第17話 キレよドラゴン

 俺が作った大仏がドラゴンの背後に立ち、そのこぶしをドラゴンへ向かって突き出していた。いや、正確には俺が作ったのよりも二回りほど大きく、ドラゴンの巨体にも見劣りしない逞しい体付きとなっていた。


『な、なんだこいつは!? どこから現れた!?』


 ドラゴンが動揺した声を漏らしながら慌てて後ろへと向き直り、大仏と取っ組み合う。ま、まさか、穏やかな仏の心を持ちながら、激しい怒りによってスーパー大仏さまへと目覚めてしまったというのか!? と、アホな事を一瞬考えたが、こんなことが出来るのは――。


 後方を振り返ると、遠くで京四郎が両手を突き出し、こちらへ向けていた。やっぱり京四郎か! 俺が作った大仏を京四郎がこっそりとドラゴンの背後へ向かわせ、不意をついたらしい。ドラゴンへ視線を戻すと、超大仏さまと激しい殴り合いを始めていた。


 よし、今が撤退のチャンスだ、とセツカの方へ目をやると、セツカも流石に驚いた様子でこぶしを構えたまま棒立ちしていた。俺は急いでセツカのそばへ駆け寄り、いつぞやのダンジョンから逃げ出した時のように腰をがっちり掴んで右肩に背負いあげ、素早く京四郎達の方へ撤退し始めた。セツカが「あっ、ちょっとちょっと! 今が挟み撃ちの好機なのに~っ!」とジタバタするのを「口閉じて大人しくしてろっ!」と一喝する。


 念のため、走りながら空いている左手で「泡泡泡泡泡~っ!」と後方へ大量の泡をまき散らし、更に「竜巻竜巻竜巻ィーッ!」と数本の竜巻を間隔をあけて発生させた。これでいくらか目くらましになるはずだ。


 京四郎たちのそばまで近寄ると俺はしゃがみ込んで手をつき、「錬成ェーッ!」と叫んで横長の大きな窪み――塹壕のような物を作り上げ、その中に飛び込んだ。


 セツカをぽいっと放り投げるようにして放し、それから外にいる京四郎の腰を掴んで塹壕へ引き寄せる。大仏さまを操作するため、京四郎用の足場を新たに錬成して塹壕から上体だけを出せるようにしてやると、京四郎はその足場に立ち、ドラゴンの方へ両手を突き出した格好を取った。


 ひと先ずはやれることをやった俺は塹壕の壁に背を預け、握りしめっぱなしだった羊羹を傍らへ置き、はああと大きく息を吐いた。すると、京四郎の影からマリーがふらりと姿を現した。


「ねぇ、ちょっとちょっと! 結局どうなったの!? ドラゴンと向かい合って動かなくなったかと思ったら、また戦い始めて、かと思えば羊羹を出してまた固まって、そしたらまたドラゴンが吠えて……って、一体全体どういう状況だったのよ?」


 マリーが早口でまくし立てるが、俺も思考が綺麗にまとまらず、空を見上げながら「とりあえず、交渉は失敗した」とだけ短く答えた。それからマリーの方へ顔を少し戻し、「セツカに妖精汁ぶっかけて傷治してやってくれ」と頼むと、マリーは「よっしゃ! お安い御用よ!」と快諾して「ペペペペッ!」っとセツカの体中に妖精汁をぶっかけ始めた。


「うわっ! きたなっ!」

「おい何よけとんじゃゴルァ! あんたのためにいつもより余計に妖精汁ぶっかけてあげてんでしょうが!」


 マリーは吠えながら「ペペッペッペペッ!」と妖精汁をぶっかけ続け、セツカは「うえええええええ」と心底嫌そうにしながらも、甘んじてそれを受け入れていた。かなりえげつない光景だが、まぁ散々騒ぎを起こしたんだから、罰だと思って我慢してもらうとしよう。


 さて、と思いながら、再び空を仰ぐ。お天道様は俺たちの騒ぎなど気にも留めずに燦々と輝いている。いっそ全部夢なら良いのにな、とも思う。しかし、遠くから鳴り響いてくる激しい殴り合いの音と、近くから聞こえてくる「ペペペッ!」という汚い音が、俺を現実に繋ぎ止める。俺たちの尻ぬぐいは、これからだ。


