第33話 ビフォア・サンライズ

 それから後はもう、大騒ぎだった。司会者がサラの右腕を手に取って高く掲げたのをきっかけにして歓声は更に大きさを増し、周囲の人々が次々と柵を越えて堰を切ったようにして舞台に乗り込んで行った。舞台の上はさながらおしくらまんじゅうの様になってしまっている。


 俺も早くサラに駆け寄って労いの言葉をかけたかったが、果たして眼前の人込みの中心にサラがいるのかさえ分からない有様だ。司会者の「押しゃないでくださああああいっ!」という悲鳴だけははっきりと聞こえてくるけども。ジェシカとか踏み潰されちゃってるんじゃないか?


 どうしたもんかな、と少し離れた場所から目の前のおしくらまんじゅうを眺めていると、ふと人々の足元辺りから銀色の塊のような物が抜け出てくるのが目に入った。見ると、髪と目の色が元に戻ったサラが身を屈めつつ、やれやれといった表情で人込みから脱出して来ていた。


「おっ、サラ! 上手く抜け出してきたな!」

「おう、牧野。全く、押し潰されるかと思ったわ……この様子じゃ怪我人続出で医療班も大忙しになるだろうな。オレも駆り出されるかも……」


 サラはため息を漏らしながら、「あ~、面倒くせぇ」と肩を落としていた。そんな様子のサラに「でもま、大勝利じゃん」と右手で握りこぶしを作って向けると、サラも右手でこぶしを作って「ん、まぁな」とゴツンとこぶしを合わせてくれた。


「しかしまさか締めが『神降り』とはのぉ。長い事生きておるが、神降りの現場に立ち会えるなんぞ滅多に無いから中々面白かったぞ」


 うんうんと納得したように頷いているムツメを見て、俺も「あっ、そうそう、神降りと言えば」とサラに話しかけ始めた。


「さっきの神降りの時ってサラの意識のままだったよな? エルカさんが髪の毛と目だけを赤くしてくれたのか?」

「おう、どうも気後れしてるオレに気を利かせてくれたみたいでな。ついつい気が高ぶって、人目も忘れて暴れちまったわ。でもオレのせいで観客がエルカ・リリカ様に『乱暴』とか『粗暴』って印象を持っちゃわないか、ちょっと心配だな……」

「いやいや、その心配はいらないって! そもそもな、この世界の人はエルカさんに幻想を持ちすぎなんだよ! 確かに今回は珍しく粋な計らいをしてくれたけどな、エルカさんって実際はすんごい凶暴なんだぜ? こっちの世界に来る前にやらされた応援地獄の時のエルカさんと来たら、宇宙の帝王も真っ青の悪逆無道っぷりだったからな! 嘘じゃないぞ!」

「お、おい牧野、もうその辺で……」

「いいや言わせてくれ! 俺がこう言っても人々は『軍神クルスナス様の教育でちょっと乱暴になっただけじゃないの?』って言うかもしれないけどな、教育で乱暴になっただと? 違うねッ! エルカさんは生まれついての乱暴者だッ!」

「牧野さん」

「そもそも俺を着の身着のままで草原に放り出すなんてのが信じられないよ! あれが果たして神様のやる事かね!? あの落ち着きの無さを両親に『どうにかしたほうが良い』って言われるのも当然だわな! 俺が一人でどんだけ寂しい思いをして毎夜毎晩涙で枕を濡らしていたことか……って、あれ? 今の声、なんか聞き覚えが……? あれれ? サラ、また髪の毛と目が赤くなっちゃってるぞ?」


 赤く染まり、作り物のように端正で冷酷な笑顔を浮かべるサラを不思議に思いながら見つめていると、ふと何やら首元に違和感を覚えた。目を落とすと、赤黒い靄のような物がサラの方から俺の首へと伸びてぐるりと巻き付いており――


「全部、聞こえてますからね」


 ぎゅっ、と強く俺の首を絞めてから、消えた。


 俺は恐怖の余り「ヒッ、ヒヒィィイイ――――――ッ!!」と馬の嘶きのような悲鳴を上げながらその場に派手にすっ転んだ。全身から血の気が引き、寒気で身体はぶるぶると震え、体中の汗腺から冷や汗が流れ始める。視界がぐにゃあ~と歪む。ゆ、夢だろこれ……夢に決まってる……!


