第52話 レイダース/失われた本来の目的

 朝日を浴びながら山の麓に整然と並んだ討伐隊。その部隊員に対し、マリーがまるで球場でビールを売っている売り子のように「妖精水いかがっすか~!」と妖精水を宣伝して回る――もうすっかりと見慣れた光景だが、今日はいつもと少し様子が違っていた。


「よし、伝達しておいた通り五人ずつの班に分かれたな! 戦闘時には各班ごとに判断して動くように! とは言え編成を変えたばかりだ、不慣れで辛い部分もあるだろう! 無理な行軍はしないように、いいな!」


 スコットさんが隊員たちに向かって声を張り上げる。なるほど、山中の隘路では部隊が小さく分かれていたほうが便利だと考えたのだろう。剣士四人と魔法使い一人の計五人ずつの小さな班に分けたようだ。


 アドバイス通り、スコットさんはさっそく創意工夫を始めたみたいだな。それでこそ俺が見込んだ熱血漢だ……と思いつつスコットさんの方を見つめていると、スコットさんも俺の視線に気が付いたのか、俺の方へ向かって右手をグッと握って見せてくれた。うむ、士気も十分のようだ!


「それでは山へ入る! 各自、今日は試すつもりでやってくれ! 繰り返すが、無茶はしないようにな! よし、前進!」


 スコットさんの号令で部隊が山へと進軍を始める。おそらくスコットさんも言うように、最初はぎこちなく、行軍に苦労するだろう。だがこの変革を乗り越えられた時には、部隊はきっと強く逞しいものへと変貌するはずだ。こりゃあ、こっちもウカウカしていられないな。


 そんな事を考えつつ、部隊が完全に山に入ったのを見届けた俺も、山中の迎撃ポイントへと向かって莱江山の中へ分け入っていった。





 予想通り、新しい編成に慣れていない最初の内は、部隊に大して目立った変化は無かった。だが、次第に隊員たちもコツを掴んできたのか、部隊のしぶとさは明らかに日を追って増していた。ずっと山の麓辺りで足踏みしていたのが、この一週間で中腹手前まで迫っているほどまでに、だ。


 隊員たちも手応えを感じているのだろう、全滅して麓に送り返されてきても、一週間前とは違って顔に気力が漲っている感じがする。スコットさんの工夫が上手くいったというわけだ。


「ジョン、今日の判断は良かったぞ! 昨日の失敗を活かせてたな!」

「いやいやスコット隊長、マイクが倒れずに踏ん張ってくれてたおかげですよ。褒めるならこいつを褒めてやって下さいよ」

「それを言うならチャールズの奴も頑張ってましたよ。逃げ道が無かった時の咄嗟の機転もすごかったし」

「はっはっは、皆が支え合ったということだな! 明日もその調子でやろうじゃないか!」


 麓に送り返されて来たばかりでまだ疲れているだろうに、スコットさんと隊員たちは和気あいあいと談笑していた。互いに名前を呼び合い、意思疎通もスムーズに出来るようになってきたみたいだ。


 しかし状況が好転したとは言っても、気づかぬうちに体に蓄積されている疲労はかなりのものがあるはずだ。ここは俺がもう一肌脱ぐ必要がありそうだな――そう思い、隊員たちの様子を見て回っているスコットさんに声をかけた。


「どうもスコットさん! 調子はどうですか?」

「おお、これはシンノスケ殿。ここのところ、新しい編成がうまく噛み合っているのか、隊員たちもやる気に満ちているようです。先日頂いた助言のおかげですよ」

「いやいや、私はほんの少し手助けをしただけで、今の状況はスコットさんが元々持っていた力によるものですよ。ところで、部隊の皆さんはこの後何か用事ってあるんですかね?」

「いえ、後は幕舎に戻って体を休めるくらいですが……」

「でしたら、日没頃に皆さんをあっちの方へ集めてもらえますか? 疲れを癒すためのちょっとした『仕掛け』を考えているので……あ、言っておきますけどマリーの妖精水とかの類じゃないですよ」

