第42話 真夜中のストレンジャー

 用意してもらった小屋の中にはシーツのかけられた木製のベッドが一つと、枕元に小さな台が一つあるだけだった。簡素なもんだが、これでとりあえずプライバシーは確保できるな。


 魔剣・畑のお肉を壁に立てかけ、兜を外して台の上に置く。それからベッドに腰を下ろすと、シーツの下には藁か何かが敷いてあるのか、ほんの少し弾力を感じた。そのままごろんと寝っ転がってみる。うん、地面よりは寝心地が良いぞ。寝床は問題無し。今、一番問題なのは――。


「……やることがなんもねぇ……」


 ぽつりと言葉が漏れる。敷地内の散歩はとうにやり尽くし、敷地の外へも出てはみたが、流石は結界の境目が近いという僻地だ。周辺には原っぱしか無い。仕方なくその辺をしばらくウロウロしてたが、それもすぐに飽きてしまった。一人きりで草原歩いてると転生したばかりの頃の記憶も蘇ってくるしね……寂しさで涙出たわ……。


 いつもなら京四郎と一緒に遊んだり、セツカやマリーの面倒を見てやってるだけで日が暮れるんだけどなぁ……まさかこれほど時間を長く感じるとは。こんなとこに長く居られる自信が無いぞ。たまに抜け出して莱江山に帰ろうかな。どうせ襲撃なんてされないだろうし。


 まぁその辺は後で考えるとして、ひとまず今は仮眠でもするか。マリーが様子を見に来る時刻までまだ結構あるはずだ……と、そうだそうだ、打ち合わせ通り俺の居場所の目印をつけておかないと。


 懐から長い布切れを取り出し、ベッドから起き上がって鎧戸に近づく。そして鎧戸を少しだけ開き、布切れを引っかけて外側へ垂れ下がる形にする。よし、これで大丈夫だ。入口には人避けも兼ねて仁王像を錬成して置いてあるから、それ見ただけでも分かるだろうけど、一応ね。


 さて、それじゃ準備も完了したところで今度こそ仮眠といきますか……。






 ふと、息苦しさで目を覚ました。


 ぼやける頭に「なんだ?」という戸惑いと「ああ、仮眠してたんだっけ」という記憶が同時に浮かぶ。目をパチパチと瞬かせてみると、寝ている間に夜になったらしく、室内はすっかり闇に包まれていた。そろそろマリーがやってくる頃合いだろうか。


 まぁ、あの騒がしいのが来れば即座に分かるだろうし、それまで二度寝でもしてようかな――と、寝返りを打とうとしたが、何故か体が微動だにしない。いや、正確には腕や足先あたりは動いてる感じがするのだが、肝心の胴体部分が動かない。というかなんか重い気がする。まさか、これが噂の金縛りか?


 金縛りの時ってどうすればいいんだっけ、と思考を巡らせていると、何やら奇妙な音が聞こえてくる事に気がついた。ギシギシと木が軋むような音と、隙間風……いやこれは、呼吸音? そうだ、確かに呼吸の音だ。ハァッ、ハァッ、と荒い息遣いのようなものが……お、俺の胴体の方から……聞こえてくる……!?


 背筋に冷たいものが走る。まさか、開けておいた鎧戸から野生の魔物かなんかが入り込んで来て、俺の上に乗っかってる? 一応、結界内だから凶暴なやつじゃないだろうけど……くそ、良く見えんな。鎧戸を全開にすれば月明りでもう少し明るくなると思うんだが、動けないし……あ、そういえば光石を枕元の台に置いたんだった。それを使うか。


 右手を伸ばし、床に落としてしまわないよう気を付けながら探る。おっ、よし、あったあった。これで明るく出来るぞ。もしヤバそうなのが乗っかってたら光石に魔力を思いっ切り込めて目を眩ませて、それからそこの鎧戸から外に飛び出して逃げるか。目が無いタイプの奴だった場合は……やば、想像したら怖くなってきた……その時は魔力エネルギー弾で小屋ごと吹っ飛ばそ……。


 覚悟を決めた俺は、光石を持った右手を上方に伸ばし、「ふっ」と軽く魔力を込めた。瞬く間に光石が光を放ち始める。そして、照らし出された俺の胴体の上にいたのは――!


