予期せぬ展開 3

 チクッっとした小さな痛みが伝わる。注射針を刺した時よりは痛くない。


「な、何してるんですか。放してください」


 彼女は僕の上から退こうとしない。それどころか力を入れて僕を押さえつけている。

 風邪のせいかうまく力が入らない。しかも相手は女の子だ乱暴にはできない。

 仕方なく僕は力を抜いてされるがままになる。


「温かい。やっぱり


 彼女は僕の耳元で呟く。多分、独り言だろう。でも背筋に悪寒が走る。

 彼女は何かを啜った。そして僕の首を、噛みついたその場所を舐めた。


「……っ!」


 舌のざらりとした感触に思わず体が反応してしまう。

 それが終わると彼女は顔を上げてもう一度僕の目を見た。


「美味しかったよ。ありがと」


 そう言って舌なめずりをした。


 彼女はカーテンの向こう、奥のベッドへステップを踏みように姿を消した。

 彼女の口の端には赤い血のようなものが付いていた。


 数秒固まった後、反射的にさっき舐められた場所を触った。

 何も無い。違和感が全くない。

 慌てて保健室の中の鏡まで走る。

 噛まれたところを見てみると、やっぱり何もなかった。

 傷跡はおろか、腫れや赤くなったりもしていない。

 でも、噛まれたはずだ。間違いなく嚙まれた。

 そして、香川先輩の口の端に付いていた血。啜る音。

 多分、僕の血を飲んだのだろう。

 そんな風に血を飲むなんて、まるで――――

 みたいじゃないか。


 ガラッと音を立てて保健室のドアが開く。養護の先生が入ってきた。


「あら、起きたの」

「あ、はい」


 びっくりして少し止まってしまった。


「じゃあもう一回熱測って」


 そう言って体温計を差し出してくる。脇に挟む。

 時計を見ると十二時十分。昼休みまでもう少しだった。

 電子音を鳴らして測定終了を知らせる体温計。

 三十六度四分。平熱だ。

 思えば体が軽い。まったくない。


「何度?」

「三十六度四分です……。」

「大丈夫ね。今から授業に戻る?それとも昼休みまで休む?」

「休ませてもらっていいですか?」

「寝なくていいわよね。そこに座ってなさい」

「ありがとうございます」


 しばらく居座らせてもらうことにする。長椅子に腰掛けて太ももにひじを当てて頬杖を突く。


 謎が多すぎる。こんな状況で授業に出ても集中できる気がしない。

 何故保健室にあんな美少女が居るのか。

 あのくらいの容姿の良さならクラスの中心人物になっていてもおかしくないはずだ。

 何故噛まれた傷が残っていないのか。

 何故血が出るほど噛まれたのにあまり痛くないのか。

 何故噛まれる前には力が入らなかったのに噛まれた後では風邪が治っているのか。

 わからないことだらけだった。

 奥のベッドに居る香川先輩に話を聞けば全て解るかもしれない。

 でも今は先生がいる。変な行動は起こせない。

 悶々としながら昼休みまでの時間を過ごした。


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