第29話 ゲームの規則
武道会の舞台が完成したとの知らせを受けて競技場へ向かうと、楕円形をした競技場の真ん中に、綺麗に石の敷き詰められた正方形の舞台が出来上がっていた。舞台を右手で軽くパンパンと叩いてみると、どっしりと存在感のある無機質な感触が手に伝わってくる。
俺は一緒に来ていた石工ギルドの親方と魔法協会のお姉さんの方へと向き直って、「すごいですね、俺の想像してた通りの出来です」と感嘆の声を上げた。
「まぁ、土台はシンちゃんが土魔法でさくっと作ってくれたからな。俺たちゃ石を敷き詰めただけさ」
「壊れにくくするために形状維持の魔法もかけてあります。と言っても、中級程度の形状維持魔法ですので、マキノさんからすると大したこと無いかもしれませんが……」
「いやいや、十分な出来ですよ。急な依頼で無理させてすみません」
俺の言葉を聞いた親方が「水くせぇな、俺たちの仲じゃねえか!」と、バンバンと俺の背中を叩く。ここ何日かの打ち合わせ等を経て、石工ギルドや魔法協会の人たちとも結構打ち解けて仲良くなっていたのだった。
「夕刻頃にうちのギルドと魔法協会で打ち上げの宴会を予定してんだけどよ、勿論シンちゃんも参加してくれるよな?」
「そうですね、参加させてもらおうかな……と」
その時、親方の斜め後方にある競技場の入口からセツカが入って来るのが見え、俺は「それじゃ、セツカが来たんでまた打ち上げの時に」と二人に別れを告げてセツカの方へ駆け寄って行った。
「やっほー、シンタロー。武道会の舞台が出来たんだって?」
「おう、中々良い出来だぞ。ほれっ、見てみろよ。どうだ?」
「おおっ! 確かに、殴り愛しやすそうな良い舞台だねっ!」
整然と仕上がった舞台を目の当たりにして、セツカはこぶしを握り締めながら興奮した声を上げた。そうだ、ちょうど舞台も目の前にある事だし、もう一回念押ししておくか。
「いいかセツカ、戦闘継続不可能になるか、『参った!』と言うか、この舞台から外に出るかしたら負けだからな。『参った!』って言った相手を殴り続けるとかは絶対にすんなよ。あと、舞台を必要以上に破壊する行為も禁止だ。舞台が消し飛んで『大地全てが舞台になった!』なんて展開は御免だからな」
「も~、何度も何度も言わなくても分かってるってば! ちょっとくらい信用してくれてもいいじゃんっ」
「いやいやいや、自分の前科を考えてから物を言えよ? お前の事だ、相手を殴り殺しても飽き足りず、あの世まで追いかけて霊魂を殴り飛ばしに行きかねんからな」
「ちょっと! 幽霊の話はやめてよっ!」
「え、そこ?」と思いながらセツカを見やると、その顔は目に見えて青ざめ、体はプルプルと小さく震えてしまっていた。予想だにしていなかった反応に少々面食らう。
「あれ、お前もしかして幽霊とか苦手なの? え、嘘だろ?」
「だって幽霊って実体が無いから殴れないじゃん! なんて気色が悪い……!」
「気色悪いって……」
普通、不気味とか怖いとかじゃねえの? と、珍しく怯えている様子のセツカを眺めていると、ふと日頃の仕返しでもしてやろうかと思い付く。いつも散々尻ぬぐいさせられてるんだ、これくらい構わんよな。
「お、おいセツカッ! お、お前の右肩にお化けの手が――」
「ギャア――――――――――――――――――――――――――ッ!!」
刹那、悲鳴と共に何故か俺の右肩へ凄まじい正拳突きが叩き込まれ、俺は「ギエ――ッ!」と空中でグルグル回転しながら後方へと弾け飛んだ。ズザザァッと豪快に土煙を巻き上げつつ、ごろごろと地面を転がっていく。