『ハァッ……ハァッ……! な、なんてすげぇ魔力なんだ……まるで底無しだ……! こいつァたまらねぇや……! ハアッ……ハアアッ……!!』


 魔剣・畑のお肉が、俺の胴体の上に乗っかってめっちゃハァハァしてた。


「うっ、ウワァ――――――――――――――――――――ッ!!? まっ、魔剣が変態だァ――――――――――――――――――ッ!!!」

『うお!? だっ、旦那、目が覚めて!? ってかそんなに暴れると危な――』


 ジタバタと必死にもがいていると木が軋む音がいっそう激しくなり、やがて「バギィッ!!」と鈍い音が部屋に響いた。ベッドの足が折れたのだ。俺の体はベッドごと落下し、床に叩きつけられた時の衝撃で「グヘェッ!!」とうめき声が漏れた。


「う、うう……びっくりした……」

『だ、旦那、大丈夫ですかい? だから危ないって言ったのに……』

『全く、愚か者めが……我が君の眠りを妨げるだけでは飽き足らず、このような狼藉まで働くとは。流石は嫉妬狂いの色欲魔女が生み出しただけの事はある。なんという品の無さよ』


 突如、頭上からも聞き覚えの無い声が聞こえ、思わずビクッと体が跳ねる。「ま、まだ誰かいたのか!?」と慌てて光石を振り向けると、俺の目に飛び込んで来たのは――!


 黒兜零式が、俺を見下ろしながら宙にふわふわと浮かんでいた。


「うっ、ウワワァ――――――――――――――――――――ッ!!? かっ、兜が生首だァ――――――――――――――――――ッ!!!」

『ちょっ! わ、我が君、落ち着いて下され! 怪しい者ではありませぬ!』

『へっ、あたいには品が無いだのと言っておきながら自分だって旦那を怖がらせてるじゃねぇか! 「ワ」もテメェの方が一回多いしな!』

『だっ、黙れ! 元はといえば貴様が欲を出しすぎたのが原因であろうが! その不細工な刀身をへし折られたいのか!?』

『おうおう! やれるもんならやってみやがれこのすっとこどっこい! そっちこそドス黒い脳天真っ二つにして風通し良くしてやろうじゃねえか!』


 宙に浮いた兜と魔剣が激しい言い争いを始める。間に挟まれた俺は言葉を失い、しばし唖然としてそのやり取りを聞いていたが、飛び交う言葉が『なまくら!』『置物!』『ぼんくら!』と小学生の悪口じみてきた辺りでようやく我に返った。


「ちょ、ちょっと待った待った! あんまり騒がしいと人が来ちゃうから!」

『おっとそりゃまずい。いやぁ~、ちょいとばかし熱くなっちまいました』

『も、申し訳ありませぬ。こやつがふざけた事をぬかしたゆえ……』

『おう聞き捨てならねぇな! そもそも喧嘩を売ってきたのはそっち――』

「こらそこっ! すぐに喧嘩を売らない買わない! 聞き分けの無い子は莱江山でお留守番してもらいますよ!」


 ぴしゃっと一喝すると魔剣と兜は『うっ』『む……』とうめき、ようやく静かになった。全く、まるで出会ったばかりの頃のセツカとマリーの喧嘩みたいだ……でも、こうして言う事を聞いてくれる分だけあいつらより少しはマシか。


「ええと、なんていうか……君たち、喋れたの? 魔道具なんだよね?」

『ええ、そりゃもう魔道具ですよ! あの蔵の中でもう随分長いこと眠ってたんですが、旦那のすんげぇ魔力にあてられて思わず飛び起きちまいました!』

『それがしも同じです。ただ、こやつの様に食い意地は張っておりませんが』

『あっ、おい! 余計なこと言うんじゃねえ!』

「食い意地って? なんか食べてたの?」

『い、いやぁその~……旦那の魔力があんまりウメェもんで、寝てる間にちょ~っとつまみ食いしてたらつい夢中になっちまいやして……』

「えッ……お、俺の魔力? をつまみ食い?」

『こやつと来たら、隙を見つけては我が君の魔力を吸っておったのですよ。その挙句、魔力を吸いすぎて肥え太り、我が君の眠りを邪魔するなど呆れてものも言えませぬ』

『ひ、人聞きの悪い! まるであたいが卑しん坊みたいじゃねえか!』


 魔剣は憤慨したようにプルプルと揺れ、一方の兜は『事実であろうが』と冷ややかに言い放った。あ、そういえば宝物庫でハトちゃんが魔剣について「持ち主の魔力を吸って力を増す」とか言ってたな。それがまさかこんなアクティブに吸ってくるとは思いもよらなかったけど……重さが増してるように感じたのはそれが原因か。


