第54話 マウス・オブ・マッドネス

 ライタ玉による嵐が過ぎ去った後、俺はしばらく横へ向かって穴を掘り進め、ある程度したところで今度は上に向かって掘って行き――ドバアッと突き破るようにして地面から飛び出した。


「ぶはあっ! ハァ……ハァ……じ、じぬかと思った……」


 あたたかな木漏れ日が目に映り込み、息を吸い込むと新鮮な空気が肺に満ちていく。ああ、胸に込み上げてくるこの感情、これが生きる喜びってやつか……い、生きているって素晴らしい……!


『いやはや、とんでもねえ威力でしたねぇ。てかさっきふと思ったんですけど、みんな逃げちまって誰も見てなかったんだから旦那も普通に後ろとかに逃げりゃバレなかったんじゃないですかね?』

「ハ、ハタケお前さ、そういう事はもっと早く気づいてくんないかな……」


 穴の中で揉みくちゃにされてる間、三途の川の向こうで仕事サボって漫画読んでるエルカさんの姿が三回くらい見えたっつの……危うくエルカ送りされるとこだったわ。


「どっこいせ、っと……よし、もうお前らも人化していいぞ。口の中に砂入ってて気持ち悪いからペッてしたいし」


 穴から這い出しながら言うと、クロとハタケは『ははっ』『へいっ』と答えてポンッと人の姿に変化した。ついでに辺りに視線を巡らせて人気が無い事を再確認する。穴から出る前にエルカ耳立てて確認したけど、一応ね。


「お~い、シンタローッ!」


 声のした方に目を向けると、奥の方の茂みからセツカが手を振っているのが目に入る。その近くには京四郎、マリー、ハトちゃんに加えて、先ほど広場で別れたウネ子とクネ子もいるようだ。良かった、ライタ玉が想像以上の破壊力だったから少し心配してたけど、どうやら全員無事みたいだな。


 みんなの先頭にいるセツカは右手をブンブンと振りながら、そのまま一目散に俺のそばまで駆け寄ってきて――


「ドオラアアアアアアアアアッッ!!!」

「ぎええええええ――――――――――――っ!!?」


 その勢いのまま、俺の額を思いっ切りぶん殴った。


 頭部に凄まじい衝撃を感じると同時に目の前が一瞬暗転し、直後、まぶたの裏で光が弾けるような感覚と共に俺は盛大に後ろにぶっ倒れてしまう。あ、あの光……あれは憎しみの光だ……ッ!


「よし、殴れるってことはオバケじゃないね! 大丈夫、シンタローばっちり生きてるよっ!」

「たったいま死にかけたわボケッ! 普通に触って確かめりゃいいだろ!?」

「だって、もしオバケになってたら一撃で消し飛ばさないといけないし……」

「オバケを一撃で消し飛ばすような攻撃を俺にぶち込んだの!? 仏のシンちゃんと言われる俺でも流石にキレるよ!?」

「いやあんた、どっからどう見ても既にブチギレてるわよ」


 追いついてきたマリーが冷静にそんなツッコミを入れてくる。確かにちょっとキレ気味だったかもしれんが、マリーに言われるとなんか腹立ってくるな……。


「大丈夫、安心してください旦那! 旦那くらいの方になるとたぶん幽霊になってもちゃんと実体があるはずでさ! その辺のヤワな幽霊とは格が違いますからね!」

「安心の意味がわからんし、それってもはや幽霊と呼ばないよね? お前ゾンビって知ってるか?」

「なるほど、その可能性もあるか……後でサラっちにも手伝ってもらおう……」


 俺とハタケのやり取りを聞いたセツカは何やらぶつぶつとおっかない事を呟いていた。こいつは後でサラと一緒になって俺に何をするつもりなの!?


「余計な事を言いやがったハタケとクロは罰として後でライタにしこたま雷落としてもらうからな……覚悟しとけよ」

「ちょ、旦那そんな殺生な! あたいは精一杯褒めたつもりなんですよ!?」

「何故それがしも!? 一言も喋っておりませぬが!?」


 連帯責任ってやつです。八つ当たりじゃないよ?


