第53話 キャプテン・ダイナゴン/ザ・ファースト・アグリカルチャー

 林の中に身を隠したまま天守の広場の様子を窺うと、坂道を上がり切った隊員たちがきょろきょろと周辺を見回しているのが目に入った。わざわざ頂上まで登って来たのに人っ子一人いないので不審に思っているようだ。


「よし皆、準備はいいか? 流れは理解出来たな?」


 視線を戻しながら尋ねると、ハタケ、ウネ子、クネ子の三人がこくりと頷いた。全員、顔にはライタお手製の仮面を装着している。身元を隠すためだ。俺も身バレを防ぐために兜モードのクロを被ってローブを着込み、ヨーゼフの元に潜入した時と同じ格好をしている。


「ウネ子とクネ子は俺の掛け声が聞こえたら出番だからな、段取り通りに頼むぞ。じゃ、そろそろハタケは男の姿になってくれ」

「へいっ、了解です!」


 ハタケは返事をすると「ポンッ」という軽快な音と共に煙幕に包まれ、次の瞬間には俺の倍ほどの背丈の筋肉モリモリマッチョマンへと姿を変えていた。あまりに背が高いため、頭が近くの木の枝にぶつかりそうになっている。ただ――何故か、衣服は女物の小袖のままだった。


 う~ん、色んな意味で威圧感がすごい……体は不死のゾッドみたいに筋骨隆々なのに、服はピッチピチの女物だし、顔にはライタのイカれたお面つけてるし……傍から見たら完全に不審者だわ。


「よ、よし、それじゃいよいよ作戦開始だ。行くぞハタケ!」


 男モードのハタケにちょっと気圧されつつも指示を出し、ぴょんっとジャンプしてハタケの左肩へと飛び乗った。そのまま肩に腰かけ、ハタケに歩いてもらって林の中から広場の方へと移動する。


 するとすぐに部隊の人たちも姿を見せた俺とハタケに気が付いたらしく、信じられないものを目の当たりにしたといった表情を浮かべて「うおっ!?」「な、なんだあの化け物は!」「肩に変な奴が座ってるぞ!」と驚きの声を上げていた。うむ、自分で言うのも何だが中々の「やべーやつ感」を演出出来てる気がするぞ!


 隊員たちが警戒しながら武器を構える中、ハタケはずしんずしんと重々しい足取りで歩き続け、広場の真ん中辺りまで来たところでピタッと歩みを止めた。俺もそこで肩から飛び降り、兜モードのクロにぼそっと声をかける。


「じゃあクロ、俺が今から言う言葉をそのまま喋ってくれるか」

『はっ、我が君の声の代わり、見事務め上げてみせまする』

「うん、頼んだぞ。ええと、それじゃ――」

『――討伐隊の諸君! 私の仕掛けた数々の試練を乗り越え、よくぞここまで来た! まずはそのしぶとさ、いやしつこさを褒め称えるとしよう!』


 俺が小声で伝えた言葉を、クロが隊員たちに向けて大声で言い放った。俺の声は部隊の人たちに知られてしまっているためだ。回りくどいが、クロが詰まらずスムーズに喋ってくれてるし、そんなに違和感は無いはずだ。


「お、お前らは一体何者だ! ここには悪雷・ライタがいたはずだぞ!」

『我が名はキャプテン・ダイナゴン! こっちは我が腹心の部下であるノスフェラトゥ・ジェイソンだ! だいぶ前からこの山を占拠しているが、私が来た時には既に悪雷の姿は無かったぞ? どこか他所へでも移ったんじゃないか?』

「何だと? そんなはずは……」

『ああ、ひょっとしてこれを見て悪雷と勘違いしたのかな? そぉい!!』


 クロの掛け声に合わせて右手を突き出すと、手のひらから「バヂッ!」と一筋の電撃が放たれて眼前の地面を直撃した。直撃した地面はえぐれた上に黒く焦げており、隊員たちがギョッとした様子で後ずさる。珍しい雷の魔法を見て面食らっているようだ。


