さっきから小うるさいのは岡田である。

じんわりと浮いた汗を拭きながら五島は、

「聞いてる聞いてる。いや、ちょっと野暮用でな。佐々木に任せておいた筈だが、何か問題があったか?」  

「そういう問題じゃなくてですね……。いや実際、部長がいなくても問題はなかったんですけど」

「なら良いじゃないか」

「…………」 

 あんたはそれで良いのか? と目顔で聞く岡田を華麗にスルーして、五島は自分のデスクまで来ると手に持った荷物を置いた。

 続いて、椅子にどっかと腰を下ろして、辺りを見回す。

 やけに片付けられて小綺麗なオフィスには、岡田の他に誰の姿もない。

 そこでようやく異変に気づいて、

「――ん、みんなはどうした? まさか遅刻か」

「そんなわけないでしょ、部長じゃあるまいし」

 岡田が大袈裟に、肩をすくめるジェスチャアをして見せた。

 すると、流し台との境にあるパーティションから佐々木が顔を覗かせて、

「みんなもう、朝のうちに異動先に移りましたよ」

 と、五島の頭からすっかり抜け落ちていた事実を伝えた。

「おう、いたのか佐々木。――てか、そうか異動か。完全に忘れてた」

「ええ。結局うちには当面の間、最低限の人員を置くことに決まりましてね。残ったのは、私と岡田君と織部さん。部長を入れて、四人だけということになります」

「なんだ、俺は異動じゃないのか」

と、五島は茶化して言う。

「五島さんの場合は、残念ながら貰い手がありませんでしたから。――コーヒー飲みますか?」

「……ブラックで頼む」

 