 倒れ込んだままガタガタ震えていると、サラの髪と目の色が瞬く間に戻っていき、サラは実に気まずそうな顔で俺を見下ろしていた。


「だ、だから言ったのに……」

「おお、もしや今のがエルカ・リリカの声か!? いやぁ神の声を聞けるとは実に珍しい! こりゃ得をしたのう! おいシンタロウよ、もう一回エルカ・リリカを怒らせてこの場に降臨させてくれ!」

「オイふざけんじゃねえぞ! 俺を存在ごと無かった事にする気か!?」

「でも人気のある女神のくせに意外と平凡な声してたわねぇ。ねぇサラ、今度エルカ・リリカが降臨しそうな時は前もって教えて頂戴な。その時はあたしがエルカ・リリカに発声の指南をつけてあげるわ!」

「発声だぁ? 虫なんだから羽音の間違いじゃねぇのか?」

「だれが虫じゃゴルァ! 寝てる時に妖精玉ぶち込むわよ!?」

「いやあ~、武道大会も無事勝利した上にエルカ・リリカ様が降臨するなんて、実にオメデタイよっ! こんなにオメデタイ日なんだから、私の失格負けもお茶目な冗談として恩赦してくれるよね!? ねー! サラっち!」

「うん、セッちゃんは後で『表懺悔』でお説教な」


 ニコッと笑みを浮かべて容赦の無い返事をするサラに、セツカは「そ、そんなぁ……」としょぼんと肩を落とした。おお、サラもセツカに言い返すようになったか。変態の化け物との戦いを経て一皮むけたのかな。


「戦いが終わったばかりだっていうのに、あなたたち元気ねぇ」


 後方から聞き覚えがある粘っこい声が聞こえ、「ん?」と振り返ると、いつの間にか二カッと笑みを浮かべたジェシカが俺のすぐ背後に立っていた。その横にはヴァレリさんも並んでいる。


「うおおっ! へっ、変態の化け物ッ! 生きていたのか!?」

「ちょっと! 変態でも化け物でもないしあれくらいで死なないわよ! むしろ、治癒魔法をかけてもらったおかげで肩こり腰痛もすっかり治って試合前より元気かもしれないわねん」


 ジェシカはそう言いつつ、アブドミナル・アンド・サイのようなポーズを取った。くっ、どさくさに紛れて雷でも落としてトドメを刺しておくべきだったか……変態世にはばかるとはこの事か。


「いやはや、まさかジェシカが負けてしまうとはなぁ。うちの奥の手だったんだが……エルカ・リリカ様まで降臨されるし……サラちゃんにはすっかりやられてしまったよ。ここまで見事に負けてしまったからには、もはや私に何も言う事はありません。残念ですが、今回はマキノ様の事はスパッと諦める事に致します」

「いやいや、見事な戦いぶりでしたよ。そのうちマイルストンにも寄らせてもらおうと思います。その時は街の案内をお願い出来ますか?」

「おお、勿論ですとも! おいフランク、今回は負けだがまだ勝負は終わってないからな! 次回に備えて首を洗って待ってろよ!」


 ヴァレリさんに突如吠えかかられたヴェルヌイユさんは、「やれやれ」と肩をすくめていた。と、横にいるムツメがうんうんとしたり顔で頷きながらジェシカの方へ向き直り、口を開いた。


「確かに見応えのある素晴らしい試合じゃったぞ。よくぞ戦い抜いた、褒美としてこやつの尻を愛でる権利をやろう!」

「おい、勝手に俺に尻の権利を売り飛ばすなと言っただろうが! 尻もろとも自爆するっていうのは嘘じゃねえからな!」

「おいおい、エルカ・リリカ様が授けた魔法の中にそんなのは……っと、なんかエルカ・リリカ様から伝言が……お、おい……牧野、自爆できるってよ」

「え!? 俺、自爆できちゃうの!?」

「何故言い出した本人が一番驚いておるんじゃ……」


 エルカさん、一体俺の体に何を仕込んだの!?