「てか、おじ……お兄さんは神の眷属なんだから、幽霊やらゾンビの類なんかになるわけがないんじゃ……?」

「あらウネ子ったら、冷静かつ的確な指摘ね。ところで気づいてないみたいだけど、さっきからマリーがあなたの頭の花の蜜を美味しそうに吸ってるわよ」

「えっ? あ゛あ゛!? 何吸っとんじゃこのクソ虫ッ!!」

「あらあらチュー、今頃気づいたのチュー? 鈍感なあんたでも分かるようにチュー堂々とチュー吸ってあげてたっていうのにチューチュー」

「とりあえずそのチューチューすんのやめろやッ! 今度という今度はぶっ殺すからなくそむしいいいいいいいいッ!!!」

「あ、追いかけっこはあっちで頼むわ。討伐隊の人たちにバレないようにな~」


 人気の無い森の奥の方を指差すと、マリーとウネ子はそちらへ向かって荒れ狂う猛牛のような勢いで突き進んでいき、何故かクネ子もその後を追いかけていった。もし後で様子見に行った時に決着ついてなかったらまたマリーに性悪妖精絶対殺す玉でもぶち込んでやるか。


「おっと、そういやのんびりしてる場合じゃなかったな。広場の方がどうなってるかを見に行かないと」

「おお、良かった、私はてっきり皆さんがライタ様の事を忘れているんじゃないかと少し不安になってきていたところでしたよ……」

「いやいやハトちゃん、あんなとんでもない攻撃ぶち込まれたら忘れたくても忘れられないって。てか、いざ見に行ってみたら広場に討伐隊の死体の山が出来てた、なんて可能性もあるよな……うわ、なんかちょっと怖くなってきた……」

「大丈夫、ゾンビになってたら私が全部殴り飛ばしてあげるから安心しなよっ!」

「いや、そういう心配はしてないから」


 死んだ後の事を心配してんじゃなくて死んでるって事自体を心配してんだよ。それにゾンビじゃなくてオバケになってる可能性は考慮しないのか……? その事に気づいたら暴走しそうだから言わんけど……。


「いやセツカ姐さん、ゾンビじゃなくてオバゲラアアアアアッ!?」

「え? ハタケちゃんいまオバケって言った?」

「いや違う、『アームロックをかけてチョンマゲ』って言ったんだよ。な、そうだよなハタケ?」

「がああああああ! はっ、刃こぼれしちゃううううううううっ!!」

「そ、それ以上いけません我が君! ナマクラがガラクタになってしまいます! あ、でも考えてみればどちらも似たようなものですな……よし、そのまま盛大にポッキリやってくだされ!」

「てめえあとで覚えてやがれドス黒オオオオアアアアアアッ!!?」


 口を滑らせようとしたハタケにすんでのところでアームロックが極まり、何とか「狂気のゴーストバスターと化したセツカによって全員が血祭に上げられる」というバッドエンドは回避する事が出来た。こいつはすぐに余計な事を言おうとしやがって……油断も隙も無いわ。


「京四郎、ゴーレム作ってハタケをこの場所に固定しといてくれ。こないだ教えた筋肉バスター使ってくれてもいいぞ」

「ちょ、ちょっと旦那っ! まさかあたいを置いてくつもりですかい!?」

「そのまさかだ。ひと段落したら迎えに来るから大人しく固定されてろよ」

「そ、そんなあ! そう言わずにあたいも一緒に連れて行ってってちょちょちょ京四郎坊っちゃん待って下せえ! この体勢はキツほぎゃあああああああッ!?」


 一向に口を閉じないハタケをカンタさんのゴーレムが担ぎ上げ、そのまま問答無用で「ズドォン!」と豪快に筋肉バスターをぶちかました。技を極められたハタケは白目を剥いてビクンビクン痙攣し、ようやく黙り込んで静かになる。ふう、これで余計な口はきけなくなったな。


「うし、邪魔者もいなくなったし、今のうちに広場の様子を見に行くか!」

「よ~し、待ってなよゾンビども! 私が全部バラバラにしてやるからねっ!」

「おい、死んでる前提で話すんのやめろ」


 こいつもこの場に置いていきてぇ……てか地中深くに埋めて封印してぇ……でもそんな事したら倍返しどころか十倍返しされるだろうからな、連れていくしかないわ……仕方がない、こいつはいないものと考えて心の平静を保とう。


「セツカはここにいないセツカはここにいないセツカはここにいない……」

「シンタロー? 急に何ブツブツ言ってるの?」


 いや、お前はいつ見ても元気いっぱいで何だか見てるこっちも元気になってくるなと思ってな!


