第11話 ラビリンス 拳王の迷宮

 セツカを先頭に、日光を浴びながら草原を歩くことしばらく、やがて俺たちは小高い丘がある場所へと辿り着いた。その小高い丘の横っ腹には洞窟の入口のような穴がぽっかりと開いている。どうやらそれがダンジョンの入口らしい。


「あれが本当にダンジョンなのか? 小さな洞窟にしか見えないんだけど……」


 ダンジョンというくらいだからもう少し立派な物を想像していた俺は、横のセツカに疑問をぶつける。それを聞いたセツカは憤慨した表情になり、


「ちょっと、ダンジョンを甘く見てると命を落とすよっ! 一見ただの洞窟だけど、地面の中に広大な空間が広がってるんだからね! もっと気を引き締めてもらわなくっちゃ!」


 と、俺に釘を刺した。


「おい今『命を落とす』っつったか? 『観光気分で良いよ』とか言ったのはお前だろが! まさか俺を騙したのか!?」

「え~、一部に誤解を招く表現があったことを謝罪いたしますっ。んじゃ、ダンジョンに入る前に装備や道具の確認でもしよっか」


 俺の抗議を適当に流し、セツカは肩から下げた小さな鞄の中をごそごそといじり始めた。こ、こいつ、さては「外に連れ出せば後はどうとでもなる」くらいに考えてやがったな……!


 確かに、ここまで来てセツカを残し一人でログハウスに帰るというのはちょっと気が咎める。俺はまんまとこいつの策にハマった、というわけだ。がくっと気落ちする俺を尻目に、セツカは鞄の中をあさりながらテキパキと喋り始めた。


「え~っと、確かシンタローも光石は持ってて……それと四属性に加えて雷とかの中級魔法を使えるんだったよね? それも詠唱無しで」

「ああ、合ってるぞ」


 俺は道すがら、セツカに一通り使える魔法などを説明しておいたのだった。それを再確認したセツカが、ふと視線を鞄から俺へと移し、


「……やっぱシンタローって中々の強者だよね……」


 と、じいっと俺を見つめ始めた。にわかにセツカから鋭い殺気のようなものが放たれ、瞳孔がぐぐっと開きつつあるのを見て、俺は慌てて口を開く。


「お、おいこらッ! 今からダンジョンに入るんだろうが! 集中しろ集中!」

「あっ、そ、そうだったねっ」


 ハッとなったセツカが涎をじゅるりとすすり、鞄に目を戻す。ほんと油断も隙もねぇな、こいつは……魔物にやられる前に、こいつに寝首を掻かれるんじゃなかろうか……。


 俺がうろんな視線をセツカに送っていると、セツカが「じゃ、光石は私の分だけで良いとして」と鞄からペンダントのような物を取り出した。光石を加工して作った物のようだ。なるほど、それなら手が塞がらなくて便利そうだな。


「それと、ダンジョン内で声を出せない、もしくは出したらまずい状況になったら、こうやって身振り手振りで会話するからね。これが『進め』で、これが『止まれ』。で、これが『当たって砕けろ』ね」


 セツカはそう言ってパッ、パッ、パッとハンドシグナルのような手つきをする。おお、結構本格的だな。こいつの事だから「考えるな、感じろ」とか言って、適当にダンジョンに突っ込んでいくのかと思ってたが。でも「当たって砕けろ」な状況なら、もはや声を出してもいいんじゃないのか……?