 静かに決意をしてから視線を完全に下へ戻すと、妖精汁まみれになったセツカが目に入った。先ほどまで擦り傷だらけだったはずだが、目に見えて傷が減っており、俺は思わず驚きの声を漏らした。


「えっ!? 妖精汁ってマジで人間の傷も治せるの……?」

「ちょっとシンタロー!? 私もすっかり傷が治ってびっくりしたけどさ、治ると思ってなかったのにマリーに妖精汁かけさせたわけっ!?」

「あんたら妖精汁の効能を信じてなかったっていうの!? 出会った日にあたしが実演したし、霊験あらたかとも言ったでしょうが!!」

「お、お前ら落ち着けって! だってどう考えてもただの唾だと思うだろッ!」


 ぎゃあぎゃあと迫ってくる二人に慌てて言い訳する。さ、騒がしいけど、まぁこの方が「らしい」っちゃ「らしい」よな、と思っていると、マリーが真剣な顔に戻って口を開いた。


「で……これからどうすんのよ? 何か考えはあるわけ?」


 マリーが俺とセツカの顔を交互に見る。セツカは「う~ん」と考え込むような仕草を取り、俺は少し間を空けてから、答えた。


「……俺は、出来ればドラゴンと和解したいと思ってる。今は逆上してるけど、さっき話した時は理性的だったし、それに、騒ぎの責任のほぼ全ては殴り愛を仕掛けたこいつと、それを止められなかった俺にもほんの少しだけあるしな」


 そう言ってセツカを睨むと、セツカはぷんぷんしながら「ほんとだよシンタロー! 保護者ならちゃんと私の面倒見ててくれないと!」と良く分からない逆切れをしてきたので、俺は「おい確かに保護者とは言ったけど調子に乗んな!」とキレ返した。なんでそういう発言はきっちり覚えてんだよ……。


 俺の言葉を聞いたマリーが塹壕から少し頭を出し、ドラゴンの方を見ながら、


「和解って言っても、あんなに暴れ狂ってるドラゴンがあたしたちの話を聞くかしら……」


 と、不安そうな声を漏らした。俺も立ち上がって、竜巻の向こうで大仏さまと格闘しているドラゴンを見据える。大仏さまの方はドラゴンの攻撃で体のあちこちが削り取られてしまっていた。余り長くは持ちそうにない。なんとかドラゴンの動きを止めて、それから時間をかけて説得と謝罪をしたいものだが……動きを止める、か。


 大仏さまを操作するために両手を突き出したままの京四郎をちらりと見てから、俺は頭を引っ込めて二人の方へ向き直り、口を開いた。


「私にいい考えがある――」




「錬成錬成錬成錬成錬成ェ――――――――ッ!」


 全員に作戦を説明してからしばらくの間、俺は連続で錬成して塹壕を拡張していた。道はやや深めにし、背の高いドラゴンから見えにくいようにしたつもりだ。一通り錬成し終えた俺は、塹壕の中を小走りで三人の元へと駆け戻った。


 ふうと大きく息を吐いて、塹壕から少し頭を出し、ドラゴンと大仏さまの様子を窺う。大仏さまは先ほどより更に削られていた。作戦を決行する時が、近い。頭を引っ込めて、セツカへ声をかける。


「よし、そろそろ配置に付いてくれ。分かれ道に四角い目印をつけておいたからな。手順通りに頼むぞ」

「了解っ」


 セツカは元気良く答えると塹壕の中を素早く駆けていった。続けてマリーの方へ向き、「マリーはポケットに入っておいてくれ」と言うと、マリーが「怪我したら妖精汁かけてあげるからね」と言いながらポケットへ潜り込んだ。色んな意味で、そうならない事を願うばかりだわ。


 準備を終えた俺は京四郎の横に並び立って、竜巻の向こうのドラゴンを見やった。大仏さまがドラゴンの一撃をもろに喰らい、大きく抉られ――とうとう、崩れ落ちた。俺は感謝の意を込めて、手を合わせて目を瞑った。俺たちのためにありがとうございました、と。


「よしっ、それじゃ京四郎も配置についてくれ。丸印をつけてある方の道を進むんだぞ」


 俺はそう言って、京四郎の頭をくしゃくしゃと撫でてやった。京四郎は少しの間、黙って俺を見つめていたが、「ほら、頼んだぞ」と促してやると、ようやく足場からぴょんと飛び降りてたたっと駆けて行った。これで残るは俺だけだな。後は野となれ山となれ、だ。


