予期せぬ展開 6

 薄々気付いてはいた。

 あの時、先輩は間違いなく口の端に血を付けていた。血を啜っていた。

 でも確信が持てなかった。

 吸血鬼なんてアニメや漫画での話じゃないか、と逃げていた。

 しかし事実を知らされた今目を逸らすわけにはいかない。


「先輩が保健室で後、僕の身に不思議な事が起きました」

「それも私のせい。ごめんなさい」

「謝らなくていいですよ」

「でも謝らないと気が済まないから」


 声が尻すぼみに小さくなっていく。

 このままだと先輩がしぼんでしまって話が続かなくなりそうなのだ。


「先輩、話を聞かせてください。僕の身に何が起こったかを」

「わかった」


 先輩の眼差しが真剣なものに戻った。


「まず噛んだ傷がないことから」


 僕も息を潜めて耳を澄ます。


「あれは吸血鬼の唾液の力で一時的に代謝をかなり上げる力がある」

「じゃあ風邪が治ったのも――」

「その力が働いたからだと思う」


 これで一つ謎が解けた。でも謎はもう一つある。


「もう一つ、噛まれた痛みが少なかったのはどうしてなんですか?」

「問題はそこ。私が呼び出した理由もそれ」


 先輩はそこで息をもう一度吸い込んだ。


「まず、私の『魅了の眼』があなたには半分効かなかった」


『魅了の眼』?半分?


「『魅了の眼』は大人しくさせる効果、記憶させない効果がある」

「つまり僕が抵抗できなかったのは風邪のせいじゃない」


 先輩が首肯する。


「記憶させない効果が発動できていないのか、あなたが特異体質で効かないのか分からない」


 先輩がブレザーを脱いだ。


「どっちにしろ貴方に黙っておいてもらうしかない」


 先輩がワイシャツのボタンを上から外す。


「な、何を――」

「だから私は何をあげればいい?」


 ついにワイシャツを脱ぎ捨て、床に手をついて僕に近寄って来る。


「私のしたことを黙ってもらうために何をしたらいい?」


 先輩はさらに僕に寄り、僕の横に手を突き上をとる。

 僕は後ろに下がって距離を空けようとする。しかし壁にぶつかりそれ以上下がれなくなる。


「島村くん、私は何でもするから。何でも言うことを聞くから。何をして欲しい?」


 少し意地悪な考えも浮かんでしまう。だがそれを押し留め、話しかける。


「先輩のこと、もっと教えてください」

「えっ?」

「先輩が隠してることをもっと教えてください。僕はそれで十分です」

「なんで……」


 先輩は下を向いて肩を震わせる。


「……そんなに優しいの」


 僕のズボンに雫が落ちる。


「いっそ奪ってくれたほうが楽だったのに……」


 僕はしばらく考えて先輩の頭に手を置いた。

 先輩が僕の顔を見上げる。


「先輩の背負っているものを僕も背負います」


 先輩は学校で一人だったのだろう。誰にもこんなことを言えるはずのなく。誰もあったことを覚えていないのだから。


 先輩は僕に体を預け、少し声をあげて泣いている。

 僕は先輩をの頭を抱え、撫でることしかできなかった。


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