第41話 小豆畑三十郎

 屋敷へ向かって真っすぐに原っぱを突き進んでいると、入り口の所で突っ立っている門番がこちらに気づいたらしく、ギョッとした顔つきになるのが見えた。門番はその場で何秒か固まった後、背後の屋敷を振り向き、それから俺に視線を戻し、また屋敷の方を振り向き……と動揺した様子だ。


 まぁ、こんなへんぴな場所にいきなり謎のイケてる武芸の達人が現われたんだ、そりゃビックリ仰天だろう。門番だけじゃ対処し兼ねるはずだ。これでヨーゼフを呼んできてくれたら手っ取り早くて助かるんだけど……。


 だが俺の淡い期待に反し、門番は仕事を全うする方を選んだらしい。まだいくらか動揺の残った顔つきでこちらを見据え、通せんぼをするように右手を高く掲げた。


「おい、そこのおかしな格好をした不審者! 一体何者だ!」


 えっ、おかしな格好の不審者? 妙だな、後ろには誰もいないはずだが……。


「白々しく後ろを振り向くな! お前だお前! 変な被り物をしたお前の事だ!」


 えっ、俺の事!? んな馬鹿な、どこからどう見ても超イケてる武芸者だろうに……マリーもそうだが、どうやら異世界の人々のセンスはちょっと変わってるらしい。「文化がちが~う!」ってやつかな、やれやれ。


 いきなり思わぬところでケチがついちゃったものの、潜入捜査はまだ始まったばかりだ。気持ちを入れ替えて仕切り直しといこう。


「ごほんっ! え~っと……我はダークサイドの導きによって現れし者……シュコーッ! 近くを通りかかったところ、何やらこの場所でフォースの乱れを強く感じた……シュコーッ! この館の主に伝えたい事がある……シュコーッ!」

「えっ? なんだって? 鼻息がうるさい上に被り物で音がこもってて良く聞こえんぞ! 話すならもっとはっきりと話せ!」

「……用心棒として雇われにやって来たの! あんたの主人に会わせてくれ!」


 ちょっとヤケクソ気味に叫び返すと、門番は気迫に押されたのか、一歩後ずさってから「はぁ?」と怪訝そうな顔になった。


「用心棒だぁ? そんなものを募集してるなんて話は聞いていないぞ。仮に募集していたとしてもお前のような怪しい奴を雇うわけがない。ほら、分かったならさっさと帰れ帰れ!」

「帰れだって? やれやれ、下っ端じゃ話にならんようだ……仕方がない、俺が直接出向いて話をつけるとしよう。女将を呼べッ! この頭の固い門番を雇ったのは誰だあっ!!」

「おっ、おいこら! 待たんか! 勝手に入るんじゃない!」


 叫びながら横を通り抜けようとした俺の腕を門番が慌てて掴む。だが俺はそれを気にも留めず、門番を引きずりながらスタスタと入口を突き進んでいく。なんせ武芸の達人だからね、このくらいは朝飯前ですわ。


「こっ、こら! 止まれ! 止まれと言ってるだろ! くそ、なんて馬鹿力だ!」

「責任者出てこーい! 労働者の権利を奪うなーっ! 打倒ブルジョワジー!」


 屋敷の方へ歩きつつ大声で叫び続けていると、騒ぎを聞きつけたのか、何人かの人間がこちらに集まって来るのが見えた。いずれも強面で浅黒い肌をしており、腰には剣を携えている。ヨーゼフに雇われたゴロツキだろう。俺の行く手を阻むように横に広がり、「おいおい、あんた何者だ?」と口を開いた。


「おっ、これはこれは同僚の皆さんですか。どうも、新入りの謎の達人です」

「おい勝手に加わるな! 用心棒は雇わんと言っとるだろうが!」

「いいや、俺の実力を知ればきっと雇いたくなるはずだ。だから早く館の主人に会わせてくれ。後であなたが『何故さっさと連れてこなかったんだ!』って叱られても俺は責任持てませんよ? それでもいいの?」

「こ、こいつ、好き勝手な事をベラベラと……!」

「おうおう、あんた見た目だけじゃなくて頭の方もおかしいみたいだな?」

「全くだ。ほら、今なら見なかった事にしてやるから大人しく帰んな。痛い目には合いたくねぇだろ?」


 ゴロツキの一人がニヤつきながらシッシッと俺を払いのけるように手を動かした。他の面々も嘲るような笑みを浮かべてはいるが、手を出してくる気配は無い。ふむ、勝手に侵入した上に挑発してるのに思ったよりも紳士的だな。もうちょっと煽ってみるか。


「痛い目だと? やれやれ、相手の力量も見極められないとは……気が変わった。こんな程度の低い輩しか雇えないような雇用主はこっちから願い下げだ。こんな所にいられるか! 俺は田舎に帰らせてもらう!」

「はいはい、さっさと帰った帰った」

「田舎のご両親によろしくな~」


 あれっ、引き留めないの!?


「ちょっとちょっと! ここは『テメー馬鹿にしてんのかヒャッハーッ!』『無事に帰れると思うなよヒャッハーッ!』とかいう感じで俺に因縁をつけてくるとこだろ! あんたらそれでもほんとにゴロツキか? もっとねちっこく粘らんかい! やる気あんのか!?」

「おい何なんだお前は! 田舎に帰るんじゃなかったのか!?」

「ったく、面倒な……仕方がない、そんなにお望みなら『痛い目』に合ってもらおうじゃねーか。満足したらちゃんと帰れよ、変態サンよ?」


 ゴロツキたちはやれやれといった様子で武器を手に取り始めた。ほっ、良かった、やる気になってくれたみたいだぞ。「精いっぱい因縁ふっかけたけど全然相手にされずノコノコ帰ってきました」なんて日にはセツカやマリーにどんだけ馬鹿にされるか分かったもんじゃないし。


「そうそう、その意気だ! 俺が求めてるのはそういうのなんだよ! あんたらもやれば出来るじゃないか! よし、それじゃ剣を一旦持って、と……クックックッ! 『魔剣・畑のお肉』が有機肥料を欲しておるわ! ペロリ……」


 俺は右手で持った剣を口元に寄せ、左手で面を少し浮かせてから舌を出して刀身をペロッと舐めた。う~ん、土と鉄の味がする……けど我慢だ我慢。ヤバそうな剣士に「剣ペロ」は付き物だからな。


「お、おい、気味悪いからさっさと痛めつけて追い出そうぜ……」

「あ、ああ、そうすっか……」

「フッ……果たしてそうすんなりといくかな? それでは皆さんお待ちかね、我がフォースの一端、存分にお楽しみ下さい! 土遁、『こいつをCICから叩き出せの術』だ!」


 剣を背中に戻し、言い終わると同時に右手を胸の高さまで上げてゴロツキたちの方へと差し向けた。すると眼前の地面がモコモコと盛り上がり始め、たちまちヨウカちゃんとカンタ君のミニゴーレムが出来上がる。顔バレ防止も兼ねて兜を被った姿の特別仕様だ。


 ゴロツキたちは目の前に出来上がった物が何なのか良く分かっていないのか、ポカーンとした顔で動きを止めたままだった。そんな彼らを尻目に、俺は手をワキワキとさせてミニゴーレムをゴロツキたちの方へ素早く突撃させた。


「うわっ! な、なんだこいつら! 土の人形!?」

「おい、こりゃまさか魔法か!? てめぇ背中のその馬鹿でかい得物を使って戦う剣士じゃねえのかよ!?」

「おいおい、俺は魔法を使わないなんて一言も言ってないぞ? 人を見た目で判断しちゃいけないんだぞ、っと!」


 俺の操る二体のミニゴーレムはゴロツキたちの攻撃を俊敏にかわしつつパンチやキックを叩き込んでいく。標的が小さいのに加え、パワーや素早さも明らかにゴロツキたちより上だ。合間にさりげなくブレイクダンスを踊らせられちゃうくらい余裕がある。


「くそっ! ちょろちょろ動き回りやがって……ぐえっ!」

「ほれ、どうしたどうした。俺を痛い目に合わせてくれるんじゃないのか? そんな調子じゃ日が暮れちまうぞ? 頑張れ頑張れ!」

「こっ、こいつ! 馬鹿にしやがぶへえっ!!」

「ほらそこ戦闘中に余所見しない! 目の前の事に集中しなさい!」


 俺の煽りとゴーレムの攻撃にさらされ、ゴロツキたちはかなり頭にキテるようだ。必死の形相で武器を振り回しているが、大振りの攻撃じゃ避けて下さいと言わんばかりである。


 時折、本体である俺の方を狙っているのか、チラリとこちらを見る輩もいるが、そんな奴にはすかさずゴーレムを操って蹴りを叩き込んでいる。どうしたって逃げ場は無い。


「ハァ……ハァ……ぜ、全然攻撃があたらねぇ……」

「くっ、間抜けな見た目の土くれのくせして……」

「ほれほれ、動きが鈍くなってるぞ? もう疲れちゃったのか? 観念して降伏を願い出てもいいんだぞ……おや?」


 手をいっそうワキワキさせていると、視界の隅で何人かの人間がこちらに向かって来ているのが見えた。集団の先頭に立っているのは高級そうな衣服に身を包んだ小太りのおっさんだ。きっとあれがヨーゼフだな。座敷で「黄金色の菓子でございますフヒヒ」「お主も悪よのうグヘヘ」ってやり取りでもしてそうなイヤらしい顔つきしてるし。ありゃ確実に悪い事してる顔ですわ。


 そのイヤらしい顔つきの小太りのおっさんは、ゼェゼェと息を切らしながら近くまで辿り着くと、俺とゴロつきたちを交互に見つつ「おい、これは一体何の騒ぎだ!?」とがなり立てた。


「あっ、カントレック様……これは、その……」

「おお、あなたがこの屋敷の主人ですかな? 私は小豆畑三十郎と申す者。見ての通り、通りすがりの武芸の達人です。私が見たところ、腕利きを必要としているようだったので用心棒として雇ってもらおうと思いましてな」

「用心棒だと? そんな者を募った覚えはない! お前たち、こんな怪しい奴を敷地に入れるなんて一体何をやっとるんだ!」

「それがその、こいつが勝手に乗り込んで来まして……」

「それを追い返すのがお前らの仕事だろうが! この役立たずどもが!」

「はっは、やはり腕利きが必要なのではないですかな? 幸運な事に、ここにおあつらえ向きの者が一人おりますが? 今なら用心棒代の割引も考えますよ?」


 首を傾げつつ語り掛けると、ヨーゼフは俺を忌々しそうに睨みつけながら「ぐぐっ」と呻き声を漏らした。ゴロツキたちも叱責されて縮こまってしまっている。こりゃ京四郎の手助けが無くても雇ってもらえそうだな、と思っていると、ヨーゼフの背後から何者かが「まぁまぁ、ちょっと落ち着きなさいよ」と進み出てきた。


「所詮、そこのチンピラどもは雑用として雇った者ども。戦力として期待するのが間違いというものでしょう。ご安心なさい、こんな変な奴、私がすぐに追い払って御覧に入れます」

「お、おおっ、流石は先生だ! いやはや冷静でいらっしゃる!」


 先生と呼ばれたそいつは、年季の入った胸当てや籠手などを身に着け、顔には多くの古傷らしきものがある、いかにも古強者という感じの男だった。そこで縮こまっているゴロツキどもとは明らかに雰囲気が違う。べっ、別にちょっと格好良い感じだなとか思ってないんだからね!? 俺の方がずっとイケてるし!


「ほっ、ほほう? 『すぐに追い払う』とは、こりゃまた随分と強気ですな。いいんですかそんなに大口叩いちゃっても? 吐いた唾は飲めませんよ?」

「なに、確かに変わった土魔法を使ったりといくらか腕に覚えがあるようだが、この程度なら全く問題は無い。十分に対処可能だ」


 先生とやらはそう言い放つと、ゴロツキたちの近くで棒立ち状態のミニゴーレムへちらりと視線を向けた。ふむ、随分と自信満々な様子だ。あ、さてはちょっと渋い見た目してるからって調子に乗ってるな? ふん、俺の方がイケてるって事を教えてやろうじゃないか。


「なるほどなるほど……いや確かに、そこのゴロツキどもとは一味違うようだ。いいだろう、俺が直接相手をしよう!」


 俺は右手をグッと握り締めてゴーレムを元の土へと戻し、続けて右手の人差し指で先生に向かってチョイチョイと「かかってこい」の仕草を取った。先生のまぶたがピクッと小さく動く。


「おい、相手をするというのなら何故武器を構えない?」

「ん? 武器ならもう構えてるさ。ほら、これだよこれ。見える?」


 言いつつ、右の人差し指をピッと上へ向ける。それを見た先生のまぶたがまたピクピクッと動く。ふふ、怒ってる怒ってる。


「ささっ、遠慮はいらないよ。どこからでもかかってきなさい」

「……では、そうさせてもらおうか。ずアッ!」


 先生は素早い動きで腰の剣を抜くや、鋭く俺に斬り込んで来た。俺はその場から一歩も動かず、人差し指だけをスッとずらし――強烈に振り下ろされた剣の切っ先を、指一本だけで受け止めて見せた。先生や周囲の人間が驚愕の表情を浮かべる。いや~、一回これやってみたかったんだよな。


「おや、どうしました? 攻撃が止まってますよ。一撃だけで満足なんですか?」

「ぐっ、言われずともッ! ソエッ!」


 気合いの声と共に、先ほどより更に鋭くかつ複雑な斬撃が繰り出される。だが、セツカのグーパンに比べれば亀みたいな速度の攻撃だ。俺は縦横無尽に迫る剣撃の全てを右手の人差し指だけで受け止めていく。


 と、横薙ぎの斬撃がくるのを見て、ふと「あっ、これマトリックス避け出来そうだぞ!」という考えが浮かび、俺は両腕を振り上げて上半身をグイッと反らそうとした。が、その瞬間――背負ったままだった魔剣・畑のお肉が思いっ切り引っかかり、背筋がピンと綺麗に伸び切ってしまった。まるで剣をお腹で受け止めるような格好だ。や、やばいッ! このままじゃすごくダサイ事になっちゃうッ!


 全身から血の気が引き、とにかく避けようと咄嗟に両足で「ダンッ!」と地面を強く蹴る。すると俺の体は一気に浮かび上がり、浮いた体の真下を横薙ぎの一撃が通過する。結果的にバック宙で後方に飛び退くかたちとなり、何とか無事に斬撃を避ける事に成功した。


 着地と同時に脱力し、ふうっと息を吐く。あ、危なかった……思い付きで行動するのはもうやめとこ……。


「き、貴様、軽業師みたいな真似をしおって! 真面目に戦え!」

「いやいや、こっちは大真面目ですよ? しかし思ったよりあなたもやりますねぇ。今の一撃も危うく当たるところでしたよ」

「嘘をつくな! 軽々と避けておったではないか!」

「いや、ある意味本当なんだけど……」


 う~ん、結構な力の差はもう示せてると思うんだけど、観衆の目があるからか引き下がる気は無さそうだな。そっちがその気なら、こっちも準備してた「アレ」をやらせてもらうとするか。


「よろしい! そこまで言うのならサービス期間は終わりにして、我が真の実力を少しお見せするとしよう!」


 高らかに宣言し、背負っている魔剣・畑のお肉を抜いてそのまま近くへポイッと放り投げる。すると魔剣は「ズドッ!」と意外に大きな音を立てて地面にザックリ豪快に突き刺さってしまった。あ、あれっ、こんなに重かったっけか?


「おい、貴様……真の実力を見せると言っておきながら武器を捨てるとは、挑発のつもりか? 言っておくがそんな小細工は通用せんぞ」

「えっ? いやその……あっそうそう! この剣は俺にとってピッコロさんのマント的なやつだから。小細工とかそういうんじゃ全然ないし? むしろ本気出してる的な?」

「ピッコサン……? 貴様、妙な事を言って混乱させるつもりか?」


 ふう、咄嗟に出たにしては中々ナイスな言い訳だったな。なんとなく気分で放り投げたら思ったより重くて動揺しちゃいました、じゃ格好がつかないし……あれ、でも良く考えてみれば別に言い訳の必要無かったか? ま、まぁいいや。


