第28話 カンバセーション・・・交渉・・・
中庭で京四郎たちとミニ備中松山城の仕上げに取り掛かっていると、背後から「おう、牧野。一通り聞き出せたぞ」とサラの声が聞こえ、首だけでそちらへ振り返った。
「おっ、サラか。ちょうど良い所に来たな」
「ちょうど良い所? なんか子供たちが群がってるけど……うおっ、なんだよ、この妙に凝ってるのは!?」
「あらあら、『風雲マリー城』の余りの出来の良さに驚きが隠せないようね? ちなみに見物料は子供たちの分も合わせて五百マルセルとなっております。あ、分割払いも可よ!」
「んなアホな名前じゃねえし、勝手に金取るんじゃねえよ! これは臥牛山の一部と備中松山城を再現したんだよ! この城は天守が現存する貴重な十二の城の一つでな、しかもなんと珍しく山城なんだ。天守が一般的になったのは織田信長の安土城以降だから、基本的に天守を持つのは平城なのに、だ。城の部分だけ見ると小さく思うかもしれないけど、山全体が要塞化されてて実に堅固な守りとなってるし、この門の手前はちゃんと枡形構造になってて……」
「お、おい待て! 一気に言われても分からねぇから! 全く、お前がこういうのが好きって情報も頭に入ってるけどよ、エルカ・リリカ様に授かった魔法を何に使ってんだよ……」
サラはぶつぶつ言いながらも、ミニ備中松山城を見つめて「まあ、割と格好いいのは認めるけどよ」と呟いた。聞き逃さなかった俺はすかさず口を開く。
「興味があるんなら基本から教えるぞ! そうだな、まずは城の種類から……」
「はいはい、それはまた今度な」
サラは右の手のひらをビシッと俺に向け、俺の講義にストップをかけた。うう、城郭好きを異世界に広める絶好の機会だと思ったんだけど……。
「それよりも今はオレが聞き出した情報を吟味しなきゃいけねえだろが。先生も呼んで来るから、先に応接室に行っててくれ」
「ああ、ちょうどさっき羊羹召喚して応接室に置いといたから分けて食べるか。ついでになんか飲み物でも用意してくれるか?」
サラは「呑気だな」と苦笑しながらも、手をひらひらとさせて奥へと歩いて行った。俺は京四郎とマリーに「中庭で適当に遊んでてくれ」と声をかけてから応接室の方へと向かう。
ぎいっと応接室の扉を開くと、机の上に置かれた羊羹と、長椅子に誰かがちょこんと座っているのが目に入る。その誰かが身に着けているのは、見覚えのある上品な着物で――
「おう、シンタロウ。壁に書かれておった伝言を見――」
「すみません、部屋間違えました」
俺は、そっと静かに扉を閉めた。
「おいゴラ! わしにそんな態度を取るとは良い度胸しとるのう! 尻引きちぎったろうか!? おお!?」
扉が再び「バン!」と開かれると同時にムツメが悪鬼の形相で俺へと吠え掛かり、俺は「ヒィーッ! 勘弁して下さい!」と廊下に倒れ込んだ。い、いつの間に入り込んだんだこいつ……心臓、いや尻に悪いっての……。
立ち上がりながら「よ、良くここが分かったな」とムツメに言葉を投げると、ムツメは「おう、ちょっと前に街に着いとったんじゃがな」と口を開いた。
「街をプラプラしておったらお主がヨウカンを召喚した気配がしたから、その魔力を辿ってここに来た、というわけよ。お主はなんでこんな場所におるんじゃ?」
「ああ、教会の宿舎に寝泊りさせてもらってんだ。ムツメの方こそ、何か俺に用事でもあったのか?」
「おお、また植物の種を持ってお主を訪ねたら、家の前の土壁に伝言が書かれておるのを見つけてな。ちょうど暇じゃったし、植物の種は適当に家の周辺に蒔いてからここへ来たのよ」