肩から伝わる猛烈な痛みで目の前がチカチカしながらも、何とか顔を上げてセツカの方を窺うと、セツカは「どこどこどこどこ幽霊どこどこどこどこ!?」と喚き立てながら空中へラッシュを叩きこんでいた。と、取り乱しすぎだろこいつ……。
「じょ、じょうだんっ……冗談でしゅっ!」
「は? 冗談!? ちょっとッ! いくらシンタローでも言って良い事と悪い事があるよ!?」
「も、もう身をもって、嫌ってほど思い知りました……ちょ、ちょっとこれ、肩が脱臼してるっぽいからはめてもらえないでしょうか……」
地面に倒れ込んだまま懇願するように言うと、セツカは「全くもうっ!」とぷんすかしながらも近寄って来て俺を起こし、肩をがこっとはめてくれた。うう、ズキズキして痛い……。
「あ~、死ぬかと思った……こんな非業の死を遂げた日にゃ、無念の余り成仏できずに化けて出てって嘘嘘嘘です! 俺は死にましぇんッ! だからそのこぶしを収めてくださいッ!」
慌てて謝るとセツカはこぶしをスッと下ろしたものの、黙り込んだまま俺を強烈に睨みつけていた。こりゃ、本当に苦手なんだな……マジであの世へ直送され兼ねないから、今後は気を付けよう……。
「そ、そう言えば他の皆は? また打ち合わせか?」
「……ムツメはふらっとどこかに出かけて、マリーとキョーシローは教会で子供たちと遊んでて、サラっちとペトちゃんは第三広場でヨーカンの市を開くって言ってたよ」
「は? 羊羹の市? 本当にそう言ってたのか?」
怪訝な顔をセツカに向けるも、セツカは「確かにそう言ってたよ?」ときょとんとしていた。あれ、でも確かこっちの世界に羊羹は無いってエルカさんが言ってたよな? 一体どういう事だ?
う~ん、とその場で頭を悩ませてみるが、やはり全く見当も付かない。こりゃ自分の目で確認しに行くしかないか、とセツカに「第三広場に案内してもらえる?」と頼むと、セツカは「いいよー」とくるっと身を反転させた。俺もその後に続く。
セツカの案内で第三広場に着くと、本当に市が立っており、そこら中に所狭しと露店が並んで賑わっていた。売られている商品を遠目に観察してみるものの、汁物だったり串焼きだったり野菜だったりと、羊羹の気配は全く無い。やっぱ、セツカの聞き違いじゃないのか?
そのままあちこちに目を向けていると、広場の一角にサラとペトラさんの姿を見つけ、俺はそちらへ駆け寄って行って二人に声をかけた。
「おーい、二人とも。これって何の市場なんだ?」
「よう、牧野にセッちゃん。これはな、羊羹の市だよ。ほら、そこの垂れ幕にも書いてあるだろ?」
「え、羊羹の市?」
サラが指差した方を見ると、確かに垂れ幕に「ヨウカンの市」と書かれていた。あれ、でもパッと見た感じだと羊羹なんて全く売ってないんだけど……。
「この前、分けてもらった羊羹を市長にも食べさせてみたらひどく感激しててな。ペト公にも準備を手伝ってもらって『羊羹の市』を開いたってわけさ。ほら、ちょっとペト公に案内してもらえよ」
「マキノ様、こちらへどうぞ」
まだ頭が混乱しつつも、ペトラさんに連れられるまま賑わう広場の中へ踏み込んでいく。すると、ある店の前でペトラさんが立ち止まって「ヨウカン一つ」と注文し、露店の主人からお椀に入った黒い汁物が手渡された。ほかほかと湯気が上がっており、お椀から熱が手に伝わる。
「ええっと……これは一体……?」
「へい、何やら異国からもたらされた『ヨウカン』とかいう黒い食べ物が流行ってると聞きやして、渾身の一品を用意させていただきやした!」
店の主人はそう言って、自信あり気に「ふんっ」と鼻を一つ鳴らした。これ、羊羹と被ってるのって「黒い」って部分だけだよね……いや、ひょっとして甘くてお汁粉みたいな味なのかな。「飲む羊羹」的な。