「なっ、雷だと……!?」

「悪雷以外にも雷魔法を使える者がいただなんて……」

『さて、これで誤解は解けたかな? 折角の武勇伝を悪雷なんぞに横取りされてしまってはかなわんからな』

「お、お前は一体何が目的でここに陣取っているんだ?」

『目的? ふふふ、そんなもの決まっているだろう……世界征服だッ!』


 宣言と同時に大仰な動きでかっちょいい感じのポーズを決める。隊員たちは俺の渾身のキメポーズに動揺したのか、「せ、世界征服だと!?」とひどくどよめき立っていた。


 ああ、ついに「公衆の面前で一度は言ってみたい台詞ランキング第一位(俺調べ)」を言ってしまったぜ……こんな時でもないと中々言う機会が無いからな。


「みんな気を付けろ! あんな変な格好で堂々と世界征服と言い切るなんて、あいつ相当頭がおかしいぞ!」

「あ、ああ……でも、世界を狙ってるんならなんでわざわざこんな辺境の山を占拠してるんだ?」

『ふ、何事も小さな事からコツコツと……莱江山を制する者は世界を制すのだ! 諸君も大人しく恭順するというのなら喜んで我がアズキ・ダイナゴン国の国民として迎え入れるぞ?』

「ふざけるな! 誰がそんな怪しい国の国民になるか!」

「貴様の方こそ痛い目に合う前に戯言を撤回しろ!」

『だが断る! 私には夢がある……私が世界を征服した暁にはエルカ・リリカ神信仰を廃止し、逆ギレと監視の無い、平和で穏やかな世界を実現することを皆様にお約束いたします! どうかキャプテン・ダイナゴンに皆様のお力をお貸し下さい! 国民の味方、世界のキャプテン・ダイナゴンに清き一票をお願いいたします! 応援ありがとうございます! 応援ありがとうございます!』


 選挙カーの演説を真似つつ手を振ってみるが、隊員たちは良く分かっていないのか、ポカーンとした表情を浮かべたまま固まっていた。う~ん、マニフェストは悪くないと思うんだけどな……もしこの世界に選挙制度があったなら当選は確実のはずなんだが……。


「良く分からんがさっさと降伏しろ変人め!」

「エルカ・リリカ様を馬鹿にするとは、貴様さてはルミリア神の信者だな!」

「何が国だよ! 山を一個占領したぐらいで良い気になってんじゃねーぞオラァァ!」

「王家を敵に回して無事に済むと思ってんのかー!」


 とりあえず俺に降参する気が全く無いということは伝わったらしく、隊員たちは怒りの形相を浮かべ、俺に向かって思い思いに罵倒の言葉を飛ばし始めた。よしよし、狙い通り俺にヘイトが集まりつつあるな。この分なら作戦は上手くいきそうだ。


『……このゴミクズ雑魚どもが……黙って聞いておれば調子に乗りおって……』

「そうそう、調子に乗るなよゴミクズ雑魚ども……うん?」


 おやおや? 俺、まだ何も言ってないよ?


『こんのカス以下の愚民どもがあああああッ! 貴様らがそうやってまだ生きていられるのは情けをかけて貰っているからだという事に気づかんのかッ!? その愚鈍さ、万死に値するッ! 皆殺しだッ! だが断じて楽に死ねると思うなよ!? 苦と惨と悲を絡めて地獄に落と――!』

「わあああああああああああああストップストォ――――ップッ!!」


 完全に逆上して暴言を吐きまくるクロを止めるため、俺は大慌てで兜をぐるんと回転させて真後ろへと向けた。たちまち視界が真っ暗になるが、兜越しに「え、自分の首を折った!?」「逆ギレ無くすとか言ってたのに逆ギレしたぞ!?」と隊員たちの激しく動揺する声が聞こえてくる。無理もない、俺もビックリしてるもん。


「お、おいクロ落ち着け! いきなりキレたら向こうもビックリするだろ!」

『もっ、申し訳ありません、我が君……必死に我慢しておったのですが、あの下等生物どもが我が君を罵倒し続けるのに堪えられず、つい……』

「かぁ~っ、情けねーなぁドス黒よう? あたいはちゃんと無言で立ったままジ~ッと大人しくしてたってのにさ。それに今のフヌけた罵倒ときたら何でい! あたいならほんの一瞬であいつらを顔真っ赤の涙目に出来らあっ! 今から手本見せてやるから目ん玉かっぽじって良ーく見ときな!」

「待てハタケ張り合うところがおかしい! そんな手本見せなくていいから!」


 ピッチピチの女物の服着たマッチョマンにべらんめえ口調で罵倒されるとか、部隊の人たちも訳が分からなくてもっと困惑しちゃうでしょ……もう十分にヘイトは集まってるんだし、筋書き通りにやってもらわんと……。