 最近、 容赦ない言葉の暴力に慣れつつある自分が、少しだけ切なかった。


 佐々木に入れてもらったコーヒーを飲んで、一息ついた五島は、

「そういえば織部も残ったんだろ。姿が見えないが、今日は来てないのか?」

 少し前から感じていた疑問を、佐々木にぶつけることにした。

「朝からちゃんと来てますよ。今は事推進の柏木さんのところに行ってます。もちろん『ユリカ』の件で」

「あいつ、ひとりで大丈夫なのか?」

「本当は部長が来てから、一緒に行くつもりだったみたいですよ。でも待てど暮らせど来ないもんだから……」

 と、今は自分のデスクで何やら作業をしている岡田が口を挟んだ。

「代わりにお前が一緒に行ってやれば良かったじゃないか。まったく、気が利かないな」

 五島お得意の棚上げである。

 そろそろ棚の強度が心配になるというものだが、五島のそれはとても頑丈な作りなのでおそらく問題ないのだろう。

 佐々木が、自分で淹れたコーヒーを満足そうに飲みながら言う。

「まあ、心配ないと思いますよ。ここ最近の彼女は、何だか――」

 そこで少し、考えてから、

「芯が強くなったというか、軸がぶれてないというか。ともかく頼もしくなりましたよ」

「あーそれ分かります。今の織部さんなら、部長がいても足手まといになるだけかもですね」

と、岡田が先ほどの仕返しとばかりに言った。

「こうしてみると今回のことも、彼女にとっては悪いことばかりではなかったみたいですよ」

 それは佐々木なりの慰めの言葉であったのか。

 いつもながらその真意を測りかねる五島である。

「――そういうことなら、良いんだけどよ」


 その時、オフィスの入り口をノックする音があった。 

 ひと呼吸おいて、開けたドアから織部が入ってきた。

――噂をすれば何とやら。

 入ってくるなり、

「――あ、五島さん! ちょっと聞いてくださいっ」

織部は五島の姿を認めて小走りで近づいてくる。

「お、おう、織部。どうした」

 織部はやけにテンションが高かった。

 というか、いつの間にか名前で呼ばれている。

  ついに部長扱いすらされなくなったということなのか。

 ――まあ、悪い気はしないが。

 岡田とあの佐々木までも、どういう風の吹き回しかと目を丸くしているが、それは俺が聞きたいと五島は思う。

「いま柏木さんに会ってきたんですが、これ」

 そう言って、手に持った紙切れをこちらに差し出した。

 読めということか。

 ――この前もこんなことがあったよな、と思いつつ、五島はそれに目を通した。


 それは、今や事推進の管理下に渡った人工知能『ユリカ』の今後の処遇を取り決めた誓約書であった。

 内容を要約すると、

「現在『事業拡大向上推進設計部』で管理している人工知能『ユリカ』について、今後三カ月の間は一切の研究開発を行わないこととする」

 そして一番下には、主任の柏木の署名と捺印があった。

 隣には、がもうひとつ。

 おそらくその空欄は――。

 

 予想もしていなかった展開に、五島は驚きを隠さずに言う。

「これ、お前が柏木に承諾させたのか?」

 ええ――、と胸を張るようにして、

「これで、当面はあの子を好き勝手にいじらせたりはしません」

 ――ふんす、と鼻息も荒く言った。

「いや、でかした織部。やるじゃないか。正直見直したぞ」

 五島が他人を褒めることは珍しい。

 それが、思いがけない言葉だったからだろうか、

 織部の雰囲気が、にわかに変化した。

 先ほどとは打って変わって、

 そこにいるのは五島のよく知る織部だった。

「……五島さんに見直されても、嬉しくないですけど」

そっぽを向くようにしてぼそりと言うと、

それに、と少し言葉を探すようにしてからまた口を開いた。 

「わたしは、ただ、このままじゃ自分が納得できないと思って、行動しただけです。本当はあの子を取り返したかったけれど、それもできず、この三カ月の間はこちらも一切手を出さない、ということを交換条件にされてしまって……」

 だから、褒められる謂れはないんです、と少し寂しそうに笑って見せた。


「でも、織部は諦めてないんだろ」


 それは、五島の口から出たとは思えないほど力強い言葉だった。

 少なくとも、織部にはそう聞こえたのだろう。

「――っ、もちろん……!」

 答える声もまた、生気を取り戻していた。

「なら、やることは明白だ。この三カ月という期限のうちに、現状を打開してプロジェクトを再開する。そうすればユリカも取り戻せる。――簡単だろ?」

 言うが早いか――、

 五島は愛用のペンで誓約書に署名をし、そしてポケットから取り出した印鑑で捺印もした。

 流れるような早業である。

 どうだ、と見せつけるようにして誓約書を織部に返す。

 

 織部は差し出された紙を見つめて、

 なぜか、申し訳なさそうな顔をした。

 そして、非常に言いにくそうにしながら、


「えっと……、署名は、佐々木さんにしてもらうことになっていたんですが……」


 無慈悲な真実を告げたのであった。


「簡単だろ――、って言いますけどね。それができたら苦労してないですよ。部長は何か良い考えがあるんですか?」

 至極もっともな疑問を口にしたのは、例によって岡田だ。

「……ふぁ?」

 そのとき五島は、デスクの上に突っ伏して死んでいた。

「ふぁ、って……、なんつう気の抜けた声出してるんですか。まさかさっきので凹んでるんですか。部長らしくないですよそういうの」

 いやー、俺のメンタルも割と最近ボロボロよ?

「あ、でも、五島さんの署名でも多分問題ないと思いますので……」

 多分ってなんだよおい。ていうかわざとか、この前の仕返しがまだ足りないのか――。

「まあ、今更ですしそこまで気を落とさないでくださいよ」

 うん、お前フォローするつもりないだろ、佐々木。

「というか部長ってこういう扱い、ちょっとおいしいと思ってる節ありません?」

 え、それ今言っちゃう? 言っちゃいます?