「ははは……マリー殿の妖精水は意外と愛用している隊員がいるみたいですよ? まぁそれはそれとして、日没頃ですね。部隊の皆にも伝達しておきます」

「よろしくお願いします。それではまた日没後に!」


 右手で別れの挨拶をすると、スコットさんは「ええ、分かりました」と頷いて、幕舎の方へと戻って行った。よし、これで後は俺が「仕掛け」を仕上げるだけだ。部隊の皆の反応が楽しみだな、と思いつつ、俺もその場を後にした。






「スコットさん、これでもう全員集まりましたかね?」

「ええ、全員揃っていますよ」

「良かった、ではこちらへどうぞ」


 陽がほとんど沈み、辺りも薄暗くなってきた頃、俺は陣地の近くで集合していたスコットさんと部隊の人たちを引き連れて、村の反対側へと向かった。少しすると、ぐるりと張り巡らされた板塀が視界に入ってくる。俺と村の皆で拵えたものだ。


「おや、あれは……何かの囲いですか? 前はあんなのありませんでしたよね?」

「ええ、ここ数日の間に村の皆で作ったんです。あの囲いの中には『露天風呂』という、慰安のための施設があるんですよ」


 そう、俺が部隊の人たちの疲れを癒すために考案した物――それは「露天風呂」だ。あちこち旅した経験のあるセツカに尋ねてみたところ、大体の都市には公衆浴場があり、この世界の人たちは入浴する習慣があるとの事だったので、こうして作り上げたというわけだ。


「ロテンブロ……ですか? 初めて耳にしますね……」

「露天風呂というのは屋外に設置した浴場の事なんですよ。皆さん、連日の山攻めでお疲れでしょうからね。その疲れを癒すのにはもってこいだと思って用意させて頂きました」


 莱江山から岩を拾い集めて大きな浴槽を作り、排水溝等もきちんと錬成して整備した、俺渾身のお手製岩風呂だ。出来ればお湯も天然物にこだわりたかったが、流石に源泉を探すのは大変すぎるため、お湯も俺が魔法で供給することとなった。


「なるほど、浴場なんですね。しかし、わざわざこうして作るなんて大変だったでしょう?」

「いやいや、村のために戦ってくれているスコットさんたちに比べれば、このくらい何でもありませんよ! 明日以降のためにも、今日は存分に疲れを癒していって下さいね!」

「シンノスケ殿……! 分かりました、有難く利用させていただきます! よし、それでは皆、『ロテンブロ』へ進軍するぞ!!」

「おおおおおおおおおおお――――――――――っ!!」


 スコットさんの言葉に応え、部隊の人々も大きな鬨の声を上げた。うむ、素晴らしい一体感だ! 頑張って作った甲斐があるってもんだぜ……。


「おや、この入口の所にある青っぽい布と赤っぽい布は何ですか?」

「ああ、それは青の方が男性用、赤の方が女性用という意味なんですよ。都市の公衆浴場は混浴の所も多々あると聞きましたが、今回は男女で分けて作らせてもらいました」

「なるほど、そういう意味が……」

「入ってすぐの所は脱衣所になってますんで、そこで服を脱いで奥へ進んでください。体を拭くための布もそこに置いてあります。それじゃ、私は湯加減の調整をしに裏手の方へ行きますね。後ほど裏口から様子を窺いにいきますので」

「分かりました。それではシンノスケ殿、また後で」


 スコットさん達と一旦別れ、露天風呂の裏手の方へ回っていく。裏にはお湯を供給するために作った木造のタンクがあり、このタンクに注いだお湯が男湯と女湯のそれぞれに流し込まれる仕組みになっているのだ。


「我が右手に封じられし闇の力よ、今こそ古の盟約に従い顕現せよ……お湯っ!」


 俺の気合いのこもった詠唱により、右手から木造タンクの中へ向かってドバドバと熱湯が放出され始める。ウフフ、この「名湯・俺のお湯」で皆の体を優しく包み込み、疲労なんてすぐに吹っ飛ばしてやるぜ……うわぁ、俺のお湯、すごくあったかいナリぃ……。


 部隊の人たちも湯船につかり始めたのだろう、板塀の向こうから「おお……」「こりゃ気持ちいいぜ……」「生き返るなぁ……」といった感嘆の声が漏れ聞こえてきた。良かった、満足してくれているみたいだ。そろそろ様子も見に行ってみるか。


