第51話 QEK(急にエルカさんが来たので)

「ちょっとエルカさん! 心臓に悪いから唐突に降臨するのやめてくださいよッ! てか今までの会話盗み聞きしてたんですか!?」

「ぬ、盗み聞きなんて人聞きの悪い! 書類仕事の合間にラジオ感覚で牧野さんたちの会話を聞いてたらたまたま聞いちゃったってだけですよっ!」

「あんた俺らが少し真面目な話してたのをラジオ感覚で聞いてたんですか!? そっちの方が質悪いでしょ!!」


 俺の鋭い指摘によっぽど動揺したのか、エルカさん(仮)は赤く輝く髪を歌舞伎役者みたいにわっさわっさと振り動かしながら「いや、今のは言葉のアヤっていうかなんていうかですね!?」と必死に言い逃れようとしていた。


 ウソみたいだろ、この人って神様なんだぜ、これで……エルカさんを信奉してるクレメンタイン地方の人々がエルカさんのこんな情けない姿を見ちゃった日には、余りのショックで泣き崩れちゃうだろうな……。


「そ、それよりも牧野さん! 何か私にごめんなさいする事はありませんか!? 今なら寛容な精神で許してあげないこともないですよ!?」

「え? いや、ごめんなさいしてもらいたいのはこっちなんですけど……」

「しらばっくれても無駄です! 牧野さんが私をディスる度にその内容を自動筆記する『ディスノート』が最近激しく反応してるのを知ってるんですからね! 忙しくて中身は確認出来てませんが、牧野さんがこの場で自ら謝罪するなら不問に付す事も考えてあげますよ!?」

「ディスノート!? まさかエルカさんそのノートで俺の言動を監視してるんですか!? それグーグルの検索履歴を監視してるFBIやNSAとやってること同じですよ! エドワード・スノーデンも助走つけて殴るレベルの愚行ですよそれ!!」

「えっ、いやそのえっと……は、話の論点をズラさないで下さいッ! そもそも牧野さんが私の事を頻繁にディスるからこうなってるわけで『二人ともうるせえぞコラッ! ちょっとそこに直れやッ!』は、はひぃっ!?」

「ひいっ!? サ、サラ!?」


 突如、喋っている途中だったエルカさん(仮)の口からサラの怒声が上がり、俺とエルカさん(仮)はギョッとした顔で即座に地面に正座した。エ、エルカさんの人格が出てる時もサラの意識って普通にあるんだね……。


「いいですか、エルカ・リリカ様。信奉してくれている人々のためにも、あなたはもうちょっと神様の自覚を持って、それに相応しい毅然とした行動を取るようにして下さい。『ディスノート』なんてくだらないものは即刻破棄して、真面目に仕事に取り組むこと。いいですね?」

「いやでも、私には牧野さんがちゃんと私の眷属として相応しい言動をしているのかを見届ける義務が――!」

「ごちゃごちゃ口答えしない!」

「はい……」


 サラの一喝により、エルカさん(仮)はしゅんとうなだれてしまった。声はサラとエルカさんで別々なんだけど、体はサラのまんまだから、なんか端から見てると赤い髪と瞳になったサラが一人芝居してるみたいだ。


「んで牧野、お前は腐ってもエルカ・リリカ様の眷属なんだからよ、あんまりふざけてエルカ・リリカ様の悪口を言い募るのはやめろ。お前の言動がエルカ・リリカ様の評判にも関わってくるんだからな。いいな?」

「いやでも、エルカさんにあえて苦言を呈する役目も必要だろ? 言うなれば項羽に対する范増、織田信長に対する平手政秀みたいなもんだよ。つまりは悪口じゃなくて愛だ! 俺はエルカさんのためを思って、心を鬼にしてあえてエルカさんをディスって――!」

「ごちゃごちゃうるせえ!!」

「はい……」


 普段でも怒ると怖いのに、髪と瞳が赤くなった神降りモードのサラに怒鳴られるとマジこええわ……今にでも赤黒い靄が飛び出してきそうな感じ……トラウマが蘇っちゃう……。


 俺とエルカさん(仮)は向かい合う格好で正座し、二人してショボーンと肩を落としていると、そばで立ったまま様子を見守っていたムツメが「で、そろそろ話は済んだか?」と口を開いた。


「わしとしては『ツウワできる』というのが何なのか気になるんじゃが……」

「あっ、そういやそうだったな。エルカさん、通話出来るって一体どういう意味なんですか?」

「ああ、それはそのまんまの意味ですよ! なんとなんと、私の力によって牧野さんの世界のスマホと回線を繋げて、好きな相手といつでも自由に通話できちゃうんですよっ! ねっねっ、すごくないですか!?」

