第27話 サラ・エルカリアと秘密の部屋

「クララさん、今日も案内ありがとうございました。それに、いただいたローブのおかげか昨日より目立ってなかった気がします」


 教会の廊下を歩きながら礼を言うと、クララさんは「いえ、それが務めですので。そう言っていただけて幸いです」と恭しく返事をした。俺は京四郎とマリーを連れ、クララさんに二日連続で街を案内してもらったのだった。


 昨日は魔法協会やギルドをいくつか見学して回り、今日は各礼拝堂や競技場なんかを案内してもらった。昨日歩き回った時はすれ違う人にじろじろと観察されたため、今日はクララさんが用意してくれたローブを羽織り、衣服を隠して街見物へと繰り出していた。それでも多少見られている気はしたものの、昨日よりはだいぶマシだったと思う。


「そうね、今日は昨日よりも動きにキレがあったし、まずまずの案内ぶりだったわ。その辺の凡夫には違いは分からないでしょうけどね、あり触れた型通りの案内で思考停止して満足するのではなく、お客の満足のためにちゃあんと頭を働かせ、改善していることがあたしには見て取れたわ。その向上心と創意工夫、流石はこのあたしが見込んだ案内人ね!」

「お褒めにあずかり、光栄の至りに存じます。道中でマリー様が見つめていらっしゃった干しマッケリー肉をこの教会に届けさせておりますので、よろしければ後ほどお召し上がり下さい」

「ほう、ちゃんとそこにも気づいていたのね! けれど、それだけに惜しいわね……あとほんの一歩であたしの真意に気づけたはずなんだけども。あたしが見つめていたのは干しマッケリー肉では無く、店主が飲んでいたお酒の方よ! 惜しい、実に惜しいわ……ま、干しマッケリー肉も食べるけどね!」

「これはとんだ失礼を致しました……ですが、このような事もあろうかと、マルコス産の酒も一緒に届けさせております。干しマッケリー肉とも合いますので、是非ご堪能下さい」

「なんと、万一に備えてそこまで手を打っておくとは……! まさかこのあたしが一本取られるなんてね。大したものだわ、誇りに思っていいわよ! 苦しゅうない!」


 マリーが「うしゃしゃしゃ!」と汚い高笑いをし、クララさんは涼やかな顔で「恐縮です」と返事をする。す、すげぇなこの人は……あのマリーにここまで冷静に付き合えるなんてな……。俺だったら、今のやり取りの間だけでもう十回は雷落としてるとこだわ。


 呆れるやら感心するやらで、マリーとクララさんの様子を少し離れた場所で見ていると、背後から「おや、マキノさん。今お戻りですか」とヴェルヌイユさんが声をかけてきた。


「あ、さっき帰ってきました。今日はセツカとサラ戻ってますか?」

「セツカは今日も運送ギルドの所で打ち合わせで、サラは第三礼拝堂の方へ行ってますね。急用でしたら、私が二人を呼んできましょうか?」

「あ、いえ、用ってわけじゃないんです」


 ちょっと聞いてみただけで、と息だけで呟く。一昨日、街の散策を一緒にどうかとサラにも声をかけたが、「オレが今更この街を見物してどうすんだよ。お前らだけで行ってこい」とむげなく断られてしまい、それ以来、姿を見ていない。セツカはまぁ居なけりゃ居ないでほっとするが、あのけたたましさに毒されてしまったのか、何かこう「欠けた」感じもする。


 ほんの数日とはいえ、サラの機嫌を損ねたまま会えていないということが、頭の隅の方に引っかかってぶら下がっている。早いうちに会えば存外さくっと仲直り出来そうで、でも、間が空けば空く程、それが困難になりそうな気もして。


 小さく息を吐く。いかんいかん、こうやって気にしすぎるのは俺の悪い癖だな。エルカさんに丈夫な肉体を貰うだけじゃなく、この心配性な所も変えてもらえば良かったかな、と思っていると、ヴェルヌイユさんが「このところ、サラが随分と楽しげでしてね」と口を開いた。


「神降りやマリーさんの一件をきっかけに、屈託なく『素』をマキノさんたちにさらけ出せているおかげだと思います」

「あれ、でもヴェルヌイユさんやセツカもサラの素は知ってたんですよね?」

「ええ、そうなんですが、やはり私はサラにとって『先生』なのか、一歩遠慮した感じでして。それに私のコネで教会に取り立てられたと言われるのを気にしてか、素をより一層周りに隠すようにもなってしまいましてね。今回の『穀持ち』だって実力で選ばれたのに、私の面目を潰すまいと必要以上に気を張って……」