「いや、お前はいつ見ても地中深くに埋めたくなる顔してんなと思ってな!」

「うん分かった! 二度とそんな口がきけない体にしてあげるねッ!!!」

「ヒイイ――ッ!? い、今のは違うんだッ! 口に出すつもりの言葉と心の声があせって逆になっちゃっただけなんだ!!」

「わ、我が君落ち着いて下され! 全く言い訳になっておりませぬ!」

「み、皆さん冷静になって下さい! もう広場はすぐそこですよ!」


 セツカから逃げつつハトちゃんが指差した方を見やると、確かに少し向こうに行った辺りで木々が途切れており、そこから先はもう広場のようだった。おおっ、た、助かった! ここまで来れば流石にセツカも俺を殴ったりはしないだろう!


「チッ、悪運の強い……」


 背中の方からセツカの舌打ちと悔し気な声が聞こえてくる。仲間に対して言うセリフかよ……怖すぎるわコイツ。


「いいか、ここから先はもうオフザケは無しだぞ。ライタたちの様子を静かに見守りつつ不測の事態に備えるんだ。だからセツカは俺を睨みつけるのをやめろ。大事な事だからもう一度言うぞ、睨むのをやめろ」

「チッ!」


 ちゃんと伝わるように強調して釘を刺したが、セツカは再び舌打ちを漏らした後、俺にこぶしを向けてシュッシュッとシャドーボクシングのような動きをし始めた。俺を殴るイメトレもやめろ。


「さて、いよいよだな……どうか一人も死人が出ていませんように……!」


 祈りながら恐る恐る広場の方を覗き込んでみると――広場の真ん中で仁王立ちしているライタと、それと向かい合うようにして立っているスコットさんの姿が目に入った。スコットさんのやや後方では隊員たちが不安げな顔を浮かべて固まっている。様子からして、どうやら死傷者は一人も出ていないようだ。


 ほっ、良かった……とりあえず一番の懸念は消えたぞ。後は上手く話をまとめられるかどうかだが……代表者同士での話し合いだろうか、ライタとスコットさんは二人だけで何か話をしているみたいだ。ちょっと聞き耳を立ててみるとしよう。


「……つまり、ここしばらくはずっと山にいなかった、という事か?」

「おうっ、久しぶりに目を覚ましたからな、ちょっと友だちのとこに行ってたんだ! そんで戻ってきたら『変な奴に山を占領されて困ってる』って山の魔物たちに聞いてなー? そんな山の平和を乱す悪いやつはぶっ飛ばしてやった、ってわけだっ!」

「わ、我々も山に侵入しているのだが……我々の事はぶっ飛ばさないのか?」

「ん? お前らは山の平和を守るためにきたんだろ? じゃあおれと同じってことだっ! 良いやつらはぶっ飛ばさないぞ!」


 ライタの言葉を聞いたスコットさんは困惑気味の表情を浮かべながらも「そ、それは有難い話だ……」と安堵しているようだった。まぁ、あんなとんでもない力を見せつけられた後じゃな……広場のさっき俺がいた辺りなんか超巨大なブルドーザーで掘り返したみたいに地面がえぐれちゃってるし。あれじゃ戦っても生き残れないわ。


「え~っと、あとなんだっけ……あっそうだ、おれはこれを機にお前たち人間と仲良くしたいと思ってるんだ!」

「な、何? 人間と仲良く? あ、あの伝説の悪雷が……と、こ、これは失礼」

「いやー、その友だちに『今どきはみんなで仲良く平和にやるのがどちゃくそナウい』とか言われてなー? 確かにみんなでわいわいやるのはすげー楽しいから、おれも今後はヘーワテキになるって決めたんだ!」

「は、はぁ……仲良く平和的に……」


 スコットさんはそう呟くと少しうつむき、何かを考えるように黙り込んでしまった。過去に王家と散々ドンパチかましてきたライタが急に仲良く平和的に、なんて言ってもにわかには信じ難いのだろう。だがライタがわざわざ討伐隊にそんな嘘をつく理由も無いのだから、スコットさんならきっと理解してくれるはずだ。


 茂みの中でドキドキしながらスコットさんの様子を見守る。すると、少ししてスコットさんは腹をくくったような表情になり、ライタを真っ直ぐに見据えながら「分かった……その言葉を信じよう」と答えた。


「正直なところ、まだ戸惑ってはいるが……我々に助勢してくれたのは紛れもない事実だしな。それに何よりあんな力の差を見せつけられてしまっては、はっきり言ってお手上げだ。仲良くしてくれるというのならば是非ともそうしたい」

