第5話「運命の出会い」

「やぁっ!てぃっ!とぉぉっ!!」


空で揺れる太陽はその周期の頂へ達していて、真上から嘲笑うかのように厳しい日光を浴びせてくる。

森に潜って調査を始めて3日。アイルは今5匹のワーウルフに遭遇し、慣れた手つきで4匹目を仕留めたところだ。

アイルの装備している武器はブロードソード一本。村の鍛治師がアイルのために作ってくれた片手剣で、グリップが少し長く作られているのが特徴の普通の剣だ。

森に潜り始めた頃から敵を斬ってきたが毎日手入れを怠らず、丁寧に扱っているため斬れ味は抜群で、刃毀れすら見られない。

磨きあげた剣さばきを繰り出した後、直ぐに意識を残りの1匹のワーウルフに集中させる。

油断大敵という言葉があるように、油断をしてはいけない。過去、自分の成長に傲り、大怪我を負ったことがあるため、どんなに相手が自分より下でも緊張感を緩めてはいけない。

腰を低くし、剣先を水平より下に構えてワーウルフが飛びかかってくるのをジッと待つ。

5匹のうちの残り1匹は低く唸り、目を赤黒く光らせながらアイルを睨んでいる。

睨み合いが数秒ほど続いた時、奥の茂みからガサガサと音がしてアイルは一瞬意識がそれた。その一瞬を、ワーウルフは低い姿勢でアイルの足元まで迫り一気に跳躍。アイルの顔面目掛けて獰猛な牙を向けてきた。


「へぇ!お前、なかなかやるなっ!」


アイルは視線を戻し右手で剣のグリップを握りしめて、飛びかかってくる狼の鼻先を柄頭で強打。「ギャイン」と高い鳴き声で後退したワーウルフに咄嗟に飛びかかり、剣を右上段に構えて左斜め下に振り下ろす。


「ギャン!!」


剣の鋭い音と共に、醜い断末魔をあげ、ワーウルフは息絶えた。

ガサガサと奥の方からまた音がした。何かいる、ワーウルフか?それともテイマーなのか?


「誰だ!」


そう言ってそのまま意識を先ほどの草むらに向け、剣を構えてゆっくりゆっくり音の方へ近づいて行く。ジワリと手汗をかくのが伝わって、剣の柄をギュッと握りしめる。


その時だった。


「....けて..」


それはまるで天使の声のようだった。いや、実際に天使の声を知っているわけではないし、天使が存在するわけでもない。ただ、彼女の声を表現するのに一番の例えがこれしか見つからなかった。


「たすけ...て...くだ....さい」


美しかった。背中まで伸びた金髪は乱れ、体は震えている。年齢は俺に近いと思う。おそらくはそんなに離れてはいないだろう。酷く疲れ果て、今にも力尽きて倒れてしまいそうな少女が、こんな状況でただただ美しかった。見惚れてしまった。

木の枝に擦れたのか、身に纏う衣類は所々破けた薄い服一枚で露出した肌も何箇所も切れていて痛々しい、裸足の彼女。しかし手首に神々しく光る光玉をはめ込んだリングをはめている。


「追われているんです。どうか...たすけて.....」


バタっ。と倒れる寸前でいきなり現れた彼女を支えた。どうやら気絶したようだ。


「こんな所に女の子一人で彷徨ってたのか。それに追われてたって...。それより、まずはこの子の安全のために村に戻ろう」


剣を鞘にしまい、彼女を抱きかかえたアイルは急いで村へと向かった。






「あ!おにぃ帰ってきた!今度はちゃんと3日の約束を守ってくれたんだね!私嬉しいよって、その人は?」


「ごめんアリー!事情は後で説明するから、家に帰って待っていてくれ!」


村に着いたアイルは、3日ぶりに会った妹にそう言って久々の会話を終えて急いである場所へ向かった。



数分走ってたどり着いたのは一軒の小屋で、アイルは小屋の扉を乱暴にノックした。

小屋の煙突からは煙があがっている。


「おいテト!いるか?頼む出てきてくれ!」


どんどんどんどん!と、今にも扉を破壊してしまいそうな勢いでノックしていると扉が開いた。


「うるさいなぁ、もぉ。僕今鍛ってる最中だったのにぃー」


出てきたのは小さな獣人の女の子。この村の鍛治師で、アイルの剣を鍛ってくれている鍛治師だ。名をテトラス。皆んなからは親しく、テトと呼ばれている。身長は低く、小さい頭の上にはちょこんと添えられた耳と腰から伸びる尻尾をくねくねさせてとても愛らしい。年齢はアリーと同じ15歳だ。少し生意気だが、長い付き合いなので、アイルの頼みをよく聞いてくれる頼れる職人さんなのだ。