「え、いやまぁ、すごいかすごくないかで言えばすごいと思いますけど……」


 それって神様の力の乱用にならないのかな……? さっきサラに「神様らしく振舞え」って怒られたばっかりだと思うんだけど……。


「てか、俺って向こうの世界だと死んだことになってますよね? いくらこっちが通話したくても、死んだ相手から電話かかってくるとかホラーすぎません? 完全に『着信アリ』の世界でしょそれ」

「それなら心配いりません! ご両親以外には牧野さんは『急にドバイ支社に転勤した』って事にしてありますから! 電話かけても全然無問題ですよっ!」

「ドバイ支社!? うちの会社がドバイに支社なんてあるわけないでしょ!? 何考えてんですか!?」

「えっ……で、でもちゃんとドバイ支社の偽ホームページだって作りましたし、電話対応役としてインドで若者を一人雇ってあるからきっとバレませんよ!?」

「いやなんでインド!? しかもそれ完全に詐欺の手口じゃないですか! さてはエルカさん、また仕事サボって『クロサギ』でも読んだんでしょ!?」

「ちょ、サボりだなんて失礼なっ! ちゃんと仕事片づけてから読みましたー!」


 読んだことには変わりないんかい……。


「……細かい事は良く分からんのじゃが、とにかくシンタロウの世界の人間と話が出来るということか? じゃあわし、スギシタと話してみたいんじゃが! シンタロウも話したいじゃろ?」

「えっ、杉下さんと? う~ん、そうだなぁ……」

「ほれほれ、善は急げじゃ! エルカ・リリカ神よ、スギシタとツウワしてもらえるかの?」

「ええ、じゃあ今からちょっと電話かけるんで待っててくださいね……とぅるるるるるるるるるるるるる! とぅるるるるるるるるるるるるる!」


 急にエルカさん(仮)が真顔で呼び出し音を唱え始め、俺とムツメはそろってビクッと体を震わせた。ま、まさかのドッピオ方式……!


『――はい、杉下ですが』

「あっ、ど、どうも杉下さん……お久しぶりです、牧野です……」

『あっ!? おいこら牧野! てめえ今までひとつも連絡寄越さずに何してやがった! 俺に一言も無いまま急に転勤ってどういうことだよ!? ケータイの番号も通じなくなってるし……大体、うちの会社にドバイ支社があったなんて初めて知ったわ!』


 おそらく電話の向こうでの杉下さんの表情や手振りを再現しているのだろう、エルカさん(仮)は杉下さんの怒声と共に怒ったような顔で手をぶんぶんとさせていた。な、なんだこの無駄な機能……いやでも考えてみれば、真顔のエルカさん(仮)から杉下さんの声が発せられるってのもそれはそれで怖いか……。


「す、すみません、俺としても急な話だったもんで、挨拶する暇も無くて……」

『ったく……上の人間に聞いても死んだ魚みてえな目をしながら「牧野君はドバイ支社に異動しました」しか言わねーし、ドバイ支社のホームページに載ってる番号に何度電話してみても毎回毎回意味不明なインド音楽みたいなのが流れるだけだし、ご両親に聞いてみても「新太郎は異国で楽しくやっております」としか言わねえからマジで心配してたんだぞ!』


 ちょっ、エルカさん全然適切に事後処理出来てないじゃん! しかもインドで雇ってる電話番の若者、明らかに仕事サボってるし! 意味不明なインド音楽みたいなのって一体何なの!?


「た、大変ご心配おかけしてすみません……一応、こっちでも元気でやってますんで、ええ……」

『普段はお気楽な吉田ですら「これパネェ寄りのパネェじゃないっすか?」って心配してたんだからな。俺からも伝えておくけど、お前も吉田に連絡しとけよ?』

「あ、はい、そうします……」

「おいシンタロウ! お前ばっかり喋っとらんでそろそろわしにも喋らせんか!」

『うおっ!? な、何語だ!? あ、ドバイだからアラビア語か!? ヘ、ヘローッ! ソーリー、アイキャントスピークアラビッ「ああーっ! 翻訳機能オンにするの忘れてました!! ちょ、ちょっと待って下さいね……よし、これで大丈夫なはず! はいどうぞっ!」ヘローッ!? エクスキューズミー!?』