「それではマキノ様、どうぞご賞味下さい」
「えっ、あ、はい」
ペトラさんに「さぁさぁ、ぐいっと」と催促され、俺はこわごわとスープを口へ運び――目を見開いた。
「……動物系の出汁がしっかりと利いていて、コクがありながらも同時にキレもあっていつまでも舌に引きずる事は無く、胃にするすると入っていく……! 飲み干した後に口の中に残る、ちょっとピリッとした感覚も良いアクセントになっていて、これならいくらでも飲めそうだ……こ、これは、まさか……!」
うん、普通に美味しいスープですね。ちょっとコンソメスープに似てるかな。
セツカもペトラさんからお椀を受け取り、「ほんとだ、おいしー」と豪快にごくごく飲み干していた。一方の俺はペトラさんに物申そうと口を開こうとするが、ペトラさんはそれを手で制し、「まだまだこんなものでは御座いません。次はこちらへどうぞ」と俺とセツカを更に別の屋台へと連れて行った。
「ご主人、ヨウカンを二つ」
「へいっ、ちょうど焼けた所ですんでどうぞ!」
店のご主人はそう言って、ぐいっと肉の串焼きを俺たちの方へと差し出した。肉には何か黒いタレのようなものがかけられており、焼き立てというだけあって食欲をそそる良い匂いが鼻孔をくすぐった。でも、やっぱり羊羹と被ってるのは「黒い」って部分だけなんですけど……。
「ええ~っと……この黒いのは一体……?」
「へえ、何やら外つ国からもたらされた『ヨウカン』っていう黒くて美味いもんが流行ってるってんで、この日のために取って置きの黒いタレを用意させていただきやした!」
「さ、マキノ様、焼き立ての内にどうぞ」
またもペトラさんに「さぁさぁ、がぶっと」と急き立てられ、俺は仕方なく肉の串焼きにかじりつき――刮目した。
「……脂身の少ない肉ながらも歯を立てると中からは肉汁がじゅわっと染み出し、しかも、この黒いタレと見事に調和している……! 赤身肉のさっぱりと淡白な旨みを程よい濃さのタレが上手く補完し、まるで口の中で社交ダンスを繰り広げているかのようだ……! こ、これは、もしや……!」
うん、秘伝のタレでいただく焼肉ですね。白いご飯が欲しくなるなコレ。
セツカもあっという間に串焼きを平らげ、「もう一本くださいなっ」と屋台のおじさんに注文していた。いやおいしいけどさ、さっきより更に羊羹から遠ざかった気がするんですけど……共通点は相変わらず「黒」だけだし。
改めて周囲の露店の様子を窺ってみるが、やはりどの店の商品も何かしら「黒い」という要素は入っているものの、羊羹を売っている店は皆無のようだった。思わずその場で頭を抱えそうになっていると、ふと、どこかから「黒くて甘いよー」という声が聞こえてくるのをエルカ
そして目に飛び込んできたのは――
「……あのう……これは一体……?」
「へい! 何でもこの都市で黒くて甘い『ヨウカン』って食い物が流行ってると聞きまして、私の住んでいる近くに生えてた黒っぽくて甘い果実を持ち込ませていただきました! 名前は分かりません!」
その店では、黒っぽい色をした洋ナシのような形をした果物が並べて売られていた。良く見てみると黒というよりも濃い紫に近い気がする。「甘い」には近付いたけど、「黒い」からは遠ざかっちゃってるよ……名称不明だし……。
追いついてきたペトラさんがやはり「ヨウカン二つ」と果実を購入すると、セツカが二つとも受け取って「結構甘いねっ」と美味しそうにシャクシャクと噛り付いていた。相変わらず食い意地の張ってる奴だ。
「おうどうだ、一通り見て回れたか? 中々の品揃えだったろ」
「あ、サラ……ちょ、ちょっといいかな? えと、こっちに来てくれる?」