「つまみ食い云々はひとまず置いとくとして……その『旦那』とか『我が君』っていうのは、俺の事を持ち主として認めてくれてるって事でいいのかな?」

『もちのろんですぜ! こんなとんでもねぇ魔力を持ったお人にはついぞお目にかかったことがありませんよ!』

『それがしを平然と身に着ける者などこれまで誰一人としておりませなんだ。まさに我が主と仰ぐに相応しいお方でございます。しかし、そこのナマクラも従えるというのは少々考え物かと。ブクブク太るだけ太って我が君の足を引っ張るのが目に見えておりますゆえ』

『あっ、こいつ言いやがったな! こちとらテメェがこっそり「我が君の吐息しゅごいのおおおおおおっ!!」って興奮してたの知ってんだぞ!』

『でっ、出鱈目を申すな! 確かに気が高ぶっておったのは認めるがそれがしは「しゅごいのおおおおおおっ!!」など言っておらぬ!』

『はい今言った! 今確かに言いましたー! 旦那、こんなろくでもないホラ吹きはあの薄暗い蔵に閉じ込めておいた方が良いですぜ! いつ裏切って呪い殺そうとしてくるか分かったもんじゃねえや!』

『こっここっ、このニャマクラっ! へへへへし折ってやりゅッ!!』

『うわあそいつァ怖えや! へへへへしおりゃれりゅうぅ~』

「こ、こらこらっ! だから喧嘩はやめなさいってば!!」


 一体どこの小学生の喧嘩だよ……さっきはセツカたちよりはマシかとも思ったけど、完全に間違いだったな。この騒がしさはあいつらと同レベルだわ。


「ハァ……と、とにかく、君たちが俺の事を持ち主だと認めてくれてるんなら良かったよ。寝起きざまに剣や兜が喋ってるのを見た時はお化けか妖怪でも出たのかと腰が抜けそうだったけど」

『む、我が君を怖がらせてしまうとは、面目次第も御座いません……』

『旦那って魔道具がそのまま喋ってるのが気になるクチですかい? それなら人化の術で人っぽい見た目にもなれますけど』

「え、何それ、そんな事出来るの?」

『あたいくらいの魔道具になると人化の術なんてお茶の子さいさいですよ! 武器の持ち込みが難しい場所でもさくっと要人暗殺出来ちゃいますぜ!』

『そ、それがしにもそのくらいの事は出来まする! 我が君の望みとあらば王侯貴族であろうと近付いて見事呪い殺して御覧にいれましょうぞ!』

「いやそこで競い合わなくていいから! そんな物騒な事しないからね!? え、ええと、それじゃ試しに人の姿になってみてくれる?」


 魔剣と兜は『合点承知!』『はっ』と答えると、ポンッという小気味良い音と共に煙幕のようなものに包まれた。おお、いかにも変化って感じだな、とちょっとワクワクしていると、ほどなくして煙幕の中から人の姿が見え始める。


 魔剣・畑のお肉がいた場所から現れたのは、薄茶色の髪の毛をした勝ち気そうな女の子だ。黄緑色の小袖をラフな感じに着こなしており、快活な江戸の町娘といった雰囲気を漂わせている。気風の良い喋りから受けた印象そのままな感じだ。


 その横あたり、黒兜零式がいた場所に現れたのは、黒地に赤い紋様の入った着物を着た黒いおかっぱ頭の少女。明るい感じの魔剣・畑のお肉とは違い、座敷童かのような妖しげな佇まいをしている。それぞれの性格が外見に反映されてるんだろうか。


「というか……君たち、女性だったの? あれ、でも人じゃないからこの場合は雌……? いや、そもそも魔道具って生物じゃないだろうし……あれ?」

「ああ、あたいらには性別はありませんよ! 女の格好の方が旦那は嬉しいかな~と思ったんですけど、ひょっとして男の姿の方が良かったですか? お望みなら旦那の倍くらいの背丈のゴリッゴリのムッキムキ姿にもなれますよ? いやァ~、やっぱ男は筋肉ですよね! あっ、旦那は筋肉少ないですけど魔力がムキムキなんで全然問題ありませんからね! さて、どうします?」

「あ、今の姿のままでお願いします」


 きっぱりとお断りすると、魔剣は「あれ、そうですか?」とちょっと残念そうな顔つきになった。俺の倍の背丈のムキムキマッチョマンを従えてる絵面はちょっとムサ苦しすぎるしね……てか魔力がムキムキってどういう事なの? ブヨブヨとかガリガリの魔力とかもあるのか? わ、分からん……。


 魔力の性質について思いを巡らせていると、ちょこんと立ったままの黒兜零式が何やら思いつめたような顔でうつむいている事に気がついた。おや、どうしたんだろ?


「なんか顔色が悪いみたいだけど、どうかした?」

「い、いえ、実はその……そ、それがし、この姿にしかなれませぬ……」

「え!? マジ一通り!? ショボーイ! 一通りの人化が許されるのは中級魔道具までだよねーっ!! 流石は名魔道具師イオバードがネタで作った迷魔道具だ! 笑わせてくれるぜ!」

「ネッ、ネタ!? ききき、貴様! 今『ネタ』と申したか!?」

「おう何べんでも言ってやらあ! ネタネタネタネタネタネタァッ!!」


 激しい挑発にさらされた黒兜零式は顔を真っ赤に染め、「叩き折ってやるこのナマクラッ!!」と魔剣に飛び掛かった。たちまち目の前で取っ組み合いの喧嘩が始まる。人型になっただけあって、さっきよりも暴れっぷりがかなり激しい。人化が一通りか二通りかって魔道具的にそんなに重要なの……?


 果たしてどう仲裁したものかと悩んでいると、「ちょっと、一体何を騒いでるわけ? 外にまで音が漏れてるわよ?」と聞き覚えのある声が耳に届いた。声のした方を見ると、鎧戸の隙間からマリーが部屋の中に入って来るところだった。そうだった、そもそもマリーを待ってたんだったな。この騒ぎで頭からすっかり抜け落ちてたわ。


「お、おお、マリーか……良い時に来たのか、悪い時に来たのか……」

「はぁ? 何よそれ? ていうかそこの暴れてる二人は一体誰よ?」

「魔剣・畑のお肉と黒兜零式だよ。人化の術っていうので人型になってんだわ」

「ああ、なんだ人化の術ね。魔道具は持ち主に似るって良く言うけど、この落ち着きの無さはまさしくあんたの魔道具って感じねぇ……やれやれだわ」


 マリーは大げさに肩をすくめ、大きな溜め息を漏らした。お前にだけは言われたく無いんだけど……と思っていると、マリーはシュッと前に飛び出して珍妙なポーズを決めながら「ええい、静まれ静まれいっ!」と声を張り上げた。取っ組み合っていた二人(?)が驚いた様子で動きを止める。


「みっともない真似はよしなさい! 確かに、あなたたちは魔道具として最上位と言っても過言では無いわ。これまではそれを笠に着て好き勝手な事をやれてたかもしれないけどね、あたしの傘下に入った以上はあなたたちの一挙手一投足がマリー組の評判に関わるということをしっかり自覚するように! いいわね!」


 いや、人の魔道具を勝手に傘下に入れんなよ。マリー組ってなんやねん。


「こ、こいつぁマリー姐さん……」

「これはお恥ずかしいところを……」


 ところが驚いたことに、魔剣・畑のお肉と黒兜零式は随分と恐縮した様子だ。馬鹿な、マリーの一喝が通用しただと……!?


「あらま、てっきりもっと歯向かうものかと思ってたけど、思ったよりも素直なようね?」

「そりゃあマリー姐さんは旦那の戦友ですからね! マジ尊敬ですよ!」

「新参者である我らからすれば至極当然の事です」

「まぁまぁ感心ね! そうだわ、あなたたち直接私の下に付く気は無い? あなたたちのような最高級の魔道具はこのヨウカン狂い男には宝の持ち腐れよ! あたしのように魔道具の真価を理解しているものが使ってこそ魔道具は輝くってもんよ!」

「いえ、お誘いは有難いんですが、あたいはもう旦那のすげえのをぶち込まれないと到底満足できねぇ体にされちまったんで……」

「なっ……!? あ、あんた、建造物だけじゃ飽き足らず魔道具にまで手を出したっていうの!? 神の眷属どころかとんだ魔物じゃないの! 汚らわしい!」

「待って待って!? 間違っては無いけど言い方! 言い方がひどすぎるから! 俺の魔力を吸い取っただけだからね!?」


 建造物と道具に手を出すってどんなレベルの高い変態だよ! それもはや人間やめてるだろ! いやある意味俺は人間やめてるけどさ!