「すまねぇテト!この子を診てやって欲しいんだ!」


小屋に入り、かかえていた彼女をベットに寝かせた。

テトは腕のある鍛治師であるだけでなく、魔法を使えるのだ。アイルも修行を終えるとテトの小屋へ寄り、回復魔法(ヒール)で傷の手当てをしてもらっている。


「いいけど、この子どっから連れてきたんだい。」


「連れてきたっていうか、森で見つけたんだ。ひどい傷を負っていたから、急いでお前のところに連れてきたんだが、治せるか?」


「ふんっ。舐めないでよね!このくらいの傷、五分もあれば完全に治すことができるさ。」


「そうか、良かった。ありがとう」


「いやいや、礼を言われるまででもないさ。キミのお願いだっていうならね!でも、どうしてこんな娘が森の中に...」


不思議だ。武器も何も持っていない少女が一人でワーウルフが群がる森にいたなんて。

それに追われていたって。もしかして調教師となにか関係があるのか?


「そういえばアイル、最近森に調教師がいるってフォクスから聞いたけど本当なの?」


「おいおい歳上、それも村長を呼び捨てにするなよな..。いるのかいないのかはまだはいっきりしていないけど、ワーウルフ達の様子がここ数日おかしい。だから3日前から調査を兼ねて修行してたんだ」


そう。この3日間、ワーウルフ達の様子はかなりおかしかった。これまでの奴らの生態としては群れで生息する魔物だったが、最近ではその数がやたら多い。以前までは今日のようにせいぜい5匹程度だったのだが、最近は10匹の群れをよく見かける。流石のアイルも10匹を同時に相手にすることはできないので、少ない群れで活動しているワーウルフを狙って修行している。


「そっか。でも、修行も気をつけなよね。嫌な予感がする」


「嫌な予感って、どうしたんだ?この子となにか関係があるのか?」


「確証はない。だけどこの子の髪、金髪だろ?金髪は王族、貴族の証だ。そんな位の高い人間がこんな村の森に一人で、それもこんなに薄い服」


「確かに、貴族達は揃って髪の色が金色だよな。じゃあこの子は貴族なのか?」


「さぁ。ただ、僕の獣の部分が嫌な予感がするって言っているんだ。これから森に入るなら警戒したほうがいいかもしれない」


「分かった」


そう言ってテトは少女の治療を始めた。

ベットで横になる少女から一歩離れ、手をかざす。


「汝、我魔力をもって応えん。ヒール!」


そう言ったテトの手のひらに水色の魔法陣が出現。すると少女の体が水色に煌めき、みるみると傷が消えてゆく。

魔法。生を受ける者全てが体内に有する魔力を糧にして現実世界に不思議な力をもたらす超現象だ。アイルのようなヒューマンはあまり魔法には長けていないが、エルフという種族は魔力の量が桁違いに多く、魔法をとても上手に使うらしい。一度会ってみたいものだ。

そうこう考えている間に少女の治療が終わった。


「ふぅ〜。ひとまずは終わったよ。これで外から見られる傷は全部塞いだ。あとは、この人が目覚めてから色々聞くといいよ」


「あぁ、すまないなテト。面倒ごとを押し付けて」


「だからそんな大したことじゃないって。キミの頼みなら、僕はなんでも聞くんだよ?」


テトは耳を小刻みに震わせ、尻尾をふにゃふにゃさせながらそう言った。何故だろう、目が輝いている。


「なんでも、だな?そうか!ならお言葉に甘えて、剣の調整をしてほしい!できるか?」


「いいけど〜、もっとこう。ないの?」


「ないのって、何かあるのか?」


「女の子がなんでも言うこと聞くって言ってるんだよ??」


「だから、久しぶりに剣の調整をお願いするって」


なんだ?他にも何かあるのかな?

俺にとっては一番剣を見てほしいんだけど、なんでそんなに睨んでくるんだよ...(汗


「はいはい、わかったよ。剣の調整をすればいいんだね。......ったく、この鈍感やろう」


「ありがとう!それと、最後何か言ったか?」


「なんでもないー!ほら、ボクは作業に戻るからキミはその子を連れて早く帰りなよ。今頃家でアリーがうずうずしているんじゃないのかい?」


「あ、そうだった!アリーを待たせてるんだ!いけね、俺もう行くな!ありがとうなテト、いつもサンキュ!」


「はーい。また暇があれば寄ってってねぇ」


そう言って俺は謎の女の子を抱えて家に戻った。

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