「……クロ、落ち着いたか? 落ち着いたんなら向きを戻すぞ?」

『は、ははっ! 先ほどのような失態はもう繰り返しませぬ!』

「今度はちゃんと冷静なままで頼むぞ。よし、それじゃ本番スタート!」


 クロのシャキッとした返事を聞いた俺は兜の向きを元に戻して、改めて隊員たちの方を見据えた。そして口を開き、クロに発言してもらう言葉を小声で伝える。


『……どうやら私からの素晴らしい提案に興味は無いようだな。やれやれ、大人しく恭順しておけば我が王国民になれたというのに、勿体ない……』

「いやあんた、さっき俺たちを皆殺しにするとか何とかって言ってなかったか?」

『私としては穏便に済ませたかったのだが……こうなってしまっては仕方がない。一戦交える他に道は無いようだ』

「おい、あいつさっきの逆ギレ無かったことにするつもりだぞ!?」

「正気か!? あんなに盛大にキレてたくせに!?」


 まだ気持ちが動揺しているのだろうか、何やら隊員たちがやたらと騒がしいな。動揺が収まるまで待つってのもアレだし、申し訳ないがこのまま次のフェーズへと移らせてもらおう。


『それでは最終決戦に臨む前に、まだ諸君に紹介していない部下をここへ呼ばせてもらうとしよう。アグリカルチャーズ、アッセンブル!!』


 掛け声と共に右手を掲げると、周りの林の中から仮面を装着したウネ子とクネ子が現われ、タタッと俺たちのそばへと素早く駆け寄って来た。よし、今が絶好の名乗りタイミングだ!


『北の国からの使者! キャプテン・ダイナゴン!』

「見た目は化け物、頭脳は乙女! のすふぇらとぅ・じぇいそん!」

「もはや半ばヤケクソ! 緊縛のおクネ!」

「えっ? えっ? ま、待って待って名乗りやるなんて私聞いてないよっ!? なんて言えばいいの!?」

「別になんでもいいのよウネ子。ほら、早く適当にノリでやっちゃいなさいよ」

「えっとえっと……あっ、朝ごはんはゲツレントウ三個! そろそろお腹が空いてきた、おウネっ!」

『みんなそろって、アグリカルチャーズッ!!!』


 スペシャルファイティングポーズを決めながら宣言すると、それに合わせたかのように背後の地面が「ドォンッ!!」と轟音をあげて爆発し、さながら戦隊モノの名乗りシーンを再現したかのようになった。流石は京四郎、完璧な爆発演出だ! ただ、惜しむらくは……。


「おいハタケ、クネ子とポーズが被ってるぞ。それにウネ子、その中途半端に曲がった腕はなんだ? クネ子を見習ってビシッとしっかり伸ばし切りなさい!」

「だ、だって恥ずかしいし……」

「お前は一体何年この業界にいるんだ! そんなんで芸能界の荒波を乗り越えられると思ってんのか!? 根性見せろよ根性を!」

「業界って何の話!? そんなの知らないし!」

「ウネ子ったら、こういうのは開き直った方が逆に恥ずかしくないのよ?」

「そ、そんなこと言われても恥ずかしいものは恥ずかしいの!」


 う~ん、肝心のポーズの方がぐだぐだになってしまった……流石にちょっと準備期間が短すぎたな。何とか及第点といった出来だが、今回は我慢するとしよう。


『……と、いうわけだ諸君。おわかりいただけただろうか?』

「いや、さっぱり分からないんだが……」

「さっきの爆発は何だったんだ……?」

「あの変な体勢は一体……?」


 部隊の人たちはポーズを決めたままの俺たちを遠巻きに眺めながら、怪訝そうな表情を浮かべてヒソヒソと囁き合っていた。むむむ、またもや「文化がちが~う」案件か……異文化コミュニケーションとはなんと難しいものよ……。


『まぁ要するに、これから我々が諸君をこてんぱんにやっつけてしまう、ということだ。それではウネさんクネさん、懲らしめておやりなさい!』

「やっと出番か! 待たされた分、思いっきり暴れてやる! そいやあっ!!」

「あらあらウネさんったら張り切っちゃって。それじゃ私も、それっ!」


 ウネ子とクネ子の気合いの声と共にツルと糸が伸び、ムチのようにしなりながら部隊目掛けて縦横無尽に襲い掛かり始める。手加減していた道中とは違って今回は遠慮無しの攻撃だ。苛烈な攻撃にさらされ、部隊はたちまち隊列が乱れだしてしまう。


