第31話 仁義なき戦い 武道大会死闘編

 降参した上に舞台から転げ落ちるという酷い負け方をしたジョニタは、がっくりと肩を落としながら自分の陣営へと引き上げていく。そんなジョニタに、付近の観客から「おめえは頑張ったよ」「ありゃ仕方ないさ」「元気出しな」と励ましの声が飛んだ。うんうん、敗者に対する優しい気遣い、実に心温まる光景だ。これでマリーが観衆のヘイトを集めてなければ言う事無しだったんだけど……いや、待てよ。そうか、そういうことか――。


「……俺は、とんだ思い違いをしていたのかもしれないな」

「思い違い……? おい牧野、どういうことだ?」

「いいか、物事には常に二つの側面があるもんだ。確かに、今現在はマリーの吐き気を催す醜悪さに対して会場中の憎しみが集中している。だが逆に考えるんだ。『マリーが憎しみを一手に引き受けてくれている』、と。そう考えれば、マリーのあの小汚い背中がまるで『憎しみは全て自分が持っていく』と語っているように見えない事もないだろ?」


 俺の言いたいことが伝わったのだろう、訝し気だったサラの表情が変化する。


「……このまま、マリーに汚く勝ち続けてもらうって事か?」

「ああ、その通り! 名付けて『汚いな流石マリー汚い』作戦だ! 無理に抑え込もうとするから反発しちゃうんだよ。いっそのこと、全て解放した上で最大限活用することを考えるんだ。要は勝てば良いんだからな!」

「おお、流石だな牧野! そうだよ、過程や方法なんざどうでもいいのさ!」

「おい、お主ら仮にも神の眷属と聖職者じゃろうにそれで良いのか……? まぁわしは面白ければ何でも良いがのう」

「こら、サラもマキノさんとのお喋りが楽しくてつい羽目を外してしまう気持ちも分かりますが、聖職者たるもの言動には気を付けないといけませんよ」


 諫められたサラは、慌てたように「ちょっ、先生! そういうわけじゃ……」とヴェルヌイユさんの方へ向き直った。さっきみたいに平然とした様子で俺の軽口に付き合ってくれてはいるけど、舞台に上がる可能性が高まった今、内心どうなのかは分からない。問い質したところで、きっと強がって正直には答えてくれないだろうしな。知り合って日は浅いが、軽口を散々叩き合った仲だ、それくらいはもう分かる。


 舞台の上で調子に乗り、ふんぞりかえったまま滞空しているマリーへ視線を戻す。こうなったらもう不快不愉快マリー劇場とやらに期待するしかない。さぁ、小物おぶつ王マリーの真の汚物力じつりょく、今こそ俺に示してみろ……!


「さて、それでは第三試合に参りたいと思います! マイルストン側の次鋒、ロヴォ選手! 舞台へお越しください!」


 司会のロビンの呼びかけで、西洋風の甲冑に身を包んだいかにも屈強な男性がガチャガチャと金属音を響かせながら歩み出て来た。左手には丸い盾、右手には両側に刃のある大きな斧を携えている。傍から見ると盾も斧も随分と重そうだが、それぞれ難なく片手で支えている。代表に選ばれるだけのことはあるな。


「いやはや、随分と真っ新な甲冑ですね! 今日のためにわざわざ新調したんでしょうか? おや、この印は……なんと、わざわざクロケット産の物を拵えるとは! これだけ準備に抜かりが無いお方なのに、マイルストン剣技大会で万年二位というのが信じられません! 情報によるといつか一位になる事を狙っているということですが、一位になる意味は何かあるんですか? 果たして二位じゃ駄目なんでしょうか? あっ、物を投げないで下さい! おいそこの奴顔覚えたからな! 後で覚えてろよ!」


 司会者は相変わらずマイルストン側の選手を煽り、物を投げ込んだ観客と何やら言い争いをしていた。マリーが完全に悪者になっちゃったせいか、なんかもう司会者も悪役として開き直っちゃってる気がする。負けフラグな感じがするから、出来れば普通にして欲しい所だけども……。


