第10話 嵐を呼ぶ女

「えっとね、この世界で一番偉い神様は父神オルディグナス様っていって、王家の守護神でもあるんだよね。で、オルディグナス様と、大地の女神シルヴィナス様の一人娘がエルカ・リリカ様なんだ」

「えっ、そうなんだ」


 思わず驚きの声が漏れる。エルカさんって世界で一番偉い神様の一人娘だったのかよ。そりゃコネも強力で、周りから嫉妬されるわけだわ。俺だって嫉妬するわ。


「それでね、オルディグナス様には弟の神様、つまりエルカ・リリカ様からすると叔父にあたる戦神クルスナス様って神様がいて、私が所属してる殴道宗はそのクルスナス様を信仰してるってわけだよっ」


 ぐっと力強くこぶしを握り、力説するセツカ。ははぁ、なるほど。それで俺とセツカは「親戚みたいなもの」ってわけか。言い得て妙ではある。


「それと、オルディグナス様、クルスナス様、エルカ・リリカ様の三柱にまつわる伝承があるんだけど、聞きたい?」

「おっ、折角だから聞かせてもらおうかな」

「そうこなくっちゃ! えっとね、世間一般には、エルカ・リリカ様がお生まれになった時、その教育方針を巡ってオルディグナス様とクルスナス様がちょっと揉めたけどやがて和解した、って逸話が伝えられてるんだ。でも殴道宗にはもっと詳しい話が伝えられててね……」


 セツカがずいっと身を前に乗り出し、やや芝居がかった様子で言葉を続けた。俺もつられて、少し前のめりになって話に聞き入る。


「クルスナス様はエルカ・リリカ様を『もっと自由に、逞しく育てるべきだ』ってオルディグナス様に進言したんだけど、全く聞き入れてもらえなかったんだよ。でもクルスナス様はそこで諦めず……オルディグナス様に戦いを挑んだの」

「え、戦いって……大丈夫だったの、それ?」

「オルディグナス様の方がクルスナス様より格が上だからね、当然歯が立たなくて退けられたんだ。でも――クルスナス様は諦めないで、また戦いを挑んだんだよッ!」

「うおっ!」


 セツカは語気を強め、ダンッと床を勢いよく踏みつけながら立ち上がった。前のめりになっていた俺は思わずのけ反ってしまう。


「また歯が立たなくて退けられちゃうんだけど、それでも諦めず、退けられては挑み、退けられては挑み続け――その戦いは実に千昼夜に及んだと伝えられてるんだッ!」


 セツカはかっと目を見開き、顔を紅潮させ、息を荒くしながらも語り続ける。せ、千昼夜殴りかかり続けたってことか? どこの世界の神様もやる事は無茶苦茶だな……。


「そしてオルディグナス様もとうとうその心意気に折れて、エルカ・リリカ様の教育方針を変えた……っていうのが殴道宗に詳しく伝えられてる話なんだっ。ねね、すごいでしょ!?」

「あ、ああ、確かにすごいといえばすごいな……」


 千昼夜も殴りかかられ続けて根負けした、って感じなんだろうな……まさか、エルカさんがキレたら凶暴化するのは、そのクルスナス様とやらの影響を受けたせいなんじゃ……。


「でね、その時のクルスナス様のお姿を高貴で尊いものと考え、信仰する人たちが現われたの。その人たちの集まりが殴道宗の前身になったんだよね。だから殴道宗の修行僧は、己の徳を高めてクルスナス様に少しでも近づくため、各地を『殴り愛』しながら巡ってるってわけ!」

「な、殴り合い!?」

「そう、『殴り愛』!」


 な、なんて物騒な集団なんだ……って、あれっ? 今、「殴り合い」のニュアンスに微妙に齟齬があったような……?