 ぐっと軽く体を伸ばしてストレッチをし、塹壕から這い上がって竜巻の方へと歩みを進めた。セツカ達が駆けて行った方向とは逆の方から竜巻を迂回し、ドラゴンと相対する。ドラゴンが真っ直ぐ俺を見据え、口を開いた。


『……貴様か。今の土くれといい、そこの浮いている泡や竜巻といい、いよいよもって奇妙な奴よ。殴道宗の女はどこへ行った? 貴様を囮にして逃げたか? それとも、例のヨウカンとやらを使うために離れさせたのか?』


 仕事用の口調のためか、比較的冷静な声色だった。だがセツカを見逃す気は無いのだろう、周囲を抜かりなく警戒している。「作戦」のため、本当に申し訳ないが、もうちょっと怒ってもらおう。


「どれも、外れだ。悪いけど……俺に少し付き合ってもらうぞ」


 俺はそう言うと腰を少し落とし、両手を引いて気合いを溜めた。そして思い切り手を突き出しながら「はァッ!」と短く叫ぶと、両手から赤い魔力エネルギー波が飛び出し、瞬く間にドラゴンへと突き進んだ。


『ぬうっ! その魔法は我には効か――』

「だらあっ!」


 気合いの声と共に俺が両手をよじると、エネルギー波はドラゴンの目の前で上へと方向を変え、空の方へ吸い込まれていった。ドラゴンが『むぅっ!』と短く唸り、つられて顔を上げる。その瞬間、二つの影――二体の巨漢ゴーレム、ヨウカさんとカンタさんが後方から素早くドラゴンへと迫り、飛び掛かった。


『ぬおっ!? なっ、なんだこいつらは!? また土くれか!?』


 空の方に気を取られていたドラゴンが慌てて下方へと視線を戻し、二体のゴーレムを振り払おうと大振りの攻撃を仕掛ける。ヨウカさんとカンタさんは飛びのいてそれを躱し、また素早く接近して打撃を叩きこむ。勿論、超大仏さまが敵わなかったのだから、いかにヨウカさんとカンタさんでも通用はしない。真の狙いは――


「再び隙ありだよっ! ドラァッ!!」

『ぐべぇ――――――――――――――――ッ!!』


 二体の巨漢ゴーレムに気を取られたドラゴンの隙をついて接近したセツカが、再びその腹を目がけて凄まじい腹パンを叩きこんだ。ドラゴンが二度目となる絶叫を上げ、衝撃で身体がふわりと少し浮き上がる。そして腹を抱えるようにして丸まってしまい、『おごっおごごごっ!』という呻き声が漏れ出始めた。その……作戦のためとは言え、本当にごめんなさい……。


 申し訳ない気持ちで眺めていると、一撃を叩きこんだセツカがドラゴンからサッと距離を取り、京四郎が操るヨウカさんとカンタさんはうずくまるドラゴンにげしげしと蹴りを入れ……って、あれっ、京四郎それ打ち合わせに無かったぞ!? アドリブで追い打ちをかけるとは……京四郎、恐ろしい子ッ!


 巨漢ゴーレムに足蹴にされながらも、ドラゴンは苦し気な顔を上げてセツカをぎろりと睨みつけ、口を開いた。


『き、貴様アッ! いいっ、一度ならず二度までもッ……! 今のも痛かった……痛かったぞ――――――ッ!』


 ドラゴンが凄まじい咆哮を上げ、気迫で周囲の空間がびしびしと震えた。勢い良くドラゴンが起き上がり、近くにいたヨウカさんとカンタさんがその衝撃でバラバラに弾け飛ぶ。ドラゴンの顔は再び真っ赤に染まっており、般若のような形相へ変化していた。よ、よしっ、ちょっと怖いけど完全に逆上したぞ!


