第19話 異世界の空の下俺の叫び声は流れる

「ひょーっひょっひょっ! いやあ、眼福じゃ! 実に眼福じゃったぞ! 長い事生きておる身じゃが、こんなに見事な芸を見るのは久々じゃった! 満足、実に満足じゃ! キョウシロウとやらも楽しげに見ておったが、こやつも芸術を見る目があるようじゃな! いやはや将来が楽しみじゃのう!」


 小一時間ほど衆目に晒されながら尻をブリブリし続けていた俺に対し、ムツメが興奮気味に労いの言葉を投げかけた。京四郎はムツメのそばでちょこんと座り込んで楽し気な表情をしており、そのやや後方にいるサイモンとセツカは何とも言えない憐憫の目で俺を見つめていた。


 俺は涙目になって俯きながらも「お褒めに預かり、光栄です……」と消え入りそうな声で答える。京四郎も尻芸を楽しんでくれてたっぽいのがせめてもの慰めだわ……。


「ゼェッ……ゼェッ……! あ、あたしも合いの手……やり切ったわよ……! ど、どんなもんじゃーいっ! ゲハアッ……!」


 勝手に俺に付き合って合いの手を入れ続けていたマリーが、胸ポケットからガラガラ声で言葉を漏らした。尻芸を披露する前は邪魔なだけだと思っていたのだが、いざブリブリし始めてみると、静寂の中でブリブリし続けるよりはマリーの合いの手があった方がかなりマシだ、という事に気づかされたのだった。でもこいつに助けられたというのが癪なので何も言わないでおく事にする。どうせ調子に乗るだけだしな。


「よし、それじゃあ芸も堪能し終わった事じゃし、宴会といくか!」


 ムツメが月漣丹を掲げながら宣言すると、サイモンも『おっ、良いですな! 我も月漣丹の酒を飲むのは久々です!』と喜びの声を上げた。まぁサイモンの怒りもすっかり収まったんだから、尻を犠牲にするだけの価値はあったはずだよな。そうでも思わんとやっとれんわ。


 盛り上がっているムツメ達を遠目に眺めていると、セツカがすすっと遠慮がちにそばまで近寄って来て、なんとも言えない表情で俺をじいっと見つめ始めた。何見とんねんワレ。


「……おいやめろ。頼むから何も言ってくれるな」

「え~っとその……流石、シンタローだねっ! 無理な体勢ながら、動きに物凄くキレがあったよっ!」

「何も言うなって言っただろが! んな事言われても何の慰めにもならんわ! 俺はもう悪夢を忘れたいんだから、そっとしておいてくれッ!」


 そう言って突き放すが、セツカはその場でもじもじとしたまま、まだ何か言いたげな様子だ。なんだ、おしっこでも我慢してんのか?


「その、えっと……何ていうか、今回は随分と迷惑をかけちゃったというか……えっと……ご、ごめんなさい……」


 予想だにしなかった言葉に驚いて目を向けると、セツカはしゅんとした様子でうなだれていた。まさか、あの狂犬セツカが謝るとはな……こいつが反省するほど俺のブリブリが悲惨だったって事なのか……?


 不意を突かれたせいでドギマギとしながらも、俺はしょんぼりしているセツカに声をかけた。


「か、勘違いしないでよねっ! 貴様を倒すのはこの俺だってだけなんだからねッ!」

「えっ!? じゃあとうとう殴り愛してくれるの!?」

「ちょ、違う! ノリで言ってみただけだから! だからこぶしを構えるな! えっと……まぁ、なんだ……元はと言えば、エルカさんが結界で生態系を破壊したのが原因な『あっそぉーれ!』だし、それにお前が無理矢理にでも俺を連れ出さなかったら、ダンジョンで京四郎っていう俺の永遠の天使にも出会わな『はぁどっこい!』って羽虫うるせぇぞコラ! 合いの手被せてくんじゃねえッ!」