 男湯に繋がっている裏口の扉を開け、中へと足を踏み入れる。板塀には飛び飛びに光石が埋め込んであり、辺りを程々に明るく照らし出している。ちゃんと星空も見えるよう、明るくなりすぎないようにしているのだ。


「皆さん、湯加減はどうですか~? 熱すぎたりしませんか~?」

「いや、ちょうど良い加減ですよ!」

「いやはや、まさか遠征先でこんな立派な風呂に入れるとは!」

「星空も良く見えるし、ロテンブロってのは良いもんですねぇ!」


 周辺の隊員たちから喜びの声が上がる。部隊の九割は男性隊員なので、男湯はひと際大きく造ったつもりなのだが、流石に百人超も湯船につかっていると少々手狭な感じだ。逆に女湯の方はスカスカかもしれないな。サラと魔法担当の女性隊員が十人ほどいるだけだし。


「私の故郷には『裸の付き合い』という言葉がありましてね! 衣服を脱ぎ捨て、互いの素をさらけ出して交流することで相手とより深く理解し合え、親密になれるという考え方があるんですよ!」

「ほほお! そりゃ素晴らしい考え方ですね!」

「確かに、より身近になれてる感じはしますね! 実際こうして野郎ばっかりでぎゅうぎゅう詰めだし!」


 その言葉を聞いた周りの隊員たちが「はっはっは! そりゃ確かに!」と大笑いする。良かった、少し手狭なのも一興というか、好意的に受け取ってもらえてるみたいだ。ふふ、どうやら今夜の仕掛けは大成功みたいだな……!


 あっそうだ、女湯の方にも湯加減はどうか板塀越しに声をかけてみるか……そう思いながら立ち上がった、まさに時だった――その言葉が放たれたのは。


「ふと思ったんですけど、『裸の付き合い』って言うんなら男女で風呂が分けられてるのは変じゃないですか?」


 誰が発したのかも分からないその言葉に、場の空気が一瞬にして凍り付いた。青天の霹靂……いや、パンドラの箱が開かれた、と言うべきだろうか。思ってはいても、決して口に出してはならない。その暗黙の了解が突如、あっけなく粉々に砕け散ってしまったのだ。


「え……いやそれは……一応、男と女だし……なぁ?」

「でも、男と女である以前に同じ部隊の仲間……だよな?」

「この討伐を成功させるには部隊が一丸となる必要があるよな……」

「それに、都市によっては混浴だって普通の事だし……」


 湯船につかった隊員たちは声をひそめ、ひそひそと密談するかのように言葉を交わし合っていた。ま、まずい流れだぞ……形成されつつあった隊員同士の絆が悪い方向へ働いてしまっているようだ。


 もし、このまま悪ふざけが過ぎてスコットさんを激怒させてしまえば、部隊の雰囲気が悪くなってしまい、ここ最近の良い流れを断ち切ってしまうかもしれない。対応を間違えないようにしなければ……。


「シンノスケ殿はどう考えますか? 『裸の付き合い』に一番お詳しいでしょう」

「えっと……まぁ、場合によっては混浴も有り得るとは思いますけど、私の生まれ故郷では基本的に男女別ですかね……」

「なるほど、場合によりけりと……」

「そうだ、スコット隊長は? スコット隊長はどう思います?」

「仲間同士の絆の前には男女の違いなんて些細な事だと思いませんか?」


 ついにスコットさんに話が振られ、皆の視線がスコットさんの方へ注がれる。うう、何も有効な手を打てないままスコットさんに注目が集まってしまった……このままでは部隊の結束が台無しに……。


 何か、何か手立ては無いか――必死に頭を働かせている俺を尻目に、難しい顔をしたまま黙り込んでいたスコットさんは不意に顔を上げ、ゆっくりと口を開いた。


「一理……あるかもしれない」


 一理……あった!?


「た、隊長……本当ですか?」

「ああ……チャックの言う通り、我々は男女である前に同じ部隊の仲間だ。それを自ら区別し分け隔て、真の理解に至るための絶好の機会を失うなどというのは実に愚か極まりない行いだと思う」

「おお……流石は隊長だ! よく分かってらっしゃる!」

「それこそまさに俺たちの言いたかった事なんですよ!」


 まさかのスコットさんの同意に、隊員たちのボルテージはどんどんと上がっていく。むうっ、このむせ返るような熱気……これが「裸の付き合い」という魔法の力なのか……!