「はん、随分と大仰な格好ね! でも、あたしの妖精汁を防ぐにはそれくらいじゃないと無理なのも確かではあるわ。ただし、あんたは既に大きな失敗をしてしまっているの……クレメンタイン地方随一の速度を誇る、このあたしの波状攻撃を果たしてそんな重装備でよけ切れるのかしら!? いいや出来ない!」

「確かに、こんなに重そうな装備で果たして神速のマリー選手の毒液攻撃をさばき切ることが出来るのでしょうか!? さぁ、それでは両者とも向かい合ったところで準備はよろしいでしょうか? では行方が気になる第三ふぁいと、れでぃーごおっ!」


 開始の合図と共にマリーが素早くロヴォ選手へと飛び掛かり、「ペペペッ!」と放射状に妖精汁を吐きかけた。ロヴォは左手の丸い盾で素早く妖精汁を防ぐが、マリーもそれは想定内だったらしく、即座に背後へ回り込んで再び妖精汁を吐く。だが、ロヴォも重厚な装備からは想像出来ない機敏な動きで身を反転させ、全ての妖精汁を盾で防いでしまった。おお、精鋭なだけあって動きに中々キレがあるぞ。


 攻撃が全く通らなかったマリーの表情にいくらか動揺が浮かぶが、それでも諦めずにちょろちょろと飛び回ってあちこちから「ペペペッ!」と妖精汁を吐き続ける。が、やはり放たれた妖精汁は全て丸い盾に吸い込まれていった。


「ふん! なるほど……見かけ通り、防御にはいくらか自信があるようね。でも防いでばかりじゃ戦いには勝てないわよ? それにそんな重そうな斧ときたら、避けて下さいと言わんばかりじゃないの! 重装備で消耗し続けるあんたと身軽なあたし、果たしてどちらに分があるのかしらね?」


 マリーの減らず口を聞いたロヴォは右手に持った大斧を握り直し、幅広い斧の側面をマリーへと向けた。そして大きく振りかぶったかと思うと、そのままマリー目掛けて「ブォンッ!」という風切り音と共に勢い良く横薙ぎにし、マリーは「ひぃっ!」と悲鳴を上げてすんでのところで攻撃をかわした。だがロヴォの攻撃はそれで終わらず、巨大な斧を振り回しているとは思えない動きでマリーに猛攻を仕掛け続ける。あ、あの構図……あれは正しく――!


 ハエ叩きでハエを追いかけまわしてる構図だ。


 先ほどマリーがジョニタをコーナーへ追い込んだように、今度はマリーがロヴォの激しいハエ叩き攻撃によってコーナーへ追い込まれてしまっていた。マリーはあせった顔で司会者の方へと向き直る。


「ちょ、ちょっと! あたしは丸腰なのにこいつだけこんな重装備なのは反則じゃないの!? ずるいわよ! インチキインチキ! この勝負はインチキよ!」

「ざ、残念ながら、武器や防具の装備は規則上認められています……ついでに言いますと、マリー選手が空中の攻撃の届かない場所に長時間居続けた場合、戦闘放棄と見なされて敗北となってしまいますのでご注意下さい……」


 流石に司会のロビンも気まずい様子でマリーに返答した。無慈悲な返答を聞いたマリーは、青ざめながら「ま、まさか、こ、こんなことが……!」と呻き声を漏らす。


「そ、そうだわ! 引き分け! 引き分けにしましょう! かの北方のプッツィン大司教もかつて都市間の紛争を――」


 マリーはまだ何か喋ろうとしていたが、真上から容赦無いハエ叩き攻撃が降りそそぎ、「ベチンッ!」という小気味良い音と共にマリーは斧の下敷きとなり、その声は途切れてしまった。スッ、と静かに斧が持ち上げられると、干物のようにぺちゃんこになって伸びているマリーが露わとなる。あっ、綺麗な大の字だ……。


「マ、マリー選手、戦闘継続不可能! よってロヴォ選手の勝利となります!」


 司会者が大声でロヴォの勝利を宣言すると、途端に会場がわっと大いに沸きあがった。更に、マリーの見事なやられっぷりに対して「ざまあみろ!」「よっしゃあ!」「胸がすっとしたぜ!」といった歓喜の声も上がる。いやあ、俺もあの盛り上がりの輪に加わって一緒に騒ぎたい気分だな!