 かすれた声で必死に合いの手を被せてくるマリーを胸ポケットの奥へ押し込み、俺は改めて口を開いた。


「ったく……ええっと、それで、だ……まぁ、転生する前もな、職場じゃ『面倒見の良い新ちゃん』って言われててな。上司の杉下さんの愚痴には毎回付き合ってたし、後輩の吉田の尻ぬぐいだっていつもやってたんだよ。一回死んでも直ってないんだから、これはもう、俺の根っからの性分って事なんだと思うんだわ。幸いにもエルカさんに強靭な肉体をもらったから、今度はおいそれとは死なないとは思うけどな……だからその、なんだ、俺がまた早死にしないように、お前が気を付けてくれよな」


 何となく気恥ずかしさでモゴモゴとしながら答えると、それまで沈んだ表情だったセツカがパッと顔を輝かせた。


「うん、分かったッ! これからは後腐れが無いように気を付けながら正々堂々と殴り愛するねっ!!」

「いやそこは殴り愛を止めるとか減らすとかじゃねえの!?」


 ぐわっと吠えるようにツッコミを入れると、セツカは「わぁっ、逃げろーっ!」と言いながらムツメ達の方へぴゅーっと走り去っていった。あ、あいつは本当に……まぁ、その方がセツカらしいか。


「その懐の広さ、流石はあたしの巣と言ったとこゲホオッ! で、でもね、時には厳しさも持ち合わせてないゴホッ! し、真に相手のためを思うならグホッ! あえて心を鬼にしてゲエッホオッ!!」

「いや喉ガラガラのくせに無理して喋ろうとしてんじゃねえよ! ほれ、月漣丹の酒でも貰いにいってやるから大人しくしてろ!」


 ゲホゲホ咳込んでいるマリーを再びポケットに押し込みつつ、俺もムツメ達の方へと近づいて行った。見ると、サイモンが伏せの体勢を取ってぱかっと口を開け、その口の中へムツメが月漣丹から酒をドボドボと注いでいる所だった。めちゃ豪快だなおい。


 近づく俺に気が付いたのか、ムツメは月漣丹を注ぐのを中断してこちらを向きながら「おう、シンタロウ、ちょうど良い所に来たのぉ」と喋りかけてきた。


「この前話してくれたスギシタとお主の話をサイモンにも聞かせてやってくれんか? あれは大層面白かったからのう!」

「えっ、杉下さんの話? う~ん、そうだな……じゃあ折角だから、前に話したのとは別の話するか」


 俺は「ゴホンッ!」とひとつ咳払いをしてからムツメたちへ語り始めた。


「えーっと……ある日、杉下さんとは普段飲まない人たちとも一緒に宴会をする事になったんだけどな、その時、運悪く杉下さんが替えの靴下を持ってきてなかったんだよ。そこで俺は『ひとっ走りして買ってきましょうか?』って提案したんだけど、杉下さんは『いらない。だって俺は臭くないから』って変に意地張っちゃってな」

「なんと、スギシタめ、無茶をしおって……」

『そ、それでどうなったのだ?』

「仕方なくそのまま宴会を始めたんだけど、その内、何人かが『ねぇ、なんか変な臭いしない?』『ガス漏れ?』『餃子じゃない?』とか騒ぎ出しちゃってさ。これはまずいぞって冷や汗を流してたら、突如、でっかい音で誰かが『ブーッ!』って屁をこいたんだよ。場が静まり返る中、吉田が『すみませぇ~ん、俺、今日腹の調子悪くってぇ、さっきから屁が止まんないんすよぉ~』って大声で宣言してな……騒いでた人たちも『なぁんだ、それでか』って納得してくれたんだよね。んで、宴会が終わった帰り道、杉下さんがわんわん泣きながら吉田に『ありがとう、ありがとう……』って繰り返してたんだよな」

『おおっ! ヨシダとやら、大した奴よ!』

「うむ、良い話じゃな!」

「でも酒もすっかり抜けた次の日になると、杉下さん普通に『吉田ァッ! てめぇ提出しろって散々言っておいた書類まだ出てねぇぞ! 早くしろやこのドカスがッ!』って吉田にブチ切れてたんだけどな」

「だははははっ! ス、スギシタ、公私の切り替えきっちりしすぎじゃろ!」

『はっはっはっ! こ、これは確かに笑えますな!』


 俺の思い出話にムツメとサイモンが腹を抱えてヒーヒーと笑い声を上げる。一方、セツカや京四郎は良く分からないと言った様子でぽかーんと立ち尽くしていた。良かったな、杉下さんに吉田……あんたら、異世界の強者にはバカ受けだぜ……。