 俺は「なるほど」と頷いた。サラもコネを気にしてたのか……なんかエルカさんと気が合いそうだな、二人とも素は凶暴だし。あ、ひょっとしたら、エルカさんがサラを依代に選んだのは霊力の高さだけじゃなくて、その辺も理由に含まれてるのかな。


「あと、セツカはサラがもっと気が小さかった頃からの友達なせいか、サラが強く『我』を出さないんですよ。決して仲が悪いわけではないんですがね。だから、マキノさんやマリーさんは悪友というかなんというか、無遠慮に接することが出来る仲間、という感じなんだと思います……と、エルカ・リリカ様の眷属に対してこの言い方は失礼でしたか」

「いやいや、そんなことはありませんよ。俺もサラの事は気の置けない長年の仲間みたいに感じてますから」

「そう言って頂けてありがたいです。どうか、これからもサラと仲良くしてやってください」


 ヴェルヌイユさんはそう言って穏やかな笑みを浮かべ、「では、私はこれで」と場を後にした。


 悪友に、仲間……ね。こりゃ、責任重大だな。でも、ずっと頭の隅に引っかかってぶら下がっていたものは、軽くなった気がする。明日はサラに、会えると良い。


 俺はそんなことを考えながら、横で話を聞いていた、でも会話の内容は良く分かっていないであろう京四郎の頭をポンポンと軽く叩いた。




 翌朝、教会へ迎えに来たクララさんに「何か市外の物品が手に入る店とか市場ってありますか?」と尋ねると、クララさんはしばらく考えるように黙ってから「心当たりがありますので、少し確認してみます。確認が取れたら行ってみましょうか」と提案してくれた。市内で買える物じゃセツカやサラへのお土産にならないしな。


 中庭で京四郎やマリーと遊んでやりながら時間を潰していると、「お待たせしました。確認が取れましたのでご案内いたしますね」と再度迎えにきたクララさんに連れられ、教会を出発した。


「おう、一昨日の兄ちゃんじゃねーか! 今日はローブ着てんだな!」


 道中、ふいに声をかけられて顔を向けると、肉の串焼きのような物を売っている店のおじさんが俺に笑顔を向けていた。そういえば、一昨日もこの道を通ったな。


「あ、どうも。一昨日の俺、やっぱ目立ってました?」

「そりゃあな。ここで商売してっから旅人は良く目にするけどよ、兄ちゃんみたいな服装を見るのは俺も初めてだったわ。ほれ、これ持ってきな」


 おじさんは串焼きを四本差し出し、俺が「えっ、ちょっと待ってください」とお金を取り出そうとすると、「金は取らねーよ! ほれっ、早く!」とぐいっと手渡しされた。


「感謝祭前だしな。街見物、楽しんでけよ!」

「どうもすみません。また改めて買いに来ますね」


 おじさんに軽く手を振って歩き始めると、マリーが「ちょっと、貰えるもんはさっさと貰っておきなさいよ」と文句を言いつつ、俺が手に持っている串に取り付いた。


「感謝祭前でみんな気が緩んでるのかしら。あんたを市中引き回しにしたらもっとタダ飯貰えそうな気がするわ! 今日はタダ飯巡りと洒落込むのもいいかもしれないわね!」

「マリー様、どうかそれはご容赦を……後ほど、ご馳走を用意致しますので」

「あら、ほんの冗談よ冗談! ご馳走が楽しみね!」


 マリーは「ぶひゃひゃ!」と笑いながら肉にかじり付いた。こいつ、絶対本気だったろ……意地汚い奴だな。でも、クララさんもだいぶマリーの扱いに慣れて来たな。俺の負担も減って言う事無しだわ。


 クララさんにも串焼きを渡そうとすると、「いえ、私は結構ですのでキョウシロウ様へどうぞ」と言ってくれたので京四郎に串を二本渡し、俺も串焼きをかじりながらクララさんの後に付いて行った。


