第47話 山城は眠らない
莱江山の麓に立って、これから手を加えていく山中を眺めながら上体をグッと伸ばしてストレッチをし、「よしっ」と気合いの言葉をひとつ漏らした。
「それじゃ、この辺からやっていくとするかぁ。京四郎も良ーく見ておくんだぞ? 京四郎にも後で一緒に錬成してもらうからな。俺が錬成したのを参考にしてくれ」
傍らの京四郎に声をかけると、京四郎は俺の目をしっかりと見つめ返しながらこくりと頷いた。村人の説得も無事に終了した俺は、ゲリラ戦に備えて莱江山を山城へと改造するため、山頂へつながっている道の入口に立っていた。山の輪郭を目でなぞり、遠目に手を加えられそうな場所の見当をざっとつけていく。
「まずは攻め口を減らしていかないとな。簡単に登っていけないよう、あの辺とあの辺に切岸を作って、あの辺には曲輪を作って……ハトちゃん、割と大胆に改造しちゃっても平気かな? 後でちゃんと戻すからさ」
「ええ、構いませんよ」
「よっしゃ、お許しも出たし、とりあえず土塁でも作るとしますか……イメージするのは常に最強の土塁……錬成っ」
地面に両手を突いて地面が盛り上がるイメージで呪文を唱えると、たちまち地面がボコっと盛り上が……らなかった。盛り上がったのはイメージした高さのほんの五分の一ほどだけだ。
「あ、あれっ? おかしいな、もっと大きく盛り上がると思ったんだけど……」
「ああ、莱江山は独自の魔力が山全体を巡ってまして、外部からの魔力の干渉に対して抵抗力が強いんですよ。それがたびたび外敵の脅威に晒されながらも陥落することのなかった理由のひとつでもあります」
「なん……だと……!? ま、まさか魔法が効きづらいとは……」
「あ、それに最近はシンタローからもらったヨーカンを山にあげてるからな! それもあってか前よりもかなり調子よさそうだぞっ!」
「えっ、なんか毎日羊羹を要求してくるなとは思ってたけど、自分で食べてるんじゃなくて山にあげてたの……? おいライタ、あんまり食べ物を無駄に……いや、莱江山は羊羹を吸収出来るから無駄になってるわけじゃないのか……?」
う~ん、なんか妖怪じみてて気味悪いから深く考えるのはやめとこ……。
「マキノさんの魔法なら平気かと思って事前にお伝えしていなかったのですが……厳しそうですか?」
ハトちゃんが心配そうな声を漏らす。ううむ、予想してたよりも手間はかかりそうだが……決して不可能ではない。土魔法の申し子である京四郎もいるし、それに何より、俺にはこのあり余るほどの山城にかける熱いパッションがあるのだからな……!
「大丈夫だ、ちょっと時間はかかりそうだけど全く問題ない。山城を公然と造って、しかも実戦で試せそうな絶好の機会なんだ……この程度じゃ俺は諦めないぞ! 七尾城や月山富田城にも引けを取らない城を造って見せるからなデュフフッ!」
「ちょっとあんた本音が漏れてるわよ。まさか山への籠城を提案した本当の理由ってそれじゃないでしょうね?」
「おいマリー、不当な言いがかりはよせ。俺は決して私利私欲で山城を作るわけじゃない、この地域の平和と安定を心から願っての事だ……断言しよう! 俺が手を加えた莱江山に足を踏み入れた者には例外なく凄惨な死が訪れるとな!」
「死んじゃったらダメでしょ? 撃退するのが目的なんじゃないの?」
「あっ、そうだった。ちょっとテンション上げすぎたな……今の部分カットで。言葉のアヤってやつだから。よし、それじゃあそろそろいくぞ京四郎! 俺たちの山城造りはまだまだこれからだ! うおおおおおオオオオオ――――っ!!」
このあと滅茶苦茶錬成した。
山に籠り始めてから三日後。莱江山を堅固な山城へと練成し終えた俺は、眠りこけている京四郎を背負って下山し、麓付近で遊んでいるセツカやマリーたちを見かけて声をかけた。
「おお、お前ら……今、戻ったぞ……」
「あっ、シンタローお帰りー。思ったよりも早かったね? まだもう数日はかかるもんだと思ってたけど」