「あっ、そうだサイモンさん、酒を飲みやすいように地面ちょっとへこませて盃代わりにしましょうか? ついでに月漣丹を逆さのまま固定できるようにこう土を錬成して……っと。よし、これで月漣丹から酒が出っぱなしになりますよ」

『あっ、こりゃどうも、気を使ってもらって……』

「ほれっ、シンタロウも遠慮せずにどんどん飲まんか!」

「お? それじゃ、俺も飲ませてもらおうかな」


 ムツメの勧めに従い、俺は逆さに固定した月漣丹からドボドボと流れ出る酒を両手ですくって、ぐいっと一気にあおった。途端、胃の底の方からじわっと温かい感じが広がっていく。


「おう、良い飲みっぷりじゃ! ほれっ、もっと飲め飲め!」

「どわっ! わ、分かったから酒をバシャバシャ飛ばすな!」


 そうして、草原のど真ん中で奇妙な面子による大宴会が始まったのだった。





「――で、そのクリスマスっていう日に三人で飲みに行ってて、俺と吉田の二人で杉下さんに『備長炭の力で消臭効果抜群! 靴の中敷パッド』っていうのを送ったらさ、案の定『俺は臭くねえって言ってるだろおおお』って泣き叫んでたんだけど、次に会社で会った時にはバッチリ使ってるんだよな。しかも『おい、これどこで買ったんだ?』って聞いてきてさ、自分で新しいのを買おうとしてるっていうね」


 繰り広げられる俺の杉下さんトークにより、ムツメとサイモンがヒィヒィと腹を抱えて笑い転げた。マリーもいつの間にやらサイモンの頭の上に陣取り、酒を飲んで顔を真っ赤にしている。京四郎は酒を飲まず、月漣丹が酒を注ぎこんでいる窪地から用水路のような物を引いて遊んでおり、セツカは酒の匂いだけで顔を真っ赤にして大の字で倒れ込んでいた。あいつ、阿保みたいに頑丈なくせに酒は全然駄目だったんだな……。


「おっ、そういえばシンタロウのために植物の種を持ってきておったんじゃった。すっかり忘れ取ったわい。ほれっ、種蒔きじゃっ!」


 ムツメが懐から何か粒のような物を取り出したかと思うと、そのままバッと手を広げて豪快に撒き散らした。小さな粒が宙を舞って辺りに散らばっていく。


「おいそこ畑じゃねえぞ! 芽が出なかったらどうすんだよ!?」

「大丈夫大丈夫、わしが選りすぐった種じゃぞ? どこに蒔こうがしっかと生えてくるわい! 心配ならほれ、月漣丹の酒でもかけておけば良いわ!」


 ムツメは流れっぱなしの月漣丹の酒を手ですくい、ばしゃっと種を蒔いた辺りに投げかけた。いやいや、酒なんかかけちゃったら絶対枯れちゃうじゃん……仕方がない、今回は諦めるか。また新しいのを持ってきてもらうとしよう。


 と、サイモンの頭の上からその様子を見ていたマリーがぶ~んと羽ばたきながらこちらの方へとやって来て口を開いた。


「おっ、何何、種蒔き? じゃ、あたしの出番ね! あたしの妖精汁には植物の成長を促進する効果もあるんだからね! ペペッ! ペペペッ!」

『おっ? 妖精汁だと? それなら我だって使えるぞ! ほれっ、ドラゴン汁だ! ベッ! ベッベッ!』


 サイモンがマリーの真似をして口から大量の唾を飛ばし、周辺にベチャベチャと巨大な水滴が衝突した。体が大きい分、唾もとんでもなくでかく、俺は慌てて「汚っ!」と飛び散る唾を避けた。


「ちょっとモンちゃん、それあたしのパクリでしょ!? ドラゴン汁なんて聞いたことないわよ!?」

『そんな事言い出したら我だって妖精汁なんて聞いたことないぞ! これはれっきとした我の編み出した技だ!』

「よろしいならば裁判だ! 法廷で会おうッ!!」


 いつの間にやらマリーはサイモンの事を「モンちゃん」と馴れ馴れしくあだ名で呼んでいるようだ。こいつ、宴会前は俺の胸ポケットにずっと隠れてたくせに……。まぁ仲が良いに越したことは無いか、と思っていると、ムツメが赤らめた顔を俺の方へ向けて「おいシンタロウ! 何か他に芸は無いのか!」と難題を吹っかけてきた。


