第23話 マリーは燃えているか

 大通りに沿ってしばらく歩いていると、ふいに立ち並んでいた石造りの建物群が途切れ、開けた広場のような場所へと辿り着いた。広場の中心辺りにはちょっとした噴水が置かれている。


 周囲に目をやると、その一角にこれまでの建物とはだいぶ雰囲気の異なる、尖塔を備えた立派な建物がそびえていた。あれがセツカの言ってた教会かな、と思っていると予想通りセツカがそちらの方へ歩き始めたので、俺もその後ろに続いた。


 教会の正門らしき扉の前にまでやってくると、セツカはドンドンドンと豪快に扉を叩きながら「頼もぉーっ!」と大声を上げた。傍から見ると道場破りにしか見えんな、などと考えていると、中からシスターらしき女性が現われ「あら、セツカさん」と言葉を漏らした。


「どもどもー。ヴェルヌイユ先生いらっしゃいますか?」

「ええ、おりますよ。どうぞお入りください」


 扉が大きく開かれ、招かれるままに中へと入ると、そこは小さく仕切られたロビーのような空間になっていた。左右にはそれぞれ石造りの通路があり、真正面には立派な木造の扉がもう一つ拵えてあった。この扉の向こうが礼拝空間なのかな。


 きょろきょろと辺りを観察している俺とは対照的に、シスターさんとセツカは慣れた様子で右手の通路を進み始め、俺も京四郎を肩車したままその後ろに引っ付いていった。石造りの廊下をいくらか進むと、シスターさんはある扉の前で立ち止まって扉をノックし、「セツカさんとお連れ様がいらっしゃいました」と告げた。すると、中から「どうぞ」と落ち着いた男性の声で返事があった。


 シスターさんが扉を開くと、中は執務室のような感じの部屋になっており、奥の机には四十歳くらいの穏やかな雰囲気の男性が座っていた。男性がシスターさんに「案内どうもご苦労様」と声をかけると、シスターさんは「それじゃ、私は失礼しますね」とその場を後にした。


 男性は「意外と早い戻りでしたね、セツカ」と言いながら立ち上がり、それから俺の方を見て「どうぞ、中へお入りください」と声をかけてくれた。俺は京四郎を肩から降ろしつつ、「あ、こりゃどうも、失礼します」と遠慮がちに室内へ足を踏み入れたが、セツカはズカズカと部屋へ入りながら口を開いた。


「どもっ、先生! ちょっとぶりです!」

「元気そうで何よりです。そちらの方々はセツカの新しい知り合いですか?」

「そうそう、巡礼者用の宿舎を貸してもらおうと思って連れてきました!」


 いつもの調子で遠慮が無いセツカにこっちがハラハラしていると、セツカの言葉を聞いた男性は俺の方へ近づき、穏やかな笑みを浮かべながら「はじめまして、この教区で司祭をやっております、フランク・ヴェルヌイユと申します」と右手を差し出してくれた。おおっ、セツカの知り合いなのになんという常識人なんだ。


「急に押しかけて来てすみません。俺はシンタロウ・マキノと言います。こっちは京四郎で、俺の服の胸の部分に入ってるのがマリーっていう妖精です」


 自己紹介しつつ手を握り返していると、それまで身を潜めていたマリーがぴょこっと頭を出して口を開いた。


「どうも、ご紹介にあずかりました、近々この一帯を新たに支配することになる超神聖妖精大王のマリぐええっ! ちょっ! 鷲掴みやめぐえええ!」

「初対面の人に洒落にならん冗談はやめろ! 教会の上に磔にするぞ!」

「やれるもんならやってみなさいよ! 教会から聖なる妖精汁が際限なく降りそそぐ奇跡にエルンストの人々は感動と畏怖の念に包まれることになるわよ!」

「ちょっと二人ともっ! 恥ずかしいからやめてよー!」


 セツカの言葉で「やべぇ、思わずいつもの調子でやっちまった」と冷静になると、ヴェルヌイユさんは口元を軽く押さえ、くっくっと小さく笑っていた。


「なるほど、確かにセツカの知り合いに間違いなさそうですね」


 その言葉を聞いたセツカは、ぷうっと頬を膨らませながら「ちょっと先生! どういう意味!?」と抗議の声を上げた。俺はほっと安堵しながらも、「す、すみません、お騒がせして……」と謝罪し、マリーを胸ポケットにねじ込んだ。