 ごほん、と咳払いしてから身をよじり、「え~、それでは皆様、右手の方をご覧ください」と後方の原っぱを指し示す。そこからやや斜め奥には皆が待機している丘があり、ちらりと目を向けると、丘の上から京四郎とライタがひょこっと顔を覗かせているのが見えた。


 よし、頼んだぞ京四郎、と心の中で念じてから何も無い原っぱの方に視線を戻し、右腕を高く掲げる。そして、指を「指パッチン」の形にし――。


「一見、何の変哲もない野原のように見えますが、こうして指を鳴らすとあら不思議――」


 パチンッ、と小さな音が辺りに響いた。


 瞬間、草原で大爆発が起こる。地面の中からめくれ上がるようにして土や草が高く舞い上がり、低く重い爆発音が体の芯をびしびしと揺さぶる。背後からヨーゼフたちの「何が起こった!?」「魔法、いや噴火!?」「ヒィィッ!」といった悲鳴が耳に届く。かなり混乱しているようだ。


 まるで空爆でも受けたかのような有様だが、もちろん爆弾を使ったわけではない。京四郎に派手に地面を吹き飛ばしてもらって爆発っぽくしただけだ。こっちの世界には爆弾はまだ無いらしいので、今の光景にはさぞ度肝を抜かれたことだろう。ナイスだぞ京四郎!


「さて、おわかりいただけただろうか? これが我が真の実力の一部……」


 と、振り向きかけたその時――「ドォンッ!!」と二度目の爆発音が一帯に鳴り響いた。ぎょっとして顔を戻すと、先程の爆発があった場所の近くで同じくらいの、いやもっと大きな規模の爆発が起こっていた。大気がビリビリと震え、背後のヨーゼフたちから再び大きな悲鳴が上がる。


 おかしいな、爆発は一回だけで良いって確かに伝えたんだけどな……間違えちゃったのかな? ま、まぁヨーゼフたちもかなりビビってるみたいだし、一回も二回も大して変わらないか。誤差だ誤差。


「さ、さてさて、十分おわかりいただけただろうか? これが我が……」


 今度こそ振り向こうとした、まさにその瞬間――「ドカアァンッ!!」と三度目になる大爆発が起こった。規模はより一層大きく、本当に火山が噴火したみたいな有様だ。衝撃が大地を震わせ、天高く噴き上がる砂埃の所々では火山雷まで迸っており……ってあの雷出してんの絶対ライタだろ! いらんって言ったのに! 明らかにやりすぎだからこれ!


「わっ、分かったっ! もう十分実力は分かったからやめてくれえっ!」

「は、ハッハッハ! 私の故郷には『二度ある事は三度ある』という言葉がありましてな! 今のはそれを実演して見せたというわけです! 三度と言えば明智光秀は本能寺の変の前におみくじで大吉が出るまで三度引き直したとか! それとそれと――」


 適当な話をして時間を稼ぎつつ、胸の前で両腕をクロスさせて×印を作り、ヨーゼフたちからは見えないように気を付けながら丘の方へ向かって必死に中止をアピールした。もうやめて! とっくに草原さんのライフはゼロよッ!


 少しすると丘の上からセツカがひょこっと顔を出し、腕を高く上げて〇印を作った。よ、良かった、ちゃんと伝わったみたいだな……いや待てよ、セツカの事だから「追撃準備完了!」って意味の可能性があるな……。


 やるなよ、絶対やるなよ、とドキドキしながら、ロボットのようにカクカクとぎこちなく振り向いていく。そして完全にヨーゼフたちの方へ向き直り、四度目の爆発は起こらなそうだと分かると、ようやくほうっと安堵の息が漏れた。全く、あのままだと用心棒どころか俺が討伐対象になるとこだったわ……。


「ふう……さて、ご要望通り真の実力を見せ……って、あれ? 先生は?」

「へ? あっ、ほんとだ! いないっ!?」

「何っ!? せ、先生ーッ!? おーいっ!!」


 いざ口を開こうとすると、さっきまでそこで立っていたはずの先生は忽然と姿を消してしまっていた。ヨーゼフやゴロツキたちが焦った様子で辺りを見回している。どうやら数回の爆発の内にトンズラしちゃったらしい。まぁ無理もないな。あんな爆発見せられたら誰だってそーするわ。俺もそーする。