「ああ、京四郎にも手伝ってもらったし、早く作らなきゃと思ったから、この三日間は不眠不休で錬成し続けてたんだわ……」
「えっ、旦那、妙にやつれてると思ったら全く寝てないんですかい?」
「おう、なんたって俺は大魔神エルカさんの眷属だからな……起きてようと思ったらいつまでも起きてられるのは検証済みだ。人間やめた感があって悲しくなるから、普段はちゃんと寝てるんだけどな……今回は寝てない上に錬成し続けてたから流石に疲れたわ……魔法の効きも悪かったし……」
肩を落としながら「はあ……」と大きな溜め息を吐くと、何故かマリーが顔をしかめながら「うげっ」と嫌そうな声を漏らした。
「な~んか夜中も変な声が山から響いてくると思ったらそのせいだったのね……またあんたが人目の無いところで怪しい召喚の儀式でも始めたのかと思ってたわよ」
「おいマリー、失礼な事を言うな。俺はひたすら真面目に城造りに励んでたんだぞ? 枡形構造に堀切道に竪堀に障子掘に……自分で言うのもなんだが、中々の出来栄えだぞ……デュフフフ……」
「ちょっとあんた、やっぱ単に城を造りたかっただけなんじゃないの? あ~あ、こんな建造物狂いの異常者のせいで美しい景観の山が台無しになっちゃったのね……」
マリーの嫌味に対して何か言い返してやりたかったが、三日三晩魔法を使い続けて心底疲れ果てているため、仕方なく反論は諦めてスルーすることにし、ハトちゃんの方へ向き直って口を開いた。
「ハトちゃん、ちょっと皆で山に入って軽く地形を把握しておいてくれるか? あとで空を飛んで上空から見た図を作ろうとも思ってるんだけど、体感でも分かっておいた方が良いだろうからな」
「ええ、承知しました。村の皆にも声をかけておきますね」
「あちこち結構いじくったから、無理はせずにな……あ、ハタケにクロ、悪いけど疲労が限界だから俺と京四郎を家まで運んでいって布団に寝かせてくれるか……」
「おお、お任せください我が君! さ、腕をこちらに……」
「じゃ、反対の腕があたいが……そうだ、何だったら寝てる間もずっとあたいが付き添って看病してましょうか? 旦那に万が一のことがあっちゃいけませんからね!」
「おい貴様、そう言ってまた我が君の魔力をつまみ食いするつもりではあるまいな? 貴様のような信用の出来んナマクラは近くにおらぬ方が良い。我が君にはそれがしが付き添うとしよう」
「はあ? てめぇみたいな呪いのドス黒兜がそばにいた方が旦那の気が休まらねぇに決まってんだろ? 旦那に呪いがうつったらどう責任取る気でい!?」
「我が君にはそれがしの呪いが効かぬことは分かっておろうが! 貴様の方が絶対に信用ならん!」
「この野郎、下手に出てりゃ好き勝手言ってくれやがって! よし、どっちが旦那の付き添いに相応しいか今から勝負といこうじゃねえか!」
「おお望むところよ! 今こそ決着をつけてくれようぞ!」
ハタケとクロは俺を間に挟んで激しく言い争いながら睨み合い、バチバチと熱い火花を散らしていた。この前は仲良さげなとこも見せてたのに、まーたこうやってすぐに喧嘩して……。
「はい、君たち二人ともしばらく宝物庫で謹慎処分ね。ライタ、俺の代わりに蔵を見張っといてくれるか? 脱走者には雷落としてくれて構わないから」
「おう任せとけっ! 絶対に誰も逃がさないからなっ!」
「ちょっ、ちょっと旦那!? そんな殺生な!」
「そ、そうです我が君! このナマクラと一緒にまたあんな場所に!?」
「喧嘩すんなって言ってたのに喧嘩した罰です。神妙に謹慎するように」
ハタケとクロは慌てて俺の耳元で「堪忍して下さい!」「誤解です!」「反省してまーす!」「我ら仲良し!」「友達なら当たり前!」と必死に弁解し始めた。こ、こういう時だけは妙に連携が取れてるな……でも、そろそろ布団に連れてってくれねえかな……マジで疲れてんだけど……。
俺はぎゃあぎゃあと騒がしい弁解の言葉を聞き流しつつ、ハタケとクロに両肩を支えられた格好のまま目を閉じ、諦めてその場で眠りにつくことにした。もうどうにでもなーれ……。
十分に休養を取って疲れも抜けきった頃、都市の知り合いから情報を仕入れてくれたオフュルスさんが再び村を訪ねてきた。ハトちゃんの家に迎え入れ、俺とハトちゃんの二人が村を代表してその話に耳を傾ける。
「どうやら王都から派遣されてくるのは若い貴族が一名、その従卒が二名の計三名らしいです。残りは都市の兵力をあてがうようで、都市の関係者はその準備で大わらわみたいですよ」
「おや、意外と少ないですね? 下手をすれば全員が王都から派遣された手練れの可能性もあるかと覚悟していたのですが……」
「あっ、そういやヨーゼフがちらっと『騎士物語だので勘違いした輩が役目を買って出て痛い目に合わされてるだけ』とか言ってた記憶があるな……その若い貴族もそのクチなのかも」
となると、やる気満々なのはその若い貴族くらいで、王都としては本腰入れて討伐する気は薄いのかもしれないな。住民の要望通り応援を差し向けてお茶を濁しておいて、失敗したとしても立候補した指揮官辺りの責任にしとけば王家的には問題無し、みたいな? これはちょっとひねくれた考えすぎるか。
でもまぁムツメはこれまでずっと討伐隊に対して加減してくれてるわけだし、結界術のおかげで統治も安定してんだから、失敗する可能性が高い討伐にわざわざ全力を出すなんてリスクのある選択はしないわな。ただ、今回の騒ぎはムツメじゃなくてライタが原因だけど……。
「オフュルスさん、今回の討伐対象って……やっぱライタなんですか?」
「そうですね、都市の方でもライタ様……殿が目覚めたという噂が流れているようですから、討伐隊の耳に入っていてもおかしくないですね」
あれ、この人、確かに今「ライタ様」って言ったよね? ま、まさか莱江山症候群の後遺症が……!? ま、まぁ、それは一旦置いておいて……ライタの噂が広まってるようじゃ、村の恭順だけで誤魔化すのは難しそうだな。ここは「ライタが山に籠ってる」って嘘の情報で部隊を山に誘い込んでゲリラ戦を仕掛け、疲れ果てさせたところで和睦を申し出る、って流れでいくか。
「その派遣されてくる若い貴族の家柄とか性格とかまでは流石に分かりませんかね?」
「あくまで噂ですが……そこそこの家柄の三男だか四男だかで、マキノさんが仰ったように自ら討伐を買って出た変わり者、みたいに言われてるようですね」
ふむ、「変わり者」か……厄介ごとを自ら引き受けた生真面目さが「変わり者」なのか、それともわざわざ強敵に向かっていくイケイケな戦闘狂具合が「変わり者」なのか、これだけじゃ判断がつかんな。自分の目で直接見て確かめるしかないか。
「オフュルスさん、その派遣されてくる部隊と連絡って取れますか?」
「ええ、可能ですよ」
「それじゃあ『莱江山の麓の村は恭順する意思がある』って事と『ムツメは不在で、ライタが村人と揉めて山に籠ってるらしい』って事を伝えてみてもらえますか? 村の恭順を受け入れてもらえそうな感じだったら、俺とハトちゃんがこの村の使者としてオフュルスさんの村に出向いていきますんで」
「分かりました、伝えてみます。でもその……ハトちゃん殿はこの村で待機していた方が良いかと……少々、見た目に魔物感がありすぎるので……」
「あ、確かに……じゃあハトちゃん以外の村人を連れてくってことで」
「えっ、私は留守番ですか……? 長老なのに……?」
ハブられてしまったハトちゃんは悲し気に「長老なのに……」ともう一度呟き、ショックを隠し切れない様子だった。流石に俺はもう見慣れてきたけど、派遣されてきた部隊の人間が外見のインパクトが凄いハトちゃんを見かけたら、絶対に反射的に討伐しちゃうよね……可哀そうだけど、ここは我慢してもらうしかないわ。
「その代わりと言っちゃなんだけど、ハトちゃんは部隊に渡す親書でもしたためておいてくれよ。恭順の申し出が通ったらそれ持っていくからさ」