「いえいえ、慣れてますから。巡礼者用の宿舎を借りたい、ということですね? 喜んでお貸ししますよ。ただ、時期が時期ですので……用意出来て二部屋ほどになってしまいますが……」

「いやいや、十分ですよ! 急に押しかけたのは俺達なんですから、端っこの小さな部屋とかでも全く構いませんよ」


 セツカに一部屋、俺と京四郎に一部屋で、マリーは天井にでも吊るしておけばいいしな。


「あっ、部屋と言えば重要な事を忘れるとこだった。先生、マリーだけロドザネウスに泊めてもいいかな?」

「え? いや、混んでいるといっても客人をあそこにお泊めするのは……」


 ヴェルヌイユさんは何やら渋っている様子だったが、セツカが「いやいや、必要になるんですよっ」と言うと、「ああ……そういうことでしたら構いませんよ」と一転して承諾した。


 ロドザネウス? と疑問に思っていると、マリーがまたぴょこりと頭を出し、


「あら、ロドザネウスって言えば勤労と清潔を司る神様じゃない。その名を冠するってことは、どうやらこのあたしにぴったりの部屋みたいね! セツカもようやくあたしの真価を理解出来てきたみたいじゃない? 感心よ! マリー超神聖王国を建国した暁には、将軍として取り立ててあげるから楽しみにしてなさい!」


 と、調子に乗ってぺちゃくちゃと喋り倒した。勤労と清潔とか、マリーから最も遠い概念じゃねぇか。「勤労と清潔さが身に付きますように」って願掛けのための部屋とかなのか?


「まっ、それはいいとして……サラっちって今います?」

「ああ、サラなら祭礼の予行のために近頃はずっと第三礼拝堂の方にこもりきりですね。まだ感謝祭まで日はあるから、あまり根を詰めすぎないようにとは言っているんですが……」

「あっ、そういえば今回のこく持ちに選ばれたんだっけ。サラっちは相変わらず生真面目だなあ~。私を見習って、もうちょっと肩の力を抜いて何事も気楽にやればいいのに……シンタロー、その目は何? 何か言いたいことでも?」

「えっ!? いやいやいやどうした突然!? 何も無いよ!」


 サラさんとやらの爪の垢を煎じて飲んで欲しいとか全然思ってないよ!


「……まぁいいけど。でも第三礼拝堂じゃちょっと距離があるなぁ。親方たちの所にも顔を出さなきゃいけないし……」

「サラに何か急用ですか?」

「いやね、サラっちにシンタローを紹介しようと思いましてっ」


 セツカの言葉を聞いたヴェルヌイユさんが少し驚いた顔になり、「ほう、サラにですか」と言いながら俺の顔をちらりと見やった。そのままじっと見つめられ、なんだか緊張を感じていると、ヴェルヌイユさんは「ふむ」と言葉を漏らした。


「それなら、明日になったら第三礼拝堂へ私が案内しましょうか。予行の様子もお見せできますしね」

「えっ、俺みたいな部外者が見物してもいいんですか?」

「ええ、どうせ予行ですからね。それに、セツカが紹介したいというほどの方なら全く問題ありませんよ」


 ヴェルヌイユさんはそう言うと、にこりと穏やかに微笑んだ。セツカの奴、よほど信頼されてるんだな……項羽か呂布かって勢いの傍若無人っぷりを散々見せつけられた身からするとちょっと不思議だが、祭礼の予行を見せてもらえるってのは有難いな。今回は素直に感謝しとくか。


「良かった、それなら安心だっ。それじゃ、他の事はまた明日にでも決めるとして、そろそろ宿舎に案内しよっか。どの部屋が空いてます?」


 ヴェルヌイユさんは机の上の帳簿のような物を見ながら「ええと……十七号と十八号ですね」と返事をし、セツカが「了解でーす」と言って部屋から出ていこうとしたところで、俺は聞きたい事があったのを思い出し、慌てて口を開いた。


「あっ、すみません、ちょっと大きな音を出しても周りの迷惑にならない場所とか部屋ってありますか?」

「音ですか? そうですね……この部屋の丁度反対側にある、『ルカリウス』という部屋が周囲に部屋の無い独立した造りになってますね。普段は市民の悩みを聞くのに使ったりする部屋なのですが」