「そう……今こそ部隊が一個のまとまった生き物となり、本物の部隊へと昇華する時が来たんだ! そうだろう皆ッ!?」

「うおおおおおおおおおおおおおおお――――――――――――――ッ!!!!」

「隊長! 隊長! 隊長! 隊長! 隊長! 隊長! 隊長! 隊長! 隊長!」

「仲間! 仲間! 仲間! 仲間! 仲間! 仲間! 仲間! 仲間! 仲間!」

「混浴! 混浴! 混浴! 混浴! 混浴! 混浴! 混浴! 混浴! 混浴!」


 筋骨隆々の男たちが一糸まとわぬ姿で立ち上がり、息の合った掛け声が満点の星空の下に響き渡る。天の時、地の利、人の和の全てが揃ったのだ。今や男湯の盛り上がりは最高潮に達し、隊員たちの心と心は繋がり合い、この時、この瞬間、部隊はまさに一つの存在だと言っても過言では無い。


 ああ、最初から心配する必要なんて全く無かったんだ――あるがままを受け止め、ただ流れに身を任せる……それだけで、この部隊はこんなにも素晴らしくまとまる事が出来るのだから……! すごい一体感を感じる、今までにない何か熱い一体感を……!


 こうしちゃいられない、この流れに乗り遅れまいと、俺も熱烈にコールを続けている隊員たちに混ざってコールを――


「ギョエエエエエエエエエエエエ――――――――――――――ッ!!!」


 突如、熱狂の渦を引き裂くようにして聞き覚えのある汚い悲鳴が響き渡った。男湯の全員がギョッとした顔でコールを止め、悲鳴の発生源である女湯の方を見据える。女湯からは青白い光の柱が空へと向かって真っすぐに伸びており、星空と相まって幻想的な美しさを醸し出していた。


 少しすると光の柱は段々と細くなっていき、やがて消え去ると同時に男湯の方へ小さな黒い塊がボトリと落下してきた。皆が落下してきた塊に目をむける。その黒い塊は――黒焦げの消し炭になり果てた、マリーだった。


 それが黒焦げになったマリーだと気づいた隊員たちは思わず目を背け、中には「ひ、ひいっ」「うっ……」「む、むごい……」とうめき声を漏らしている者もいた。さっきまでの男湯の熱気はすっかり消し飛び、全員が青い顔をしたまま棒立ちとなってしまっている。


 そんな、雪国に来たかのような寒々しさの中――まるで氷柱のような、サラの恐ろしく透き通った声が女湯から響いてきた。


「どうぞ、体の芯から温まりたいという方は遠慮無くこちらへいらして下さい。後悔する間もないほど一瞬で温めて差し上げますから」


 やべえ、マジで黒焦げにする気だこれ。


「あっ、十分温まったんでそろそろ上がりまーす」

「あ、俺ももう十分温まりましたんでー」

「俺も上がろうかなー」

「いやー、つかりすぎたなーのぼせちゃいそうだなー」

「ポッカポカだわー、もうめっちゃ顔真っ赤だわー」


 直後、隊員たちは全員が一糸乱れぬ動きで、波が引くようにして一斉に風呂からあがっていった。やだ、すごい一体感を感じる……今までにない何か寒々しい一体感を……。


 先ほどまでギュウギュウ詰めだったはずの男湯には人っ子一人いなくなり、後にはだだっ広い湯船がぽつんと残っているだけだった。こ、これが諸行無常ってやつか……でも、女湯の方にはサラも含めてまだ人が残ってるよな、多分。


 俺はさりげなく男湯と女湯を隔てている板塀に近寄り、黒焦げのマリーを足で蹴って退かしてから、そのまま穏やかな声で女湯の方へとこっそり語りかけ始めた。


「サラ……サラ……私の声が聞こえますか……聞こえたら返事をして下さい……」


 少し間が空いた後、板塀の向こうからサラの「……何だよ牧野、なんか用か?」とヒソヒソとした返事が聞こえてくる。やはりまだ風呂場に残っていたようだ。


「ひとつだけ気になったことがあるんだ……さっきのマリーを黒焦げにした光の柱って、オルディグナス流退魔術とかいう技なんだよな?」

「ああ、そうだけど……それがどうかしたのか?」

「ほら、俺ってエルカさんの眷属なわけじゃん? つまり俺は聖なる存在なわけだから、サラの退魔術に対して耐性があると思うんだよ。てことはさ、サラの退魔術に耐えられれば俺も堂々と女湯に入って良いって事に――」