 横道へ入ってしばらく進み、また更に横道へ入ると、通路は薄暗く寂れた様子になり、人通りも多く賑やかだった大通りとはだいぶ雰囲気が変わってきていた。う~ん、裏通りって感じなのかな。ちょっとおっかないけど、クララさんは迷いなく進んで行くし、隠れ家的名店でもあるのかもしれないな。


 途中、座り込んでこちらを見つめている子供がいたので、串焼きを分けてあげようと串を見せながら手招きするも、そっぽを向いて奥へと走り去ってしまった。あらら、警戒されちゃったかな。


「ちょっとあんた、無神経よ! 子供にだって誇りはあるんだからね、上から目線で恵んであげようなんておこがましい考えは捨て、一個の人間として扱いなさい! それにその辺の奴に分け与えるなんて無駄な事するくらいなら私に寄越しなさいよ!」

「お前はもうちょっと誇り持てや! お前にやるくらいなら自分で食うわ!」


 俺の串にも取り付いて食べようとするマリーを払いのけつつ、俺は急いで残りの肉を口の中へ放り込んだ。全く、油断も隙も無いな……でも無神経だったのは確かだし、今後はもう少し気を付けよう。


 気を取り直し、また横道へ入って一層細くなった道を進んで行くと――


「おい……どこへ行くつもりだ?」


 前方の建物の陰から、サラが姿を見せた。


「あれっ、サラ? こんなとこで何してんの?」

「おう、牧野。お前こそ、こんな辺鄙な場所へ何の用だ?」

「え、俺はその、クララさんに市外の物が手に入る店か何かありませんかって聞いて、ここへ案内されて来たんだけど……」

「へぇ、そりゃおかしいな。こっちにはそんな店無いはずなんだがな?」


 そう言ってサラがじろっとクララさんを睨みつけると、クララさんは狼狽した様子で「ど、どうやら道を間違えてしまったようですね。戻りましょう」と声を漏らした。


「そうか、道を間違えたのか。じゃあ折角だから、オレもついていくわ」


 クララさんをじいっと見つめたまま、サラがこちらへ一歩踏み出すと――クララさんはバッと身を翻し、一目散に後ろへ走り出した。


 突然の事に思考が追い付かず、遠ざかるクララさんの背中と立ったままのサラを交互に見ながらその場でオロオロしていると、クララさんが逃げた先の横道から何か影のような物が飛び出し、クララさんと交差するや、


「ぐべえっ!!」


 と、クララさんは大きな呻き声と共に地面に勢い良く倒れ込んでしまった。現れた影を良く見てみると――セツカが、右手を手刀の形にして仁王立ちしていた。そのままクララさんをひょいっと担ぎ上げ、こちらへと駆けてくる。


 ぽかんと口を開けて棒立ちしていると、マリーが「ちょ、ちょっとちょっと、一体何事よ!?」と戸惑った声を漏らし、その声で俺もハッとなって口を開いた。


「そ、そうだよおい、今のは一体なんなんだよ!?」

「今のは殴道宗奥義の一つ、『首にドカンッ!』だよっ! も~、ちゃんと出発前に説明したでしょ?」

「いやそっちじゃねえよ! なんでお前らがこんなとこにいて、クララさんが逃げ出すはめになったのかってことだよ!」


 セツカは「あ~、なんだそっちね」と言いつつ、担ぎ上げていたクララさんをどさっと地面へ下ろした。クララさんは白目を向いてだらんと脱力してしまっている。ち、ちゃんと生きてるんだろうな……てか、俺にこれを食らわせるつもりだったのかよコイツは。


「数日前にね、運送ギルドの親方から『不審な荷物の動きがあるから一緒に調べて欲しい』って頼まれてさっ。調べた所、この奥にある建物に大量の魔石が運び込まれてる事が分かってね。時期的に、こりゃどうもシンタロー絡みじゃないかと思って、サラっちにも協力してもらってたんだよね」

「あ、ここ何日か居なかったのはもしかしてそのせいか?」

「おう。依頼元を調べてたんだけど、間に何人も挟んでやがって依頼の出所が掴めなくてな……。とりあえず周囲を見張らせてたら、にわかに動きがあったってんで、オレも出向いてきて周りをガキ共に見張らせてたんだよ。そしたら、お前たちがやって来たってわけだ」


 サラがちらりと背後に目をやると、物陰からひょこっと子供が現われた。先ほど、串焼きを分けてあげようとして逃げられた子供だ。そうか、サラに報告へ行くために走っていったんだな。