「その、無理を承知でお願いしたいんですが、ほんのちょっとでいいんで、誰もいない時間帯にその部屋をお借りできませんか?」

「ああ、日が沈んでからならいくらでもお使いになって構いませんよ」


 俺はほっとしながら、「無理を言ってすみません」と少し頭を下げた。今日の分の羊羹はもう道中で召喚してあるけど、明日以降は叫んでも大丈夫な空間を確保しとかないといかんからな……変に街を騒がせてしょっ引かれたくはないし。


「よし、それじゃ今度こそ宿舎に案内するねー」


 セツカが扉を開けて部屋から出ていき、俺はもう一度ヴェルヌイユさんへ軽く頭を下げてからセツカに続いて部屋を後にした。再び石造りの廊下を進んで行く。


「ええっと、ロドザネウスは……あっ、ここだここだ」


 セツカが立ち止まって扉を開き、その肩越しに室内を覗くと、中には大きめの木製の長椅子のような物が一つと、その上に畳まれた布が置かれているだけのシンプルな部屋だった。神様の名を冠してる割には質素な気がするけど、「勤労と清潔」にはこういう方が合ってるのかな。


 マリーも俺の胸ポケットから飛び出し、部屋の中をぶ~んと飛び回りながら「う~ん」と唸り声を漏らしていた。


「随分と簡素な部屋ねぇ……広さは悪くないけど、この質素さは高貴で高潔なあたしには相応しくないんじゃ……あら、あの奥の扉は何かしら?」


 言われて部屋の奥を良く見てみると、奥の壁には鎧戸と扉が拵えてあった。鎧戸があるってことは、あっちの扉は外につながってるのか?


「ああ、あの扉の向こうは中庭だね。この部屋だけすぐに中庭に出られるようになってるんだよ」

「まぁ、中庭ですって!? 部屋の中は寒々しい貧相な感じだけど、中庭にすぐ出られるなら許せるわね! 気に入ったわ、苦しゅうない!」


 マリーは奥の扉の正体を知った途端、くるっと手のひらを返して満足気な声を上げた。まぁこっちとしてもマリーを隔離できるのは有難いし、納得してくれたんなら何よりだわ。


「じゃ、マリーはこの部屋で、私たちはこっちねー」


 セツカの案内でまた廊下を少し進むと、いくつかの扉が等間隔で並んでおり、セツカは「シンタローたちはここっ」とその内の一つを開いた。


 中は先ほどのマリーの部屋を一回り小さくしたような感じで、奥の壁には鎧戸があり、部屋の隅に置かれた木製の寝台には布が添えられていた。その傍らに小さな木の台も置かれている。その台の上には燭台のような物が設置されているが、蠟燭を刺す針が無く受け皿だけになっており、俺は「あれ、これって何使うの?」とセツカに疑問をぶつけた。


「ああ、それは光石を置いておく台だね。あと、そこの壁に小さな窪みがあるでしょ? 寒い日なんかは魔力を込めた火の魔石をそこに置いて暖を取るんだよっ」


 セツカの指し示す先を見ると、確かに壁に小さな窪みがあり、俺は「なるほど」と頷いた。魔石って中々便利なんだな。


「それじゃあ、私はちょっとギルドの親方のとこに顔出しに行ってくるねー。お金渡しておくから、なんか必要なら街で適当に買ってくればいいよっ」


 セツカは背負っているリュックの中から小袋を取り出し、「ほい、五マルセル硬貨が三百枚くらい入ってるから」と言って俺に手渡した。硬貨が三百枚近く入ってるだけあってか、ずしっとした重みを感じる。


「急にお金渡されても、俺はこの辺の物価が良く分からないんだけど……」

「え~っと、そうだね……一日の食費が五十マルセルくらいかな?」

「てことは……三十日分の食費が入ってるってことか? えっ、ちょっと多くないか? 一度にこんなたくさん貰って大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫! こう見えて、護衛だとか賞金首倒したりだとかで結構稼いでるからね!」