「えっ、適当に種蒔いちゃったの? また前みたいに異常に成長したりしないだろうな? 我が家に帰ったら化け物植物の森が出来てた、なんて事態は嫌なんですけど……」
「大丈夫大丈夫、前は月漣丹とドラゴン汁の魔力を吸いすぎたのが原因じゃしな。それに、確かピーちゃんじゃったか? 蒔いた種をあやつが食べておったから、ひょっとしたらもう全部食っておるかもしれんぞ」
「しょ、植物の共食いかよ……」
なんて恐ろしいんだ、異世界の植物……まさか、食べた種の栄養でピーちゃんがまた凶暴化したりしないだろうな。ログハウスが今頃どうなっちゃってるのか気になるんですけど、と思っていると、横からヴェルヌイユさんを連れたサラがやって来るのが見えた。
「おや? マキノさん、そちらの方は?」
「あ、紹介しますね。こいつは尻好きの異常性癖持ちでド変態のムツメっていひィいいいイイィッ!! ちッ、千切れりゅうううううううううううッ!!」
「なんじゃわしの右手が勝手に!? こりゃいかん! 尻好きの異常性癖持ちでド変態じゃから制御がきかん! わしの右手よどうか鎮まってくれいッ!」
「しュっ、しゅみませんでしたああああああああアアアアアアアアアアッ!!」
全力で謝罪の言葉を叫ぶと、凄まじい握力で俺のケツを握りこんでいたムツメの手がようやく離れる。マジで千切れるかと思った……。
「ふん、命拾い、いや尻拾いしたのう。今後は発言に気をつけい」
吐き捨てるように言うムツメに、「は、はい……尻に銘じておきます……」と尻をさすりながら返事をすると、ヴェルヌイユさんが「だ、大体、お二人のご関係は分かりました……」と引きつった声を漏らした。うう、サラとヴェルヌイユさんの視線が痛い……。
縮こまっていると、サラが怪訝な顔を俺からムツメの方へ移し、「あれ、『ムツメ』って名前、もしかしてあの『ムツメノカミ』……?」と呟くように言った。
「おう、わしが莱江山のムツメよ。流石に聖職者だけあって知っておるか。それに霊力もかなり高いようじゃのう」
興味深そうにサラを眺めるムツメに対し、サラは体がビキッと硬直する。あっ、まずいぞ! マリーみたいな小物に対してさえあの反応だったのに、ムツメなんて変態尻魔神を目の当たりにしたら……!
どうやって誤魔化そうかと必死に考えを巡らせていると、サラはカクカクとロボットの様に動きながら、「ソレジャ、ハナシ、シマショウカ」と部屋の中へ入って行く。あれ、ちょっと挙動不審だけど浄化しないみたいだぞ。
「お、おいっ、サラッ。その……なんていうか、『あっち』の方は平気なのか?」
「えっ? あ、ああ……流石に喧嘩売ったらヤバい相手は分かるからな……オレだってまだ死にたくねぇし……」
ほっ、良かった……ムツメが単なるド変態じゃないって事は分かってるのか。悪名が轟きすぎてるのが逆に幸いしたな。
安堵しながら長椅子に腰を下ろすと、ムツメが俺の横に座り、対面にはサラとヴェルヌイユさんが座った。と、ヴェルヌイユさんが困ったような顔で「ええと、ムツメさんはちょっと……」と、ムツメをチラ見する。
「ん? なんじゃ、わしには聞かせられんような類の話か?」
「あっ、でもムツメにも聞いてもらうのもアリかもしれないな。ムツメってセクシャルなハラスメントはしますけど、こう見えて結構顔が広くて、いわば顔役みたいなことやってるんで今回の一件にも役立つかもしれませんよ」
「せくしゃなんちゃらとはどういう意味じゃ?」
「生きとし生けるものに対して慈愛に満ちている素晴らしい人って意味だよ」
「ほぉう? 先程の文脈からすると悪口としか思えんのじゃが? お?」
ムツメがギロッと俺を睨みつけ、俺は目を反らしながら「か、考えすぎだと思います……」と呻くように言葉を漏らした。くそっ、分からんように横文字を使ったのに、勘の鋭い奴……。