「え~っと……マリーの奴やられちゃったな~。あ~ほんと残念だわ~」

「おい牧野……お前、あいつがやられた時にちょっと喜んだろ」

「えっ!? いやいや、仲間がやられて喜ぶなんてそんな非人道的な事あるわけないだろ! ざまみろだとかスカッと爽やかなんて全く思ってないよ!?」

「隠し事が下手だな、お前……でも実を言うと、オレもちょっとすっきりしたわ」


 ニッと笑顔を見せるサラに俺はホッとしつつ、「あっ、やっぱり? いや~、良くぞやってくれたって感じだよな!」と興奮気味に返事をした。いやいや、あんな見事な小物退治っぷりを目の当りにして喜ぶなっていう方が無理ってもんだよな。


「おい、盛り上がっておる所悪いが、確か次はキョウシロウが出る番じゃろ? 過保護のお主としては暢気に喜んどる場合じゃあるまいに」

「えっ? あっ……! そ、そうだった……!」


 ムツメの言葉で現実に引きずり戻された俺は、足元で無垢な表情をしてちょこんと立っている京四郎に目をやり、それから舞台で声援に応えている甲冑姿のロヴォに目線を戻した。あ、あんなフル装備のチキン野郎とマイエターナルエンジェル京四郎を戦わせるだと……!?


「――おいムツメ、俺の尻を好きにしていいから今すぐ舞台の上で調子に乗ってるあのクソ野郎を木っ端微塵にしてくれ」

「ま、待て待て待て待て牧野! んな事したら戦争だろうがッ!」

「いや止めてくれるなサラ! たとえ変態に尻を売り飛ばそうとも、京四郎を危険に晒すわけには……?」


 ふいにスラックスがくいくいと引っ張られる感覚がし、足元に目を向けると、京四郎が小さな右手を伸ばして俺のスラックスをぎゅっと掴んでいた。京四郎の顔を見る。その顔に浮かんでいるのは――紛れもない、覚悟、だ。


 小さく息を呑む。


 京四郎が何を言いたいのか、俺には全て、分かってしまう。それでも何も言えずに固まっていると、再びスラックスがぎゅっと引っ張られる。さっきよりも、強く。まるで、俺を奮い立たせるかのように。


 きゅっ、と唇を強く結んだ。京四郎と視線が交差する。小さな笑みがこぼれる。大きくなったんだな、と思う。まさか、俺の方が励まされるなんてな――。


 晴れ渡っている空に目線を移す。そうだよな、と頷いた。もう、俺に迷いは無かった。京四郎から渡された覚悟を胸に、俺はムツメの方へ向き直り、口を開いた。


「あ、やっぱあいつだけじゃなくて残りの奴らも全員粉微塵にしてもらえる?」

「おい意味ありげに黙って見つめ合ってたのはなんだったんだよ!? ああもう、ほらキョウシロウ君! 牧野はオレが止めとくから舞台に向かってくれ!」


 サラの口から裏切りの言葉が放たれ、京四郎はこくんと頷いたかと思うと舞台の方へ向かってたたっと駆け出して行ってしまった。


「ああっ! 京四郎! は、離してくれサラッ! 俺には保護者として、京四郎をこの異世界の魔王にきちんと育て上げる義務があるんだッ!」

「んな義務ねぇだろうが! 眷属としての義務をまず果たせっての!」

「やれやれ、案の定騒がしくなりおったのう……別にそんなに心配せんでも、お主らの中で今一番強いのはおそらくあやつじゃぞ」


 ムツメからの意外な言葉に、俺とサラは揃って「へ?」と間抜けな声を上げた。


「え、キョウシロウ君ってそんなに強いのか?」

「そりゃまあ選ばれし魔物なわけだから、潜在的な戦闘力は多元宇宙マルチバース最強の戦士にも匹敵するであろう事は確かだけど……俺の知る範囲だと、まだ己が力に覚醒してめざめてないような……」

「まぁその辺は戦いぶりを見れば分かるじゃろ。ほれ、舞台に集中せい」


 ムツメが舞台の方をくいっと顎でしゃくる。俺はしぶしぶ京四郎を連れ戻すことを諦め、大人しく舞台に顔を向けた。くっ、いざとなったら俺の魔力エネルギー弾で敵を爆散させてやるからな……! 今しばらくの辛抱だぞ、京四郎……!