 セツカは誇らしげに言うと、「むんっ」と胸を張った。まさかこいつ、ちょっとした金持ちなのか? お偉いさんとのコネもあるし、なんか意外というかショックというか……っと、やべえ、またセツカの目が鋭くなってきてやがる。なんか日に日に勘が鋭くなってる気がするんだが。


 早く何か言い訳しなきゃと頭を悩ませていると、ちょうどセツカの背後からマリーがやって来たので、これ幸いと「おっ、マリーちょうどいい所に来たな! セツカに金貰ったから街見物にでも行こうぜ!」と声をかけた。


「あら、いいわね! さっき街角で何か美味しそうな串焼き売ってたから、そこに行きましょう!」

「……それじゃ、私も出かけるね。道に迷わないようにね?」


 セツカはそう言い残すと、すたすたと部屋から離れていった。ほっ……何とかうまく誤魔化せたな。街に着いて早々腹パンされて、感謝祭まで寝込むはめになんかなったら洒落にならんしな。


「よし、それじゃ街見物にでも行くか! 京四郎も何か欲しい物があったら遠慮せずに言うんだぞ? お金は暴力お姉ちゃんにいっぱい貰ってあるからな~」


 セツカに貰った硬貨のたんまり詰まった小袋を京四郎の前に示してやると、京四郎は興味深そうにツンツンと小袋をつついていた。天使か?


「あっ、そうだわ。ちょっと街へ繰り出す前に、中庭で小石をいくつか拾ってキョウシロウに持たせておいてくれない?」

「小石? そんなもんどうすんだ?」

「ちょっとあたしに考えがあるのよ。妖精の里随一の知恵袋、マリー様の知恵に乞うご期待!」


 正直なところ嫌な予感しかしないが、まぁ小石程度なら特に害は無いかと思い、俺たちは中庭で石を少し拾ってから街へと繰り出していった。




 来る時に通ってきた大通りを遡って歩いていると、マリーが「ほら、あそこよ」とある一角を指差した。見ると、少し横道に入った所に串焼きを売っている店が構えられていた。


「おっ、あれか。じゃあ三つほど買いに行くか」

「ちょっと待ちなさい。店にはあたしとキョウシロウだけで買いに行くわ。あんたはそこの建物の陰あたりで待ってなさいよ」


 出鼻をくじかれ、「は? なんでだよ?」とマリーの方へ向き直ると、マリーはやれやれと言った様子で口を開いた。


「前々から思ってたけどね、あんたはキョウシロウを甘やかしすぎなのよ。成長を促すにはね、時として誰にも頼る事無く、一人孤独に試練へと臨まなくてはいけないの。試行錯誤し、難題を乗り越えることによって初めて生物は大きく成長するのよ。あんたはキョウシロウの貴重な成長の機会を阻害してるってわけ。けどま、いきなりは抵抗があるでしょうから、今回はあたしが付き添ってあげるわ。ほら、分かったら早くそこの建物の陰に隠れて、震えて吉報を待ちなさい!」

「い、一理あるけど、お前が言うと説得力が皆無だな……」


 マリーが「どういう意味よ!?」と吠えたてるが、俺は「そのまんまの意味だよ」と返した。でもまぁ確かに「可愛い子には旅をさせよ」って言うしなぁ……こいつの言う通りにするのは何だが、あえて身を引くことが京四郎のためになるのかもしれんな……。


 俺は決意を固めると、小袋の中から五マルセル硬貨を十枚ほど取り出し、京四郎に手渡しながら、


「いいか京四郎……しばしのお別れだけどな、俺は、そばでお前の事をずっと見守ってるからな……。その事を決して忘れるんじゃないぞ。寂しかったら、すぐに俺の元へ戻ってきていいからな。分かったな?」


 と、熱く語りかけた。京四郎は硬貨を受け取った左手をぐっと握りしめると、こくんと頷いた。ああ、心なしか既に一皮むけて、歴戦の戦士のような顔つきになってる気がするぞ。こうして子供は親を越えていくんだな……と感慨に浸っていると、空気の読めないマリーが「茶番長くない? お腹空いてるんだから早くして頂戴な」と雰囲気をぶち壊しにした。こいつ、後で焼き土下座決定だわ。


 俺は建物の陰に身を潜めつつ、「よし、後は頼んだからな」とマリーに声をかけると、マリーは「大船に乗ったつもりでいなさいな!」と返事をし、京四郎に「いいわね、キョウシロウ。あたしが言う通りにするのよ?」と語りかけながら店の方へ近づいていった。