「他に芸って言われてもなぁ……あっ、ちょうど月漣丹の酒も溢れて来てるし、もっと窪みをでかくして、その中でひとつ泳ぎでも披露してやろうか?」

「おう、良いぞ! 酒の中を泳ぐなんて中々無いしのう!」

「よし、それじゃ錬成して穴をでデカくしてっと……京四郎もばっちり見ておいてくれよ! 溝口中みぞぐちちゅうのアジフライと呼ばれた俺の華麗な泳ぎをなッ!」


 こんな具合にどんちゃん騒ぎを繰り広げながら、草原の中での大宴会は進行していった――。






「……んおあ?」


 引きずられるような感覚の中、ふっと俺の意識が覚醒した。何やら背中がずりずりと擦れるような感じがする――と思っていると、突如、俺の両足が勢い良く引き上げられ、そのまま俺の体は逆さ吊りの格好になってしまった。


「うおおッ! な、何だ!? 何が起こった!?」


 寝起きでまだ瞼が重いものの、なんとか目をこじ開けて足元を確認すると、得体の知れない緑色の太くて長い物が俺の足首辺りにぐるりと巻き付いていた。どこかから伸びてきているソレが俺をぶらんと宙に吊り下げているのだ。


 な、なんじゃこの気色悪いのは!? エイリアンの触手か、それとも異世界のタコか何かか!?


「ウオラアァッッ!!!」


 吊られたまま狼狽していると、渾身の掛け声と共に「ブチッ!」とその緑色の太くて長い物がちぎれ飛び、俺は肩から地面へと落下してしまい「ぐへえっ!!」と呻き声が漏れた。鈍い痛みを感じながらも急いで起き上がって体勢を整える。


「た、助けてくれたのはセツカか!? 一体何がどうなっ……て……」


 俺の言葉がそこで途切れてしまったのは、眼前の光景に圧倒されたからだった。


 昨日の時点では草しか生えていなかったはずの地面から、太くて逞しい植物のツルがにょきにょきと幾本も伸び、蠢きながら周囲一帯を埋め尽くしていたのだ。そこら中のツルには巨大な花までいくつも咲かせており、直径三メートルはあろう花弁の中央には二口女の後頭部のようなグロテスクな口と舌が覗いている。セツカはそんな化け物植物との激しい戦闘の真っ最中だった。


「な、なんじゃ、こりゃ……」


 唖然としたままその場で固まっていると、ちょうどセツカがツルの一本をブチッと引きちぎり、そのままこちらの方へ飛び退いてきたので、俺は慌てて「お、おいセツカ! これ一体どういう状況なんだ!?」と疑問をぶつけた。


「あっ、シンタローおはよー。私もさっき起きたばっかりなんだけどね、その時にはもうこいつらがいたんだよねぇ」

「そ、そうなのか……あっ、ムツメとかサイモン達は!?」

「ああ、それならあっちの方で寝てるみたいだよっ」


 セツカが指差した方を見ると、ムツメとサイモンがそれぞれ仰向けになって地面の上で寝転がっているのが目に留まる。化け物植物もあいつらに触れたらやばいと本能で分かっているのか、そちらの方には伸びて行こうとはしていないようだった。


「そ、それじゃ京四郎は!?」

「キョーシローはそっちー」


 セツカが今度は反対方向を指差し、またそれを目で追うと、京四郎がゴーレムを操って数本の蔓をまとめて締め上げているのが目に入った。ほっ……さ、流石は京四郎だ、化け物植物にも全然負けてないな。