 自分の未知なる可能性に震えていると、ジェシカが俺の横を通ってサラの方へ近づき、ごつごつと骨張った右手をぐっと差し出した。


「久々に心から楽しめた、実に良い『愛志合』だったわよぉ。あなたの愛もばっちり感じ取れたし、何も言う事無しよん。また機会があれば、是非戦いましょうね」


 サラは差し出されたジェシカの手を見つめて少し固まっていたが、やがて「へっ」と小さな笑いを漏らし、


「まっ、気が向いたら、な」


 と、ジェシカの手をしっかりと握り返した。





「いや~、良い祭礼日和になったねっ! サラっちの出番が楽しみだよっ!」


 セツカの声に釣られて空を見上げると、ちょうど真上あたりに綿のような白い雲がふわりと浮かんでいた。同時に陽の光も目の中へと飛び込んでくる。本当に、良い天気になった。目線を下に戻すと舞台の周りを多くの人が取り囲んでおり、なんだか武道大会の時みたいだな、と思った。


 祭礼当日、見物に来た人々は本来なら儀式が行われているはずの教会ではなく、ここ競技場へと押し寄せていた。市長さんに「折角作ったのですし、エルカ・リリカ様も降り立った舞台なのですから使わないと勿体ないでしょう。教会よりも一度に多くの人が見物出来ますし」と強く勧められ、急遽、祭礼の儀式は競技場の舞台の上で行う事になったのだった。


 サラは最初は「恥ずかしい」と渋っていたが、市長さんが何度も何度も頼み込んだ結果、最終的には首を縦に振った。それからは武道大会の運営に関わった面々にも手伝ってもらい、祭壇やら飾り付けやらを超特急で舞台の上に作り上げ、なんとかかんとかこの日に間に合わせた。全員ブーブーと不満を垂れてたけど、市長さんが酒や食べ物を打ち上げで奮発すると言った途端に不満は一切無くなっていた。うん、食い物って強いね。


「ほら、あそこの天辺の飾りつけはあたしがやったのよ! 人間は空を飛べないから不便ってものよねぇ。あたしが美しくも逞しい翼を持ってこの世に生を受けたことに感謝しなさいよ!」

「ああ、道理でなんか天辺にだけ薄汚いゴミがついてるな~と思ったわ。おい、穀持ちの儀式が始まってないうちにその羽を活かしてあのゴミ取り除いてこいよ」


 俺の言葉を聞いて「何がゴミじゃゴルァ!」と飛び掛かって来たマリーを抑え込みつつ、舞台上の祭壇に目をやる。父神オルディグナス様への感謝を捧げるという一連の儀式が終わり、祭壇のそばには子供たちが上がって来て待機していた。穀物を受け取る役をやるのだという。市長さんにお願いして一人分子役を追加してもらい、京四郎もそこに加わっている。くっ、何でこの世界にはカメラやスマホが無いんだ……京四郎の晴れの舞台だというのに……! それが世界の選択か……!


 せめてその雄姿を一瞬も見逃す事無く目に焼き付けておこうと舞台をガン見していると、武道大会の反省から作った関係者用通路の方がにわかに騒がしくなってきた。目を向けるが、人込みで通路が隠れてしまっておりその様子は窺えない。だが、騒がしさの原因ははっきりと分かっている。次第にその騒めきが舞台へと近付いてくる。