 う~ん、でも、待ってるだけってのはもどかしいよな……。あ、そうだ、俺にはエルカさんから授かったエルカイヤーがあるじゃん! 聞き耳を立てるくらいなら過保護にはならんよな、ということで、俺は耳に手を当てつつ、遠目に店先の様子を見守った。


「どうも、ご主人。串を三本ほどいただこうかしら」

「へいらっしゃい! 串を三本で、六マルセルに――」


 と、その時、突如として「パァン!」と何かが弾けるような音が響き渡り、店のおじさんと俺はビクッと体を震わせた。


「あらあら、この子ったら! 駄目じゃない、そんな風に石を粉々に吹き飛ばしたら! ごめんなさいね、何しろこの子、力が有り余っているものでして、ちょっとやりすぎてしまうんですよ……で、おいくらでしたっけ?」

「へ、へえ……串、三本で、六マルセ――」


 またもや「パパァン!」という大きな破裂音と共に、京四郎の右手の上の小石が派手に弾け飛び、店のおじさんは「ひいい!」と悲鳴を上げた。


「あらあら、この子ったら! 駄目じゃない、そんな風に石を粉々に吹き飛ばしたら! ごめんなさいね、また石が弾ける音で値段が聞き取れなかったわ。で、おいくらでしたっけ?」


 店のおじさんは顔を青くしながら「お、お客さん、勘弁してくださいよお!」と悲痛な言葉を漏らしたが、マリーはけろっとした様子で、「あら、変な事を言うわね。あたしが『おいくら』と聞いているのよッ!」とおじさんに追い打ちをかけていた。あ、あいつ、京四郎になんちゅうことをやらせとんじゃ……。


 俺は耳から手を離すと、マリーをじっと見据え――「パチンッ」と小気味よく指を鳴らした。途端、マリーが炎に包まれ、「ギエエ――――――ッ!」という断末魔と共に地面へぼとりと落下した。店のおじさんが仰天した顔になり、俺はすかさず建物の陰から飛び出して店の方へ全力でダッシュした。


「やあやあどうもこんにちわ! いやあ感謝祭も近いせいか人が多いですね! そういえば最近なんか物が突然燃える『自然発火現象』っていうのが流行ってるらしいですね! いやあ怖いですね! ところで串三本いただけますか! ここに五マルセル硬貨を二つ置いていきますね! お釣りは取っておいて下さい! それじゃさようなら!」


 俺は右手で串焼きを三本受け取ると、呆気に取られた顔をしている店のおじさんを尻目に、急いで京四郎を左腕で抱え込み、地面に転がるマリーをドリブルしながら素早く奥の路地裏へと逃げ込んだ。壁に体を預け、ふうっと大きく息を吐く。


「間一髪だったな……ほら京四郎、串焼きだぞ~。たんとお食べ~!」

「おいゴルァ! 何が間一髪じゃ! 殺す気か!」


 京四郎に串焼きを渡していると、黒焦げの上に埃まみれになったマリーが地面からぎゃあぎゃあと吠えかかってきた。


「何だマリー、生きてたのか。おいお前、俺の華麗な足捌きに感謝しろよな。危うく警備兵か何かにひっ捕らえられて、『性悪妖精の処刑記念祝賀会』とかに発展するところだったんだからな。命があるだけよかっただろ。ほれ、分かったら大人しく教会に戻るぞ」

「あたしは安く購入してあげようと値下げ交渉してただけじゃない! 素人が余計な手出しをしたせいで計画が台無しだわ! どうしてくれるのよ!」

「どう見ても恐喝だっただろうが! 京四郎に片棒を担がせてんじゃねえよ! 他の魔物さんの迷惑になるような事はすんなつっただろうが!」

「キィーッ! もう謝っても許さないわ! 天を見なさい! 見えるはずよ、あの死妖精が――ッ!」


 俺は掴みかかって来たマリーを迎え撃ち、路地裏で雌雄を決する猛烈な闘いが始まった。横にいる京四郎は、俺とマリーの事などお構いなしに二本の串焼きをぺろりと平らげ――三本目の串に噛り付いていた。

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