「シンタローは水魔法が使えるから水もいっか。あっ、このヨーカンは非常食ね」


 セツカが鞄から羊羹をちらりと覗かせた。これも道すがら召喚し、セツカの鞄に入れておいてもらったのだった。


 俺はしばらく飲まず食わずでも平気なのが実証済みだし、日付が変わればまた羊羹を生み出せるから、万一に備えてこのままセツカに預けておいた方が良いだろう。コイツも徹夜で走り回ってたあたり、かなり頑丈そうではあるが。


「……なんかヨーカン見てたらお腹すいて来ちゃったな……今食べちゃ駄目?」


 セツカが羊羹を掴んだまま固まっていたかと思うと、そんな呑気な言葉を漏らした。


「おい、今食ったら非常食の意味ないだろ!」


 俺が指摘すると、セツカは「ちぇ~っ」と言いながら羊羹を鞄に戻した。人には「気を引き締めろ」って言っておきながら、自分はゆるゆるじゃねぇか。


「さて……とりあえず確認はこんなもんかなっ」


 セツカはそう言うと鞄を閉じてぽんぽんと叩き、「それじゃ、いざダンジョン探索開始~!」とダンジョンの入口へ猛然と突っ走っていった。その場に一人取り残された俺は「おい待て、一人で突っ込むんじゃない!」と慌ててその後を追いかけていく。これじゃどっちがダンジョン初心者か分からんぞ……。


 そのまま入口の中に飛び込んで消えていったセツカに続き、俺もダンジョンの中へと入った。手に光石を持ち、軽く「ほっ」と気合いを込めると光石がパァッと輝きを放ち始める。


 その光でダンジョン内を観察してみると、天井や壁は少し中に入ったあたりから広くなっており、確かに外観から想像したのよりも広大な造りとなっていた。剥き出しの土や石からひやりと冷気が伝わり、体がぶるりと震える。空気がじっとりとしているのは湿気のせいか、それとも魔物達が発生させるという瘴気のせいだろうか。


 奥の方へ光を向けてみると、ある程度までは照らし出せるものの、完全には光が行き届かず、奥の方は暗闇に包まれている。まるでこのダンジョン自体が魔物で、俺たちはその口内へ飛び込み飲み込まれていくかのようで背筋がぞくっとした。


「さあ、シャキシャキ行くよ~っ!」


 初めてのダンジョンにやや尻込みしている俺をよそに、セツカはずんずんと前へ突き進み始めた。これは雰囲気が台無しだと怒るべきなのか、頼もしいと思うべきなのか……俺はセツカの後を追い、やや早足で歩いていった。




 それから光石を頼りに歩くことしばらく、相変わらず目に付くのは土や石ばかりで、俺たちはいまだに魔物一匹にすら遭遇していなかった。セツカが「命を落とす」なんて言うもんだから、もっとそこら中にウヨウヨいるもんかと思ってたけど案外出会わないものなんだな。


 俺もダンジョンに幾分か慣れ始め、セツカと横並びですたすたと歩いていると、ふいにセツカが立ち止まって「う~ん」と唸り始めた。


「ん、どうした? 何かまずいことでも?」

「まずい、と言えばまずいかな……このダンジョン、思ったより若かったね」

「若い? 新しいって意味か?」

「うん、道も今のところ一本道だし、出来て日が浅いと見たね。もっと年季の入ったダンジョンは道も複雑なものなんだよ。これじゃあ強者に出会うのは期待出来そうにないなぁ……」


 セツカは心底残念そうに言うと、しょんぼりと肩を落とした。俺はその様子にふと嫌な予感がして、セツカに尋ねた。


「お前、まさか強者と殴り愛するためだけにダンジョンに来たわけじゃないだろうな……?」

「そだけど?」


 セツカは「何を今更」といった様子でしれっと答え、俺はあんぐりと口を開いた。


「やっぱりかっ! 『良い物』ってそういう意味かよ! てっきり珍しいお宝でもあるのかと思ってたのに……」

「もっと年季の入ったダンジョンならお宝があったりするよ?」

「え、そうなの? なんで若いダンジョンには無いんだ?」

「年季の入ったダンジョンには珍しい魔物が棲みついてたりするからね。王国お抱えの魔術師とか剣士なんかが研究目的で捕まえに行ったりするんだけど、失敗して死んじゃうこともあるわけだ。すると、そこには当然高価な装備やらなんやらが残されるわけじゃん?」