「え~、それでは気絶したマリー選手と投げ込まれたゴミの片付けも終わりましたので、そろそろ第四試合に進みたいと思います! 舞台に子供が上がっている事に驚いている方がチラホラといるようですが、実は何を隠そう、この子こそがエルンスト側の副将のキョウシロウ選手なのです!」


 にわかに周囲の観客がざわめき立ち、「おいおい、正気か?」「試合放棄かよ」といった言葉も聞こえてくる。ふん、相手の力量も見極められん下郎が! 京四郎の神業と言っていい土魔法を目の当たりにすれば、そんな戯言はすぐに引っ込んでしまうだろうよ。しかし、だ……。


 視線を下へ、京四郎が立っている石造りの舞台の方へと移す。セツカ対策で設けた「故意に舞台を破壊しすぎるのは禁止」という規則が、今となってはただの足枷でしかない。その縛りさえ無ければ、京四郎の土魔法で舞台ごと相手を丸呑みにして大勝利間違いなしなんだが……やっぱ今からでもムツメに相手を吹き飛ばしてもらったほうがいい気がするぞ……。


「おやおや、どうやら皆さんキョウシロウ選手の実力に疑問をお持ちのようですね! こういう事もあろうかと、実は私、とある筋からキョウシロウ選手の秘められた能力の一端について情報を入手しております! ええと、何々……日輪のえねるぎーが力の源であり、その膂力は十万バリキに達し、五十めがとんの爆発にも耐え、目からは熱線を、口からはカデンリュウシホウを放射し、更に肺で空気を圧縮することでウチュー空間での活動も可能で、戦闘力で言えば百万以上なのは確実、と……ええと、凄すぎて私にも意味は良く分かりませんが、とにかく凄まじい戦士だろうとのことです!」


 会場に再びどよめきが走る。そうだ、恐れ戦くが良い……そしていずれ貴様たちを支配するであろう魔王、京四郎の名を胸に刻め……!


「おい、牧野……ひょっとしなくてもあのくだらねぇ文章用意したの、お前だろ」

「ああ、確かに駄文だ……京四郎の真の魅力の、百万分の一すら伝えられていない……どうせ出番は来ないと思って全力を尽くさなかったのが仇となってしまった……」

「いや、オレはそういう意味で『くだらない』って言ったわけじゃないんだけど……ま、まぁいいわ。ほれ、試合が始まるからちゃんと見届けようぜ」


 何故か呆れ気味のサラの声で顔を上げると、ロヴォと京四郎が向かい合い、今まさに戦いの火ぶたが切られようとしていた。


「はい、それでは両者とも向かい合ったところで合意と見てよろしいでしょうか? ではお待ちかね、第四ふぁいと! れでぃーごおっ!」


 司会者の合図を聞いたロヴォが大斧を京四郎に向かって構える。刹那、俺の胸に込み上げてきた物は、無力感だった。何故、俺は京四郎が戦うのをただ突っ立って見ているんだ? 京四郎は、今こそ俺の助けを必要としているんじゃないのか――?


 ロヴォと向かい合って立っている京四郎に目をやる。今しばらくの我慢だぞ、京四郎……俺が今、助けてやるからな……! 俺はロヴォに向き直り、思い切り息を吸い込んでから――口を開いた。


「おいゴラ卑怯者――ッ! てめぇ子供相手に全身甲冑で斧構えるなんて人として恥ずかしくねえのか!? 今すぐその鎧脱ぎ捨てて全面降伏しろ! さもないと俺の火魔法の遠赤外線効果で甲冑もろとも旨み丸ごと閉じ込めて丸焼きにしてやるからなッ! 三ツ星レストランのメニュー載ったぞテメー! おいその顔はなんだ? さては嘘だと思ってるな!? よし嘘じゃない事を今すぐ証明してむごごごっ!」

「おい突然何叫んでんだ! み、皆さんお騒がせして申し訳ありません! この人ちょうど昨日闇魔法の治療を終えたばっかりで、まだ時々自分の事を超絶最強魔法使いだと思い込んで暴走しちゃうんです! まだ外を出歩くのは早いって言ったんですが、この武道会がどうしても楽しみだったらしくて……ご迷惑おかけします……」