「そ、そうですか。マキノさんがそう仰るなら、ムツメさんにも聞いて頂きましょうか。それではサラ、話してください」
「はい、先生。ええっと、端的に言うと、あのクララって奴はマイルストンからの間者だった。クララってのも偽名で、本当の名前はペトラ・オライリーって言うらしい」
「マイルストンというと、確かここと同じくらいの規模の都市じゃな」
「ですね。しかし、マイルストンという事は……ひょっとしてアンリですか?」
「ええ、どうやらそうみたいです」
サラの言葉を聞いたヴェルヌイユさんが、「ああ、やはり」と溜め息と共に俯く。
「その、『アンリ』っていうのは一体? どなたかの名前ですか?」
「ええ、アンリ・ヴァレリという私の神学校の同期で、今はマイルストンで司祭をしています。エルカ・リリカ派の大家であるスタンバーグ教授の元で共に学んだんですが、昔から何かと私に張り合ってきましてね」
「いつも先生より下の成績だったから先生に嫉妬してんだ。事あるごとにちょっかいかけてきてうぜぇんだよな、本当」
ヴェルヌイユさんが「こら、他人をそう悪しざまに言ってはいけませんよ」とサラの悪態をたしなめると、サラは「でも事実じゃないですか」と不服そうにした。そうか、積年のライバルってやつか。スパイまで送り込むってのはよっぽどだけど。
「でも、何のために間者なんて送り込んでたんだ? 市長さんが俺の案内を任せるくらい信頼してるんだから、結構前から市庁舎に潜り込んでたんだよな?」
「どうやら、この街の政策とか市長や先生の動向なんかを報告するのが本来の仕事だったみたいなんだわ。ところが、神の眷属であるお前がこの街にやって来て市長と交渉したのを知って、この街への愛着が薄い内にマイルストンへ転移させて、向こうで盛大にお出迎えして既成事実を作っちまおうと独断で画策したらしい」
サラの言葉を聞き、俺は「ん、んな強引な……」と声を漏らした。確かに市長さんと愛着云々って話をしたけど、「静かに祭りを見物したい」とも言ったんだけどな……交渉の中身を全部は知らなかったのかな。
「マキノさんを私や都市同士の問題に巻き込んでしまい、申し訳ありません」
「いやいや、ヴェルヌイユさんに責任はありませんよ。しかし、もう俺の存在を向こうに知られちゃったって事なのかな……」
「ああ、エルカ・リリカ様の眷属が街に来たってことはもう報告したらしいわ。と言っても、間諜からの情報を聞けるのは向こうの市長とか司祭みたいな一部の人間だけだろうけどな。どれだけの人間がその情報を共有すんのかまでは流石に分からねえな」
「なんじゃ、ひょっとして都市間でシンタロウの取り合いをしておるのか? 全く、人間はしち面倒くさい事をするのう」
ムツメが呆れたように言い、更に「大体、こやつの尻はわしの所有物じゃぞ!」と憤慨する。いや、俺の尻は俺の物なんですけど。
「ええと、じゃあクララさん……じゃなくてペトラさんをマイルストンへ送り返して、『俺の事は放っておいて下さい』って伝えてもらえば……」
「阿呆、そんな事をしても向こうが間者の存在を認めるわけがなかろうが。知らぬ存ぜぬと白を切られるのが落ちじゃわ」
「う~ん……じゃあ、ペトラさんにはこれまで通り『クララさん』として市庁舎で働いてもらって、俺の事は『勘違いでした』って報告してもらうとか……」
「市庁舎に潜り込んでたようなやり手が、んな間抜けな勘違いすると思うか? それにオレの『神降り』の件もあるんだから、神の眷属がいるって話の信憑性も高くなるだろ。別の奴をこっそり送り込んで確認しに来るんじゃねえか?」