横からやって来たサラに手招きして、人の気配の無い露店の陰へと誘導する。「なんだ、どうした?」と不思議そうな顔をしているサラに、俺は小声で疑問をぶつけ始めた。
「ええと、俺の見る限りだと、どの店も羊羹を売ってないみたいなんだけど……なのに、どの店も商品を『羊羹だ』って言って売ってるし……」
「ああ、そりゃそうだ。こっちの世界には羊羹なんて無いんだからよ。エルカ・リリカ様にも言われたんだろ? 忘れたのか?」
「は? でもこれ、『羊羹の市』なんだろ?」
「おう、そうだよ。『異国から羊羹っていうすげぇもんが来た』って触れ込めば人が集まると思ってな、ペト公に噂を広めてもらったのさ。おいペト公、今日の市の売り上げはどれくらいになりそうだ?」
サラが傍らに立っているペトラさんに尋ねると、ペトラさんは広場の方に視線を向けつつ、「は、この分ですと五十万マルセルほどになるかと」と答えた。
「えっ、それって結構な大金じゃねえの?」
「ああ、確かに大金だ……でもよペト公、お前は確かオレに『売り上げ七十万マルセルは見込める』って言ったはずだよな? 差額はどこに行っちまったんだ?」
ぎろりと睨みつけられたペトラさんはビクッと体を震わせ、「は、それが、その……」とばつが悪そうに口元をもごもごとさせた。
「なにぶん急な事でしたので、周知が間に合わず、想定していたよりもいくらか人足が少なくなってしまいまして……」
「それを何とかするのがお前の仕事じゃねえのか? 自分で言った事なんだからよ、自分でキチッと始末をつけな。でなきゃ、キツいお仕置きが待ってるからな……でも、きちんと始末をつけられた暁には、ご褒美をやってもいいぞ。どっちに転ぶかはお前次第だからな」
「は、はいッ! 肝に銘じます、お姉様!」
え、お姉様? と、ペトラさんの顔を見ると、うっとりとした目つきで頬を上気させ、「お仕置き……ご褒美……」とうわ言の様にぶつぶつ繰り返していた。あれっ、ペトラさんってこんな人だったっけ? 危ない世界の扉を開いてませんか?
「あの、ペトラさん……今、サラの事を『お姉様』って……?」
「それがどうかなさいましたか? お姉様をお姉様と呼ぶのは当然でしょう?」
ペトラさんは明々白々の事と言わんばかりにさらりと言ってのけ、「それでは仕事に取り掛かりますので、これで失礼致します」と毅然と立ち去っていく姿に、俺は「えっ、あ、はい」とただ見送る事しか出来なかった。ま、まぁ……人生色々あるよね、うん。
そのままぽかんと口を開けて少し放心していたが、そういえば何の話をしてたんだっけか、と思い出し、「そうだよ羊羹の話だよ!」と慌ててサラに向き直った。
「おい、羊羹の市なのに羊羹を全く売ってないどころか、別物を羊羹として売ってるじゃねえか! 羊羹の伝道師たる俺としては間違った羊羹の知識が広がる事は見過ごせないんだけど!?」
「まあまあ、落ち着けよ牧野。ほれ、この広場の様子を見てどう思う? 多くの人々が行き交い、自由に品を買い求め、触れ合っている……この自由闊達な様、素晴らしいとは思わねえのか?」
「え、そりゃまあ、良い事だとは思うけど……」
「だろ? 人々が思い思いに創意工夫し、自由に意匠を凝らし、可能性が広がっていく……それが文化ってもんじゃねえのか? ところがお前のやろうとしていることはどうだ。『羊羹とはこういうものだ』と一方的に決めつけ、羊羹の可能性を狭め、文化を押し殺そうとしている……違うか?」
「なん……だと……?」
脳天に雷が落ちたような衝撃が走る。俺が、羊羹の可能性を狭めている? 羊羹道を究めるために日夜を費やしてきた、この俺が?