「え~っと、その『殴り合い』について詳しく聞かせてもらっても……?」

「おっ、目の付け所がいいね! さすがはエルカ・リリカ様の眷属!」


 セツカがウィンクをしながらビシッと親指を立てた。なんだろう、褒められてるはずなのに全然嬉しくないな。


「『殴り愛』っていうのはね、自分よりも強いオルディグナス様に挑み続けたクルスナス様を倣って、各地を巡りながら強者つわものを見つけ、戦いを挑むことによって己の徳を高める……っていう極めて神聖な修行なんだよっ」

「は、ははあ、なるほど……」


 家の入口を殴ったり、カンタ君に腹パンしたり、俺に狙いを定めたりしてたのはそういう理由か……。狙われた側はたまったもんじゃねぇな、などと考えていると、セツカがにわかにキリッと真顔になり、


「殴道宗十戒、そのいちっ! 『殴り愛』は至高の愛である!」


 と、突然大声で何かを叫び始めた。


「そのにっ! 『殴り愛』とは史上最高の言語である! そのさんっ! 駄目そうならひとまず逃げるべし! そのよんっ! 命あっての物種っ! そのごっ! 失敗しても後日また『殴り愛』を挑むべし!」


 次々と何かモットーらしきものを述べていくセツカについていけず、俺はぽかーんと口を開けたまま黙ってそれらを聞き入っていた。


「――とまぁ、まだ十戒はあるけど、残りはまた後日ね。乞うご期待っ!」

「……お前にぴったりの言葉を送るわ……『力こそパワー』」


 俺が呆れた声でそう言うと、セツカがぱあっと顔を輝かせた。


「意味はよくわかんないけど、『力こそぱわあ』……響きが気に入った! 十戒に加えておくね」

「加えちゃうの!? 大事な掟が十個あるとかじゃないの!?」

「いつから十戒が十個だと錯覚していた? 個人個人で気に入ったのを加えていって良いってことになってるから、割と皆バラバラだよ?」

「適当だな、オイ……」


 殴道宗って一体どんなヤツらなんだよ……いや、セツカみたいなのがいっぱいいると考えればいいのか? 想像してみると、その阿鼻叫喚の地獄絵図に俺は思わず身震いした。


「あれ、もしかして感動のあまり震えてる? 殴道宗に入門しちゃう? しちゃう? エルカ・リリカ様の眷属なら大歓迎だよっ! ようこそ殴道宗へ!」

「勝手に入れんな! これは恐怖で震えてんだよッ!」

「おっ、じゃあ恐怖に打ち勝つために殴道宗に入門しちゃう? しちゃう? ようこそ殴道宗へ!」

「何でも入門につなげるのはやめろ!」


 あ、頭が痛くなってきた……。ちょっと話の流れを変えないと駄目だな。


「えーっと……じゃあ、どこかへ『殴り愛』しに行く途中でここに立ち寄った、ってことなのか?」

「ううん、今回の目的地はこの辺だよ?」

「へっ? どういうことだ?」

「なんだかこの辺の魔物が騒然としてる、って話を聞きつけてね。普段はあまり姿を見せないドラゴンの目撃情報もあったりして、『これは強者の予感ッ!』ってことで、最寄りの街から出張って来たってわけっ」


 そう言って「ふんっ」と鼻を鳴らすセツカ。この辺の魔物が騒然って、ひょっとして……俺のせい、か? ムツメも「様子を見てきてくれって頼まれた」とか言ってたしなぁ……。それに、転生初日にドラゴンが遥か上空を飛んでるのを見た記憶も確かにあるぞ。


 俺は心当たりがあることをセツカに告げようかと悩んだが、すぐにその考えは捨てた。迂闊に余計な事を喋ったら、変に解釈してまた俺に殴りかかろうとするかもしれないしな。


「と、いうわけで、この周辺を詳しく調査してみたいから、何日かここに滞在させてもらってもいいかな?」


 そしてセツカは「お願いしますっ」と顔の前でパンッと両手を合わせた。正直断りたいところだったが、原因に心当たりがある俺はなんだかばつが悪く、「あ、ああ、いいよ……」と渋々ながら承諾した。


「やたっ! ありがと! じゃあ早速調査に行ってくるね!」


 そう言うが早いか、セツカはくるりと身を翻し、扉を「バンッ!」と開いて弾丸のように飛び出していった。室内は一気にしんと静まり返り、俺はどっと疲れを感じた。


「あ、嵐みたいな奴だな……」


 俺は、思わずぽつりと漏らした。



 しかしその日、夜になってもセツカが戻ってくる事は無く、「ひょっとしてドラゴン見つけて殴りかかって、そのまま食われちゃったんじゃ……」と思いつつ――俺は心穏やかに床に就いた。