 杉下さんの下手くそな英語の合間にいきなりエルカさんの声が混ざり、エルカさん(仮)は焦った顔になったり安心したような顔になったりとコロッコロと表情を変えていた。これ、一番大変なのは体を貸してるサラだな……通話終わったら労いの言葉でもかけてやるか。


「すまんすまん、ちょっと手違いがあってな。わしの言葉は分かるか?」

『うおっ、に、日本語お上手ですね……ちょっと古風だけど……』

「おお、通じておるな! お主の事はシンタロウから良く聞いておってな、一度話をしてみたいと思っておったのよ!」

『げ、現地の上司の方とかですかね? どうですかあいつ、そっちで上手くやってますか?』

「うむ、元気にやっておるぞ! しばしば憎まれ口を叩くのが難点じゃがな!」

「お、おいっ、杉下さんに余計な事言うなよっ」

『ははは……あいつ、ばんばん生意気な事言うけど、妙に面倒見が良いとこあるでしょ? 俺も部下の吉田もそこに甘えてる部分があったんだな、ってあいつがいなくなって初めて気が付いたんですよ。それで苦労をかけてた部分もあったのかなって……どうかあいつが無理しすぎないよう、気を配ってやって下さい。日本にいる俺には出来ない事なんで……』

「す、杉下さん……!」


 思わず目に涙が滲んでくる。お、俺の事をそんな風に思ってくれていただなんて……「酒の席で愚痴ばっかりこぼしてる泣き上戸の臭いおっさん」だなんて思っててすみませんでしたっ……!


「うむうむ、師弟愛という奴じゃな……安心せい、こやつの事はわしにドンと任せておけ! お主の方こそ、足の臭いなんていうみみっちい事は気にせんで良いぞ! こっちには臭いのキツい奴なんぞそこら中におるんじゃからな!」


 ちょ!? なんでこのタイミングでそれを言っちゃうの!?


『は、はは、は……ま、牧野のクソ野郎、そんな事までお伝えしてたんですね……す、すみません、ちょっとクソ牧野に代わってもらっていいですか? まだクソ話さないといけない事がクソあるのクソ思い出したんで……』

「ひいいっ! 杉下さんがサンジみたいな口調になってるッ! エッ、エルカさんもう通話切ってっ! 早く! 早く切って早くッ!!!」

『あッ!! おいこら牧野てめえコラこの野郎まだ話は終わってねえぞバカヤロウッ!! てめえ今度こっちに戻って来た時は覚えてやが――』


 まるで『アウトレイジ』に出て来るヤクザみたいに荒々しい口調になった杉下さんの言葉が途切れ、エルカさん(仮)は真顔に戻って「ぷーっ、ぷーっ、ぷーっ」と電話が切れた時の音を口から発していた。ふう、間一髪だったな……世界の平和は守られた……! エル・クサイ・コングルゥ……!


「あのう、牧野さん……杉下さんがすっごいリダイヤルしてきてるんですけど……どうしましょう?」

「あっ、『お客さまがおかけになった電話番号は現在使われておりません』って音声でも流しておいて下さい」

「おいシンタロウよ、わしまだ話し足りないんじゃけど……」

「お前が杉下さんをブチギレさせるような事を言うからだろ……怖いからしばらく電話したくねえわ……ところで、そもそも何の話してたんだっけ?」


 俺とムツメとエルカさん(仮)がお互いの顔を見合ったまま「う~ん?」と首を傾げあう。え~っと、確かドバイ支社に電話したら謎のインド音楽が……じゃなくて、もっと前だな……そうだ、向こうの世界に残して来た人達とまた会いたいかみたいな話してたんだったな。前振りも無く降臨したエルカさんのせいで記憶が混濁しちゃってたわ。


「あっ、ディスノートがまたちょっと動いたみたいなんですけど……牧野さん、今なんか心の中で私をディスりましたね………?」

「ちょっ、サラに破棄しろって言われてたでしょ!? そんな争いしか生まない無益な物は早く破り捨てて下さいッ! ま、全く……で、確か元の話は『ライタにそろそろ会ってくれ』みたいな感じだったろ。どうだムツメ、決心ついたか?」