「ええっと、一応聞いておくと……マリーは?」

「マリーは……確か、さっきあの辺で花びらに追いかけまわされてたような……?」


 セツカが自信なさげに指差した方を見ると、何やら花弁の一つが苦し気にのた打ち回っており……って、あっ……これ、確実に食べられちゃってますね……。


「それじゃ、私はまたこいつらとの戦いに戻るねー。ハァッ!!」

「えっ、あ、ちょっと!」


 呼び止める間も無く、セツカは地面を強く蹴って再び植物の方へ飛び込んでいった。呆けたままその様子を眺めていると、ツルの何本かがこちらにウネウネと伸びてくるのが見え、俺は慌ててツルに向けて「ふぁっ、ファイヤー!」と両手から火を放出した。するとそれを察知したのか、ツルは俺の眼前でぴたりと動きを止めた。


 俺は両手から火をゴオオッと出したまま小走りでムツメ達の方へ駆けていき、火を消してからムツメの体を必死に揺さぶって声をかけた。


「お、おいっ、ムツメ起きろ! こっ、この植物、一体どうなってんの!?」


 ムツメは「ぐがっ、なんじゃあ、うるさいのお……」と不機嫌そうな声を漏らしながらも目を覚まし、「んおっ?」と化け物植物の方を見やった。


「んん……? ありゃ、わしが持ってきた植物じゃなあ……? なんぞでかい気はするが……ははあ、そうか、月漣丹の酒に加えて妖精汁やらドラゴン汁やらをぶっかけたから、その魔力を吸って急成長したんじゃろ」

「ま、魔力を吸った?」


 酒だの妖精汁だのをぶっかけても枯れずに、むしろ逞しく成長したってのか……異世界の植物ハンパねぇな……しかも、心なしかさっきより更に大きくなってる気がするぞ。


 伸びている植物の蔓を目で追っていくと、何やら複数の花弁が特定の場所に群がっているようだった。あれって確か、サイモン用に作った月漣丹の池だよな……そういや片付けしてないままだから、まだ酒が出続けてるんじゃ……? あれっ、てことはまだ魔力を吸い続けてる!?


「おいムツメッ! こ、こいつらまだ巨大化してるぞ! お前が持ってきた植物なんだから何とかしてくれよ!」

「ええ~? そんなこと言われても、わしまだ眠いし……わしに構わず、お主が煮るなり焼くなり好きにせい。わしはまた寝る! いいか、絶対に起こすなよ! 絶対じゃからな!」


 ムツメはにべもなくそう言うと、ごろんと横向きなって「ぐがああああ」と再び盛大にいびきをかき始めた。こりゃ駄目だと見切りをつけた俺は、今度はサイモンの方に近寄って「おいサイモン! 起きて植物を吹っ飛ばしてくれ!」と巨体を揺さぶってみる。だが俺の腕力では大して揺さぶれず、サイモンも『ごがああああ!』といびきをかいたままだった。


 冷や汗を流しながら、化け物植物の方へと向き直る。セツカがせっせと蔓を引きちぎっているが、どうやら再生能力があるらしく、千切れた箇所からは新たに複数の蔓が生え出してきていた。


 おいおい、これじゃ俺の火力じゃとても燃やしきれないぞ……と思っていると、足元が急激に引かれるような感覚がし、俺は「どわあっ!」と叫びながら引っ張り上げられ、またもや逆さ吊りとなってしまった。そのままぐるんぐるんと乱暴に振り回され始める。


「うおおおおおおおっ! かっ、鎌鼬っ!!!」


 なんとか蔓に狙いを定めて鎌鼬を放つと、ズババッと蔓が切断され、俺は再び背中からどすんと地面へ落下した。強打した背中をさすりながら、顔を上げる。


 右の方では、セツカや京四郎が植物と戦いを繰り広げており、マリーを食べたであろう花弁の一つが苦しそうに蠢いている。左の方では、ムツメとサイモンが騒ぎなどお構いなしに、豪快にいびきをかいている。そして真正面では……いくつもの蔓が再び俺に狙いを定め、ウネウネとこちらに迫ってきていた。


 ひく、と顔が引きつり、冷や汗が首筋を伝う。


 俺は蔓の襲撃に備えて両手を構えながらも、天を仰ぎ――叫んだ。


「エルカさ――ん! 早く様子を見にきてくれ――っ! 間に合わなくなっても知りませんよ――――ッ!!」


 俺の悲痛な叫びは、やはり今日も気持ちよく晴れ渡っている空の中にすうっと吸い込まれていき――跡形もなく、消えた。




               <第一章 完>

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