 サラが俺の口元を抑えながら弁明すると、周囲から「なんだ闇魔法か……」「気の毒に……」「お大事にな」「武道会見て元気出せよ」といった同情しているような声が漏れ聞こえてきた。俺は口元を抑えているサラの手を急いで振りほどく。


「ぶはっ! おい止めるなサラ! これは『言葉合戦』って言ってな、戦国時代にも行われていた由緒正しい戦い方なんだぞ! 俺の『口撃』で京四郎を助けなきゃいかんのだ!」

「ただでさえマリーのせいで印象最悪なんだから止めるに決まってんだろが!」

「京四郎さえ無事なら俺はどう思われたって構わない! だからやらせてくれ!」

「いやお前だけじゃなくてこっちの陣営全員が頭おかしいって思われるからな!?」

「全く、お主は相変わらずキョウシロウの事となるとすぐ暴走するのぉ。余所見しとらんで、ちゃんと舞台を見てみい。あの様子なら別に余計な心配をせずとも大丈夫そうじゃぞ」


 「あの様子?」と疑問に思いつつムツメに言われた通り舞台に視線を戻すと、京四郎は大斧を構えているロヴォの方へ右手を突き出したポーズを取って固まっており、何故かロヴォの方も身じろぎひとつせず、二人とも見合ったまま膠着状態に陥っていた。


「あれ、京四郎が動かないのはともかく、なんでロヴォの方まで全く動かないんだ? あっそうか、やっぱ俺の言葉にビビって身動きが……」

「阿呆、良くキョウシロウと相手との間を見てみろ。お主なら見えるじゃろ」

「良く見ろって言われても……ん? なんか、モヤモヤしてる……?」


 じっと目を凝らしてみると、京四郎の手の先からロヴォの方へ向かって何やら陽炎のようなモヤッとした揺らめきが伸びているのが見て取れた。別に日差しは強く無いから、陽炎じゃないよな?


「あのモヤモヤって、もしかして京四郎が何かしてるのか? あ、ひょっとして魔王の覇気的な何かか!?」

「いや、あれは鉱物に働きかける土魔法で相手の甲冑を止めておるのよ」

「え、まさか金属に作用する魔法ですか? クレメンタイン地方は土魔法の使い手も多いですが、そこまで高等な土魔法を扱える使い手はそうそういませんよ」

「しかもキョウシロウ君、詠唱してないよな……」

「じゃからさっき言うたじゃろうが、『お主らの中で今一番強いのはおそらくあやつ』、とな。魔力量も以前よりかなり増えておるし、こんなに力を付けたのはおそらくヨウカンを食べ続けておったせいじゃろうな」

「や、やはり京四郎、天才だったか……」


 俺は改めて京四郎の方へ向き直った。子供の成長は早いっていうけど、いつのまにか本当にでかく成長していたんだな……嬉しい反面、俺の手を離れていくのはちょっと寂しくもあるぞ……。でもまぁ、この分ならとりあえずこの試合は勝てそうだな。このまま甲冑を操って場外に押し出すつもりかな?


 さて京四郎はどうするつもりだろう、と舞台上の様子を見守っていると、ふいに京四郎が伸ばしていた右手の平をぎゅっと握り締め――途端、「メコメコメコォッ!」とアルミ缶を踏み潰したかのようなけたたましい音が会場に響き渡った。


 ぎょっとして音の発生源の方へ目を向けると、ロヴォの甲冑がボッコボコにへこんでおり、ロヴォは見えない何かに押しつぶされたかのように立ったまま奇妙なポーズになってしまっていた。


「ひっひいいいいいいッ! ま、参った! 参ったからやめてくれえッ! 食い込んでる食い込んでる食い込んでりゅうううううううッ!」


 ロヴォが悲痛な声で降参宣言をすると、京四郎は握っていた右手のこぶしをパッと開き、それと同時にロヴォの甲冑が「ボコンッ!」と音を立てて元通りになる。解放されたロヴォはガシャンッと金属音を響かせ、その場にへたり込んでしまった。


