第1.5話 続・五島の憂鬱

 昼休みも残り僅かとなった頃、その実入りの少ない会見の場は閉幕となった。

 初めは活気に満ちて賑やかだった質疑応答の時間も、最後の方になるとみな意気消沈という有様で、ついには自然消滅したようなものだった。

 それというのも、ソロテックの回答が露骨にはぐらかそうとしたり、要領を得ないものであるばかりか、ついにはノーコメントなどという明け透けな文言まで飛び出したせいに他ならない。

 この対応に記者たちは当然反感を覚えたが、押せども引けども埒が明かないことを悟り、ついには気勢をそがれてしまったのである。

 

「結局、質疑応答でも知りたいことは何にも分からなかったですね。まぁ、あんな質問ばっかりじゃ無理もないですけど」

 記者会見が終わると同時に、同席している岡田が不満も露わにこぼした。

「これじゃとても事態は収まりませんよ。何のためにこんな場を設けたんだか――」

「むしろ俺には、やつらは事態を収拾する気なんか、更々ないんじゃないかと思えてきたぜ」

「――わざとやってるって言うんですか?」

「さあな、ただそうとしか見えないってことだ」

 五島ごしまはすっかり冷めてしまった昼飯をぱくつきながら、つまらなそうに言う。

「業界一の大手とあろう企業がだぞ、世間の評判ってやつがどれほど厄介なものか、それがわからんほど馬鹿なはずはないだろ?」

「それを今まさに我々が実感させられてるんですけどね……。しかしそんなことして彼らに一体何の得があるんです?」

「――んなもん知るか」

 それは五島の立場でいくら頭を捻ってみても、正しい答えが出るはずもなかった。

 だからそうするまでもなく、合理的判断の帰結として五島は考えるのをやめた。

 

 要するに、面倒になったのだ。


 ふたりが昼飯を平らげて席を立とうとした時、昼休みは残りあと十分というところだった。

その背後から、とても白々しいことをのたまう輩が現れた。


「おや、先技研のおふたりじゃないですか。今日はまた浮かないご様子で、どうしました?」

 柏木というこの男は、先技研と同じ七階に居を構える『事業拡大向上推進設計部』(通称:事推進)の主任である。

 皮肉屋で、何かとつけて一方的に先技研を目の敵にしている節があった。

 

 思いがけず嫌な奴にあったという顔を隠しもせずに五島は、

「わかっている癖に下らんことを聞くな。昼休みももう終わるって時に、こんなとこで油を売っていて良いのか?」

「いえね、私も今日はここで昼食を摂ってまして、丁度引き上げるところなんですが。ふと見ると見知ったおふたりがいるじゃないですか。それで一言ご挨拶しておこうと思いましてね」

「やろうと思えば、すぐに顔を合わせられる様な場所で仕事してるってのに、わざわざご苦労なこった。――他に用がないならもう先に行かせてもらうぞ」

 いつもながら悪びれもせずによく喋るものだ、と五島はうんざりしながら言った。

 それに対し、柏木はわざとらしくまじめ腐った顔をつくって、

「そのことなんですがね、ご挨拶というのは他でもありません。この度、お宅の大事な〝お嬢さん〟をうちで引き取ることになりましたので――」

「引き取るだって? ――話が見えんぞ。何を言ってるんだお前は」

またぞろいつもの戯言か、と五島は一蹴しようとした。

しかし柏木は、今度こそは笑みが隠し切れないという風で、

「……おや、もしやまだご存じない? もうあなた方にはご不要かと思いまして、このまま腐らせるのも勿体ないと、昨日のうちに上層部へ打診しておいたのですよ」

「昨日のうちって……、何を勝手に――」

黙って聞いていた岡田が、憤懣やるかたなしに口を挟む。

ところが柏木は全く動じもせずに、

「ああ、それについてはもう決まったことですからね。文句は言いっこなしですよ。大体あなた方が不甲斐ないせいで、こうなった様なものでもありますし」

 と、有無を言わせぬ態度で勝ち誇るように言った。

 五島は黙って柏木を睨みつけるが、それもどこ吹く風とやら、

「では、そういうことなので。必要な書類や諸々の手続きは、こちらで済ませておきますのでご安心ください。――おっと、もうこんな時間だ。おふたりも急いだ方が良いですよ」

 腕時計でわざとらしく時間を確認すると、柏木は颯爽と歩み去っていった。


 残されたふたりはしばし呆然として、

「いや、まいったな。どうやら口から出まかせってわけでもないらしい」

「――まいったな、じゃないですよ。どうするんですか、部長。織部さんがこのことを知ったら……」


 はぁ――、

 今日は本当にろくなことがない。


 もういっそ今すぐ帰って眠りたい、と五島は思う。

 そうしたとして、今日ばかりは誰が五島を責められるだろうか――。


 