「おっ、サラっちキタキタ! おーいサラっちーっ! あれっ、私の声聞こえてるー? おーい! 聞こえてたら手を振り返しふががっ!」

「ドアホ! もう本番なんだからお前に手を振り返したらまずいだろが!」


 儀式などお構いなしにサラに向かって声をかけまくっていたセツカを慌てて抑え、俺も関係者用通路の出口の方へ顔を向けた。目に飛び込んできたのは――初めてサラと出会った日にも見た、壮麗な白い衣装に身を包み、手には稲穂のようなものを持ってシスターさんを引き連れながら恭しく歩みを進めるサラの姿だ。光沢のある生地が歩くたびに揺れ、日光をきらきらと不規則に反射している。


 周りの観衆から「おお~っ」と感嘆の声が上がり、それと同じくして俺もほうっと息を漏らした。本物よりも……いや、こんなことを言ったらエルカさんにまた首を絞められそうだな……そうそう、本物に負けず劣らず、神々しい。本当に、そう思う。


 すると、赤と白の薄い生地で作られたヴェールの下の翡翠色の瞳がわずかに動き、サラの視線だけがこちらに向いた。まっ、まさかエルカさん、直接脳内に!? と、一瞬背筋がぞっとしたが、その瞳が赤く変わることはなく、サラはふっと口元を緩めて小さく笑っていた。よ、良かった、さっきセツカがぎゃんぎゃん騒いでたのに反応しただけかな……首元がゾワッてしたわ……。


 色んな意味でドキドキしながら、舞台の上を進んで行くサラを見つめていると、やがてサラは祭壇の近くまで辿り着いた。ヴェルヌイユさんを含む数人の神官役が祝詞のようなものを唱えて祭壇に一礼し、それからサラも祭壇に一礼する。そして、サラはそばに控えていた子供たちへ手に持った穀物を渡し始めた。順々に手渡しされていき、京四郎が穀物を手渡された所で、俺は身を前へ乗り出しながらぐわっと目を見開いた。さあ俺の網膜よ、京四郎の英姿を刻み込め!


 エルカさんが今度降臨した時には俺の記憶から写真を作る魔法でもオネダリしようかな~と思いつつ見つめていると、無事に京四郎への手渡しが終わり、そのまま京四郎の隣で滞空しているマリーにも手渡しされ……って、は? マリー? なんで?


 慌てて俺の周囲を見渡すと、先ほどまで近くでぶ~んと滞空していたはずのマリーの姿は忽然と消えていた。さ、さてはあいつ、俺がセツカに気を取られてる間に舞台に忍び込みやがったな……! しゃ、洒落になってねぇぞ……!


 戦々恐々としつつ急いで舞台に目を戻すと、穀物を手渡しするサラの手が不自然にガチッと止まっており、小刻みにプルプルと震えてしまっていた。ヴェールの下の顔は一応笑顔ではあるが、明らかに引きつっている。本番でマリーに浄化をぶちかますなんて事になれば大失態だぞ……!? サラ、耐えろ、耐えるんだ! お前はやれば出来る子のはずだ!


 祈るようにして舞台を凝視していると、固まっていたサラの手がプルプルしながらも動き始め、何とか平穏にマリーへ穀物が手渡しされた。サラは更に笑顔を引きつらせ、一方のマリーは物凄いドヤ顔で胸を張っている。あいつ後で感謝の天の裁き一万回だわ。


 思わぬハプニングはあったものの穀物の手渡しも無事に終了し、サラは残った穀物を祭壇へと静かに設置した。それから恭しく祭壇へと一礼すると、くるりと身を翻して来た道を戻っていく。その後ろ姿に、自然と周囲から拍手が沸き起こった。うんうん、無事に終わって良かったな、サラ。


 俺も拍手をする人々に加わり、サラの姿が見えなくなってもそのまましばらく手を叩き続けていた。



 翌日、祭壇の解体をしていた作業員が祭壇の天辺に黒焦げになった得体の知れない物体が付着しているのを発見し、首を捻っていたという――。





 感謝祭も無事に終わり、人で溢れかえっていた街の賑わいも落ち着きを見せてきた頃、俺たちはログハウスへと戻るために身支度を済ませ、日の出前のまだ薄暗い空の下、城壁外にまで見送りに来てくれたヴェルヌイユさんやサラと向かい合って立っていた。ちょっと早い時間だけど、余計な人目も無い内に出発したいしな。


