第44話 ヨージンボー/怒りの脱出

 兜モードのクロのナビゲーションの下、魔物たちの気配のする方へ向かって列になって洞窟内を進んで行く。壁には光石が一定間隔で埋め込まれており、先に入ったヨーゼフたちが魔力を込めて灯したのだろう、通路を程よい明るさで照らし出している。


 しばらく道なりに進んでから分かれ道を右へ曲がり、また真っ直ぐに進んで、次の曲がり角が視界に入ってきた時だった。ふと人の気配を感じ取り、後続へ左手で「止まれ」のハンドシグナルを出してから単身で角のところにまで向かう。そして身を低くして一瞬だけ顔を覗かせると、通路の先で四人のチンピラが何やら立ち話をしているのが見て取れた。


 ふむ、四人か……こっそり処理するにはちょっと数が多いな。ここは相手を分断させて、数を減らしてから始末するか。


 偵察を終えた俺は隊列の方へと戻り、小声で「この先に四人いるわ」と報告してから言葉を続けた。


「ここは分断策を取るぞ。ハトちゃん、『通りすがりの河童』作戦いけるか?」

「ええ、いつでもいけますよ」

「よし、頼んだ。それじゃ皆、配置につくぞ」


 今度は全員で角の手前まで行き、また一瞬だけ顔を出して状況に変わりがないのを確認してから、ハトちゃんの背中の甲羅をポンポンと叩いた。合図を受けたハトちゃんが足を踏み出し、角を曲がってチンピラたちの方へ向かっていく。


「あの~……すみません、ちょっとお尋ねしたいんですが……」


 ハトちゃんの言葉の直後、角の向こうからチンピラたちの「うおっ!」「なんだお前!?」「魔物!?」といった困惑の声が響いてくる。顔を出して様子を窺いたいけど、バレちゃ元も子もないし、ここはグッと我慢だ。首尾よく事が運ぶことを祈ろう。


「おい、お前どっから入りやがった! 入口に見張りがいただろ!」

「いえ、どなたもいらっしゃいませんでしたが……」

「何? そんなはずは……あ、周囲を見回り中か……?」

「ああ、その隙に迷い込んで来たのかもな……おい、尋ねたい事ってなんだ?」

「その~、この辺りで私の『皿』を見ませんでしたか? どうやらどこかで落としてしまったみたいで、ずっと探しているのですが見つからないんです……」

「何、皿だって? 皿ってお前……」

「……その頭に乗ってるやつが探してる皿じゃないのか?」

「えっ、頭……? あっ、本当だ! いやあ、道理で見つからないわけだ……皆さんご親切にどうも! いやはや大変助かりました!」

「な、なんなんだこいつは……ふざけてんのか?」

「わ、わからん……どうする? 追い出すか?」

「一応は魔物みたいだし、こいつも捕まえてもいいんじゃないか?」

「そうだな、そうするか……おい、一緒にこっちについて来い」

「おや、一緒にですか? 分かりました、同行しましょう」


 お、頃合いかな、と顔を覗かせてみると、四人のうち二人がハトちゃんを伴って奥の方へ消えていくところだった。残った二人はそちらに顔を向けている。今が奇襲のチャンスだな。


「よし、セツカやってくれ」

「了解っ」


 セツカは返事するや否や、弾けるように隊列を飛び出した。そして瞬く間に二人のチンピラの背後にまで迫り、その首筋に凄まじい手刀――殴道宗奥義「首にドカンッ!」を炸裂させた。二人のチンピラは「んげっ!」「ぐげっ!」とカエルの鳴き声みたいな声を漏らし、ガクンとその場に崩れ落ちてしまう。うわあ、めっちゃ痛そう……見てるだけで首元がヒュンッてなるわ。


「うし、上手くいったな。それじゃ京四郎、ゴーレムでこいつらを洞窟の外まで送り出しといてくれ。そしたらハトちゃんの後を追うぞ」


 京四郎が作ったゴーレムがチンピラを担いで行くのをその場で見送り、俺たちは再び奥へ向かって進み始めた。少しすると、突き当たりに部屋のような広い空間があるのが見えてくる。この位置からは先行しているチンピラたちの姿は窺えないが、ここまで一本道だったのだから、あの空間の中にいるはずだ。