 そのプロジェクトは、正式な名を『次世代型アンドロイドの研究開発及びその実効性の探索』と言う。とにかく長ったらしいので、この計画の基幹として研究開発が行われた人工知能の名前をとって、通常『プロジェクト:ユリカ』と呼ばれている。

 プロジェクトが立案されたのは今から五年前のことで、それが本格的に動き出したのは三年前のことである。


 このプロジェクトは大まかにふたつのプロセスから成っていた。

 ひとつは、その通称の由来ともなった人工知能『ユリカ』の開発。

 もうひとつが、『ユリカ』を頭脳とすればその身体にあたる、義体の開発である。


五島ら先技研を中心とし、それぞれの分野で高い技術と経験を持つ東工大の『時田人工知能研究室』と、東京都は港区白金にある『白金義体研究所』とが共同となって、威信をかけて研究開発を行っているまさに一大プロジェクトであった。


 次世代型アンドロイドと銘打ってはいるが、このプロジェクトで完成を目指しているのはいわゆる第七世代モデルと呼ばれる、外見上は人間と全く見分けのつかないアンドロイドだ。

 そして第七世代モデルと認められるためには、義体の完成度だけではなく、その頭脳の方もまた人間と限りなく同じであることが要求されていた。


 そしてこの高いハードルに加えて、〝発展の著しいロボット業界の中にあって実りの少ない分野〝ということが足枷となり、いまだかつて第七世代モデルの研究開発に成功したものはなかった。

――少なくとも公式には。

 

 何はともあれ、前人未踏の偉業である。

 もし成功すれば、世界的に注目されるであろうことは疑うべくもない。

 そんな大事業にも関わらず、これを推進している先技研は閑職と目されているのである。

 非常に頼りない立場に立たされているのである。

 そして、あろうことか『プロジェクト:ユリカ』は成功目前であった。

 

  だから、現在の先技研の窮状は、〝五島の力不足〟のせいではきっとない。

 今回ばかりは運が悪かったのだ。

 ――猛然と何もかも投げ出したくなるほどに、ツイていなかったのだ。


 そもそも何故このようなことになってしまったのか?

 どうすればこの事態を打開できるのか?

 複雑な要因が幾重にも絡まった結果ではある。

 しかしそれを紐解いていけば、最後に残るのは恐らくひとつしかない。


 〝金〟である。

 世の中全て金次第と言えば夢も希望もないが、その夢も希望も買うには金が要るというのだから救いもない。

 逆に言えば、金があれば夢も希望も買えるのだ。

 人間と全く同一の、〝完璧な被造物という見果てぬ夢〝でさえもそこに含まれる。


 とすると、

 先技研にとって今一番必要なもの、それは研究開発の為の予算ということになる。

 それが断たれてしまえば、否応なしにプロジェクトを中止するしかない。


 では、なぜ予算が降りないのか――。

 

 つまるところ、

 このプロジェクトが金が掛かるばかりで金にならないからだ。

 もっと正確に言えば、プロジェクトの成功が、最終的に利益を生み出すかどうかわからないからである。

 その正式名称にある通り、この計画には『実効性の探索』という名目が掲げられている。簡単に言えば、研究開発を通して、それが金になるかならないかを見極めるということだ。

 しかし可能性を正確に見極めるためには、第一にアンドロイドの研究開発の成功が必要不可欠であって、そのための金が足りないとあればこれはもう堂々巡りの出口のない問題である。

 

 世界初の偉業を達成したとなれば、それだけで会社としての評価は上がるだろう。


 しかしその結果に対して、投じられる巨額の費用が果たして投資として成立するものなのか。

 ――もっと他に良い金の使い道があるんじゃないか?

  

 それは、利益の追求を至上原理とする資本主義社会の一企業としては、当然検討されて然るべきことであった。


 そしてそこに輪をかけたのが、今回のソロテックの不祥事だ。

 今、アンドロイドに対する世間の風当たりは過去最高潮と言っていい。

 軍事利用の為という嫌疑が嘘か真かなどということは彼らにとっては些事である。

 こうなってしまった以上、その可能性があるものを研究開発しているというだけで世界から後ろ指をさされかねない状況だ。

 ひとたび糾弾されてしまえば、それまでである

 金にならないどころか、莫大な損失を生み、社会的な信用をも失うかもしれない。

 それは到底、リスクとして許容できるものではなかった。

 

 かろうじて拮抗していた天秤は、あっさりと傾いた。

 

 ――こうして、『プロジェクト:ユリカ』の無期限の凍結という処分は決定されたのであった。

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