「ロヴォ選手の降参により、見事キョウシロウ選手の勝利です! いやはやなんという圧倒的な魔法! 流石は我らがエルンストの副将です! マイルストン剣技大会万年二位程度では相手にならないのも当然か! 一位になってから出直して来て下さい!」


 司会者がまた微妙に煽りを入れてくるが、実際に京四郎の魔法が圧倒的だったせいか「あの年齢であんな魔法使うとはなぁ」「子供なのに大したもんだ」「将来が楽しみだな」といった京四郎への感嘆の言葉が辺りで飛び交っていた。俺は今、魔王京四郎伝説の始まりを目にしているのかもしれないな……。


「キ、キョウシロウ君、結構えげつないな……」

「ふん、あの程度まだまだ生温いわよ! あの斧使いはあたしをあんな酷い目に合わせたんだから、あのままペチャンコにしてやっても良かったくらいだわ! キョウシロウもまだまだ甘ちゃんね!」

「うおっ! びっくりした……マリーお前、いつの間に戻って来てたんだよ」


 急に耳元でマリーの声が聞こえ、思わず体がビクッと跳ねた。目をやると、先ほどハエ叩きでペチャンコに潰されて回収されていったマリーがすっかり元通りの姿でぶ~んと滞空していた。残念ながら、うちの医療班は優秀らしい。


「しかし、流石のあたしも今のは見てて少々驚いたわよ。いくらこのあたしが目をかけていたとはいえ、キョウシロウがあんなに土魔法を上達させているとはね……会場も好感触みたいだし、ちょっとキョウシロウとの握手券でも売りさばいてふががっ!」

「おい、余計な事はせずにそこで大人しく隠れてろ。まだお前への憎しみは消え去ってないだろうからな、折角京四郎のおかげで変わった会場の空気が元に戻ったら敵わんわ」


 俺は余計な事をしようと企んでいるマリーを急いで胸ポケットへと押し込んだ。内憂外患とはこの事か……もう負けて出番は終わったんだから、じっとしてて貰いたいもんだわ。


「でもキョウシロウ君がこんなに強いとは嬉しい誤算だな。次の相手も確かマイルストンお抱えの剣士だろ? キョウシロウ君の魔法と相性ばっちりじゃねえか。こりゃまた勝ったな」

「ああ、相手の四番手が未だに正体不明なのだけが心配だけど、京四郎ならきっとけちょんけちょんにやっつけてくれるはずだ……!」


 舞台の上で衆目を集め、悠然と立っている京四郎の何と凛々しいことよ……! マリーが握手券がどうのこうのって言ってたけど、これを機にアイドルとして売り出すのも悪くないかもしれないな。京四郎の可愛さを俺が独り占めってのも酷な話だし、ちょっとくらいなら分けてあげてもいいってもんだ。


 今後の京四郎の無限の可能性について思いを馳せていると、司会のロビンが「さて、それでは第五試合に進みたいと思います! カモンテ選手、舞台へお越し下さい!」と声を張り上げた。そして観衆から歩み出てきた男の姿を見て――俺は目を疑った。


「おっと!? カモンテ選手、なんと革製の鎧を身に着け、しかも手に剣を持っておりません! マイルストン剣技大会で毎回優勝する程の実力の持ち主との事ですので、本来ならばロヴォ選手のように金属の甲冑を身に着けているはずですが……ひょっとするとこれは、キョウシロウ選手対策という事でしょうか!? 流石は剣技大会で何度も優勝しているというだけあって小賢しい悪知恵が働きますね! 果たしてこれが優勝者のやる事なのでしょうか!? 子供相手に誇りというものは存在しないのかーッ!? あっ、物を投げ込まないで下さい! 物を投げ込まないで下さい!」


 司会者がマイルストン側を貶しまくったおかげで再び物がいくらか空中を舞うが、今の俺はそれどころではなかった。あ、あの野郎、子供相手に大人げない真似を……! 待ってろ京四郎! 今俺が助けてやるからな!