「じゃあ俺たち、クララさんに何かされるとこだったってことか?」

「そうだな。あの魔石の量からして、転移魔法じゃねーかと踏んでるんだが」

「転移魔法、って……まさか、王都へ転移とか?」

「う~ん、でも王都に情報が伝わるには流石にまだ早すぎるし、王家はここまで回りくどいことしねーと思うんだよな。向こうは父神オルディグナス様の加護を受けてんだから、その娘であるエルカ・リリカ様の眷属相手にチマチマした事はやらねー気がすんだわ。もしバレてたなら、縁戚扱いで接触してくると思う」


 サラは「ま、とにかくこいつに詳しい話を聞いてからだな」と、セツカと協力してクララさんの口と手足を縛り、後ろの子供から大きなズダ袋のような物を受け取って、その中へクララさんを詰め込んだ。セツカが袋詰めになったクララさんを再びひょいっと担ぎ上げる。


「それじゃあ行くか。お前も有難うな、助かったわ。他の奴らにもよろしく言っておいてくれ」


 サラが子供に軽く手を振ると、子供はたたっとどこかへ走り去っていった。そして数日ぶりに、この四人とおまけの羽虫一匹で、連れ立って道を歩いて行く。


「あ、そういや市長さんに報告とかしないで良いのか?」

「市長が絡んでる可能性もあるし、こいつを尋問してからの方が良いだろ。絡んでなかったら絡んでなかったで、かなりの大騒ぎになっちまうだろうしな。それはお前も嫌だろ?」

「まぁ、確かにな……俺を護衛するはずの人が、一番の騒ぎの種って……」

「ふん、あたしは最初から『こいつはくせえッ!』って感じてたわよ! このあたしの美しくも神々しい体に向けられていた、ねちっこく纏わりつくようないやらしい視線ときたら堪ったもんじゃなかったわ……! ああ嫌だ、思い出しただけでも寒気がするわ!」

「いや、お前は完全にまるめ込まれてたし、お前に視線を向けてたとしたら『この我がままで気色悪い羽虫、一体どう駆除してくれようか』って思いながら見てたはずだからな?」


 マリーが「あんたから駆除してやるわよゴルァ!」と飛び掛かって来たのを迎え撃っていると、サラが「そういやさ」と口を開いた。


「市外の物を手に入れてどうするつもりだったんだ?」

「あ、いや、セツカやサラへのお土産にしようと思ってな……市内で普通に手に入る物だと珍しくもなんともないだろ」

「ああ、なるほどな。でもセッちゃんはともかく、オレには羊羹を食わしてくれれば別にそれで良かったのに。エルカ・リリカ様のおかげで知識としては知ってるけど、実物はまだ食べてないんだからよ」

「あっ、それもそうだな……普通に羊羹の事を知ってるから、もうとっくに食べてるもんだと勘違いしてたわ……」


 俺の言葉を聞いたサラは「お前ってやっぱどこか抜けてるよな」と呆れたような視線を俺に向ける。


「返す言葉も無いです……じゃあ後で召喚して、みんなで食べるか」

「おう、頼むわ……っと、もう教会だな。セッちゃん、そろそろ交代するよ」


 サラがクララさん入りの袋を受け取ると、セツカは「じゃ、私は運送ギルドに一度顔出してくるから、また後でねっ」と言い残して駆け出していった。


「あれ、尋問って教会でやんの?」

「おう、ちょうど尋問向きの部屋があるからな」


 一瞬「尋問向きの部屋?」と疑問が浮かぶが、ああ、ルカリウスって部屋のことか、と思い至った。羊羹を召喚するのにもう何度か使ったけど、確かに周りに部屋も無くて防音性は高そうだったしな。


 教会の中へ入ると、サラは予想通りルカリウスの部屋へと繋がる廊下を進み始めた。やっぱりあそこかと思いつつ、俺もサラの後ろに続く。そしてルカリウスの部屋の扉が見え――サラは、その部屋の前を素通りした。歩を緩める気配も無く、更に廊下を進んで行く。


「えっ、おい、サラ。尋問ってルカリウスって部屋でやるんじゃないの?」

「ん? ああ、そっちは『表懺悔』だろ? オレが使うのは『裏懺悔』だよ」


 裏懺悔? と思いながらそのまま歩いて行くと、ようやくサラがある扉の前で止まり、その扉を押し開いた。後ろから覗き込んでみると、石の階段が下へと続いているのが見て取れたが、奥の方は闇に包まれていてどうなっているのか良く分からない。