 壁に沿うようにして部屋の手前まで進み、こそっと内部を覗き込むと、そこはどうやら牢獄として作った空間らしかった。部屋の左右には壁をくり抜き、何かの金属の格子をはめて作った牢屋が拵えられており、それが奥へと向かって真っすぐに伸びている。と、奥の方にチンピラたちがいるのが目に入った。ハトちゃんを牢屋へ押し込んでいるようだ。


「よし、今度は俺が気を引くわ。あいつらに隙が出来たらセツカとハタケが始末してくれ。あ、念のため言っておくが殺せって意味じゃないからな? 特にセツカ」

「ちょっと、だからなんで私だけ名指しなのっ!?」

「お、おい、声がでかい! 念のためだって、念のため……よし、錬成っ」


 地面に手をついて小声で唱えると、チンピラたちの後方に小さなゴーレムが二体出来上がった。続けて、二体のゴーレムを見据えながらパチンと小さく指を鳴らすとゴーレムの体に火が付き、あっという間にその全身が激しい炎に包まれてメラメラと燃え始める。これぞ名付けて、かく乱魔法「バーニング・ヨウカちゃん&カンタ君」である。


「ん……? うわっ、なんだ! なんか燃えてるぞ!?」

「何? うおっ! こりゃ一体なんだ!? おい早く消せ消せ!」


 激しく燃え上がるゴーレムに気づいたチンピラたちは動転しながらも自身の上着を脱ぎ、消火しようとゴーレムに向かってバサバサと被せたりし始めた。だが俺の火魔法がそんな簡単に消えるはずもなく、手間取っているチンピラたちの背後にセツカとハタケが素早く接近する。


 そして、一方のチンピラはセツカに恐ろしく速い手刀を叩き込まれて「んぎっ!」という短い悲鳴と共にその場にブッ倒れ、もう一方のチンピラはハタケに口元と首を締め上げられ、少しの間ジタバタ抵抗していたが間もなく脱力して崩れ落ちた。よっしゃ、ここも上手く処理出来たな。


 カタが付いたのを見計らってか、開きかけの牢の扉の中からハトちゃんがおそるおそるといった様子で顔を覗かせた。


「おお、皆さんお見事ですね。ほんの少しの間とはいえ、ちょっと心細くなってた自分が情けないですよ……」

「いやいや、ハトちゃんだって見事な囮っぷりだったよ。もしこれがマリーだったら、絶対にこんなにすんなりとはいかなかっただろうしな」


 励ましつつ俺も奥へと足を進めると、ハトちゃんが片足を突っ込んでいるのとは反対側の牢からふいに『おい、お前たちは何者だ?』と聞き覚えの無い声が耳に届いた。


 おや、と顔を向けると、首輪と鎖で繋がれた角の生えた狼のような魔物が牢の中でうずくまっているのが目に入る。あっ、そうか、翻訳機能があるから俺も直接魔物と会話出来るんだな……ハトちゃんも魔物だけど、普通に人間と会話出来るからすっかり意識から抜け落ちてたわ。


『何者だと? 木っ端魔物風情が、身の程を弁えろ! こちらにおわす御方をどなたと心得る!』

「こちらの旦那はあたいらの主にしてなんとエルカ・リリカ神の眷属! いずれは王都を牛耳り、ボンクラ貴族どもを恐怖のどん底に叩き落とす予定でい!」

「怪しさ倍増させてどうすんじゃドアホ! まずは信頼関係を築かんかい!」


 勝手に喋り始めたクロとハタケを慌てて制止するが、時すでに遅く、狼さんは牢屋の中で呆気に取られている様子だった。どうやら魔道具である二人も魔物と喋れるらしい。でもこれ、第一印象最悪だろ……。


『そ……それで、エルカ・リリカの眷属様とやらが何故こんな場所に?』

「あ、いやその~……諸事情により、俺たちはこの牢獄を作った貴族の良からぬ企みを阻止するため、つまり君たちを救出するために来たんだけど……信用してもらえるかな?」


 やんわりとした口調で問いかけると、狼さんはうずくまったまま考えるように黙り込み、少ししてから小さなため息と共に『分かった』と返事をした。俺もほっと安堵の息を漏らす。