「おっ、ほんとーかっ? 交渉せーりつか?」

「ははは、交渉というほど大層なものではないが……しかし、こうして面と向かって話していると伝承とはかなり印象が違うなぁ。伝承が大袈裟なのか、それとも何か考えが変わるような事でもあったのか?」

「ふっ、おれも成ちょーしたからな……それに友だちも言ってたぞ! 『男子三日あわざれば』……『あわざれば』……? あっそうそう、『刮目して討つべし』だっ!」


 う~ん、惜しい! それだと三日会わないだけで男子を殺しちゃうサイコキラーだね! しかも刮目しちゃってるから殺意も明白ときたもんだ。仲良くしたいと言いつつ三日会わなかっただけで殺すとか、ヤンデレにも程があるわ。


 当のスコットさんはライタの言っている事が良く分からなかったのか、「そ、そうか、ハハハ……」と露骨な愛想笑いを返していた。ふぅ、ちゃんと伝わらなくて良かった……。


「まぁ細かい事は後で決めるとして……どうかこれからよろしく頼む、ライタ殿」


 スコットさんがライタにスッと右手を差し出す。それを見たライタは一段と大きな笑顔を浮かべて、「おう! よろしくなっ!」とその手をしっかりと握り返した。二人の様子を遠巻きに見守っていた討伐隊の隊員たちが「おおっ」とどよめき立ち、俺も全身から緊張が抜けて「はああ……」と大きな安堵の息を漏らした。


「こ、ここまでマジで長かった……ようやくだ、これでようやく――!」

「ようやくシンタローを全力で殴り飛ばしても良いってわけだねっ!!」

「良いワケねえだろッ! 俺は『これでようやく平穏な毎日が戻って来る』って言いたかったの! それにまだこれから『正式に平和条約を締結する』っていう仕事が残ってるんだからな、殴るのはマリーで我慢しとけ!」

「え~っ、マリーって小さいから殴りがいが無いんだよね……回数で補うか……」


 セツカは何やらぶつぶつと呟きながらマリーとウネ子が追いかけっこしているであろう方へと歩いて行った。間を空けたのが功を奏したのか、標的が俺じゃなくてもとりあえず殴れれば良いと判断したようだ。マリーは犠牲になったのだ……狂犬セツカのストレスのはけ口、その犠牲にな……。


「それじゃ、京四郎とクロはまたちょっと山で待機しててくれ。んでハトちゃんは俺と一緒に先回りして村へ戻るか。山から下りてくるライタたちを出迎えるぞ!」

「ええ、分かりました!」


 俺は京四郎とクロに「また後でな~」と手を振りつつ、ハトちゃんを引き連れて山を下っていった。





 俺とハトちゃんに加えて、タスケさんやバトウさんといった村の住人たちとも一緒に山の麓で待機していると、やがて山道を下って来ている討伐隊の姿が目に入った。それを見たハトちゃんも「おっ、戻って来たみたいですよ!」と興奮気味の声を上げる。


「どうしましょう、手を振って出迎えたりした方が良いんでしょうかね?」

「いや、山の上で何があったか知らない風を装わないといけないし、特に喜んだりはせず自然に出迎えた方が良いんじゃないかな?」

「ああ、なるほど……いやぁ、何だかんだで村の住人として姿を見せるのは今回が初めてですし、少々浮足立ってしまいますね。長老としての威厳を保たねば……」


 ハトちゃんはそう言うと、何となくキリッとした感じの表情で山から下ってきている討伐隊の方を見つめた。う~ん、出会ってからもう結構経つけど、いまだに表情が良く読めないな……なんせカッパだしな、何となく分かるようになっただけでもマシか……。


「あっ、山での出来事を知らない体でいくのなら長老の私までここで待ち構えているのは変ですよね? ちょっと最初だけ建物の裏に隠れてますね。長老として最高の登場の仕方をお見せしますよ!」

「いや、別にそこまで気張らなくても良いと思うけど……」


 呼び止める間も無くハトちゃんは建物の陰に隠れてスタンバってしまった。まぁこれまであんまり目立てなかったわけだし、こういう時ぐらいは花を持たせてあげるか。なんせカッパで長老だしな。


 そうこうしているうちに討伐隊は山を下り切り、隊列の中にいるスコットさんも俺たちに気が付いたらしく、こちらに向かって手を振っているのが見えた。それに応えて俺も手を振り返す。