 その様子を見たセツカがニッと軽く笑い、くるりと転身して背中を見せながら逃げ始める。ドラゴンは『逃がすかボケェッ!!』と怒鳴り、ズシンズシンと大きな地響きを立てながらセツカの背中を追いかけ始めた。俺も少し身を低くかがめて、その斜め後ろあたりを駆けていく。すると、途中の草むらから京四郎がひょこっと顔を覗かせた。セツカとは別のルートでドラゴンの後方に周り、隠れていたのだ。


 俺はそちらへ駆け寄って京四郎をひょいと拾い上げ、再びドラゴンの背中を追いかけていく。前方を見やると、ちょうどセツカが盛り上がった土をぴょんっと飛び越えて姿を消したところだった。前にムツメが見下ろしていた、俺が三番目に作った土塁とクレーターだ。


 姿を消したセツカを追い、ドラゴンも土塁をどばあっと思い切り蹴散らしながらクレーターの中へと入りこんだ。京四郎を抱え込んだ俺も、やや遅れてクレーターの縁に到着する。


 中を見下ろすと、セツカとドラゴンがクレーターの中心あたりで殴り合いを繰り広げていた。予定だとセツカはクレーターから抜け出ているはずだったのだが、流石に追いつかれてしまったらしい。ま、まずいな、どうしたものか……。


 中の様子を窺いながら悩んでいると、セツカがドラゴンと取っ組み合いながらも、合間合間に不自然に右手をこちらへ向けている事に気が付いた。あの手つきは……いつぞやのダンジョンに潜る前に説明を受けた、「当たって砕けろ」のハンドシグナルだ。まさか、構わずやれって事か?


 俺は少し躊躇っていたが、どの道、他に選択肢は無いと思い至る。殴道宗のしぶとさと、セツカ自慢の逃げ足を信じるしかない。なんとかしろよ、セツカ。


「よしっ、京四郎やってくれ!」


 京四郎を地面に降ろしながらそう言うと、京四郎がこくりと頷き、両腕を左右に大きく開いた。そして、開いた両腕をぶんっと勢い良く内側へ閉じるように振ると、周囲に盛り上げていた土塁が瞬く間にクレーターの中へ向かって収束し始めた。セツカと殴り合いをしていたドラゴンが異変に気付き、顔を上げて狼狽しながら周囲を見渡す。


『なっ何だ!? 一体何が――ごへぇッ!!』


 目聡く隙を逃さなかったセツカが、ドラゴンの顔面に強烈なパンチを打ち込み、ドラゴンが大きく体勢をくずした。セツカはその反動を利用して後方へと大きく宙を舞う。

 そしてそのまま、中心に収束しつつある土を足場代わりに踏みしめ、次々に土の上をぴょんぴょんと跳躍していった。最後にひと際大きくジャンプし、とうとうセツカはクレーターから抜け出した。


「よっしゃ、さすがセツカ! その信じられない程のしぶとさ、信じてたぞ! うしっ、じゃあやるぞ京四郎っ!」


 俺は京四郎に合図すると自分も両手を地面につき、思い切り息を吸い込んだ。そして、渾身の力で――叫んだ。


「錬成ェエ――――――――――――――――――――――ッ!!」


 途端、京四郎が中心へと集めていた土が更に勢いを増してドラゴンの体に纏わりつき、見る見るうちにその周囲を埋め尽くして固まっていく。ドラゴンが慌てて『ちょっ、ちょっと待っ――』と声を漏らしながら脱出しようと試みるが、俺と京四郎の合わせ技で瞬く間に土の中へと埋もれていき――やがて、クレーターは完全に塞がってしまった。ドラゴンが埋まっている分だけ、ほんの少し地面がぽっこりとしている。


 俺は両手をついた格好のまま「ぶはぁっ」と大きく息を吐き、そのまま少し硬直していたが、セツカが埋め立てた土の上を「作戦せいこーっ!」と喜びながら駆けてくるのを見て、ようやく全身から力が抜け、ほうっと安堵した。


「や、やった、のか……? は、ははっ、やったぞ京四郎! 俺たち二人の愛の勝利だ! よぉしっ、ここに『ドラゴン、俺と京四郎の愛に包まれて眠る』とでも書いて、二人の愛の初勝利記念碑でも建てるか!」

「気持ち悪い事言ってんじゃないわよ! あたしら全員の勝利でしょうが! それと、これ完全に埋まっちゃってるけど、首から上だけは出しておくんじゃなかったの?」


 ポケットからにゅっと顔を出したマリーが突っ込みと同時に指摘をする。あっ、そういえば必死になってたから加減し忘れてたぞ。しこたま気合いを入れて錬成してしまった地面は、踏み固めたかのようにがちっと整っていた。こ、こりゃやばいぞ、急いで空気穴を作らにゃいかん!