「良かった、信じてくれるんだな」

『まぁ、どのみち私には信じる以外に方法はないし……それに、先程の気の抜けるやり取りからは悪意は感じられなかったしな』

「お、お恥ずかしいところをお見せしてしまいまして……ええと、それじゃとりあえず牢を開けるか。セツカ、寝転がってるチンピラが鍵持ってないか?」

「持ってるだろうけど、いちいち鍵で開けていくのも面倒だし強引に開けちゃわない? 私とシンタローの力ならたぶん無理矢理開けられるよ?」

「えっ、お前みたいなキングコングと一緒にしないで欲しいんだけど」

「良く分かんないけどそれ絶対馬鹿にしてるよね? 殴っていい?」

「お、おいやめろッ! こっ、これは馬鹿にしてんじゃなくて褒めてんだよ! 分かったやるやる! 今やるから!」


 俺に対してこぶしを振り上げるセツカに慌てて言い訳しつつ、急いで左右の手それぞれで格子を握り込んだ。そしてそのまま「ふぬぬぬぬぬッ!」と力を込めると、ぐにゃあ~っと格子が横に広がっていく。おお、自分でやっといてなんだけど、マジで開けられたよ……セツカと同類って感じがしてちょっと悲しいわ……。


「ふう……よし、これくらいで良いかな」

『そ、その格子を素手でこじ開けるとは……我々が逃げ出せないよう、色々と魔術が施されているはずなんだが……』

「まぁ、伊達に暴虐と逆ギレの魔神ことエルカさんの眷属やってないからね……次はその鎖付きの首輪を何とかしようか。あ、そういえば体の方に異常は無い?」

『ああ、この首輪さえ外してもらえれば大丈夫のはずだ。どうもこれが魔力を吸い取っているらしくてな、体が重くて仕方がない』

「ははあ、魔力を……ハタケの超劣化版みたいなもんかね」

『プッ、これは良い。その首輪はハタケ二号というわけですな! 言われてみればナマクラっぽいところが実に良く似ておりますな!』

「おいドス黒、そんなゴミをあたい二号とか言うんじゃねえ! なんでぇ、こんなもんこうしてやらあ!」

「あっこらこら、あんま乱暴にしないようにな?」


 ハタケはドタドタと狼さんのそばまで駆け寄ると、首輪と首の隙間にぐいっと両手の指を差し込んだ。そして「ふんっ!」と気合いの声と同時に「バキッ」という鈍い音がし、首輪がぽろりと外れる。無事に取り外せたようだ。


 首輪が外れたのを見た狼さんはスッと起き上がり、犬が水を振り払う時のように体を軽くブルブルと震わせてから『うん、どこにも問題は無いようだ』と口を開いた。尻尾も軽く振ってるのが犬っぽくてちょっとかわいいな。


『いやはや助かったよ。礼を言わせてくれ』

「いやいや、俺たちは当然のことをしたまでさ。他の牢の魔物も全員救出してから脱出するから、それまで少し待っててもらえる?」

『ああ、なら私も手伝おう。牢に捕まっていたもの同士の方が他の奴らも話がしやすいだろうしな。せめてもの恩返しだ』

「おお、そりゃ有難い! それじゃ、そこのカッパのハトちゃんと殴道宗のセツカって奴と一緒に他の牢屋を見に行ってもらえるか……っと、あれ? そういえば京四郎はどこだ?」

「ああ、坊っちゃんならそこで別の牢屋を覗いてるみたいですぜ」


 ハタケの言葉を聞いて「別の牢屋?」と通路の方へ顔を出すと、確かに京四郎は少し離れた牢の中をじいっと覗きこんでいるようだった。なんだろう、興味を惹かれるような魔物でもいたのかな。


「京四郎、そこの牢がどうかしたのか……って、うおっ、あ、悪魔……!?」


 近くに寄り、京四郎が見つめている先に俺も目を向けると、そこには悪魔に似た外見をした少年が鎖に繋がれてうずくまっていた。白い短髪の合間からヤギのような小さなツノを生やし、背中にはコウモリに似た黒っぽい翼を携えており、こちらを見据える紫色の瞳には怯えの色が溶け込んでいる。


 ううむ、この子がヨーゼフが言ってた魔族に違いないな。こんなに憔悴しきっちゃって、かわいそうに……ヨーゼフの野郎は後できっちり懲らしめてやらんとな。


「君、そんなに怯えなくても大丈夫だよ。すぐにそこから出してやるからな。京四郎、ちょっと横に避けてくれるか……よし、いいぞ。それじゃ、この邪魔な格子をふぬぬぬぬぬぬぬッ!!!」