「そりゃあよ、今は羊羹の『よ』の字もかすって無い、別物ばかりだと言えるかもしれねえさ。でもよ、この中からいずれ本物の羊羹が出てこないと、何故言い切れる? 確かに、今は小さな一歩かもしれねぇ。でもな、この多くの人々が歩んでいく道のいずれかが羊羹に続いてる道かもしれねえだろうが。お前は固定観念に囚われ、羊羹の可能性の芽を自ら摘み取ろうとしてるんじゃないのか?」
返す言葉が、無かった。自分でも気づいていなかった、いや気づいてはいたけれど認めたくなかった「驕り」を、見透かされていた。恥ずかしさで顔が自然と下を向き、膝が崩れ落ちそうになるのを必死に堪える。下唇を前歯で強く噛むと、じんとした痛みが頭の奥に沈んだ。
「お、俺は……俺は、なんと愚かだったんだ……! すまん、サラ、俺が間違っていた……」
「オレが言いたい事……分かってくれたか?」
「ああ、勿論だとも! 『羊羹道に王道なし』――こんな基本的な事を忘れていたとはな。羊羹も元を辿れば羊のスープだったわけだしな……長い年月を経て今の形に落ち着いたわけだ。まさか、羊羹道を歩み始めて日の浅いサラに教えられるなんて、目が覚めるような思いだよ。一端の羊羹道有段者を気取ってはいたが、所詮俺もまだまだ未熟者だったって事だな……サラ、俺の不明を許してくれるか……?」
「へっ、当たり前じゃねえか。オレはお前が自分の過ちを認められる男だと分かっていたからこそ、あえて厳しい言葉を口にしたんだ。やっぱりお前はオレが見込んだ通りの男だったな!」
そう言ってニカッと気持ちの良い笑顔を見せるサラに、思わず目に涙がにじんだ。これが羊羹が繋ぐ絆か……胸が熱くなるな……!
「それじゃ、まだまだ未熟者だったお前には売り上げの取り分は無しでいいよな? なんたって未熟者だもんな? なっ?」
「えっ? あ、ああ、そうだな……当然だとも!」
「おう、それでこそ牧野だ! 羊羹と共にあれ!」
ぐいっと差し出された右手を、俺も「ああ、羊羹と共にあれ!」と熱く握り返している横で、空気の全く読めないセツカは「ねぇ、話まだ終わんないの? お腹空いたからなんか食べようよー」と、つまらなそうな顔で子供の様な駄々をこねていた。
武道会開催日の前日、マイルストンの代表たちがエルンストへ到着したとの知らせが届き、ヴェルヌイユさんは市長さんと一緒に代表団を歓迎するため、教会から出向いて行った。一方、俺たちは教会に残り、相手の情報を収集してきたペトラさんから応接室でレクチャーを受けていた。
「今に至るまで出場する選手の情報は私にも伏せられていたのですが、どうやら拳闘士のジョニオ、ジョニタ兄弟と、都市お抱えの剣士を二人連れてきているようです。それと外部から修道女を一人雇ったみたいですね。ただその……色々と探りを入れてみたのですが、外部の人間の素性は判明致しませんでした。申し訳ありません……」
ペトラさんは謝りながら、チラチラとサラの顔色を窺っていた。結局この前も七十万マルセルに僅かに届かなくてお仕置きされたみたいだし、また怒られるのが怖いのかな。
「いや、情報が秘匿されてたんじゃ仕方ねえさ。それで、都市から連れて来てる奴らの腕前はどのくらいなんだ?」
「そうですね……ジョニオ、ジョニタ兄弟は腕利きですが、セツカさんには及ばないと思います。兄のジョニオが出場予定で、弟のジョニタは控えのようですね。残り二人の剣士も精鋭ですが、やはりセツカさんには敵わないかと……」
その言葉を聞き、俺とサラは「おおっ」と安堵の声を上げた。良かった、どうやら予定通り「セツカに全員殴り飛ばしてもらう作戦」で問題なさそうだな。