「……分かりました、ここはそれで我慢するとします」
「よし、頼んだぞ。それじゃオフュルスさん、部隊への連絡の件よろしくお願いします。ちょっと野暮用があるんで、俺はこれで失礼させてもらいますね」
「承知しました。ではマキノさん、また後日」
立ち上がりながらオフュルスさんに別れの挨拶をし、ハトちゃんの屋敷を出てそのまま莱江山の方へと向かう。山の麓の辺りには京四郎が作ったらしい巨大な土製の城がそびえており、セツカたちは今日はその土の城で遊んでいるようだ。
「おーい、セツカにマリーいるかー! ちょっとこっち来てくれーっ!」
大声で城に向かって呼びかけると、土の城の中からセツカとマリーがひょこっと姿を見せ、「なになにー?」「何か用?」と不思議そうな顔をしてこちらに近寄って来た。
「シンタロー呼んだ? オフュルスさんとの会議はもう終わったの?」
「いま忙しいんだけど? くだらない用事だったら怒るわよ?」
「重要な事だから安心しろ。結局、莱江山で迎え撃つことになりそうでな……そのために人員を補充をしようと思うんだわ。セツカ、前にマリーが俺たちを騙して連れて行った森の場所って分かるか? ほら、ウネ子とかがいた」
「うん、分かるけど……もしかしてウネ子たちを呼ぶつもりなの?」
「おう、その通りだ。莱江山も木が生い茂ってるし、うってつけだろ?」
アルラウネのウネ子やアラクネのクネ子なら森の中での戦いに最適だろう。最終的に講和がスムーズに出来るよう、討伐軍側を疲弊させつつもなるべく被害が出ないようにしたいしな。セツカやライタといった力が有り余ってる野生児軍団だけじゃちょっとやりすぎちまうかもしれんし……。
「はあ? ウネ子たちを呼ぶですって? あんな裏切り者の力なんかを借りる必要なんて全く微塵もこれっぽっちも無いでしょ? むしろあたしたちの固い結束にヒビが入って害になるに決まってるわ! あたしは断固反対よ!」
「いやお前、自分のこれまでの行いを振り返れよ。明らかに裏切り者はお前だからな? まぁ最初からお前の意見は聞いてないから別にいいんだけど」
「は? じゃあなんであたしを呼んだわけ? セツカが場所を覚えてなかった時の道案内役にでもするつもりだったの?」
「いや? お前はウネ子たちへの『報酬』だよ。セツカ、ウネ子たちに協力してもらう見返りに妖精汁を搾って渡してきて……おっとマリー、どこへ行こうというのかね? 君も羽虫なら聞き分けたまえ!」
マリーは予想通り空を飛んで逃げようとしたが、俺はすかさず右手を伸ばして握り込み、マリーの体をガッチリと捕縛した。やれやれ、逃げても無駄だってことをそろそろ学習して欲しいもんだが……。
「離しやがれゴミクソカスクソボケエエエエ――――――――ッ!!!」
「言葉を慎みたまえ! 君はエルカさんの眷属の前にいるのだ! おいセツカ、ちょっとこいつ黙らせてくれ」
「ほいっ」
俺の言葉を聞いたセツカはマリーの首筋めがけて恐ろしく速いデコピンを繰り出し、それを喰らったマリーは「ほげっ!」と短い悲鳴を上げてガクッと脱力した。ブクブクと泡を吹きながら白目を剥き、すっかり気を失ってしまったようだ。
「全く、相変わらずピーチクパーチクと騒がしい奴だ……そんじゃセツカ、よろしく頼むわ。あ、もしウネ子たちに助っ人を断られたとしても妖精汁は渡してやってくれるか」
「りょうかーい。それじゃ今から出発するねっ」
セツカは俺の手からマリーを受け取ると、くるっと身を翻して走り去っていった。よし、これでやれることは全てやったかな。人事を尽くして天命を待つ、ってやつだ。
ひとまず区切りがついてホッとした俺は、土の城の方へ向き直って「おーい京四郎! 俺も土遊びに混ぜてくれー!」と京四郎と一緒に遊ぶためにそばへ駆け寄って行った。
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