「そうだ、良い事思いついた! マリー姐さんにあたいとコイツのどっちが旦那の一番の魔道具に相応しいか決めてもらおうじゃないか!」

「ほう、ナマクラにしては中々良い案ではないか。これでそれがしが一番の魔道具であることがはっきりと証明されるわけだな」

「はあ? 何をふざけた事をぬかしてやがる! そもそもテメェはあたいと違って名前も付けてもらってねぇだろうが! そんなザマで自分が一番だなんて良く言えたもんだ!」

「なっ、名前はこれから素晴らしいものを付けてもらうのだ! それに我が君の最も近くで熱い息遣いを感じながらお仕えしているのは兜であるそれがしよ!」

「へっ、兜が何でい! あたいなんか刀身に熱烈な接吻をしてもらったぜ!」

「あ、あんたやっぱり魔道具に手を……!」

「接吻違うから! 演出の一環として剣ペロしただけだよ!?」


 慌てて弁明する俺をよそに、魔剣と兜は再びギャアギャアと言い争いを始めた。結局、大人しくなってたのはマリーが乱入していった直後だけだったな……よほど「どっちが一番か」をハッキリさせたいらしい。まだ潜入初日だってのに、これじゃ先が思いやられるぞ……やれやれ仕方がない、俺が一肌脱いでやるとするか。


「はいっ、一同静粛に! え~、先生は悲しいです……志を同じくする仲間なのに、何故こうも憎しみ合うのか? 仲間に上下や優劣はありません! それを守れないなら倉庫に閉じ込めてまた暗闇の中に封印しちゃいますからね! いいですね!?」


 念押しするようにギロッと睨みつけてみると、魔剣と兜は黙ってコクコクと首を縦に振った。あの薄暗い倉庫に戻されるのは嫌だろうし、きっとこの脅しは効くはずだ。こういうのは半ば強引にでも和解の場を整えてあげないとな。


「それでは、秩序を保って自由闊達に意見を交わすとしましょう。意見のある方は挙手するように……はい、黒兜零式さん。発言を許可します」

「その……それがしも我が君から名前を頂きたいのですが……」

「はい、素晴らしい意見ですね! 先生もちょうどそうしようかな~と思ってたところです。そうですね……『黒兜』から取って『クロ』なんてどうですか?」

「おお、素晴らしい! 我が君から頂く名に異論などありませぬ!」

「はい、満足して頂けたようで何よりですね! それじゃ、ついでに畑のお肉さんの名前も新しく付け直そうと思います。普段から呼ぶにはちょっと長いですからね……では、少し短くして『ハタケ』なんてどうです?」

「新しい名を頂戴出来るなんて、あたいも文句なんてありませんよ!」

「はい、実に円満に話がまとまりましたね! それではクロさんにハタケさん、友情の証として握手を交わしてもらうとしましょう! 右手を出して下さい!」


 俺は「黒兜零式」改め「クロ」と「魔剣・畑のお肉」改め「ハタケ」それぞれの右手を手に取り、がっちりと重ね合わせた。よし、美しい友情の第一歩だ……おや、なんかまだ表情が固いかな?


「はい二人とも笑顔笑顔! 笑顔が出来ない悪い子は蔵に永久に封印だよ!? まさかここにそんな悪い子はいないよね!?」


 発破をかけると、二人はぎこちないながらもようやく笑顔を浮かべた。うんうん、最初は他人に強制された形だけのものでも、そのうち真の友情が芽生えて来るはずだ……握手も随分と力強いようだしな! まるで俺たちの明るい未来を現してるかのようだ!


「あ、あんた、無理矢理にも程があるわね……なんか握り合った手から『メキメキメキメキッ!』ってすっごい音してるんだけど、これ握手の音じゃなくない? 大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫! 最初は激しくいがみ合ってるくらいがちょうど良いもんなんだよ! いがみ合ったその分だけ、いざ打ち解けた時の絆は実に深い物となるんだ! よし、それじゃ懸念事項も消えたところで、今日一日の報告と今後の予定の確認といくか!」


 部屋に「メキメキメキッ!」という音が響く中、俺はまだ何か言いたげな様子のマリーに構わず、今日あった出来事を思い出しながら順に語り始めた。

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