 サラは空いている左手で懐から光石を取り出し、灯りをつけて石の階段をおりていく。俺は京四郎に「中庭の方で遊んで待っててくれ」と言ってから、その後を追った。いくらか下っていくと再び扉が目に入り、サラはその扉の前で袋からクララさんを引っ張り出していた。


「ここが『裏懺悔』って部屋なのか?」

「おう、そうだ。王家のおかげで争いが無くなって久しいけど、やっぱ教会はいざって時に備えてないといけないからな。そのための部屋さ。おい、お前もそろそろ目を覚ましな」


 サラがぺちぺちとクララさんの頬を何度か叩くと、口を縛られているクララさんが「うう……」とくぐもった呻き声を漏らし、体をもぞもぞと動かし始めた。意識を取り戻したようだ。


「おう、お早うさん。気分はどうだ? これからいくつか聞きたい事があるからよ、しゃきっと目を覚ましてくれないと困るんだよな」


 サラの言葉を聞いたクララさんは「う、うう」と再び低い声を漏らした。


「おうおう、随分と反抗的な目だねぇ。ま、そうこないとこっちも張り合いがねぇからな。ほれ、この部屋の名前見えるか? ほら、あれだよ」


 サラが扉の上の方に光石の灯りを当てると、何やら文字が書きつけられているのが分かった。目を凝らすと、見覚えの無い文字だが、どういう意味であるのかが感覚的に分かる。


 そこに書かれていたのは――


『生まれて来たことを懺悔室』


 あっ、これやばいやつだ。


 クララさんも部屋名が見えたのか、びしっと体が強張るのが伝わった。


「おう、見えたみたいだな。ま、部屋名はちょいと大仰だがよ、中に置いてあるのは遊具みたいなもんだから安心しな……オレは『ラオール号』って名前のやつが一番のお気に入りなんだ。それに、なんたってオレは聖職者なんだからな。オレが一番得意なのは支援魔法だけどよ、回復魔法だって結構イケてるんだぜ? なっ、だから心配はいらねえ。ほら、力抜けよ」


 サラがクララさんの耳元で囁くようにそう言い、フッと耳に息を吹きかけると、クララさんの体がビクッと大きくはねる。


「それと、この部屋はいざって時の秘密の抜け道にもなってて、城壁外の墓地へと地下で繋がってるんだよ。だからな、何がとは言わねぇけど、万一の時だって安心さ。何が、とは言わねぇがな」


 サラが「よし……それじゃ、入室といくか」と『裏懺悔』の扉を開くと、それまで固まっていたクララさんが慌てたようにぐいっと首を後ろに捻り――俺と目が合った。俺が背後にいる事に気づいていなかったのか、クララさんはまた数秒固まったかと思うと、それから「ヴー! ヴヴー!」と懇願するような目で必死に唸り始める。


「おいおい、慌てなさんなって。全く、そんなに騒ぐなんてよほど待ち切れないのか? あ、そうだ。おい牧野、折角だからお前も見学して行くか?」

「い、いや……俺は京四郎と中庭で土遊びするっていう超重要な使命があるから、今日の所は遠慮しとくわ」

「そうか? じゃあマリーは?」

「い、言ってなかったかしら? 実はあたしも土遊びに目が無いのよね~! ほら、シンタロウ! 久々にお得意の建築趣味をあたしに披露しなさいな!」

「お、おう! そうだな! ひとつ気合い入れて備中松山城でも作るか! よ~し、パパ頑張って天空の城錬成しちゃうぞっ!」


 くるっと身を反転させ、たったったっと軽妙に階段をのぼっていくと、背後から「ヴヴヴヴヴーッ!!」という凄まじい雄叫びと、「ほら、お前はこっちだよ」というサラの平べったい声が続けて聞こえ――ばたり、と扉が閉まる音と共に雄叫びは途切れた。


 それから中庭に出て京四郎たちとミニ備中松山城造りに励んでいると、俺のエルカイヤーが時たま猿の叫び声のようなものを聞き取ったが、「大道芸人さんが近くで猿回しでもしてるのかな?」と気にせず、黙々と土遊びを続けた。

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