「みんな落ち着け! やる事はこれまでと変わらないはずだ! 慌てず騒がず、冷静に対処するんだ!」


 その様子を見たスコットさんがすぐさま指示を飛ばし、崩れかけていた隊列は即座に持ち直してその場に押し留まっていた。何度も山攻めにトライして場数を踏んだだけの事はあるな。このくらいじゃもう大して動揺しないか。


「それじゃハタケも攻撃に加わってくれ。くれぐれもやり過ぎんようにな」

「おっ、待ってました! おらおら人間ども! ここが地獄の一丁目でいっ! 死にたい奴から前に出なッ!!」

「いやお前俺の話聞いてた? 殺すなって言ってるんだよ?」


 ハタケは不安になる言葉を残して「うおお――ッ!!」と雄叫びを上げながら猛烈な勢いで部隊の方へ突っ込んで行った。タックルで隊員を跳ね飛ばしたり手で掴んで放り投げたりする様はさながら超人ハルクだ。豪快にぶん投げてるけど、一応加減はしてるみたいだ。


 巨漢モードのハタケの乱入により、ウネ子とクネ子の攻撃だけなら対処出来ていた部隊も流石に耐え切れなくなったのか、段々と隊員たちの足並みが乱れてきているように見える。ふむ、もう一押しってところか。


『おやおや、我が手下に随分と手こずっているようだが、さっきまでの威勢は王都へ里帰りでもしてしまったのかな? この分では私が出るまでも無さそうじゃあないか。今日も麓へ送り返されたくなかったらさっさと本気を出したまえ! がんばえー! 討伐隊がんばえー!』

「くそっ、ば、馬鹿にしやがって……!」

「踏ん張れみんな! こんな変人集団に負けるんじゃない!」

「誰が変人でいっ! どおりゃあああ――――――――――ッ!!!」

「うわあああっ! 避けろ避けろ! こっちに突っ込んで来てるぞっ!」


 スコットさんは懸命に檄を飛ばして隊列を立て直そうとしているが、部隊はハタケたちに散々にかき乱されてすっかり混乱状態に陥ってしまっていた。よし、そろそろ頃合いだな。


 俺は視線を眼前の戦いに向けたまま、さりげなく右手を体の後ろへ回し、後方の林の方へ向けて「作戦開始」のハンドシグナルを出した。これが最終フェーズへの移行の合図だ。次はいよいよ――


「その戦い待ったああああああああああああ――――――――ッ!!!」


 背後から盛大な叫び声が上がり、広場にいる全員がビクッと体を震わせた。全員の視線が俺の背後の林の方へ注がれ、俺もそれに合わせて振り向くと――不敵な笑みを浮かべたライタが仁王立ちしていた。体からは青白い筋がパチパチと迸っている。待たされた分、随分とテンションが上がっているようだ。


「なっ、あ、あれはまさか……!」

「あ、悪雷、ライタ……!」

「くそっ、変人軍団だけでも苦労しているというのに……!」


 隊員たちのうろたえた声が耳に届く。そういえば部隊の人たちがライタと相まみえるのは今回が初めてか。さりげなくライタは部隊と敵対するつもりはないって事を知らせてみるか。


『ほう、君が噂の悪雷・ライタか! 今頃ノコノコと現れて何の用かね? 既にこの山は私が実効支配し、名前も莱江山からダイナゴン・スペシャルサンデーへと変わっているのだが?』

「山での勝手はおれが許さないぞっ! おれはそっちの人間たちに味方する! 山の平和を守るため、お前を山からぶっとばすっ!!」


 言い終わると同時に「バヂッ」と空間に電流が走る。気合いの入ったライタの様子を目の当たりにした隊員たちは「お、俺たちに味方するってのか?」「あの伝説の悪雷が?」と驚いている様子だ。これでライタに敵意が無い事は伝わっただろう。後は総仕上げを残すのみだ。


『ほほーう! 人間たちに味方するというだけでもお笑いだが、私をぶっ飛ばすだと! いくら悪名高い悪雷とは言え、果たしてこの私相手に易々とそんな事が出来るのかな!?』

「そんなこと言ってられるのは今のうちだけだぞっ! 山にかわっておしおきだ! 全力全開の攻撃を叩きこんで粉々にしてやるからなっ!!!」

『望むところだ! 全力全開の攻撃とやら、私に見せてみろ!』


 ライタは「おう、いまから見せてやるぞっ!」と言うと両腕を真上に掲げ、バンザイをしているようなポーズを取った。あれ、でも待てよ……ライタの全力の攻撃ってやばくねーか? ヨーゼフの基地吹っ飛ばした攻撃よりやばいのがくるって事だよな……果たして、俺はそんな攻撃に耐えられるのだろうか?


