第4話


「……最初に聞いときたいんだけど」

「ん?」


 さて、B組各位が委員長の捜索に動く中、引田はひとまず甲本と行動を共にしていた。といっても行く当てがあるでもないので、適当に廊下の真ん中でたたずんでいるだけなのだが。

 いたか、いやいない、そっちは? こっちもダメだ――そんな会話を交わすクラスメイトたちの姿をたまに見かけつつ、引田が不意に口にした。


「えーっと、三時間目の終わりに来たんだよね、委員長」

「おう」

「先生は? 何してたの?」

「いや、三限四限って数Bと世界史だろ。担任と副担。先生らもめっちゃパニクってたから、とりあえず後で話そうってことでその場は流れたっていうか、ごまかされた」

「……誰か直接聞けばよかったんじゃないの? なんで髪染めたのとか、それだと停学じゃんヤバいよとか……」


 当たり前のことではないか、と疑問をぶつける引田に、甲本は肩をすくめて答えた。


「逆に聞くけど、おまえアレに近寄れるのか」

「……」


 めちゃくちゃ美人だったよなあと、引田はしみじみ回想する。

 あれと目が合ったら息が止まる。無理もないかと頷いた。


「委員長だぜ、委員長。普段あんだけ真面目で、あと言っちゃ悪いけど地味だった委員長が、いきなりアレだからな。最初はほんと誰も近づけなかったし……」


 それでも三時間目の休憩時間に一回、楠本が話しかけたんだが――と断って。

 甲本は、委員長の声真似を始めた。


 ――あ、楠本くん? おはよう。

   ……ああ、今日? うーん、ちょっと起きるの遅くなっちゃって……。

   遅刻しちゃったね、あはは。


「ふっ……つー、に。普通に、いつも通りだった」

「……」


 おまえ、その声真似ヘタクソで普通に腹立つからやめろ。

 と言いたい衝動を引田はひとまず飲み込んだ。


「それで楠本も何も言えねーで戻ってきたからさ、いや、マジでみんな混乱してんだよ」

「混乱はそりゃするだろうけど……っていうかさっき、委員長出ていくときに誰か止めればよかったんじゃないの」

「いや、あんとき委員長めっちゃおまえのこと見てたじゃん、何が起きるか何が起きるか何も起きませんでしたー、って皆緊張しきってんだよ。無理だよ。俺もだいぶビビった」

「俺が一番緊張したけど……」

「……っていうか、そうだ。おまえだよ」


 ふと思い出したように手を打って、甲本は引田を指さした。


「見てたよな、委員長。おまえのこと。おまえ、なんか知らないの?」

「知らないのって……」


 俺が聞きたいよ、とぼやいて引田は静かに腕を組む。

 自分と委員長の接点といえば、転校初日に学校を案内してもらった程度だ。

 そりゃあクラスが同じな以上は、一言二言他愛もない話をする機会くらいはあったかもしれないが……それだって、ろくに覚えてもいないような、大したことのない会話である。

 因縁など、あろうはずもない。


「まあ、知らんならしょうがないが……。うーむ……」


 うなじのあたりをボリボリと掻きながら、廊下を見回す甲本。

 文化祭に支障が出るのを嫌がる層か、はたまた委員長を心配する層か。いずれにせよ委員長を停学にしてはいけないと考えるクラスメイトたちが、慌ただしく廊下を駆け抜けていく。


「どうするよ? 俺ら」

「んー……どこ行ったかわかんない、っぽいんだよね?」

「らしいな」

「……ほんと、あそこで止めてればよかったのに」

「悔やんでも、時計は右には、回らない」

「……んじゃ、俺らが捜してもたぶん無駄だと思うから……」


 五七五のリズムで言う甲本にあきれ果てた目を向けつつ、しばらく考えて――

 引田は、指を一本立てた。


「普段の委員長のことを、よく知ってる人たちに聞いてみる、とか」

「なるほどねー。捜査の定跡か」


 んじゃあ委員長の友達に、と一歩踏み出したところで、しかし甲本は振り返る。


「……委員長の友達って誰だ?」

「……」


 そこで二人して言葉に詰まった。

 委員長の交友関係が狭い、というわけではない。別に人当たりは悪くないし、教室ではいろんな人と話をしているところを見かける。

 が――改めて、委員長の友達とは誰かと考えたとき。

 これだという人間は、出てこない。


「というか、さっき楠本くんが聞いたじゃん。誰か心当たりないかって」

「……あれに誰も答えなかったってことは、クラスのやつら当たってもしょうがねーな……」


 再び、右手でうなじを掻きむしる甲本。

 空いた左手の指を折りながら、ひとつひとつ挙げていく。


「委員長。大和……大和……下の名前なんだっけ……ああ京子、大和京子。B組の委員長。なんか文化祭の実行委員も兼ねてる。部活はたしか入ってなかった気がする。後たしか図書委員もやってる……あ、図書委員」


 折った指を器用に弾いて、パチンと音を鳴らし。

 甲本は両手の人差し指をびしりと引田へ向けた。


「そうだ図書委員だよ図書委員。っつーかあれだ、委員長別に委員の日じゃなくても昼は図書室にいるんだよ、そういえば」

「そうなの?」

「おう。俺夏休み前に読書感想文用の本一冊借りたんだけどさ、それ返したのがちょうど昨日で」

「夏休み終わったの八月の二十五じゃなかった?」この問いに甲本は答えなかった。

「いやさー、九月の頭に一回図書室に呼び出し食らってよ。さっさと返せー、って。俺完っ全に忘れてたからその日も本持ってなくて、だからしゃあなしに今日は勘弁してくださいって頭下げに行ったんだけど」


 そのときの当番がたしか委員長だった、と前置きした上で。


「その三日後くらいにちゃんと本持って図書室行ったんだけど、そんときの当番は違うやつで、でも委員長は図書室で本読んでた。んで今になって考えてみると、そういや図書室行く委員長って昼休みにちょいちょい見た気がするなって」

「うん、甲本がだらしない人間なのは別にどうでもいいんだけど……」


 行く価値はあるやもしれぬということで、二人は図書室へ向かうことになった。


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