「そうか、そんなに温めて欲しいんなら出張裏懺悔室で存分に温めて、二度とアホな事が言えない体にしてやるからな。楽しみにしとけよ?」

「要するに俺の言いたいことは『お湯加減はちょうどよろしいでしょうか?』って事なんだよ。あ、ちょっとお湯の温度の定期点検の時間来たから向こうに戻るわ。それじゃ、ゆっくりしていってね!」


 俺はそそくさと板塀から離れ、裏口へと早足で戻って行った。あれ、湯冷めしちゃったかな、寒気で震えが止まらないぞ……? 風呂には入ってないはずなのに、おかしいなぁ……寒くて、寒くて、震える……。






「シンタロー! ウネ子から『二の丸が突破された』って報告来たよー!」

「ふむ、ということはもうすぐそこまで来ているな……」


 知らせに来てくれたセツカから視線をずらし、下方を見下ろす。俺が立っているのは山の頂上に本丸として作った広場だ。スコットさんの部隊は順調に山を攻略し続け、俺たちは今日ついに山の天辺にまで追い込まれてしまっていたのだった。


 まさか、ここまで追いつめられてしまうとはな……討伐部隊の潜在能力は俺の見込みを更に上回っていた、ということか。


「ねぇシンタロー、最近なんか部隊の士気やたら高くない? ウネ子とクネ子も撃退するのが大変だーってボヤいてたよ。シンタローの算段だともっと早く士気が低下してるはずだったよね?」

「そりゃあたしの妖精水のおかげね! 家内安全、商売繁盛、子宝祈願と三拍子そろった霊験あらたかな御神水だし!」

「おい、そんな胡散臭い汚水のおかげなわけねーだろ! 俺がスコットさんに助言したり露天風呂作って部隊の皆の疲れを癒したりと甲斐甲斐しくお世話してあげたおかげに決まってんだろうが!」

「え、今のって自白? 裏切り者はここにいたって事? 二人とも殴っていい?」

「ちょっ、待ちなさいよ! あたしの妖精水の力なんて些細なもんなんだから! 悪いのは全部コイツよ! あたしは悪くない!!」

「おまっ、自分で『霊験あらたか』って言ってたじゃねーか! 誇大広告だったと認めるのか!? ま、待てセツカ! こぶしを向けるな! ちゃんとまだ最後の仕掛けが残ってるからッ!!」


 右のこぶしで俺を、左のこぶしでマリーに狙いを定めるセツカを慌ててなだめつつ、この本丸へ繋がっている坂道の方へ逃げるようにして移動する。この坂道が本丸へ至る唯一の道であり、最終防衛ラインでもあるのだ。


 坂道は急な傾斜の一本道となっており、その左右には互い違いになる形で曲輪を計三つ配置してある。犬山城の二の丸を参考にして作ったものだ。更に、この坂を上って来た者には取って置きの仕掛けが待ち受けているのだ……!


「よし、ウネ子たちに配置につくように連絡してくれ。あ、京四郎には俺のとこに戻って来るように伝えてくれるか」

「ほいほーい」


 セツカが本丸からいなくなるのを見届け、物陰から坂の下の様子を窺う。少しすると、坂の下の曲がり角から討伐部隊の隊員たちがちらほらと姿を現し始める。と、ちょうど京四郎もゴーレムの背中に乗っかって本丸に到着したようだ。ちょいちょいと手招きをし、そばに寄ってきてもらう。これで準備は完了だ。