 気合いを入れて格子を左右に引っ張ると、格子はさっきと同じようにぐにゃあ~っと大きく曲がっていき、人が出入りするのに十分な幅が確保できる。その様子を見ていた魔族の少年は面食らったように目をパチパチとさせていた。


「あ、あの……あなた方はいったい……?」

『ええい、頭が高いぞ木っ端魔族! こちらにおわす御方をどなたと心得る!』

「神の眷属であるあたいらの主人の跡取りにして、いずれはテメェら魔族を支配下に置くことになる未来の魔王、京四郎坊っちゃんであらせられるってんだ!」

「おい対象が俺じゃなきゃ良いってわけじゃねえからな! 京四郎が未来の魔王なのは確かだけど時と場合を考えんかい!!」


 またも好き勝手な口上を述べるクロとハタケを急いで止めにかかるが、魔族の少年は「えッ!? み、未来の魔王!?」とすっかり混乱してしまっているようだった。


「ご、ごめんね、怖がらせちゃって……俺たちはここに捕まってる魔物たちを助けにきたんだよ」

「あれ、さ、さっきと声が……?」

「ああ、この兜は魔道具でね、さっきのはこの兜が喋ってたんだよ。顔を見せた方が安心できるかな? ちょっくら兜を脱いで……っと。よし、ついでだからクロも人型になって、京四郎と一緒に他の牢の魔物たちの救出を手伝ってくれるか?」


 小脇に抱えた兜モードのクロに声をかけると、クロは『承知いたしました』と答えてポンッと人間モードに切り替わり、京四郎と共に他の牢へと向かった。うし、それじゃ次はこの子の首輪を外してあげるか。ハタケが外せたんだし、たぶん俺でも外せるだろ。


「ちょっと首元を失礼するよ。じっとしててね……ふんッ!」


 グッと力を込めた瞬間、首輪は「バギャッ!」という音と共に勢い良く砕け――砕けた部品は鋭い風切り音を立てながら飛んでいき、「ズガンッ!」と大きな音を立てて壁に直撃した。想定していたよりも豪快な壊れ方に思わずギョッとする。


「うおっ! あっ、危ねぇっ! す、すまんハタケ、怪我してないか?」

「ちょっと旦那~、ちゃんと自分の力を考えなきゃ駄目ですよ? あたいだってさっきのは絶妙な加減をしてたんですからね?」

「わ、悪い、意外と難しいもんだったんだな……でもまぁほら、ちゃんと無事に外れたみたいだし、結果良ければ全て良しってやつだよ……君、立てるか?」


 座り込んだままの魔族の少年の方へ手を差し出すと、少年は少し躊躇してからおずおずと俺の手を取って立ち上がった。


「自力で歩けるか? どこか体の調子が悪いところとかは無い?」

「は、はい、大丈夫です。あの……あ、あなたのお名前は……?」

「俺の名前? ふっ……もう神の眷属でも小豆畑三十郎でもない……本当の名も忘れてしまった日本人さ……」


 そう言って遠い目をして、かっこいい感じの雰囲気を漂わせていると――


「え? シンタローの名前ってマキノシンタローでしょ? 自分の名前すら忘れちゃったの? 頭大丈夫?」


 たまたま後ろを通りがかったセツカが、さくっと俺の本名をばらした。


「うおおおおオオオオオイッ!! しれっと俺の本名ばらしてんじゃねえぞコラ! 今のは『名前を聞かれてもはぐらかす』っていうお約束に決まってんだろ!? 自分の名前を忘れるわけねえだろが!!」

「ちょっと、そんなに怒んなくたっていいじゃん! 私は善意で教えてあげたんだよ!? そんなオヤクソクなんて知らないしっ!!」


 背後のセツカに激しく吠え掛かるが、セツカも負けじと尖った声でギャンギャン言い返してくる。せっかく謎の武芸の達人らしいミステリアスな雰囲気を演出してたのに、セツカにさくっと本名バラされて身バレとか、悲しいやら情けないやらで涙が出てくるわ……。


 がっくりと肩を落としてうな垂れていると、魔族の少年が困ったような顔をしながらも「あ、あの、大丈夫ですか?」と声をかけてくれた。おっと、いかんいかん、助ける側が気落ちしてちゃ不安にさせちまうな……セツカの妨害なんかに負けず、気をしっかり持たんとな。にしても、この子も心細いだろうに、俺に気を使って声をかけてくれるなんて……マリーやセツカにも見習って欲しいもんだわ。