「はっはっは、いやはやこの私にも気づかせないとは、あの先生も中々大した逃げっぷりですなぁ。あっそうか、逃げ足の達人だったというわけですな?」

「あ、あの口だけのろくでなしが! 高い金を払って雇ったというのに!」

「いやいや、この見事な逃げっぷりにはそれだけの価値があるでしょう……それでは頼みの先生もいなくなったところで、私を雇う決心はつきましたかな? あなたの噂の『趣味』を楽しむためにも、代わりとなる用心棒が必要でしょう?」

「な、何? い、一体何を言っておるのか……」

「そのようなごまかしは結構! 金さえきちっと頂けるのであれば、噂の真偽や善悪だのは私にはどうでも良い事です。それに『莱江山の悪鬼』が目覚めたという話をもうお聞きになっているのでは? いざという時、私の他に『悪鬼』に対処出来そうな人材に心当たりがありますかな?」


 ヨーゼフが「ぐむっ」と言葉を詰まらせる。莱江山はここからそう遠くないし、やっぱりライタの暴れっぷりはいくらか耳に入ってるみたいだ。


「わ、分かった……雇おう……」

「はいよろこんでー! では救い料として前金三十万マルセル、日当五千マルセル、成功報酬は百万マルセル頂戴します。あ、現金一括払いで」

「なっ! ふ、ふざけるな! いくら何でも高すぎるだろうが!」


 う~ん、少しふっかけすぎたかな? でも金目当てだと思われた方が好都合だし、このまま押し通すか。


「いやいや、あの『莱江山の悪鬼』ですよ? こっちも命懸けなんだから、このくらいは貰わないと割に合わないってもんです」

「だ、だが、確か例の『悪鬼』は自分の気に入った尻を持つ者をさらうだけなのだろう? それなら襲われると決まったわけではないし……」

「襲われないという保証も無いでしょう? ま、雇う気が無いというのならそれも結構。諦めて帰るか、襲われない事を神に祈るなり頑張って後任者を探すなりする事ですな。こんな僻地で人が見つかるのかは分かりませんが」


 言い終わると同時に体をくるっと反転させ、すたすたと立ち去るそぶりを見せると、ヨーゼフは「ま、待て! 雇う! 雇うから!」と慌てて俺を呼び止めた。


「だがその、もう少しだけ安くはならんのか? 百万というのは流石に……」

「ふむ、そうですなぁ……」


 ヨーゼフの方に向き直り、腕を組んで考えるような仕草をしてから「そうだ、こうしましょうか」と言葉を続けた。


「成功報酬も前金と同じく三十万マルセルにして、『悪鬼』が現われなかったり、退治出来なかった場合は成功報酬は無しということで構いません。その代わり、日当を一万マルセル頂きましょう。これならどうです?」

「う、む……成功報酬はそれで文句は無いが……日当は最終日に合計額を渡す形で良いというのであれば、一日当たり一万マルセル支払おう。前任のボケナスみたいに持ち逃げされてはこちらも困るのでな」

「ええ、構いませんよ。それでは契約成立ですな?」


 ヨーゼフは不機嫌そうに舌打ちしてから「ああ」とだけ答える。よしよし、上手くいったな。日当を高く設定しておけば、きっと金を節約しようと早めに「趣味」に出かけてくれることだろう。後は適当にダラダラしながらその時を待つだけだ。


「結構結構! 一応、念のために正式に書面にしてもらいましょうか! それと私が寝泊りするための離れを用意してもらっても良いですかな? 無ければ倉庫でも構わないので、私が呼ばない限り誰も近寄らないようにお願いしますね! あ、ご飯も自分でなんとかするから用意しなくて結構ですんで!」

「な、なんて図々しい野郎だ……」

「も、もう好きにしてくれ……」

「は~い、好きにします! それじゃ準備が整うまで敷地内を散歩しようかな~」


 疲れ果てた顔をしているヨーゼフたちを尻目に、俺は地面に突き刺さったままだった魔剣・畑のお肉を引き抜き、颯爽と敷地内の散歩に繰り出して行った。

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