「え~っと……それじゃ、堂々と神の眷属として『静かにお祭りを見物させて下さい』ってお願いするとか……」
「向こうの市長の性格からして、表向きは従うかもしれませんが、裏で色々画策する可能性は高いと思います。最悪、マキノさんを抱き込めないと分かると王都に情報を垂れ込むということも……こっちの都市をエルカ・リリカ様の眷属が贔屓にするよりはマシでしょうし、その上、眷属の存在を隠していた私や市長の事も失墜させられるでしょうからね」
「は、八方塞がりとはこの事か……」
思わず溜め息が漏れる。俺はただ感謝祭を平穏に見物したいだけなのに、なんでこんな事に……騒動の原因であるエルカさんに頼んで、ゴッドパワーで一部の人間の記憶を消してもらうか? でも、エルカさんの事だからなんかまたやらかしそうで怖いな……間違えて記憶を全部消しちゃって廃人作っちゃうとか仕出かしそうだ。
「そうじゃ、わしが向こうの市長と司祭にちょいと脅しでもかけてやろうか? 尻に傷でも付けてやって『次はこの程度では済まんからな』と言ってやれば大人しくなるかもしれんぞ」
「おっ、楽しそうだなそれ! オレも変装して付いて行っていいか?」
「ちょっ、神の眷属が他人に依頼して市長と司祭を脅すとか洒落にならんから!」
「その、出来ればそれは勘弁してもらえないでしょうか……暴走しがちなところもありますけど、アンリも根は悪い人間じゃないので……」
俺とヴェルヌイユさんに止められたムツメは「良い案じゃと思うんじゃがのう……」と残念そうに呟く。神の眷属がムツメみたいな大物と結託して都市の首脳陣を襲撃とか、下手したら戦争だろうがっ……!
でも、他にアイディアが浮かばないのも確かではある。もう俺が立ち退くしか無いのかなぁ、と天井を仰ぎ見ていると、ふと、ある考えが頭をよぎった。
「……そのアンリっていう人は、勝てばよかろうなのだって価値観というか、勝負事で不正するような人ですか?」
「いえ、あれこれと策は巡らせますが、不正の類はしませんね。『きちんと勝つ』ということにこだわりがあると言いましょうか」
ぼんやりと浮かんだ「考え」の輪郭が、はっきりとしてくる。何かと張り合ってくる積年のライバルで、正面から勝つのにこだわっていそう、と。
「それじゃ、いっそのこと正面から勝負を持ちかけるとかどうですか?」
「と、言いますと?」
「ちょっかいを良くかけてくるってことは、ヴェルヌイユさんに何とかして勝ちたいんだと思うんですよ。だからヴェルヌイユさんから勝負を持ちかけたら断らないと思うし、表立って決着がつけばあれこれと言い訳はしないんじゃないですか?」
「まぁ……そうだと思います」
「おい、表立って勝負って一体何する気なんだよ?」
「そう、そこで『武道会』だよ!」
俺以外の全員が「武道会?」と疑問の声を上げる。
「ヴェルヌイユさん、競技場って頼んだら使わせてもらえるんですかね?」
「ええ、大丈夫だと思います。競技場で武道会とやらをやるんですか?」
「はい、そうです。都市の代表をお互い数人ずつ選んで、都市間対抗の武道会を感謝祭の見世物としてやる、っていうのはどうですか? あ、こんな急に前例の無い事は無理ですかね……」
「いえ、マキノさんが市長に頼めば可能だと思いますよ。でも、こちらが良くても相手が乗ってくるとは限らないんじゃないですか?」
「その辺はクララさ、いやペトラさんにも手伝ってもらおうかなと。サラ、ペトラさんって市庁舎の仕事に復帰させようと思えばさせられるかな?」
「ああ、間者だって知ってるのはオレらだけだからな」
「そうか良かった。ペトラさんには、俺に悪さを働こうとしたマイルストンの間者だってことを市長さんにバラさない代わりにそのまま間者を続けてもらって、こっちの情報を都合良い部分だけ流してもらおうと思ってさ」