「ふむ、そうじゃのう……スギシタにああまで言われてしまっては、わしも尻込みしとる場合ではないかもしれんなぁ……」


 ムツメは神妙な面持ちで遠い目をしていた。まぁ、杉下さんとの会話でライタ関連の話なんて微塵も出てなかったけどな……ムツメが満足したんなら別にいいけど。


「ただ……あと少しだけ、時間をくれるか。お主のお節介とスギシタの師弟愛に誓って、近い内に必ず結論を出す。約束じゃ」

「ああ、構わないぞ。こっちもまだ部隊追い返すのに時間かかりそうだしな」

「ふ、そうか……それじゃ結論が出たらお主らの前に顔を出すとするかの。お主も精々ライタに黒焦げにされんようにしろよ? ではまたな、シンタロウ」


 ムツメはくるりと身を反転し、右手をひらひらとさせながら夜の闇の中へと消えていった。うん、あの様子ならもう放っておいても大丈夫そうだ。


「いやぁ、変わらない友情って良いもんですねぇ……もらい泣きしそう……」

「……エルカさん、まだいたんですか? 空気読んでとっくに帰ってるもんだと思ってたんですけど。『探偵!ナイトスクープ』の西田敏行気取ってないで早く帰ってくれません?」

「えっ、だってまだ牧野さんからごめんなさいしてもらってないし……」

「まだそれ言うんですか!? もうそんな事はどうでも良い流れでしょこれ!? さっさと向こうに帰って下さいよ!!」

「どうでも良いってことはないでしょう!? 『ディスノート』を破棄するのは仕方ないにしても、これまで積もりに積もったディスの分だけの謝罪は絶対にしてもらいま『だから二人ともグダグダうるせえぞコラッ! ちょっとそこに直れッ!』はひいぃっ!?」

「ひいいっ!? またサラ!?」」


 俺とエルカさん(仮)はまたもや即座に正座し、そのまましばらく夜の森の中でサラのお説教を受け続けたのだった。





「あ~、ひどい目にあった……」


 夜の闇の中をトボトボと歩きながら大きな溜め息を漏らす。あれからサラのお説教は小一時間も続き、しかも仕上げとして「相手の良い所を百個言う」とかいうワケの分からないセラピーみたいなのまで強制的にやらされてしまったのだ。


 案の定、俺もエルカさんも早々に言う事が無くなっちゃって「一人娘で偉い」とか「牧野って苗字がなんか良い」とか「目が赤いのが良い」とか、褒めポイントをムリヤリ捻り出すハメになったよね……「なんか良い」って何なんだよ……いや俺も大概ヒドかったけど……。


 そして何とか苦行を乗り越えた俺は、山の麓辺りでサラと別れ、一人で村の方へと戻っているのだった。エルカさんが降臨するといっつも酷い目に合うんだよな……七福神の内の誰かとか、なんかもっと運が良さそうな神様にチェンジ出来ないかな。エルカさんアウト、恵比寿様インみたいな。


 そんな事を考えながら歩いていると、前方に人影がある事に気が付く。サラは俺とは違う方に向かっていったから、サラとは別の人だろう。バレないようにちょっと迂回するか、と思ったが、月明りにぼんやり照らされているその人の顔には見覚えがあった。迂回せず、そのまま近づいて遠慮がちに声をかけてみる。


「あの~……ひょっとして、スコットさんですか?」

「おや……これはシンノスケ殿。夜間の見回りですか?」


 やっぱりスコットさんだったか。考えてみれば、もう用事も済んだんだし、別に俺の姿を見られても全く問題無いよな。


「ええ、そんなところです。スコットさんもですか?」

「そうですね……見回り兼考え事、といったところです」


 スコットさんは言い終わると、ふう、と小さく息を吐いた。鎧を脱いでいるのもあってか、体が一回り小さくなったように感じる。おや、これは……何か悩んでいる様子だ。一晩に連続して迷える子羊に出会うとは、これが神の眷属の宿命ってやつなのかな? やれやれだぜ……。


「ひょっとして、何か悩み事でも? 私で良ければお話を伺いますよ」

「え……? い、いや、悩み事など……」

「ははは、誤魔化さなくても結構ですよ。私はその筋では『細木数子の再来』と呼ばれているくらいの聞き上手ですからね。そのくらいお見通しですよ」

「そ、そうなんですか……? いやでも、近くに陣まで敷いて迷惑をおかけしているのに、これ以上面倒をかけるわけには……」

「いやいや、迷惑だなんて思っていませんよ。それに悩み事は人に聞いてもらった方が気が楽になりますからね。周りには誰もいませんし、これからする話は二人だけの秘密ってことでどうです?」


 そこまで言ってもスコットさんはまだ少し躊躇している様子だったが、やがて観念したのか、小さな溜め息を吐きながら「そこまで仰るなら……」と口を開き、ぽつぽつと語り始めた。


「……最近、部隊の士気がかなり下がってしまっているのですよ。隊長という立場上、叱咤激励してはいるのですが、兵たちの気持ちも分かってしまうというか……毎日毎日、見えない所にいる敵から襲われては全滅して麓に送り返されるし、ようやく姿を見ることの出来た敵は緑色の良く分からない化け物だけだし……」