 一周回って、岡田がトドメの一撃を見舞った。

 確かに五島にはそういう節がある。

 でも、たまにはカッコよくビシッと決めたいことだってある。

 それが決まらないのが、五島の悲しいさがであった。


「お前ら、好き放題言ってくれやがって。俺だってな、この一週間ただ遊んでたわけじゃないんだぜ――」

 ガバと起き上がると、五島は不敵な笑みを浮かべて言った。

そして、聞いて驚け、と自信たっぷりに、

 その〝荒唐無稽に過ぎるアイディア〟を語り出した。




「――アイドルぅ!?」

 話を聞き終えるなり、この人はまた何を言うんだという顔で、岡田が聞き返した。

「それって歌ったり踊ったりするあの……?」

「おうよ。他に何かあるか?」

 分かり切ったことを聞くな、と五島は切って捨てる。

「考えたんだが、今の俺たちに必要なのはつまり、この前のソロテックの件で疑心暗鬼になっちまってる世間の、偏見やら誤解をなくすってことだろう」

 ここまではいいよな、と五島は三人を見回して続ける。

「そのためにはまず、俺達のアンドロイドがどういうものかってことを知ってもらわなきゃならん。――これはもう実際に見てもらうのが一番手っ取り早いだろ。百聞は一見に如かずってやつだな」

「それでアイドル、ですか。大衆の知名度を得て、多くの人に見知ってもらうために……」

 岡田は、言わんとすることはわかったと頷きながらも、

「理屈はわかりましたけど、でもそんなの上手くいきっこないですよ」

 と、真っ向から反論を唱えた。

「どうしてそう思う」

「だって、そんなことをしたって火に油を注ぐ様なものです。誰も冷静な目では見ちゃくれませんよ」

「少なくとも、今は、な――」

 そんなことは既に考慮に入れてある、と五島は淀みなくその解を口にした。

「だから、俺の計画はこうだ。アンドロイドをセンターに据えたアイドルユニットをプロデュースする。ここまでは言ったとおりだ。だが、

「ただの人間のアイドルとして世に出すってことですか? そんなことをしたら……」

 倫理的にいろいろと問題があるのでは――、という疑問は業界人なら抱いてしかるべきものだ。

「悪事を働こうってわけじゃなし。ばれなきゃいいんだ、ばれなきゃ」

 ところが五島は、悪びれもせずに軽い口ぶりで言い切った。

「でも、最終的にはこちらからばらすわけですよね――?」

「要はタイミングの問題だよ、岡田君。――つまりな、人気が出て、機が熟したというところで大々的に発表するわけだ。誰もが、アンドロイドは決して〝恐ろしいフランケンシュタインの怪物〟ってことに気付く、そんな最高のタイミングでな」

 

 五島は本気である。

 自分ひとりではとても止めることはできないと悟ったのか、岡田は織部に助けを求めた。

「織部さんも何か言ってやってくださいよ。この人、これで素面なんですよ。それっぽいこと言ってますけど、このままじゃ絶対ろくな事にならないですよ」

 と、岡田は全力で危機感を煽る。

 そして、それまで黙って五島の話を聞いていた織部は、

 

「――わたしは、良いと思います」


 と、一言。

 岡田の期待を完膚なきまでに打ち壊した。

「やりましょう、それ」

「え、ちょ、ちょっと、織部さん、本気?」

「実は、わたしもこの一週間、ずっと考えていたんです。でも結局思い浮かばなくて。昨日の夜も眠らずに朝までずっと……」

 このところ雰囲気が違って見えたのは、どうやら寝不足のせいもあるらしい。

「やり方はともかくとして、人々に見てもらって、知ってもらって、実際にどんなものか分かってもらうっていうのはすごく大事なことだと思いますし」

 そして考えをまとめるように、

 あるいは、自分の本心を確かめるように少し間を空けてから、

「時間の猶予もない、他に良い案もないとなれば、五島さんのアイディアに賭けてみる価値はあると思うんです」

 あの意志の強いまなざしで三人を順に見回してから、そう言った。


 それが鶴の一声になったのは言うまでもない。

 岡田は、もう諦めたのか、何も言わなかった。

 佐々木は、元より口出しする気もないようだ。


「――決まりだな」

 最後に、五島が親指を立てて答えた。

 さっきまで死んでいたとは思えないほど、佳い笑顔だった。

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