「お早うございまァ――――――――――――――――すっ!!」


 翌朝、元気すぎる叫び声と共に入口の扉が「ドカンッ!」とぶち開けられた。


 一体何事かと飛び起きて入口の方を見やると、薄汚れた格好のセツカが「いやぁ、今日は扉が開いて良かったよっ!」と言いながらズカズカと家の中へ入ってくるのが見えた。こいつ、朝っぱらからテンション高すぎるだろ。


「な、なんだ、セツカか……昨日帰って来なかったから、ドラゴンにでも食われたのかと思ってたぞ」

「なんだとは何さ! あれから一晩中そこらを走り回って調査してたんだけど、残念ながらドラゴンは見つけられなかったよ……」


 しょぼんと少し肩を落とすセツカ。こいつまさか、一睡もせず走り回ってたのか? セツカの「強者」に対する執念に、俺は背筋に冷たいものが走った。これは殴道宗だからこうなのか、それともこの世界の人間は皆こうなのか? この世界での知り合いはこいつ含めて二人しかいないからなんとも判断が出来んな……。


「でも代わりに良い物を見つけたよっ。なんと、ダンジョンを見つけましたっ!」


 気落ちしていたのも束の間、すぐに元気を取り戻したセツカはそう言って笑顔でガッツポーズをした。


「ダンジョン……?」


 喜色満面といった様子のセツカに対し、俺の反応は薄かった。ゲームなんかじゃよく出てくるけど、あのダンジョンの認識で合ってるのか? それとも本来の意味の地下牢とかの方か?


「あっ、そうか、シンタローは分からないか。説明しようか?」

「言葉自体は分かるんだけど、一応説明してもらえるかな」

「えっとね、ダンジョンっていうのはね、迷宮土竜めいきゅうもぐらっていう魔物が作るものなんだ。そこに他の魔物が色々と棲みついて、その魔物達が出す瘴気を糧に、迷宮土竜が更にダンジョンを発展させて……って感じで、規模の大きい物だと街三つ分くらいの大きさのダンジョンもあったりするんだよ」

「へぇ~、街三つ分か。そりゃ凄そうだ」


 魔物が棲んでるってことは、RPG的なダンジョンの認識で良さそうだな。街三つ分の大きさだけ魔物がうじゃうじゃいるってのを想像するとちょっとゾッとするが。あれ、でもなんでそれが「良い物」なんだ? お宝でもあるのか?


「というわけで、折角だからシンタローも一緒にダンジョンに行こっか」


 そう言ってセツカはぐいぐいと俺の腕を引っ張り始めた。


「は? なんで俺も一緒に行くんだよ!?」

「シンタローはこっちの世界のことあんまり知らないんでしょ? ずっとこんなとこで籠ってないで、もっと自分から動いてこの世界の事を勉強しなきゃっ! それがエルカ・リリカ様の眷属としての務めでもあるとは思わない!?」


 セツカが妙に真剣な顔になり、真面目っぽいことを言ってのけた。い、一理あるけど、こいつに言われるとなんか腹立つな……。


「でも、魔物がいっぱいいるんだろ? ちょっと物騒だしなぁ……」

「大丈夫、私が戦うから! シンタローは観光気分でいいよ!」


 セツカはなおも食い下がって「ねぇ~、一緒にダンジョン行こうよ~、二人でならもっと楽しくなるからさ~」と俺を引っ張り、何とか連れ出そうとしていた。魔物と戦うセツカを観光気分で眺めるってのもどうかとは思うが……こいつにとっては魔物なんて大したことないのかもな。国宝級のカンタ君を腹パンしてへこませたくらいだし。


「まぁ……そこまで言うなら……」

「よしっ! 殴道宗十戒、そのごっ! 押して駄目ならもっと押せっ! そのろくっ! 習うより慣れろっ! いざしゅっぱーつっ!」

「……あれっ? お前、昨日と『その五』の内容変わってるじゃねぇか! まさかお前その場で十戒考えてんじゃねぇだろうな!?」

「き、気のせいですー! あんまり細かいこと気にしてると禿げるよ!?」

「髪の毛の話はやめろ! あと身支度くらいさせろ!」


 俺とセツカはぎゃあぎゃあと騒ぎつつも、身支度を済ますと、ダンジョンを目指してログハウスを後にした。

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