「お、お宝って死人の装備のことかよ……」


 死者の装備目当てでダンジョンに潜るって、なんか墓荒らしみたいだな……血生臭すぎる。例えそれで良い装備なんかを見つけたとしても、呪われそうで嫌だわ……。


「うーん、仕方がない。『アレ』やるかな」


 がっくりしている俺を尻目に、セツカは「はっ!」と気合いを入れながら両手を勢いよく合わせ、お祈りのようなポーズをとった。そしてそのまま「むむむ……」と唸り始める。なにがむむむだ。


「なんだ? 何を始めたんだ?」


 俺が疑問をぶつけるも、セツカは「ちょっと集中させてっ!」と怒り気味に声を上げた。それなら先に説明しておいてくれよなと思いつつ、光石の灯りを壁や天井に向けたりして時間を潰していると、


「よしっ、分かったよっ!」


 と、お祈りのポーズをやめて壁の方に向き直り――思い切り、壁を殴り始めた。


 ドカン! ドカン! とセツカが殴るのと同時に壁の土がばらばらと剥がれ落ち、ダンジョン内がぐらぐらと揺れる。セツカはそれらを全く意に介さず、壁に「オラオラオラオラッ!」と連撃を叩きこみ続ける。


 突然のセツカの蛮行に思考がついていけないながらも、俺は「ま、待てっ! 崩れるっ! ダンジョンが崩れるからっ!」と必死に呼びかけた。するとセツカは殴るのを止めてクルッと振り返り、不満げな顔で口を開いた。


「も~っ、良いところなのに……どしたの?」

「『どしたの?』じゃねぇっ! すべてが分からんわッ! まず、手を合わせて何をやったんだ!? 説明しろ説明!」

「あ~、そこからね。アレはね、殴道宗に伝わる『俺より強者に会いに行く』って技で、周囲の強者の居所を探知する技なんだ。若いダンジョンだから道中は大した魔物がいないと思ってね。このダンジョンで一番の強者を察知して、最短距離でそこを目指そうと考えたわけっ。動き理解した?」


 言い終わるや否や、セツカは壁へ向き直って「あーたたたたたっ! おぉわったぁッ!」と連打し始め、最短ルート作りを再開した。再びダンジョン内に轟音が響き渡り、地響きと共に天井からぱらぱらと土が零れ落ちてくる。


「ま、待てッ! 発想がおかしいだろ! 崩落する! 生き埋めになるから!」


 俺はなんとかセツカに近づき、叫びながら必死に肩を揺さぶった。すると願いが通じたのか、セツカは殴るのをピタリとやめ、


「う~ん、確かに思ったよりも掘り進められないね……掘り返した土も邪魔だし……」


 と、足元を見ながら残念そうに言葉を漏らした。セツカは無念そうだが、既にこの短時間で壁には奥行き三メートルほどの窪みが出来てしまっている。このまま掘り進めていたら、と思うとぞっとするな……。


「あっ! そういえばシンタローは土魔法が――」

「掘りません」

「ちょっと! 返事早すぎるよッ!」

「だから崩れたら困るって言ってるだろうが! 抜け道は禁止だ!」


 セツカが「ぶーぶー」と不満そうに口を尖らせる。こいつなら生き埋めになっても殴って脱出しそうだが、本当にやりかねないので黙っておいた。藪蛇は勘弁だからな。


 と、その時――ダンジョンの奥の方から轟々と地鳴りのような音が響いてきた。ダンジョン内に反響するその音はまるで怪物の呻き声のようにも聞こえ、俺は思わず背筋に冷たいものが走った。青い顔をしてセツカに尋ねる。


「お、おい……今のは地鳴り……だよな? どっか奥の方で岩か何かが崩落したせいとかで、魔物の声じゃないよな?」

「う~ん、何度かダンジョンに潜った経験あるけど、私も今みたいな音を聞くのは初めてだね~」


 セツカは平然としているが、ダンジョン経験者のこいつも初めて聞くとかやばそうなんだが……ダンジョンを殴り壊すなんて悪行を働いたせいで、ダンジョンの主が怒ってるとかじゃないだろうな。


