第38話 第一回莱江山会議

 地面に直接腰を下ろし、眼前の畑に整然と出来上がったうねをぼんやりと眺めていると、背後から「いやはや、大したものですなぁ」と男性のしわがれた声が耳に届いた。座ったまま振り返ると、初老の男性が感心したような顔を畑の方へ向けていた。


「まさか、こんな短時間でもう作業を終えてしまうとは……」

「いやあ、これでも最初は固めすぎないよう加減するのにちょっと手間取ったんですよ。でも慣れた後はパパッと一気に進められました。ええっと……」

「ああ、これは申し遅れました、村長のパハリトと申します」


 右手が差し出され、俺も立ち上がってその手を握り返しながら「どうも、シンタロウ・マキノと言います」と自己紹介を返した。そうか、なんか見覚えがある気がするなと思ったら、さっき神父さんと並んで歩いてた人だ。


「若い衆から『伝説の悪雷が村に謝罪に来た』と聞いた時は一体何の冗談かと思いましたが、皆さんに仕事を手伝ってもらえて大助かりですよ。それに、雨まで降らせてもらって……」


 パハリトさんが顔を横に向ける。その視線の先に目を向けると、畑の一角にだけ小さな黒い雲がかかっており、その雲からざあっと雨が畑に降り注いでいた。下方には空に向かって手をかざしているライタと、その近くで唖然とした表情をして空を見上げている村人さんたちの姿が見える。一見すると奇妙な光景だが、俺はその様子に少しホッとした。ライタもちゃんと村の役に立っているようだ。


「お役に立てたようで良かったです。まだ何か他に困ってる事ってありますか?」

「他に困ってる事、ですか……あると言えば、あるんですが……」


 そこで言葉が止まり、パハリトさんは何かためらっているような顔で黙り込んでしまった。なんだろう、まだ完全には信用されていないのか、外部の人間には頼みにくいことなのかな。


 そのまま続く言葉を待っていると、パハリトさんはためらいがちな表情のまま、ぽつりぽつりと話し始めた。


「……この村からそう遠くないところに、ヨーゼフ・カントレックという貴族の別荘があるのですが、ご存知でしょうか?」

「すみません、ちょっと世情には疎いものでして……」

「いえ、知らないのも無理はありません。カントレック自体は大した家ではありませんからね」


 ほっ、良かった。折角打ち解けてきたとこなのに、知ってて当然の事を知らなくて不審に思われちゃったら元も子もないしな。


「ただ、この現当主のヨーゼフという男が食わせ者と悪名高い上に、中央の有力貴族であるゴールドウィン家と親しい間柄にあるというのが厄介なのです」


 パハリトさんは間を取るように一つ溜息をつき、言葉を続けた。


「私が言うのもなんですが……この辺りは結界の境目も近く、はっきり言って何も無い僻地です。こんな場所にわざわざ別荘を構え、大所帯で出向いて来る理由は何だと思いますか?」

「えっ、理由ですか? う~ん……都会の喧騒を離れてのんびりしたいとか?」

「そうなら良かったのですが……どうも噂によると、腕っぷしに自信のある荒くれ者を大勢引き連れて結界の外に出向き、魔物を捕まえているそうなのです」

「魔物を捕まえてる? 退治、じゃなくてですか?」


 なんでわざわざ手間のかかる事を……あっ、そういや前にダンジョンに潜った時にセツカが「王国の人間が研究目的で魔物を捕まえる」とか言ってた気がするな。


「ひょっとして研究目的で捕まえてるとかですか?」

「いや、そうじゃないみたいなんです。あくまで噂ではあるんですが、密かに結界外の地下に施設を造り、そこで捕らえた魔物同士を戦わせて楽しんでいるんだとか」

「ははあ、なるほど……」


 ローマの剣闘士みたいなもんかな。でも、それが困りごとっていうのはどういうことなんだろう。人権ならぬ魔物の権利が侵害されてる的な感じなのか?