 あ、緑色の良く分からない化け物ってハトちゃんの事だな……こっちの世界だとカッパって呼び名はあんま有名じゃないのかな……。


「王都で討伐隊派遣の話を聞いた時は『これだ!』と思ったんですがね……都の貴族連中はどいつもこいつも平和ボケしているというか、宮廷での社交やら芸能やら流行りといった事にしか興味が無く、上に立つ者の振る舞いなんてすっかり忘れてしまっていましてね。今回の討伐で活躍出来れば、淀みきった宮廷に一石を投じられるかも、なんて夢想していたのですが……甘かったです」


 スコットさんは「ははは……」と力の無い、乾いた笑い声を漏らした。出会ったばかりの時の、やる気満々で熱血漢だった雰囲気はだいぶ薄れ、すっかり疲れ切ってしまっている様子だ。


「討伐隊の指揮官に立候補した時は、家の者も友人も猛反対していたんですが、大貴族の何人かは賛同してくれましてね、装備や兵糧やらを十分以上に用意してくれたんですよ。でも今にして思えばこれも形だけというか、失敗した時に『我々は十分に支援したのに、失敗したのは指揮官が悪いからだ』と理由付けをするためなのかなと……やっぱり、やめておくべきだったのかなぁ……」


 はぁ、とスコットさんはまた溜め息をもらし、遠い目をして空の月を見つめていた。俺の作戦通り、部隊の士気はかなり下がっているようだ。このままなら莱江山から撤退する日も近いだろう。


 だが……だが、この熱血で純粋な若者を黙って見捨てる事など、とてもじゃないが出来るはずがない。何か俺にも出来る事があるはずだ――気づけば、俺の体は自然に動き、スコットさんの肩をポンと叩いていた。


「『こけたら、立ちなはれ』」

「……え……」


 突然の俺の言葉に驚いたのか、スコットさんはきょとんとした顔で俺の方を見つめていた。


「ど、どうしたんですか、急に……?」

「これは私の故郷の偉大な実業家……大商人である松下幸之助という人の言葉でしてね……その人の別の言葉には『失敗すればやり直せばいい。やり直して駄目ならもう一度工夫し、もう一度やり直せばいい』というのもあります。最後まで決して諦めない事……それが成功の鍵だと説いているのですよ」

「そ、その方の事は存じませんが、随分と辛抱強い方なんでしょうね……」

「他にも多くの偉人が諦めない事の重要性を説いています。さっきも言いましたけど、こけたら立てばいいんですよ。スコットさんにはそれが出来る……私はそう確信しています」


 スコットさんの肩に添えた手にグッと力を込める。スコットさんは困ったような表情を浮かべていたが、少しすると頬を緩め、照れくさそうにしながら再び口を開いた。


「こけたら立ちなはれ、か……確かに、良い言葉ですね。シンノスケ殿にここまで励まされてしまっては、私も立ち上がらないわけにはいきませんね」

「良かった……少しは気が晴れましたか?」

「ええ、そのマツシタコウノスケという方の言葉通り、工夫しながらやり直してみようと思います。ただ、まだしばらく村の方々に迷惑をかけ続ける事になるかと思いますが……」

「今更そんな水くさい事を言わないで下さいよ! 微力ながら、村の皆で力を合わせて部隊の手助けをさせてもらいますから!」

「それは心強い……シンノスケ殿、これからもよろしくお願いします」


 スコットさんは俺の方に向き直ると、グッと右手を差し出して来た。疲弊した表情だった先ほどまでとは打って変わり、強い意志が感じられる毅然とした顔つきだ。うん、この様子ならもう心配はいらないな。


「ええ、こちらこそ」


 俺も右手を出し、スコットさんと力強い握手を交わした。っかぁ~! 一晩の内に二人も正しく導いてしまうとは、選ばれし者の宿命ってつれーわー、まじつれーわー!


「それではシンノスケ殿、私はそろそろ幕舎に戻って明日に備えようと思います。こんなに引き留めてしまって申し訳無い」

「いやいや、こちらこそ。ではスコットさん、また明日!」


 スコットさんへ手を振りながらその場を離れ、俺も家の方へ向かって足を進めた。ああ、今夜は良い夢が見れそうだ。間違ってもエルカさんなんか出てきませんように……ダチョウ倶楽部的なフリじゃないですからね、エルカさん……出るなよ! 絶対に出るなよ!

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