「おいゴラ卑怯者――――ッ! てめぇ正々堂々と全身を金属の甲冑で包んでこんかい! 戦士として恥ずかしくないもがががっ!」

「はい、そこまでな! すみません、また闇魔法の後遺症の発作が出てしまったようで……お騒がせして申し訳ありません……」


 サラがまたも素早く俺を制止し、それから気まずそうに周囲へ謝罪すると「いいよいいよ慣れたから」「武道会見てればきっと良くなるさ」「あんたも介護ガンバんな」と、妙に温かい言葉が返ってきていた。


「ぶほっ! おいサラ止めるんじゃない! 剣士の癖に甲冑を脱いだ上に剣も持たないなんて、あんなふざけた所業が許されるとでも思っているのか!? いや許されない!」

「おい牧野落ち着け! さっきと言ってる事が逆だし、別に規則に違反しては無いだろうが!」

「ハァ、あんたは相変わらずぎゃあぎゃあと騒がしいわねぇ……あたしのようにどっしりと構えて、静かに事の成り行きを見守ったらどうなの? あんたみたいに騒ぎまくってたら折角の運も離れていくってものよ? 粗暴で教養の無いあんたに酷な話なのは分かるけど、ほんのちょっとでもあたしの生まれつき備わった優雅さを見習いなさいな」

「ほら、醜いマリーにまでムカつく諭され方してるぞ。自分がどんだけ取り乱してるか分かるってもんだろ?」

「た、確かに……マリーに言われるようじゃ俺もお終いだわ……すまんサラ、俺が間違ってた……」


 マリーが「どういう意味じゃゴルァ!」と喚き声を上げ、それと同時に俺の興奮も急激に冷めていく。そうだ、まだ慌てる時間じゃない。京四郎なら、きっと何とかしてくれるはずだ……!


「え~、それではキョウシロウ選手の熱心な支持者の方が落ち着いたようですので、そろそろ第五試合を開始したいと思います! ご両人、準備はよろしいでしょうか? それでは第五ふぁいと、れでぃーごおっ!」


 司会者による開始の合図と共に、カモンテは京四郎の方へ向かってすたすたと歩み寄っていく。一方、京四郎は近寄って来るカモンテをただ黙って見つめていた。あ、あの野郎、京四郎に何をするつもりだ……!? まっ、まさか剣が無いからって殴るつもりじゃないだろうな!? そんな事をしてみろ、即座に天の裁きが貴様を襲うからな……!


 俺はいつでも裁きの雷を落とせるように両手をカモンテに向け、強烈に睨みつけていると、あろうことかカモンテは京四郎の腰をがしっと掴み、そのまま持ち上げて歩き始め――スッ……と舞台の外へ、静かに京四郎の体を下ろした。あっ、やだ、思ったよりも優しい……。


「キョッ、キョウシロウ選手、場外! なんと開始早々、まさかの場外負けです! こんな衝撃的な結末、一体誰が予想したでしょうか!? さすがの土魔法の申し子もカモンテ選手による奸計の前には為す術が無かったかーッ! 剣士のくせに剣を使わずに勝って嬉しいんでしょうか!?」


 司会者は煽り気味だが、カモンテによる京四郎への気遣いに周囲の観客から拍手が沸き起こった。ふ、ふんっ! べ、別に感謝なんてしてあげないんだからねっ……!


「あらあら、マイルストン側にも少しは紳士的な人間がいたようね? しかし、興行という事を考えると余りにも早く決着を付けてしまったのは頂けないわね……もしあそこにいたのがあたしなら、もう少し観客を楽しませてから決着を付けたはずよ。全く、詰めが甘いったらないわ!」

「おい、カモンテさんへの悪口は俺が許さんぞ。ありゃ今時珍しい真の紳士だぞ!」

「おい牧野、お前は何回手の平を返せば気が済むんだよ……ったく、こうなった以上はオレも腹を括るしかねぇか」


 サラはぐっと手を伸ばし、その場でストレッチのような動きをし始める。あっ、そうか……京四郎が負けてしまったという事は、いよいよサラに出番が回って来てしまう、ってことだ。


「す、すまん、サラ。お前の気持ちも考えずに、敵を褒めたりして……」

「おい、そういうウジウジしたのは全部が終わってからにしろ。それに、お前のおかげであいつを上手く調理する方法が見えてきたからよ」


 サラはそう言って、ニッと自信ありげな笑みを顔に浮かべていた。

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