「よっしゃ、これで後はセッちゃんが一発ガツンとやってお終いだな!」
「え~っ、でも折角の武道会だし、もっと強者を期待してたんだけどなぁ……」
「おいセツカ、俺だけじゃなくこの街の未来もかかってるんだからな。頼むから真面目に試合してくれよ? いいな、神の眷属お兄さんとの約束だぞ。絶対だぞ?」
「でもさぁ、見世物としてやるわけでしょ? となると、観客を楽しませるのも重要でしょ? やっぱ戦いはある程度実力が近くないと面白くないし……」
今更そんな事を言い出すセツカに、ムツメも「まぁ、確かに一理あるのう」と同調していた。
「お、おいムツメ、頼むからお前までそんな事を言い出すなよ。いいのか? 俺がマイルストンに取られちゃっても?」
「いやな、考えてみれば、わし自身は別にどこの都市でも自由に出入り出来るわけじゃから、お主が拠点をマイルストンに移したところで何の問題も無いと気が付いてのう。それじゃったら見世物を楽しんだ方が得かと思っての」
「ちょっ、今更そんなつれない事言うなよ……」
「ふん、セツカなんて魔獣に頼らなくてもこの超神聖武闘王マリー様がいるじゃないの! ジョニオだかジョニコだか知らないけど、あたしのこの世の物とは思えない美しさを目の当たりにすれば、途端に跪いて『参った!』って許しを請うに決まってるわ!」
「確かに、『小物』と書いて『おぶつ』と読むようなお前のこの世の物とは思えない薄汚さを目の当たりにすれば、試合を放棄した方がマシだと考えてあっさり降参するかもいでででっ! おいやめろ髪の毛を引っ張るな! もげるだろ!」
俺の毛髪に取り付いて嫌がらせをしてくる羽虫を叩き落とそうと格闘していると、扉がコンコンコンとノックされ、シスターさんが顔を出して「ヴェルヌイユ先生がヴァレリ司祭と一緒にお戻りになりました」と伝えてくれた。それを聞いたペトラさんが「それでは私は一旦これで」と退室していく。
「よし、じゃあちょっとオレも先生方に挨拶しに行ってくるわ」
「あ、俺も当事者だし一緒に付いて行くよ。皆はここで待っててくれ」
俺もサラと一緒に立ち上がり、部屋を出て玄関の方へ向かうと、ヴェルヌイユさんが見知らぬ金髪碧眼の男性と立ち話をしているのが目に入った。その男性もヴェルヌイユさんと同じ修道服らしきものを身に着けているが、さっぱりとした短髪に切れ長の目をしており、いかにも勝ち気な性格がにじみ出ているかのようだった。
向こうも近づく俺たちに気が付いたのか、見知らぬ男性がこちらに顔を向けつつ「おお、サラちゃん! 久しぶりだね!」と声を上げた。それを受け、サラも「どうも、ヴァレリ司祭。お久しぶりです」と丁寧に返事をする。
「おいおい、そんな他人行儀な! 俺とサラちゃんの仲じゃないか! いやはや、会う度に美しさに磨きがかかっていくね。どうかな、そろそろマイルストンの教会に移籍するというのは」
「まぁ、相変わらずお世辞がお上手ですね。ヴァレリ司祭ほどのお方であれば、毎夜毎晩お美しい女性を好きなだけ侍らせておられるのでしょうから、私如きは不要でしょう」
ニコニコと笑顔のまま軽く毒を吐くサラに、ヴァレリさんは「あ、あれ、サラちゃんちょっと性格キツくなった?」と顔を引きつらせた。
「ま、まぁ、兎にも角にも元気そうで何よりだ! ところで、そちらのお方が例の……?」
いつぞやの親方たちと似た様な反応に、「はじめまして、シンタロウ・マキノと言います」と自己紹介をすると、ヴァレリさんは「おお、やはり!」と顔を輝かせた。