 答えは――絶対に無理です。ま、まずいぞ! 別に全力じゃなくても良いって事を伝えなければ!


「ク、クロっ、ライタにやっぱ程よい威力で構わないって伝えて――」


 と、クロに言葉を伝えていた、その時だった。バンザイをしているライタの両手の上に小さな光の球体が現われたかと思うと、「バチバチバチッ!」とけたたましい音と共に周囲に電流を撒き散らしながら、急激に膨張し始めたのだ。


 飛び散る電撃が周辺の地面をえぐり取り、球体が発する圧力が大気をびりびりと震わせる。その球体は見る見るうちに膨れ上がっていき、あっという間に俺が坂道に転がした大岩の五倍はあろうかという大きさにまで成長していた。


 あっ、あれは明らかにヤバイッ! どこからどう見てもみんなに元気をわけてもらったみたいな技を使おうとしているッ!


「そっ、総員退避――ッ! 早く林の中に逃げ込むんだっ!!」


 背後からスコットさんが声を張り上げるのが聞こえ、直後、隊員たちは蜘蛛の子を散らすように大慌てで林の中へと駆けこんで行った。くそ、ぶっちゃけ俺も一緒に逃げたい! でもそれじゃ作戦上まずいから、何とかこの場で対処しなくては……!


『さ、作戦タ――――イムッ! アグリカルチャーズ、アッセンブルッ!!!』


 俺もクロに集合の合図を言い放ってもらうと、どさくさに紛れて逃げようとしていたウネ子たちが「嘘でしょ!?」といった驚愕の表情を浮かべつつも俺のそばへドタバタと駆け戻って来た。


「な、なんでこんな時に集合するの!? やらしいおじさんも早く逃げなきゃ死んじゃうよ!? 馬鹿なの死ぬの!?」

「落ち着きなさいウネ子、本音が漏れてるわ。正しくは『やらしいお兄さん』よ」

「どっちも違う! てかウネ子のは本音なの!? 言い間違いじゃなくて!?」


 え、俺なんかウネ子にやらしい事したっけ!? ま、全く心当たりが無い……でもセクハラは自覚が無いって言うし、後で一応謝っておくか……。


「俺はやられたフリをしなきゃいかんからここから離れられん! だが、ウネ子たちは手下ポジだから多分逃げても大丈夫なはずだ。ここは俺に任せて先に行け!」

「えっ、に、逃げてもいいの? ちょ、じゃあなんでわざわざ集合させたの!? こんな時に無意味な事やらせないでよ! 私もう逃げるからねっ!!」

「あらあら、ウネ子ったらすごい逃げ足ねぇ。それじゃ私も逃げるとするわ。お兄さん、きっと生きてまた会いましょう!」

「ああ、俺は必ず生きて帰るぞ! 待っててくれ!」

「じゃあ旦那、絶対に無事に戻って来て下さいね! あたいとの約束ですぜ!」

「お前は待てやコラ」


 俺は素早く右手を繰り出し、ウネ子たちに混ざって逃げようとする巨漢モードハタケの小袖の裾をがっちりと掴んだ。どさくさで逃げようったってそうはいかないよ?


「ちょっ、旦那離して下さいよ! あたいも手下の一人なんだから逃げる資格あるでしょ!? 後生だからトンズラさせて下さい! おなしゃす!!!」

「お前、俺が崖から飛び降りた時は離せって言っても離さんかっただろうが! こういうガチでヤバい時だけ逃げようったってそうはいかんからな!」

『ナマクラめ、なんと不甲斐無い! 「あんな攻撃全部あたいが吸収して見せますぜウェ――イッ!!」くらい言えんのか貴様は!』

「いやいやいやいや吸収する間もなく粉々になるから! てめえこそ旦那の防御力を強化すんのが数少ない売りなんだから『耐えて見せまするでござるでござる!』くらい言いやがれってんだ!」

「喧嘩しとる場合か! そんな事より解決策を出せ解決策を!」


 喧嘩しながら全員仲良く塵と化すなんて悲しすぎる……余りの無念さで絶対に怨霊になっちまうわ。


「う~ん……旦那は空飛べるんだし、空であれをくらったフリしながら戦線離脱ってのはどうです?」

「いや、それ絶対『こっ、ここ、こんなもの……! こ、こんな……ぎえええええ――ッ!』ってなって消し飛ばされるやつだから却下! 別の案は!?」

『では我が君の魔力えねるぎー波をアレにぶつけ、衝突の余波に紛れて戦場を脱するというのは?』

「いや、それも『おっ、押されっ……!? 押さ……ぎえええええ――ッ!!』ってなって消し飛んじゃうやつだから却下!!」


 どう転んでも消し飛ばされるビジョンしか浮かんでこないという絶望感で思わず泣きそうになる。そうこうしてる内にもライタ玉はまだまだでかくなってるし……もはやなりふり構わず逃げた方が良い気がしてきたぞ……。