「お~い、スコットさーん! 何やら山の上で激しい戦闘があったみたいですが、大丈夫でしたか? 怪我人とかはいませんか?」

「ええ、怪我人は一人もいませんよ。というのも……ついに我々の努力が実を結び、ライタ殿との和平を成し遂げたからなのですよ!」

「えっ、討伐ではなく和平を結ぶことにしたんですか?」

「詳しい事はまた後でお話しますが……ここしばらく山を占領していたのは『きゃぷてん・だいなごん』というどこぞの流れ者だったようです。本人の言及び雷魔法を使うのもしっかりとこの目で確認しました」

「なんと、そんな強そうでイカした謎の流れ者が山を占領していたとは……」


 良かった、キャプテン・ダイナゴンの正体に感付いたりはしていないみたいだ。これで後は平和条約の細部をハトちゃんとかと一緒に詰めていくだけだな。


 と、ホッと緩んだ空気を感じ取ったのか、建物の陰で隠れていたハトちゃんがサッと姿を現して「やぁやぁどうもどうも、これはこれは皆さん大変お疲れ様です」と言いつつ近寄って来た。微妙に不自然だぞ。


「これはどうも討伐隊の皆さん、山からお戻りになられたんですか? 奇遇ですね、私もちょうど畑仕事から戻って来たところ――」

「ああっ!? き、貴様はいつぞやの緑色の良く分からない化け物!? あの時はよくも我らをコケにしてくれたな! 斬り捨ててやる、覚悟しろッ!!」

「ひいいいいいいいっ!! お、お助けえーっ!!」


 あっ、やべえ! ハトちゃんが討ち取られそうになってる!?


「す、スコットさん待ってください! この緑色の良く分からない化け物はカッパのハトちゃんっていうこの村の長老です! 長らく行方が分からなくなっていたのですが、おそらくキャプテン・ダイナゴンとかいう奴に脅されて山で働かされてたんでしょう! そうなんだよなハトちゃん!?」

「えっ? いえ私は脅されてと言うよりもむしろ自分から進んで協力を……」

「お・ど・さ・れ・て・たんだよな!? なっ!!?」

「あっはいそう言えばその通りです脅されてました! 私は悪い緑色の良く分からない化け物ではありません! 良い緑色の良く分からない化け物なんです!」

「な、なんと、この緑色の良く分からない化け物が村の長老? 本当に?」


 馬鹿正直に答えようとするハトちゃんを必死に身振り手振りで制すと、スコットさんは信じられないといった表情を浮かべながらも構えていた剣を鞘に納めてくれた。そりゃ確かに俺と一緒に作戦遂行してたんだから脅されては無いけどさ、「自らの意志で討伐隊おちょくってました~グヘヘ」なんて言おうもんならこの場で斬り捨て御免されちゃうだろ普通。そこは嘘ついていいんだよ。


「みんな見てくれ! さっきの長老の真似だっ! ひいい~っ! お助けえ~!」

「わっはっは! ラ、ライタ様お上手ですなっ!」

「こりゃ似てますなあ! ひひひっ、た、丹田が~!!」


 何やら騒がしい方へ目をやると、討伐隊と一緒に山を下って来たライタがハトちゃんの物真似を村人に披露しているようだった。長老がマジで斬られそうだったのに早速ネタにして爆笑してるとか、この村の住人は鬼か……!?


「長老殿、事情を知らなかったとは言え大変失礼な事をしてしまいました……どうか許して頂きたい」

「いえいえ、それを言うなら私の方こそ脅されていたとは言え討伐隊の皆さんに敵対的な行動を取ってしまいましたし……ここはお互い水に流しましょう」

「おお、それは有難い。それと今後の事について長老殿といくつか話し合いたい事があるのですが……」

「あ、それでは私の家で話し合いましょうか。どうぞこちらへ」


 無事に誤解も解け、スコットさんは部隊に「先に陣地に戻っていてくれ」と指示を出してからハトちゃんと連れ立って村の中へと歩いて行った。やれやれ、顔合わせも何とか無事に終了だな。後で俺も話し合いに参加するとして、今はとりあえず部隊の人たちにも労いの言葉をかけておくか。


「討伐隊の皆さん、長らくお疲れ様でした! 今夜はより大きく改修した露天風呂に村人と一緒に入ってもらって交流してもらおうと思ってますので、是非とも奮ってご参加ください! 風呂での交流の後はゲツレントウから作った秘蔵のお酒とご馳走で盛大な宴会を催したいと考えてます!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおお――――――――――――――ッ!!!」