「ああ、ありがとう、大丈夫だよ。ただ、さっきのは聞かなかった事にしてくれると嬉しいかな……身元がバレたら、ちょっと困った事になるかもしれないからね」

「は、はいっ。この事は決して他言しませんっ」

「うん、そうしてもらえると助かるよ……さて、ちょっと他の牢の様子も見てみようかな。君もちょっとこっちに出て来てもらえる?」

「わ、分かりました、シンタロー様」


 苦笑しつつ、「『様』なんて大層な呼び方しなくていいよ」と魔族の少年を伴って通路側へ出てみると、他の魔物の救出も順調に済んだらしく、通路は様々な魔物であふれていた。数は……少年も合わせると、ちょうど十体だ。


「クロ、もうこれで全部か? 他の場所に魔物の気配はしないな?」

「はっ、間違いなくここにいるのが全てでございます」

「よし、それじゃいよいよ脱出するぞ。洞窟から出たら魔物たちを出来るだけ遠ざけてくれ。足に自信が無い魔物は京四郎がゴーレムを作ってあげて、それで担いで逃がしてやるように。出来るな?」


 京四郎の方へ向きながら確認すると、京四郎はこくっとしっかり頷いた。


「うし、頼んだぞ。そこで伸びてる二人のチンピラも忘れず入口まで連れてってくれな。あ、そうだセツカ、帰り道で別のチンピラと出くわす可能性もあるから、ちゃんと気を抜かずに周囲を警戒するように。クロとハタケは人化を解いて俺と一緒にしばらく洞窟内で待機だ。それじゃ皆、行動を開始してくれ!」


 俺の掛け声をきっかけにしてハトちゃんとセツカが魔物たちの誘導を開始し、一列になって来た道を戻り始める。魔物たちの脱出が無事終了すれば、いよいよ作戦も大詰めだな。残るはこの施設を始末するだけだ。


 脱出していく皆を横目に見ながら、人化を解いて魔道具モードになったクロとハタケを身に着けていると、ふいに魔族の少年が列から抜け出してこちらに駆け戻って来るのが目に入った。おや、忘れ物かな?


「あ、あの、シンタロー様……さん。なんてお礼を言えばいいか……」

「うん? いやいや、お礼なんていいよ。ただ、人間の全部が君を捕まえたヨーゼフっていうクソッタレ性悪デブオヤジみたいなわけじゃないってことだけ分かってもらえれば助かるかな」

「は、はいっ、分かりました!」

「ははは、そう言ってもらえると有難いよ。ほら、取り残されちゃうから君もそろそろ行きなさい」

「あっ……ぼ、僕、決してこの御恩は忘れません! いつかきっとシンタローさんに恩返しさせていただきますから! きっとですよ!」


 魔族の少年はそう言い残し、名残惜しそうにチラチラとこちらを振り向きながら脱出する隊列に駆け戻っていった。その素直で健気な様に心を打たれ、思わずこちらも胸の奥がぐっと熱くなってくる。


 な、なんちゅうエエ子なんや……狂犬セツカだの涎吐き虫マリーだの変態尻魔人ムツメだのといった魑魅魍魎がバーゲンセールみたいに蔓延っているこの荒廃した世界に、あんな素直な子が存在したとはな……ほんとはセツカやマリーの方が魔族で、あの子の方が天使とかなんじゃねーのか? こりゃそのうちちゃんと検証した方が良さそうだな……。


『ふむ、我が君の偉大さに気が付くとは、下等な魔族の割には見所がありますな。土下座して泣いて懇願するのであれば配下に加えてやってもよろしいかと』

「こらこら、魔族のことをそう悪し様に言うもんじゃないぞ。さっきの子を見るに、そう悪い人たちでも無さそうじゃないか」

『おっ、旦那ってば魔族にまで興味が出てきたんですかい? 全く、あたいらがいるってのにお盛んなこって……』

『流石は我が君、魔族にまで手を出そうとは実に剛毅な……』

「おいだから言い方!! またいわれなき悪評が立つから俺が節操無いみたいな言い方はやめろッ!! ほれ、俺たちも次の役目に備えるぞ!」


 とんでもない事を口走るクロとハタケを一喝し、俺は洞窟の通路へと向かって進んで行った。

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