「はじめまして、マキノ様。マイルストンで司祭をしております、アンリ・ヴァレリと申します。本来ならばもっと正式にご挨拶すべきところですが、このような簡単な挨拶になってしまうことをどうかお許しください」
思ったより慇懃な挨拶に少々戸惑いながらも、俺は「い、いえ、問題ありませんよ」と返事をした。ヴェルヌイユさんやサラの話からだと、もっとイケイケというか、強引な感じかと思ったんだけど……でもまぁ、神の眷属を前にすれば丁寧な態度を取るのは当たり前か。
「微力ではございますが、明日の武道会をマキノ様に楽しんで頂けるように我々マイルストン代表団も全力を尽くす所存です。きっと満足していただけると思いますよ」
「ええ、楽しみにしてます。ところで、ソーントンさんからの約束の方は……?」
「そちらも勿論把握しております。こちらが負けた場合は四の五の言わず、マキノ様の事はすっぱりと諦めます。エルカ・リリカ様の名に誓って、こちらの市長にも決して口出しはさせませんのでどうかご安心下さい」
ニッと自信ありげに笑みを見せるヴァレリさんに、「そうですか、それを聞いて安心しました」と俺も顔を綻ばせた。なんだ、思ったよりも良い人そうじゃないか。
「ふふふ、しかし明日の私どもの戦いぶりをご覧になれば、きっとマイルストンの事を気に入って頂けるはずです。マキノ様をマイルストンへお迎えする日が実に楽しみというものですよ!」
「アンリがここで大人しく引いてくれれば、一番手っ取り早いんですがねぇ……」
「おいフランク、こんな絶好の機会を俺が逃すわけないだろうが! マキノ様、ひいてはエルカ・リリカ様の前で公然と勝負出来るなんて今後二度と無いかもしれんのだぞ!? いいか、お前はもうちょっと覇気ってもんを持て! まだ枯れるような歳でも無いだろうに!」
があっと猛烈に突っかかるヴァレリさんを、ヴェルヌイユさんはやれやれといった様子でなだめていた。なるほど、腐れ縁、良き好敵手って感じの雰囲気だ。この様子なら負けてもちゃんと約束を守ってくれそうだな。
「お前はいつも野菜だの果実だのを好んで食べているからそう優男になってしまうんだ! ほれ、精をつけるために肉でも食いに行くぞ! もちろん、お前のおごりだぞ。なんせ、エルカ・リリカ様の眷属様が滞在するなんて幸運を独り占めしているんだからな! それではマキノ様、私たちはこれで失礼させて頂きます。また明日、会場でお会い致しましょう」
俺が「ええ、また明日」と返事をすると、ヴァレリさんは「ほら、早くしろ!」とヴェルヌイユさんを引きずるようにして教会から飛び出していった。急に静かになった玄関で、俺とサラは互いに顔を見合わせて「はぁ」と溜息を吐く。
「ほらな、オレがうざいって言った理由が分かったろ? あの人って毎回毎回、ぎゃあぎゃあと本当にうるっせぇんだよな」
「う~ん、でも俺は嫌いじゃないかな……セツカとかマリーとか、うるさいのがいつもそばにいて慣れてるせいかもしれんけど」
「はあ? おい牧野、お前まさか裏切る気じゃねえだろうな!? オレや先生を見捨てるつもりならオレにだって考えがあるぞ! 裏懺悔で一晩中――」
「ま、待て待て待て! 落ち着け! 誰も裏切るなんて言ってないだろうが! ほらっ、明日に備えてセツカにまた大会の規則を教えておこうぜ!」
俺をギロリと睨みながら物騒な事を口走るサラの背中をぐいぐいと押し、俺はセツカたちの待っている応接室の方へと急いで戻っていった。
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