「へぇ、面白そうじゃねぇか。具体的にはどういう情報を流すんだ?」
「えっと、『神の眷属だと騒がれたりするのは嫌がっている』、『滞在する都市には特にこだわりは持ってなくて、自分を楽しませてくれそうな都市に滞在したがってる』、『司祭同士の因縁の関係に興味を持ってる』ってとこかな。こういった情報をいくつか裏から流しておいて、正面からも打診すれば乗ってきてくれるんじゃないかな~と」
「ふむ、まぁ可能性はありそうじゃな。おおそうか、分かったぞ! わしがその武道会とやらに出て、相手の代表を粉微塵に粉砕玉砕すればいいんじゃな!」
「い、いや、ムツメには相手が強硬手段に出た時の備えになってもらおうかなと……ムツメと仲が良いって事もさりげなく匂わせておけば、向こうも無茶はしないだろうし。そ、それにほら、こっちにはセツカがいるから、わざわざムツメの手を煩わせる必要も無いだろ?」
俺が言い訳を並べ立てると、ムツメは「なんじゃつまらん」と顔をしかめた。こいつに出場されたら相手の選手がさくっと瞬殺されて、向こうも納得しないだろうしな……まして、正体がムツメノカミだなんてばれようもんなら紛争に発展しかねないわ。
「それじゃヴェルヌイユさん、またソーントン市長との話し合いの場を設けてもらってもいいですか? それと、出来ればヴェルヌイユさんとサラにもその話し合いに参加して欲しいんです。ペトラさんの名前を伏せたまま上手く説明出来るか自信が無いので、色々と話を補助してもらえればと……」
「ええ、分かりました」
「おう、オレも構わねぇよ」
「よし、当面の方針はこれで決定! それじゃ、話も落ち付いたところで、景気づけに羊羹でも食べますかっ」
「おっ、いよいよか。じゃあオレはルロイ茶でも取って来るわ」
俺は立ち上がるサラに「おう、よろしく」と答え、机の上に置いていた羊羹を手に取り、竹の皮を模した包みをがさがさと開いていった。
「――私も、都市間対抗武道会の話に異議はありません」
ペトラ(クララ)さんの名前は伏せつつ、相手に俺の情報が漏れた事、武道会の勝敗で白黒はっきりさせたい事などを説明すると、ソーントンさんはそう言って頷いてくれた。ほっ、とりあえず第一関門は突破ってとこかな。
「しかし、一体どこから漏れたのか……この街に不利益になる事をするような住人がいるとは、面目次第も御座いません。マキノ様にとんだご迷惑を……勿論、犯人を見つけたらマキノ様の目の前でズタズタに引き裂いて――」
「い、いや、それはもういいんです。いずれどこかでバレた事でしょうし、いい機会だと思う事にしますから。それに、物騒なのは苦手なので……」
やんわりとお断りすると、「そうですか? お気を使っていただき感謝の極みです」とソーントンさんが恐縮するように言った。感謝祭を見に来たはずが血祭りを見る事になるとか、堪ったもんじゃないしな。
「それで、具体的にはどのような形式で戦うのですか?」
「ええっと、それぞれ三人くらいの代表を選出して、順々に一人ずつ戦っていき、先に相手を全員倒した側が勝ちって事にしようかなと。こっちの選手はセツカ、マリー、京四郎あたりを考えてるんですが……」
「セツカさんの腕前は良く知っておりますし、残りのお二方も他ならぬマキノ様のお仲間ですので異存はございません。ただ……都市に定住している者をもう一人入れた方がよろしいかと。外部の人間ばかりだと、相手がケチをつけてくる可能性があるかと思いますので」
「あ、言われてみればそうですね……」