「困ってる事っていうのは、その秘密の施設の事なんですか?」

「ええ、そうなんです。結界術で人間世界の生活圏が確保されて以降、襲ってくる魔物以外には必要以上に害を加えないよう王家が固く禁じているでしょう? 過剰な軋轢を生むと結界外に出た時に面倒な事になりますからね。なのに、近くでそんな事をやっているとなると……」

「周辺の魔物の恨みを買ってしまい面倒な事になる、と」

「その通りです。勿論、本来なら都市なり中央なりに訴え出るべきなのは分かっているんですが、確たる証拠も無い状況でして……」


 パハリトさんはそこで言葉を止め、深いため息と共にうつむいてしまった。ふむ、何か怪しい事をやってそうだけど証拠も無いし、相手が強いコネもある貴族だから迂闊な事を言えないって感じか。これは確かにこの村の人たちだけじゃ手に負えなさそうな問題だ。


 でも逆に考えれば、この厄介事を解決すればライタの評判もグッと上がるし、村の人々も安心出来るし、で良いこと尽くめとも言える。とりあえず調べるだけ調べてみても良いかもな。何も無かったなら無かったで結構な事だし。


「事情は良く分かりました。ちょっと俺たちの方で詳しく調べてみたいと思います。そのヨーゼフ・カントレックって人物についてもっと詳しく教えていただけますか?」

「おおっ、本当ですか! 喜んでお教えしますよ! では、立ち話もなんですから私の家へ行きましょうか」


 明るい表情に戻ったパハリトさんに「どうぞ、こちらです」と案内され、俺は村の中へと戻って行った。




 村の手伝いを一通り終えた俺たちはいったん莱江山の麓の村へと戻り、ハトちゃんの家の座敷で輪になって座り込んで作戦会議を開いていた。


「う~ん、それは確実に悪い事をしてるね……よし、善は急げだよ! ちょうどそいつ別荘に居るんでしょ? 今から軽く一発殴り込みに行こっ!」

「おお、なら先鋒はおれに任せてくれっ! 別荘ごと木っ端微塵にしてやるぞ!」

「おい、さっき俺がちゃんと『証拠が無い』って言ったよな? お前らが殴り込んだらガチで大惨事大戦に発展しかねんからやめろ! 絶対にやるなよ! フリじゃないからな、いいな!」


 血気盛んすぎるセツカとライタに強い口調で釘を刺したが、二人とも「ええええーっ!?」と声をそろえて不満をあらわにし、全然納得がいっていない様子だ。村長さんに教わった情報を懇切丁寧に伝えたつもりだったんだけど、俺の努力も虚しく、こいつらはどうやら全く理解してくれていないらしい。頭痛い……。


「証拠が無いなら見つけ出せば良いんだよっ! 大丈夫、私のこの鉄拳を目の前に突き付ければすぐに自分から喜んで証拠を差し出すに決まってるよ!」

「それ脅迫だろうが! コネがある貴族相手にそんな真似出来るかアホ!」

「じゃ、おれの雷でそのヨーゼフが証拠を出すまで痺れさせ続けて――」

「それは拷問! 脅迫よりたちが悪いからな!」

「野蛮人たちの妄言はともかく、そのヨーゼフ・カントレックとかいう奴はどう考えても怪しいわね。この超神聖探偵王マリー様の鋭い勘が『こいつはくせぇーッ!』ってビンビン訴えてきてるわよ!」

「私もそいつは怪しいと思います。ならず者まがいをわざわざ連れてくる理由も『魔物を捕まえるため』以外に思いつきませんし……護衛が目的なら、正規の兵だけで事足りるでしょうからね」


 セツカやライタみたいに過激な意見では無いが、マリーとハトちゃんもヨーゼフとやらがクサいとは感じるらしい。いや、実際のところ俺も同意見ではある。ヨーゼフは限りなく黒に近い思う、が……証拠が無い以上は万に一つ無罪ってことも有り得るわけで……。


「そだ、その貴族って魔物を狙ってるんでしょ? じゃ、マリーを囮にしてさ、捕まえて連れて帰ったところを一網打尽にするなんてどう?」

「はあ? なんでこのあたしがわざわざ囮なんて面倒な事やらなきゃいけないわけ? それにあたしの神々しさを目の当たりにしようもんなら、即座にその場に全員ひれ伏してあたしを恐れ敬うことに夢中になっちゃって捕まえるどころじゃなくなっちゃうでしょ?」

「そうだぞ、こんな醜悪で矮小な魔物を見つけようもんなら、その場で激しい怒りと嫌悪にまかせて消し飛ばすに決まってるからな。囮なんて高度な役割がこいつに務まるわけがないででででっ! おい、事あるごとに俺の髪の毛を引っ張るのはやめろ! そんなにまた天の裁きを喰らいたいのか!?」


 またも俺の頭部に取り付いて嫌がらせをしてくるマリーを引き剥がしていると、セツカが他の面子の方を見ながら「それじゃ、他の人に囮になってもらう?」と会話を続けた。


「ハトちゃんはどう? いかにも魔物~って見た目だし」

「囮役をやること自体には特に抵抗は無いのですが、恥ずかしながら私は戦闘力が皆無なものでして……そこがちょっと不安ですね……」

「おれがその『オトリ』っていうのやってもいいぞ! なんか面白そうだしなっ」

「い、いや、ライタは俺たちの最終兵器だから、囮はちょっと無理かな~……」

「さいしゅうへーき? 良く分かんないけどかっこ良さげだな!」


 咄嗟に出た適当な言い訳だったが、ライタは言葉の響きが気に入ったらしく満足気な様子だった。ふう、危ない危ない。ライタが囮役とか、ヨーゼフが別荘ごと消し炭になる未来しか見えんわ。てか考えてみれば、このメンバーの中に囮役が出来そうなの一人もいないじゃん……。


 しかし囮作戦が駄目となると、ヨーゼフの別荘を監視して相手が尻尾を出すのを待つくらいしか選択肢が無くなってくると思う、けど……こいつらに監視や待機って絶対に無理だな。「証拠が無いなら作れば良いじゃない!」「ヒャア我慢できねぇ有罪だ!」だの言い出しかねん。スターリンってレベルじゃねーぞ。


「ふう……やれやれ仕方がない、俺がやるしかないか……」


 ため息交じりにひとりごちるように呟くと、セツカとマリーがそれぞれ「へ?」「はあ?」と怪訝そうな顔をして言葉を漏らした。


「『俺がやる』って、シンタローが囮役やるの? でもシンタローは魔物じゃないでしょ? とうとう自分が人間って事も忘れちゃったの?」

「前々からあんたのヨウカンに対する執着は異常だと思ってたけど、やっぱり魔物だったのね! ついに正体を現したってわけだわ!」

「誰が魔物じゃ! お前らは俺をなんだと思ってんだ!? 魔物として囮になるんじゃなくて『荒くれ者』枠でヨーゼフの別荘に入り込んで潜入捜査するんだよ!」


 その場の一同が「潜入捜査?」と不思議そうな声を上げる。


「ああ、上手いこと潜り込めれば、ヨーゼフがいつどこに出かけるのかを細かく把握出来るだろうからな。空を飛べるマリーに連絡係にでもなってもらって、奴が結界外の施設に出掛けた所を押さえれば良いってわけだ」

「なるほど、それなら囮を使うよりも安全で良さそうですね」

「でもあんたが荒くれ者って無理があるんじゃない? 変質者ってんならそのままでも十二分に通用しそうだけどね」

「よしマリー表に出ろ。派手に燃やしてから即座に氷漬けにして、更にそこに雷落として粉々に砕いてやるから」

「でも確かに、今のシンタローには荒くれ者の雰囲気が足りないよね……そうだ良い事思いついたっ! 私がシンタローの顔をこれでもかと思いっ切り殴りつけてボコボコに腫れあがらせれば、あっという間に荒くれ者の出来上がりだよ!」

「それ荒くれ者に襲われた側だろうが! 普通に覆面でもして変装するわ!」

「え~、でもただ覆面しただけじゃ全然荒くれ者っぽくないよ? どうせやるなら本格的にやった方が良くない?」

「あっ、変装するならうってつけのものがあるぞっ! なぁ長老、確か蔵にでっかい武器とか鎧兜とか色々と置いてあったよな?」

「ああ、なるほど宝物庫ですか。確かに、あそこにある物を使えば荒くれ者っぽい格好が出来るかもしれませんね」


 ハトちゃんの言葉を聞いたライタは「だろだろっ!」と嬉しそうに何度か頷いた。何のことなのか分からず「宝物庫って何ですか?」とハトちゃんに問いかけると、ハトちゃんは俺の方に向き直って説明を始めた。


「すぐそこに蔵があるのですが、その中には、かつてライタ様やその他の方々があちこちの貴族の屋敷などから奪い取ってきた宝が収めてあるのです。立派な武具や防具なんかも保管してありますので、それらを身に着ければ武芸者らしい格好が出来るのではないかと」

「ああ、例の『殴り込み』の……う~ん……」


 単に覆面するだけよりは良さそうだけど……度胸比べで殴り込んで無理矢理奪ってきた物を小道具代わりに使うってのは、なんか気分的にちょっとなぁ。


「へぇ~、貴族のお宝かぁ。面白そうなの置いてそうだねっ。早く見に行こ!」

「ねぇねぇ、あたしに似合いそうな豪奢な王冠や衣服とかは置いて無いの? この村に来てからな~んかずっと胸騒ぎがすると思ってたんだけど、宝具が『早く自分を身に着けて下さい妖精大王マリー様~!』ってあたしの事を呼んでたからなのね! 納得がいったわ!」


 尻込みしている俺とは対照的に、セツカとマリーは目の色を変えて「お宝お宝!」とやかましく騒ぎ立て始めた。神経の図太い二人の様子を見て、はぁ、と小さくため息が漏れる。


「お前らは相変わらずくっそノンキな思考回路でちょっと羨ましいわ……」

「はあ? むしろなんであんたはそんなに陰気臭いわけ? ほら、あんたの大事なキョウシロウもお宝を見たがってるみたいよ? ほっといていいの?」

「えっ、京四郎も?」


 マリーに言われて京四郎に目をやると、確かに少しそわそわとした様子で戸口の方をチラ見しており、宝物庫に興味があるようだった。いかんな、いくら心配事が多いとはいえ京四郎の事をないがしろにしてしまっていたとは……しかもマリーなんかに指摘されるなんて、一生の不覚だぞ……! しっかりしろ俺!


 俺は自分への戒めの意味も込めて、両手で自身の顔を「バシッ!」と強めに叩いた。両頬にジンジンとした痛みを感じたままガバッと立ち上がり、すかさず京四郎のそばへと近寄って小さな体を抱き上げ、そのまま肩車の形へと移行する。よし、準備万端だ!


「おいお前ら何をちんたらしてるんだ? お前ら如きが京四郎を待たせられるような身分だと思ってんのか? さっさと立ち上がれ! 早くお宝見に行くぞ!」

「ちょっと急に何さ! さっきまで一番渋ってたのシンタローじゃん!」

「あんた、相変わらずキョウシロウが絡むと手のひら返しの達人になるわね……」


 謎のいちゃもんをつけてくる二人の事は無視しつつ、ハトちゃんに「あ、宝物庫に案内してもらえますか?」と声をかけると、ハトちゃんも「わ、分かりました……」と腰を上げた。


「それでは蔵の方へとご案内します。皆さんこちらへどうぞ」


 ハトちゃんの後ろに京四郎を肩車した俺が続き、更にその後ろに「おったっからっ! おったっからっ!」と謎の掛け声をあげるセツカ、マリー、ライタの三人を引き連れ、俺たちは宝物庫へと向かった。

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