「京四郎、ちょっとドラゴンの顔を出すのを手伝って――」


 と、その時、にわかに大きな地鳴りと共に大地がグラグラと揺れ始めた。「地震か!?」と咄嗟に踏ん張っていると、眼前のふっくらとした大地が轟音と共にひび割れ出した。ま、まさか、と思った次の瞬間、凄まじい勢いで地面が隆起し、土塊を周囲へ撒き散らしながら――ドラゴンが、飛び出してきた。


「どわぁっ! か、風――――ッ!」


 俺は尻餅をつきながらも咄嗟に両手から強風を出し、迫り来る土くれから京四郎達を守った。少し離れた場所にいるセツカは自力で土塊を殴り飛ばしている。セツカも大丈夫そうだと分かると、俺はすぐにドラゴンへ視線を戻した。


 土埃まみれになりながらも這い出てきたドラゴンは、『ハァッ! ハァッ!』と大きく肩を揺らしながら息を荒げていた。それから俺達の方をじろっと睨みつけ、荒い息のままぼそりぼそりと喋り始めた。


『け、結界で身体が重い上に、魔力の込められた土で埋められるというのは、さ、流石の我も、死ぬかと思った……こ、この我が、死にかけたんだぞ……』


 そう言うとドラゴンは血走った目をぐわっと見開き、口を限界まで目一杯広げ、


『もう完ッ全にドタマに来た! 格下相手にムキになっちゃってとか言われようとも構わん! お前ら四匹とも絶対に生かしては帰さんぞッ! じわじわとなぶり殺しにしてやるからなッ!! 絶対の絶対にだッ!!』


 と、凄まじい剣幕で吠えた。咆哮の衝撃で体が芯から揺さぶられ、周囲の地面がビキビキとひび割れる。ば、万事休すか……! まさか自力で這い出して来るとは……こうなると、逆上させたのは全くの逆効果だ。


 セツカはまたこぶしを構え直して戦う気でいるが、ここまで事態がこじれてしまっては、なんとか隙をついて逃げるしかないかもしれない。マリーも俺の胸ポケットに身を隠したまま、狼狽した声で話しかけてきた。


「ね、ねぇ、ドラゴンもブチ切れちゃってるし、こうなったらさっさと逃げた方が良いんじゃないの!?」

「あ、ああ、その方が良いかもしれないな。あるいは……」

「えっ、まさか、まだ何か良い考えがあるの!?」

「……あるいは、俺も知らない秘められたスーパーパゥワァがこの土壇場で都合良く目覚め、圧倒的な力の差でドラゴンを落ち着かせるか、だ……!」

「……はァ? すぱぱ? 何?」


 マリーは理解が追い付いていない様子でぽかんと間抜けな顔をしているが、俺は構わず精神を集中させ始めた。やれやれ……ついに俺が本気を出す時が来たようだな――!


 俺の古代より受け継がれし宿命の隠された選ばれし伝説の光と闇の呪われし血の運命か何かよ、今こそあるべき姿に戻れっ! と必死こいて念じていると――ふいに、どこか遠方から「ひゅううう」と風切り音のようなものが聞こえ始めた。


 その風切り音が瞬く間にこちらへ迫って来たかと思うと、突如として巨大な岩が俺達とドラゴンの丁度真ん中あたりの地面に激突し、「ごしゃあっ!」という豪快な音と共に地面へめり込んだ。な、何だ? 俺のスーパーパゥワァが岩を呼んだというのか!? 秘められた力にしてはちょっとスケールが小さい気がするけど……。


 突然の出来事に、セツカは勿論の事、岩の向こう側にいるドラゴンまでも目をぱちくりとさせていた。もしや京四郎が何かしたのだろうかと思って目をやるも、京四郎も俺の足にしがみ付いた格好のまま驚いたような顔をしており、特別何かをした様子では無かった。


 こりゃ一体どういうことだろう、と岩が飛んできた方向を見やると、遠方に小さな人影のような物が見えた。その人影は編笠を被り、上品な着物を身に着け、腰からは瓢箪のようなものをぶら下げていた――。

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