「平和! 平和! 平和! 平和! 平和! 平和! 平和! 平和! 平和!」

「宴会! 宴会! 宴会! 宴会! 宴会! 宴会! 宴会! 宴会! 宴会!」

「交流! 交流! 交流! 交流! 交流! 混浴! 交流! 混浴! こんよぶぎゃあああああああああッ!?」


 突如、交流コールに紛れて「混浴!」と声高に叫んでいた数人の兵士が悲鳴と共に青白い光の柱に包まれ、周囲の人々が驚愕の表情で光の柱に向き直った。程なくすると光の柱が消え、光に包まれていた兵士たちはプスプスと煙を上げながらその場にガクリと崩れ落ちてしまう。そして、その後方には――氷のような微笑を顔に貼り付けたサラが佇んでいた。


「この前言ったはずですよね? 後悔する間もないほど一瞬で温めて差し上げます、と。浮かれる気持ちも分かりますが、あまり調子に乗るとこうなりますからね。理解していただけましたか?」

「はい……」

「調子に乗ってすみませんでした……」

「心の底から反省してます……」


 先ほどまでの祝賀ムードは一瞬でお通夜ムードへと変わってしまい、隊員たちは死んだ魚のような目で呆然と立ち尽くしていた。山の戦いでは怪我人が出なかったのに、まさか戦いが終わってから死傷者が出るなんて……真のラスボスはサラだったというのか……!


 俺は慌てて意気消沈している兵士たちの間をかき分けてサラに近づき、「サ、サラ、ちょっといいか? こっちに来てくれ」と声をかけて隊列から連れ出した。


「おい牧野、そんなに慌ててどうしたんだよ?」

「いやさ、ようやく和平にまでこぎつけたんだし、ちょっとの気の緩みくらいなら大目に見てあげて欲しいな~って思ってさ……」

「ああ、なんだそんなことかよ……それくらいオレだって分かってるさ。ちゃんと加減もしたし、さっき技をかましたのはチャーリーとジョンとボブっていうお調子者ばっかだからな。少しすれば元気になってすぐにいつもの調子に戻るさ」

「そ、そうなのか? それならいいんだけど……」


 考えてみれば、サラも部隊の一員として長いこと行動を共にしてたんだもんな。部隊の呼吸や隊員たちの性格だとかもちゃんと分かった上での行いだったってわけか。それでもマジ怖くてチビるかと思ったけど。


「しっかし、オレもこれでようやくエルンストに戻れるわけだな。毎度毎度やられたフリしなきゃいけないわ、怪我してる隊員には回復魔法かけなきゃいけないわでマジ忙しかったぜ……」

「いやぁ~、サラには本当に大助かりだったよ。セツカだのの頭の中には手加減っていう概念が存在しないからさ、俺一人だと絶対にぶっ倒れてたわ……」

「ここのところはお前とも毎日顔合わせてたけど、またしばらくお別れだな。どうだ牧野、オレに会えなくなると寂しかったりするか? ん?」


 サラが何やら悪戯っぽくニヤニヤしながら下から覗き込むようにして俺の顔を見つめる。そうか、もう少ししたらサラも部隊も帰っちゃうのか。ここ最近は部隊を送り出して、山で迎撃して、麓で部隊を迎えて……って流れにすっかり馴染んでたからか、もうそれが必要無いというのはちょっと変な感じがするな。


 それに、確かに一気に人が引き上げちゃうのは寂しい気もするが……これで日々の気苦労やストレスから解放されるかと思うと、やっとリラックス出来るというか、せいせいする気もするなぁ。


「いや~、これでやっとサラの顔を見れなくなるかと思うとせいせいするなっ!」

「よし、エルカ・リリカ様に会ったらサボらず仕事するように改めて伝えておいてくれ。あと次に生まれ変わる時はその減らず口を叩けないようにしてもらえよ? さもないとまたすぐに死んじゃうだろうからなッ!?」

「ひいいッ!? エルカさんの元に送られるのが確定している!? い、今のは違うんだッ! 途中の言葉が色々と抜け落ちちゃっただけなんだ! だからエルカ送りだけは勘弁して下さい!!」

「辞世の句は読んだか? それじゃエルカ・リリカ様によろしくな!」

「ほああああああアアアアアアア――――――――――――ッ!?」


 もう争いは終結して平和が訪れたはずなのに、何故かここにきて一番の重傷者が発生してしまったのだった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る