 びくびくしながらダンジョンの奥の暗闇をじっと凝視するが、奥の様子がどうなっているのかはさっぱり分からない。そのまま目を凝らしていると、ふと脳裏にある考えが浮かび、俺はセツカに話しかけた。


「おい、鞄から羊羹を出してくれ」

「あれ、もう非常食食べちゃうの? なんだ、シンタローも食いしん坊じゃん」

「違うわ! 供物を捧げてダンジョンの怒りを鎮めるんだよ!」


 セツカは「ふうん?」と不思議そうにしつつも、鞄から羊羹を取り出した。俺はそれを受け取ると包みを少し開き、適当な大きさにちぎり取ってセツカが作った壁の窪みの奥へと置く。それから目を閉じて両手を合わせ、「エロイムエッサイム、我は求め訴えたり……ダンジョンの神よ、怒りを鎮めたまえ……」と祈りを捧げた。


「なんか勿体ないなぁ……それ、食べちゃだめ?」

「おいふざけんな、お前の尻ぬぐいをしてやってんだろうが!」


 俺は一喝するも、羊羹を要求されるのは悪い気分では無かったので、手元から新たにちぎって「ほれ、こっちを食え」とセツカに渡した。セツカが「わぁいっ」と喜び、ひょいと口に放り込む。なんか餌付けしてるみたいだな、と思っているとセツカは口をもぐもぐさせながら手のひらをすっと俺の方へ伸ばした。


「何? この手は」

「もっふぉちょーらい」

「三個か!? 甘いやつ三個ほしいのか!? この食いしん坊め!」


 俺がそう言うも、セツカは何を言っているのか分からないといった様子でシャッと手を伸ばし、羊羹を全て奪い取ろうとした。咄嗟にその手をかわすと、セツカは「チッ!」と悔しそうに舌打ちを漏らした。


「おいこら! そうやってすぐ実力行使に出るのはやめろ! ほれ、鞄を開けて中に入れとけ。あくまで非常用だからな? 勝手に食うんじゃないぞ、いいな!」


 念入りに釘を刺すと、セツカは鞄に羊羹を収めながら「も~、ほんのお茶目な冗談なのに」とぶつぶつ文句を垂れていた。お前の冗談は洒落にならんっちゅーの。


「よし、それじゃダンジョン探索再開といくか。いいか、近道は無しだぞ。普通に、真っ当に進むからな? 絶対に壁を殴るなよ?」

「はーい」


 セツカの返事を聞き、俺はいざ進まんとダンジョンの奥の方へと目をやった。しかし、その時ふと何か違和感を覚え、そのままじいっと暗闇の奥を凝視する。相変わらず真っ暗で何も見えないままだが、これは……地響き、か?


 しっかりと聞き取れるよう耳に手を当て、少し前のめりになりながら耳を澄ます。聞こえてくるのは、どどっ、どどどどっ、という地響き……いや、これは――足音?


 そんな俺の様子を見ていたセツカが、きょとんとした顔で「どしたの? そんなとこで急に立ち止まって」と尋ねてきた。


「いやさ、なんか……足音みたいなの聞こえないか?」

「足音?」


 セツカも俺と同じように耳に手を当て、「う~ん」と唸り声を出すが、「聞こえるといえば聞こえるような……」と曖昧な反応だった。ひょっとしたら俺の方が耳が良いのかもしれないな。エルカさんに強化されたおかげだろうか。


 あ、そうだ、光石にもっと魔力を込めれば奥の方も照らし出せるかも。ちょっとやってみるか。


 俺はセツカに「ちょっと眩しくなるかもしれないぞ」と断りを入れ、光石を握っている手を筒状にしてダンジョンの奥の方へ向けた。そして「はっ!」と気合いを込めると光石が強く発光し始め、狙い通りダンジョンの奥へと光が放出された。よし、これで何か見えるだろう、と目を凝らすと――


 大量の化け物が、ダンジョンの奥からこちらへと疾走してきていた。

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