「それじゃヴェルヌイユさん、随分と長い間お世話になりました。エルカさんの信じられない大失敗のせいで大層と迷惑をかけちゃって、あの人の眷属として本ッ当にお恥ずかしい限りですよ……怖いんで、あんまり大きな声じゃ言えませんけどね……」


 俺は傍らのサラ経由でエルカさんに聞こえないよう、小声でヴェルヌイユさんに語り掛けた。それを聞いたヴェルヌイユさんは小さく苦笑いを漏らす。


「いやいや、迷惑だなんてとんでもない。市長も『まだまだ滞在してくれても全然構わないのに』と心底残念がっていましたよ」

「いや~、市長もたまには良い事言うよなぁ。おい牧野、エルカ・リリカ様が用意してくれた物とはいえ、あんな寂しい草原のど真ん中の小屋に急いで戻らなくてもいいんじゃねぇのか? 何ならこの街に拠点を移すなんてどうだ? 市長に頼めば屋敷の一つくらい用意してくれんだろ」

「確かにそれも悪くないけど、ムツメがばら蒔いてきた植物の種とピーちゃんが今頃どうなってるか心配だからな……目を離してる隙に草原のど真ん中に巨大な森林が出来上がっててジャングルの王者ピーちゃんが誕生してる、なんて事態は勘弁だしな」


 提案してきたサラにそう返事をすると、サラは「へっ、ちょっと言ってみただけさ」と言ってぷいっと横を向いてしまった。そんな様子のサラに何か言葉をかけようとしていると、横からセツカが「大丈夫大丈夫!」と会話に割り込んできた。


「先生とサラっちも私に会えなくなるからってそんなに寂しがる必要は無いって! 私とシンタローの足ならエルンストともさくっと簡単に行き来できるし、どうせまたすぐに会えるよっ!」

「いや、俺としてはお前はここに残ってくれても全然構わないんだけど……むしろなんで付いてくる気満々なの? 嫌がらせなの? 実はお前は魔族の手先とかで、俺を心労で早死にさせるのが狙いなの?」

「でもシンタローって土地勘が全く無いでしょ? シンタローだけで草原の小屋まで戻れるの? 私がいないと迷子になっちゃうよ?」


 きょとんとした様子のセツカに言われて、確かにこの場所から見てあの草原がどの方角にあるのかすら分からない事に気が付いた。な、なんということだ……移動するためには狂犬セツカに頼らざるを得ないだと……!? こりゃ急いで土地勘を身につけなきゃ、またぽっくり死んでエルカさんの所に送られる羽目になっちまうぞ……も、もうあんな応援地獄は二度と御免だ……!


 トラウマを思い出してしまいガタガタと震え始めた俺に、サラが呆れ顔で「おいおい、やっぱ街に残った方が良いんじゃねえのか?」と言葉を漏らした。


「あ、ああ、ちょっとログハウスに戻ったら街に移住する事も真剣に考えてみるわ……よし、それじゃいつまでも二人を城壁外に立たせとくのも悪いし、そろそろ本当に出発するわ。京四郎もお別れの挨拶しような~。あ、マリーはちょうどいいからサラの本気の浄化で朝日が昇ると共に天に還るか? なかなか劇的で悪くない案だと思うんだけど。お前そういうの好きだろ?」

「おい何が劇的じゃふざけんな! 帰ったらピーちゃんにこっそり妖精汁を与え続けて逞しく鍛え上げ、程よく育ったところであんたを襲わせるわよ!?」

「おい、それはマジでやめろ! そんな事になる前にお前をピーちゃんに食わせてやろうか!?」

「ちょっと! そんな事したらピーちゃんがお腹壊しちゃうからやめてよー!」


 ぎゃあぎゃあと騒がしくなった俺たちを見たサラは「お、お前ら、最後まで本当に騒がしいな……」とため息交じりに言葉を漏らしていた。やがて騒ぎが落ち着くと、サラは何故か初めて会った時のように穏やかな笑みを浮かべ、静かな佇まいとなって口を開いた。