「そうだ、上も駄目、正面も駄目ってんなら下はどうです?」

「下? 地面ってことか!?」


 目線を下に落とす。魔力耐性の高い莱江山だ、ライタの本気の攻撃でもある程度は耐えてくれるだろう。唯一の難点は俺も穴を掘りにくいという点だが……大丈夫、俺は穴掘りに関してはかなり自信がある! なんせエルカさんに放り出されたせいで穴ばっか掘ってたからな!


「よし、これならいけるかもしれんぞ! 良くやったハタケ! でも嫌な記憶が蘇ったから後でお仕置きな!」

「褒められたのにお仕置きが決定した!? なんで!?」


 許せハタケ、エルカさんが存在する限り、世界から理不尽は消えないんだ……。


「それじゃ今からぐるっと囲む形で土の壁を錬成するから、それと同時にハタケも人化を解いて俺の背中にくっ付いてくれ。振り落とされないようにな!」

「へ、へいっ、分かりやした!」

「よし、じゃあ行くぞ! 錬成ッ!!!」


 地面に手を突いて叫ぶと、瞬く間に土がドームを形成して俺をぐるりと包み込んだ。光が遮られて真っ暗になるが、目指すは真下の地中だから問題は無い。暗闇の中、右手を振り上げて勢い良く地面に突き刺す、が……くそっ、流石に固いな……だが、俺はこんなところで諦めるわけにはいかないんだ……!


 思い出せ……草原に放り出されて穴を掘り続けていた日々を、エルカさんに辛酸を舐めさせられた日々を、エルカさんに味わわされた苦痛を、エルカさんへの恨みつらみを――!


「うおおおおおおおおおおおおおお――――――――――――――ッ!!!」


 次の瞬間、俺は自然と雄叫びを上げていた。何も見えないはずの暗闇の中にエルカさんのドヤ顔がぼうっと浮かび上がり、それ目掛けてひたすら両手を突き刺す。土の匂いがあふれ、汗が吹き出す。手に鈍い痛みが走る。だが、それでも俺は手を止めない。エルカさんの幻影を殴りつけるようにしてひたすら手を動かし続ける。


 そして気が付けば――いつの間にか、俺はスムーズに地面を掘り返せるようになっていた。さっきまでの苦労が嘘のように手がサクサクと地面に刺さり、体はどんどん地中深くへ進んで行く。そう、ついに……ついに、俺のエルカさんへの恨みパワーが莱江山の魔力耐性に打ち勝ったのだ。


「は、ははっ……やった……やったんだ……」


 思わず手が止まり、小さなつぶやきが漏れる。目には涙がにじみ、体の底から喜びや開放感、達成感が混ざり合った感情がこみ上げてくる。俺がエルカさんに酷い目に合わされたのは決して無駄じゃなかったんだ……!


「勝った……とうとう俺はエルカさんの呪縛に勝ぶべべべべべべべべべっ!!?」


 突如、俺が掘って出来た穴の中に凄まじい爆風が吹き荒れた。俺の体を押し潰すようにして砂塵が流れ込み、大地震のような大地の揺れを感じると共に「ズゴゴゴゴゴゴゴッ!!」という地鳴りが鼓膜を叩きつける。ついにライタが全力全開の技を放ち、俺がさっきまでいた場所を通過中のようだ。


「やべべべべべべべべっ!! じっ、じぬううううううううううう!!!」


 真っ暗で何も見えないが、まるでハリケーンの中にぶち込まれたかのような感覚だ。穴の奥で揉みくちゃにされ続けて、自分がいま上を向いているのか下を向いているのかすら分からない。鼻とか口にもめっちゃ砂が入ってきてて正直超やばい。ま、まさかエルカさんの呪いかコレ!? 馬鹿にしすぎたのがバレたのか!?


「じゅみませんでじだえるかざんんっ! たっ、たじゅけでええええええっ!!」


 真っ暗な穴の底で体がバラバラに引き裂かれそうな感覚を味わいながら、俺は必死にエルカさんに許しを乞い続けた――。

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