都市間対抗なのに出場してるのは都市に住んでない選手ばかり、ってのは変だもんな。しかし、他に腕が立ちそうな知り合いなんていないしなぁ。
「ソーントンさんのお知り合いで、どなたか腕に自信のある方っていませんか?」
「そうですね……私としては、サラさんに出場していただきたいのですが」
「えっ、サラに、ですか?」
俺、ソーントンさん、ヴェルヌイユさんの視線が一斉にサラへと向けられ、素を隠して話し合いに加わっていたサラも流石に面食らったような顔をしていた。確かに、この街の住人ではあるけど……。
「サラさんは確か、セツカさんの手解きでいくらか腕に覚えがありましたよね? 支援魔法も得意ですし、それに何より神降りのあった張本人ですから、相手も納得するでしょう。この上ないこの都市の『代表』だと思うのですが」
「それは、確かに……いやでも……」
俺は言葉に詰まりながら、伏し目がちになっているサラの顔をちらっと見やる。他人に『素』を見せる事をあれだけ嫌ってるのに、表舞台で殴り合いさせるってのは、流石に……。
誰か他に適任者はいないか聞こうかと思っていると、ふいにサラが表情をきゅっと引き締め、
「分かりました、私も出場します」
と、澄んだ声で返事をした。
「おお、そうですか! ではもう心配はいりませんな!」
「良かった良かった」と安心した顔を見せるソーントンさんを横目に、サラに真意を問いただそうと顔を向けると、サラは小さく右手を上げて俺を制した。
「それでは早速、マイルストンの方へ使いを出しますね。感謝祭に間に合わせるために急いで段取りをつけないと……すみません、慌ただしいですが、私はこれで失礼させていただきます。ご無礼をお許しください」
「あっ、いえ、こちらこそ無理なお願いを聞いてもらってすみません。交渉の方、よろしくお願いします」
この前の様に壁の一部を回転させて部屋から出ていくソーントンさんを見送り、ぱたりと壁が元に戻るのと同時に、俺はサラの方へ顔を戻して「なあ、本当に良かったのか?」と疑問をぶつけた。
「公衆の面前で戦うなんて、その、まずいんじゃ……」
「……まぁ確かに気が引けるけどよ、市長の言う事ももっともだしな。オレが出れば向こうさんも文句は無いだろうし、それにセッちゃんがいれば何とかなるだろ。相手がどんな奴だろうと腹にドカンと一発かまして、さくっとお終いだよ」
「確かに、セツカに敵う奴がいるとは思えないけどな……」
先鋒をセツカにして、相手を四人とも倒してもらえば済む話ではある。もしも相手にセツカより強い奴がいたら、この都市の誰を連れてこようが結果は同じだろうしな。
すると、それまで黙って話を聞いていたヴェルヌイユさんが「こんな時に言うのも、なんですが」と口を開いた。
「……サラがこうして自分から前に出る決断をしてくれたというのは、私はちょっと嬉しくもありますよ」
そう言って穏やかな笑みを浮かべてサラを見つめるヴェルヌイユさんに対し、サラは「せ、先生、そんな大げさな……」とわたわた動揺しながら声を漏らした。おお、サラの奴、照れてやがんな。思わぬ展開だったけど、これはこれで良かったのかもしれないな。
「だ、大体、セッちゃんが相手を全員片付ける予定なんですから、オレまで出番は回ってきませんよ……お、おい牧野、セッちゃんにしっかりと武道会の規則を叩きこんでおいてくれよな」
「おう、任せとけ。それじゃ、俺もちょっとペトラさんと一緒に魔法協会と石工ギルドへ打ち合わせに行ってくるわ。武道会の会場作らなきゃいかんからな」
俺は「じゃ、また後で」とサラとヴェルヌイユさんに軽く手を振り、部屋を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます