第37話 村人の帰還
村の人々にライタのイメージアップ戦略を説明すると、思っていたよりもすんなりと賛同してくれた。村の生い立ちが生い立ちだけに、人さらいをやめるのには抵抗があるかなとも予想していたが、どうやらライタの「ムツメと仲直りしたい」という意向が最優先らしい。畏れ敬われてる存在がいると意思決定が早くていいね。
板敷の座敷で一人座っていた、森からさらわれてきた男性――オフュルスさんにも事情を伝えると、家に帰れると分かって安心したのか目からぼろぼろと涙を流し、俺の手を取って「有難う有難う」と何度も繰り返していた。思わず俺も涙腺が緩みそうになる。尻が、じゃなかった、胸が熱くなるな……。
「森で莱江山の悪鬼にさらわれた時は、もうどうなる事かと……一人でずっとここにいて心細かったんですが、まさか家に帰る事が出来るなんて……」
「あ、この村の人たちには『悪鬼』だのって言葉は聞こえないようにした方が良いですよ。それこそ神様みたいに敬われてるみたいですからね」
「そ、そうですか、忠告有難うございます……さすが良い形の尻をしているだけあって、細かい所への気配りも素晴らしいお方だ……!」
あれっ、もうこの村に毒されてませんか!?
俺の尻の方に視線を向けて感じ入ったように頷いているオフュルスさんに、俺は顔を引きつらせつつ「そ、そりゃどうも……」とぎこちなく返事をした。何なのこの村、変態尻魔人になっちゃう莱江山症候群的な風土病でもあるの? 俺もいずれ変態尻魔人になっちゃうの?
動揺のあまり俺の背中に冷や汗が流れるが、なんとか平静を保って会話を続けた。
「え、ええと……そういうわけでオフュルスさんの村へ案内してもらいたいのと、ライタに謝罪の意思があるっていう事を仲介役として伝えて欲しいんです。人さらいが村に乗り込んできたぞ、なんて騒ぎになっちゃったら和解どころじゃなくなっちゃいますしね」
「なるほど、そういう事ですか。確かに村の皆も動揺してるでしょうからね。今後はこういう事が無くなるというのなら、喜んで協力させていただきますよ!」
オフュルスさんは笑顔で快諾してくれ、俺は「おお、良かった」と安堵の息を漏らした。一方的にさらわれて酷い目にあったわけだし、拒否されたらどうしようって心配してたけどこの分ならどうやら大丈夫そうだな。
「それじゃ、ライタ達にも伝えてきますね。ここでまた待機しててもらえますか」
「ええ、分かりました」
オフュルスさんが頷くのを見てから、俺は和解の準備に取り掛かるためにその場を後にした。
「あ、見えてきましたよ。あそこが私の村です」
一足先に森を抜けたオフュルスさんが指差した先を見ると、周囲を畑に囲まれた形の村落が目に飛び込んできた。他の家屋よりも高く突き出している尖塔は村の教会だろうか。ちらほらと人の姿も見えるな。外敵に備えてるような様子は特に無さそうだ。
遠目に村の様子を観察し終えると、俺は後続のライタたちの方へ振り返って口を開いた。
「それじゃ予定通り、まずは俺と京四郎とオフュルスさんで向こうの村の人と接触してくるわ。大丈夫そうなら手振りで合図するからな、ちゃんと見ておいてくれよ。んじゃセツカ、そのゲツレントウこっちにくれるか」
そう声をかけると、セツカは「ほいっ」と布にくるんだゲツレントウを俺へ手渡しした。和解の段取りを話し合った結果、さらった張本人のライタがいきなり行くのはまずいだろうとの事で、まずは先遣隊として俺を含める三人だけで挨拶に行くことになったのだった。このゲツレントウは手土産だ。
京四郎もチョイスしたのは子供がいると警戒心が薄れるんじゃないかと期待しての事だ。セツカとマリーは展開が読めなくなるのでパス。ハトちゃんも途中まで付いて来ていたのだが、結界を突破出来なかったので森の手前で置き去りにしてきた。一人だけ取り残されてちょっと悲し気だったな……そのうち羊羹を分けてあげるとしよう。
「うしっ、それじゃちょっくら行ってくるわ」
居残り組に軽く手を振って別れを告げ、京四郎を肩車しながらオフュルスさんを先頭にして村の方へと歩いて行った。だいぶ村まで近づくと、通りを歩いていた村人の一人が顔をこちらに向けて「ん!? まさかオフュルスか!?」と驚きの声を上げる。
「ああ、そうだ俺だ! 無事戻って来れたぞ!」
「そ、そうか、戻って来ちゃったのか……」
喜色満面で駆け寄って行くオフュルスさんに対し、その村人さんは何やら気まずい表情を浮かべていた。あれ、なんかあんまり嬉しく無さそうだぞ? 感動の再会シーンなのになぁ。
不思議に思っていると、他の村人たちも騒ぎに気づいたのか「おい、お前オフュルスか!?」「まさか!」と続々とこちらへ群がって来ていた。
「あーあ、生きて戻って来るとはな……」
「だから俺はもうちょっと様子見ようって言ったのに……」
「おいお前らなんだよその反応は! 俺が戻って来て嬉しくないのか!?」
「いやな、莱江山の悪鬼にさらわれたからにはもう生きて帰ってこないもんだと思ってたから、お前の家財道具とかを皆で分配しちゃってなぁ……戻すのが面倒だな……」
「は? 分配した? 俺の家財道具を?」
「ああ……お前の家は今、共同の物置になってるよ。お前の畑の新しい担当者も決めたとこだったんだけどなぁ……まさか戻って来るなんて……」
村人さんたちから次々と飛び出す非情な言葉に、オフュルスさんは言葉を失い、突っ立ったまま魚みたいに口をパクパクとさせていた。うわぁ、異世界の村、シビアだなぁ……。
少し離れた場所から何とも言えない気持ちで様子を眺めていると、ふいにオフュルスさんが体をこちらに向け、フラフラとした足取りで俺のいる方へと戻って来た。なんか遠い目してるぞ。焦点も合ってないし。
「……私、やっぱりあの村でライタ様を崇め奉りながら暮らすことにします。ちょうど近くにおられることだし、この村を攻め滅ぼしてもらおうかな……」
「ちょッ! 自暴自棄になっちゃ駄目ですよ!? 衝撃だったのは分かりますけどその選択肢は色々と駄目ですから!!」
生気のない顔でとんでもない事を口走るオフュルスさんの肩をガクガクと揺さぶっていると、他の村人さんたちもこっちに近づいて来て「おや、あなた方は?」と尋ねてきた。
「あっ、ええっと……自分はその、謝罪と和解のための使者としてオフュルスさんと一緒に莱江山の方からやって来たんです」
「謝罪と和解……ですか?」
「はい、そうなんです。実は、オフュルスさんをさらった張本人がその事を深く後悔しておりまして……この村の皆さんに直接謝罪したいとすぐそこまで来ているんです。あ、これはほんの手土産です」
布で包んだゲツレントウを「どうぞ」と差し出すと、村人さんたちは受け取ってはくれたものの、怪訝な表情で顔を見合わせていた。間を取り持ってもらおうと放心状態のオフュルスさんを肘で必死に小突くと、オフュルスさんはようやくハッとした顔になり、正気に戻ったようだった。
「そ、そうそう、俺が村に戻って来れたのもこちらのマキノさんが説得してくれたからなんだ! もう人さらいはやらないっていう約束まで取り付けたんだよ!」
「約束って言ってもなぁ、守ってくれる保証なんてないわけだし……」
「俺たちを油断させる罠かもしれんしなぁ……」
「おい、罠なわけがないだろう! わざわざ回りくどい事をせずとも、ライタ様がその気になったらお前ら雑魚なんてこの村ごと一瞬で消し飛ぶんだからな! あんまり調子に乗るんじゃないぞ!」
オフュルスさんはぐわっと目を見開いて荒々しい口調で言い放った。その通りだとは思うけど、ライタを様付けとか仲間を雑魚呼ばわりとか、まだ気持ちが引きずられちゃってますよ? 死人扱いがよっぽどショックだったんだろうな……。
少々過激な発言内容に内心ヒヤッとしたが、熱の入った力強い言葉の甲斐もあってか、村人さんたちは「まぁ、そりゃ確かにな」と納得してくれた様子だった。
「じゃあちょっと村長とかにも確認してきますわ。ここで待っといてください」
「あ、分かりました。よろしくお願いします」
その村人さんは俺の返事を聞くと村の奥へと走って行った。その場に残された人々が思い思いに口を開き始める。
「いやしかし、本当に和解してくれるというんなら助かるなぁ」
「森から帰って来た奴らに『莱江山の
「街に使いも出したけど、どうせまともに取り合ってくれないだろうしな。なんせ王家ですら手を焼いてんだから」
「あの、すみません、『街に使い』っていうのは……?」
不穏な言葉が聞こえ、思わず会話に割り込んでいく。大事にならないように謝罪に出向いて来たってのに、まさかもう手遅れだったのか?
「ああ、このままじゃ生活もままならなくなりそうってんで、駄目元で近くの都市へ『どうにかしてくれ』って使者を出したんですよ」
「運が良ければ派遣官が王都に取り次いでくれる可能性もあるしな」
「街へ行ったのはクラントンだったか? 和解出来るんなら呼び戻さんとな」
「前回の莱江山討伐なんて俺が生まれる前の事だしなぁ。王都の連中ですらビビッてんのに街の連中がどうにか出来るわけないわな」
村人さんたちの会話から察するに、どうやらすぐさま討伐隊が差し向けられるような事態にはならないようだ。早めに出向いてきて正解だったかもしれないな。ここだけじゃなく近隣の村々にも被害が出てたなら流石に対応を取るかもしれんし。
ほっと胸を撫で下ろしていると、先ほど村の奥へ走って行った村人さんがこっちに戻って来ているのが目に入った。その更に背後には二人の男性の姿も見える。一人は格好からして神父さんらしい。
「どうもお待たせしました。村長と司祭にも確認したんですけど、村へ入れても構わないとの事ですわ」
「おお、それは良かった! それじゃ、早速こっちに呼びますね」
森の方へ向き直って何度か大きく手を振ると、待ってましたとばかりに茂みからライタがぴょんっと姿を現した。続けてセツカとマリーも姿を見せ、一緒になってこちらへ駆け寄って来る。
ライタはあっという間に俺たちのいる場所まで辿り着くと、無邪気な顔で「話し合い終わったかっ?」と尋ねてきた。その様子を見た周りの村人さんたちが「おおっ」「あ、悪雷だ……」と小さく声を上げる。流石にまだ不安げな声色だ。さて、ここからが重要だぞ。
「村の皆さんが謝罪を受け入れてくれるってさ。ほら、挨拶だ」
「まかせろ! ええっと……このたびは村のみなさまにゴメーワクをおかけしたこと誠に遺憾のキワミであり、ゲンシュクに受け止め、反省すべき点は反省し、各方面とじょーほーを共有しつつ再発ぼうしの……あれ、続き何だっけ?」
「おい絶対にセツカだろ勝手に教えたの! 無駄にややこしい言葉教えてんじゃねえぞコラ!」
慌ててセツカの方へ向き直って怒号を放つと、セツカは残念そうな顔で「あちゃ~、あと少しなのに……」と呟いていた。こいつ、ちょっと目を離すとすぐに余計な事をしやがって……。
「全く……ほら、普通に『ごめんなさい』すればいいから」
「そうかっ! ごめんなさいッ!!」
改めて謝罪を促すと、ライタはニコニコと邪気のない笑顔を浮かべながら元気良く声を張り上げた。全く謝っているようには見えないが、まぁこれでも頑張った方だろう。さっきよりはだいぶマシだしな。
先ほどの長ったらしい言い回しの時は唖然としていた村人さんたちも、「本当に謝ったぞ」「ははあ」「不思議な事もあるもんだ」ときょとんとした様子で顔を見合わせていた。よし、話を切り出すならここだな。
「皆さん、何か困ってる事とかありませんか? 今後の友好の証として俺たちで村の仕事の手伝いとかやらせてもらいますよ。俺は四属性の魔法が使えますし、力仕事とかでも平気です。あと、この妖精のマリーが植物の成長を促進させられる妖精汁ってのを出せるんで、村中の樽を集めて貯蔵するのが個人的にオススメですよ!」
「は? 何それ聞いてないんだけどその話?」
「そりゃ言ってないからな。お前の事だ、事前に話してたら逃げるに決まって――おおっと、案の定だ。今更逃がさんからな? 大人しくお縄につけよ?」
俺はどこかへ飛んで逃げようとしたマリーを素早く鷲掴みにして、肩の上の京四郎に「ゴーレム作ってマリーを抑え込んでおいてくれるか?」と声をかけた。頭の後ろで京四郎が頷く気配がすると、たちまち近くの地面が隆起してカンタさんのゴーレムが出来上がる。
手の中でジタバタ暴れながら「離せこのドグサレがァ――ッ!!」と醜く叫んで抵抗するマリーをカンタさんに手渡ししていると、村人の一人が「それじゃあ……」とおずおずと申し出てきた。
「水魔法も使えるんですよね? このところ雨が少なくて水魔法の使い手を雇おうかと思ってたとこなんで、畑に水をやってもらえると助かるんですが……」
「おお、雨ならおれに任せてくれっ! 雨雲を操れるからいくらでも降らせられるぞ! そうだ、いっそのこと湖でも作るか?」
ライタが興奮気味に名乗りを上げると、村人さんはビクッと体を小さく震わせ、「ほ、ほどほどでお願いします……」と小声で返事をした。う~ん、まだ壁を感じるけど、あせっても仕方がないか。一歩ずつコツコツと、だ。
「あ、土魔法で畑を耕してもらうとかでも良いんかね?」
「いや土魔法でやってもらうなら道の整備の方が良くねえか?」
「木材を運んで欲しいかも……」
一人が申し出たことで気が楽になったのか、周りの村人たちも続々と要望を口にし始めていた。うん、どのお願いにも対応出来そうだな。
「あ、俺が肩車してるこの京四郎も土魔法がかなり使えるんで、畑でも道路でも何でも大丈夫ですよ。荷物の運搬やらはそっちのセツカが担当ってことで」
「任せて! 大木でも大岩でも運べるよっ!」
「あ、じゃあ岩をどけてもらおうかな。お願いできますか」
セツカは「ほいほーい」と軽い口調で答え、その村人さんと一緒に場を離れていった。それを見届けてから俺も「それじゃ、こっちも取り掛かりましょうか」と周りの村人さんたちへ声をかける。
「では道の整備をお願いしてもいいですか?」
「ええ、構いませんよ。よし、じゃあ京四郎、この村人さんについて行って道の整備をやってくれるか? マリーの監視もしっかりとな、頼んだぞ!」
京四郎を肩から下ろして語りかけると、京四郎はこくんと頷き、村人さんの後についてトコトコと歩いて行った。マリーを左手でガチッと握り込んだカンタさんもそれに続く。なんかどこかから「離せって言ってんのよォ――ッ!!」って謎の耳障りな声が聞こえてくるけど、まぁ放っときゃそのうち静かになるだろ。
「道の整備の方は京四郎が完璧にやってくれると思うんで、俺は畑を担当させてもらおうかな。畑がある場所まで案内してもらえますか?」
「おお、よろしくお願いします。こちらへどうぞ」
仕事を振り分け終えた俺は、村人さんと連れ立って畑へ向かったのだった。
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