「それでは牧野さんに皆さん。短い間でしたが、とても賑やかで毎日が退屈しませんでした。またすぐに会える事を心待ちにしていますね」


 今更、「素」を隠して恭しく手を差し出してくるサラに少々戸惑いつつも、最後が天邪鬼ってのもサラらしいか、と俺も小さく笑みをこぼし、その手をぐっと握り返した。


「ああ、またな、サラ。それじゃ、ヴェルヌイユさんもお達者で!」


 俺はマリーを胸ポケットに差し込んでから京四郎を肩車し、背後のヴェルヌイユさんとサラへ向かって手を振りながらその場を離れていった。そして城壁からいくらか離れた所で、ふとある「アイディア」が頭に浮かび、周囲に人がいないかキョロキョロと確認してから肩の上の京四郎を一旦地面へと下ろした。それから少し遠くなったヴェルヌイユとサラの方へ向き直り、両手を振りながら「おおーいッ! ちょっと見ててくれーっ!」と思いっきり声を張り上げる。


「シンタローどしたの? なんかするつもり?」

「ああ、ちょっとな。よしっ、上手くいってくれよ~……ファイヤーボールッ!」


 白みがかって薄青さの増してきている空を目掛けて右手をバッと突き出し、それと同時に呪文を唱えると、突き出した右手から火の塊がぼうっと勢い良く空へと放たれ、ひゅううっと打ち上っていった。それから「弾けて飛び散れっ!」と手をぎゅっと握ってみると、狙い通りに空中の火の玉は「パンッ」と弾け飛び、火の粉がパラパラと音を立てて散っていった。疑似「花火」の成功だ。へへっ、綺麗な花火だぜ。


「おおっ、面白い事するねっ! 今みたいな火魔法の使い方は初めて見るよっ!」

「あらあら、いつもいつも魔力を無駄遣いしてるあんたにしては珍しく気の利いた使い方じゃない? ようやくあたしの美しさに触発されたのかしもがががっ!」

「おい、気が散るから服の中で大人しく黙ってろ。ほら、京四郎も良ぉ~く見ておくんだぞ? まだまだ続けるからな!」


 改めて空へと顔を向け、「だだだだだだだだだだッ!」と両手を素早く交互に突き出すと、次々と火の玉が打ち上っていった。そして、両手をぐっと握り締めるとそれらが一斉に弾け飛んで、舞い散る火の粉で周囲一帯がぱっと明るくなり、セツカとマリーが「おお~っ」と歓声を上げた。ちょっと張り切って打ち上げすぎたかなと思っていると、ふと何か視線を感じるような気がして、目線を下へと戻した。


 遠くで立っているサラと、視線が重なった。日の光を受け、サラの銀色の髪がきらきらと輝いている。太陽は先ほどよりも高い位置へ昇っており、辺りの景色もやんわりと照らし出されていた。サラの口が動く。普通ならこの距離では聞き取れるはずもないが、俺のエルカイヤーはしっかりと遠くのサラの声を拾い上げた。


 また、来いよな――。


 返事をしようとして、こちらの声は先ほどのように張り上げないと向こうへ届かない事に気づき、代わりに右手でこぶしを作ってサラの方へと右腕を突き出した。静かな風が吹いている。その風を受け、サラの髪が揺れる。サラの口がまた動いた。しかし、今回は口の動きだけで声は出していなかったのか、俺の耳には何も聞こえてはこなかった。それでも、口の動きから、声にはならなかったその言葉がはっきりと読み取れる。


 ばーか。


 すると、サラは唐突に俺の方に向かってべえっと大きく舌を出し、あっかんべ、の仕草を取った。そして舌を引っ込めると、口角を少し上げ――いたずらっぽく、笑った。




                                第二章 完

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