 坂の下の部隊をじっと見据える。向こうも整列し終えたらしく、スコットさんが「よし、前進だ!」と号令を下し――部隊の先頭が坂道を進み始めた。


 それを皮切りに、部隊目掛けて曲輪から石ころが放たれ始める。大量に飛び交う石ころに混じってウネ子のツルとクネ子の糸も伸び、隊員たちの武器や盾を奪おうと試みる。


 だが、ここまで辿り着いただけの事はあると言うべきだろうか、隊員たちは石ころをしっかり防ぎながらツルや糸にもきちんと対応していた。う~ん、素晴らしい練度だ。こりゃ最後の仕掛けを出すしか無さそうだな。


「京四郎、隊員たちがもっと近づいたら『アレ』を動かしてくれ。まだもうちょっとだな……あと少し……よし、そろそろいいな。京四郎、やってくれ!」


 京四郎が俺の言葉にこくりと頷き、本丸の真ん中へと目を向ける。そこには、苦労して山から切り出してきて形を整えて作った、巨大な丸い岩が鎮座していた。そう、この大岩を坂道に転がすというのが最後の仕掛けなのだ。


 京四郎が手をかざすと、巨大な岩はゆっくりと坂道の方に転がっていき――そのままごろりと坂道へ転がり込んでいった。


「うわあっ! い、岩だ! でかい岩が転がって来てるぞっ!!」

「も、戻れ戻れー! 早く後ろに逃げるんだっ!」

「急いで反転して坂を駆け下りろ! 押し潰されるぞ!」


 転がる巨大な岩を目の当たりにした部隊の人々が悲鳴と共に坂道を駆け下りていく。岩は道幅ぴったりの大きさなので前方に逃げ場はなく、横も壁が迫っているため、逃げ道は後ろにしか無い。部隊が坂を一目散に駆け下りて戻っていく様子はまるで雪崩のようだ。


 部隊の後方に位置していた人たちが一足先に坂の下に到達し、角を曲がって姿を消していき、後続も飛び込むようにして角を曲がっていく。部隊の前列だった人たちは今や最後尾となり、転がる大岩とのデッドヒートを繰り広げていた。


 あとほんの少しで追いつかれ、大岩の下敷きになってしまうかというギリギリの所で最後尾の人たちも坂を下り切り――弾けるように横へと飛び退いた。押し潰す対象を失った大岩は勢いのままに転がり続け、ポーンと斜面から飛び出し、そのまま「バギバギッ!」「ドゴンッ!」と豪快な音を立てながら山のどこかへと消えて行ってしまった。


「あらま、思った以上の見事な逃げっぷりだったわね。あと少しでペシャンコだったのに……で、次はどうするの? また大岩を転がすわけ?」

「……やべ、この後どうしよう……」

「……え? あんた、いま『この後どうしよう』って言った?」

「違う、俺は『コニャート・ドミニオン』と言ったんだ。中世の南イタリアにおいてウォシャウスキー姉妹が『マトリックス・サンブーサク』という国を築いて統治していた時代を指す言葉だ」

「良く分かんないけど絶対嘘でしょそれ! あんたまさか岩避けられたらどうするか何も考えてなかったの!?」

「し、仕方ないだろ! そもそもここまで来るなんて想定してなかったし、あの大岩一個を切り出すだけでもすげえ大変だったんだぞ!?」


 京四郎にも手伝ってもらったが、魔法に耐性のある莱江山から大きな岩を切り出し、更に綺麗に丸く整えるというのは本当に大変だった。苦労して綺麗な丸い大岩が出来上がったのを見た俺は「これで『インディ・ジョーンズ』ごっこ出来るぞぉ~ウフフッ!」と心底満足し、そこで作業を全て放り投げちゃったのだ……。


「ちょっとどうすんのよ! セツカが戻ってきて『後はもう何も考えてません』って事がバレたらあたしら二人ともぶん殴られるわよ!?」

「ま、まだ慌てるような時間じゃない……! こ、こういう時のためにぼんやり考えてたプランBがあるから、それを実行に移そう! マリー、向こうの崖下で待機中のライタを呼んできてくれ。京四郎はゴーレムでウネ子たちをここまで運んでくれ。ちょっぱやで頼むぞ!」


 マリーは「わ、分かったわ!」と返事をしてピューッと崖下の方へ飛んでいき、京四郎もゴーレムを数体作り上げて曲輪の方へと走らせた。そうだ、まだ慌てる時間じゃない……本丸には真の最終防衛システム・俺がいるのだから!

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