閑話 ワイドショー
「まずはこのグラフを見てください。21世紀に入ってから、日本では少年犯罪の数が増加の一途をたどっています。本日は、少年犯罪の増加についての討論を行いたいと思いますので、コメンテーターの皆さんはぜひ意見を上げていってください」
「ひとつは、本来は家庭で行うはずだった教育が、全て学校教師に任せられるようになったということがあげられると思います。現在は物価が増加し、どこの家庭も共働きでなければ生活はまかないきれません。昔は近所の人たちが皆で子供の面倒を見るというのが普通でしたが、核家族化が増えたことで、それもままならなくなってきました」
「しかし、教師はひとりにつき三十人の生徒を担当しています。これが小学校の教師であったら児童三十人になりますが、中学、高校だとそれ以外にも授業で受け持った生徒、部活で顧問をしている生徒などもいますから、ひとりで全員の面倒を見るなんてまず困難ですよ」
「だから子供たちがSNSに逃げるようになりましたが……SNSで健全な性格が形成できるでしょうか?」
「昔から、ネットにはいい面も悪い面も存在しました。使い方次第ですが、我々大人が使い方を理解していないのが原因で、事件が悪化しているのかもしれませんね」
「なるほど……今回のテーマについて、街でも取材をしてきましたので、見てみましょう。こちらをどうぞ」
【現在の少年犯罪についてどう思いますか?】
『今って困った子が多いですよねえ。皆スマホ持ってて、どの子が怪しいのかゲームやってるのか全然わかりませんもの!』
『子供が親の知らないところでコミュニティーをつくっているところが怖いですよね。そういうコミュニティーでいじめにあっていても、親は介入することができませんので』
『なんか事件起こってるって騒いでますけど、これって大人がそこまで騒ぐことなのって思いますよね』
【と言いますと?】
『むしろネットで監視されるようになったぶん、大分減ったと思うんですよ。前よりも巧妙になったって意見もありますけど、今ってネットでさらした言葉は、いつ聞かせたくない相手に入るかわからないから、むしろ相手と直接話し合うっていうのが増えてますから。大人が思ってるほど、子供が互いを監視し合っているわけではないですよ。むしろリアルの教室でマウント取り合ってるのに、ネットでまでやれフォローアカウント数だ、やれ有名人にフォローされたって、そっちでまでマウント取り合いしたくないって話です』
『今ってネットで騒げる場所以外では事件は起こってないって思い込んでることのほうが怖い気がします。ほら、新聞やテレビでニュースにならずに何十年も放置されていた事件が、ある日突然ぽっと出ることってあるじゃないですか。それと同じで、ネットで炎上しなくっても進行している事件はあると思うんです。ネットでなんでも見られるようになったから事件が起こるようになったんじゃなくって、逆に水面下で事件が起こっても見つからないことのほうが怖いと思うんです』
『包丁となんとかは使いようっていうのと同じで、ネットもニュースも使いようっすよ。バブルとかなんて全然知らないし、世紀末のことなんて覚えてねえっすもん。金がないから世の中恐ろしくなったっていうんじゃなくって、質が変わっただけじゃないっすかね?』
「……などなど、いろいろな意見がありましたが、どう思いますか?」
「最近はテレビを見ない若者も増えてきていますから、ネットが万能だと思っている人のほうが増えていることが怖いですね」
「いや、若い人はちゃんと見ていると思いますよ? ただネットの情報をうのみにするんじゃなく、ソースを確認してからじゃないと信用しちゃ駄目だとわかっています。それはマスコミもネットも同じだという話です」
「ただ、綺麗ごと以外は許されない風潮になったとは思いますね」
「と言いますと?」
「昔は事件が起こったら、その事件が解決したらそれで終わりでした。マスコミのニュースもそこで終了でしたが、今はそうじゃない。SNSで繋がっていた人間がひとり消えたことで、そのことについて忘れないように定期的に情報を流して風化させない方向に来ているような気がします」
「それって、昔でいうところの隣組ですよね?」
「話を切らないでください。ただ、事件が終わってからも事件の当事者には人生が存在している。今の若者は、共感性がものすごく高いです。ですからそのことが原因で声を上げるのをためらうことが多いという話です」
「まるで誰かに頼らないと生きていけないと甘えたことを言っているようですね」
「それはごくごく普通のことだと思いますよ。ひとりじゃたいしたことができないとなによりもわかっているのは若者のほうだと思います」
「その割には若者の選挙参加率は低迷していて……」
「それは単純に、選挙に行く時間も仕事をしているせいで、選挙に行く暇がないだけだと思います。事前選挙もそもそも暇がなければ行けません。年寄りと若者はちがうでしょう?」
「年寄りが優遇されるのは選挙に行っているんだから当然でしょう?」
「で・す・か・ら! 私たちは、今! 若者の話をしているのであって、話を逸らすんじゃない!!」
罵詈雑言。支離滅裂。愚問愚答。喧喧囂囂。
ワイドショーはいつものように話を脱線し、互いの主張を全部言うために互いの揚げ足を取り、揚げ足を取った内容についてさらに揚げ足を取るという、まったくまとまらない喧嘩へと発展していった。
再放送だし、これを見たところでなんの役にも立たない。チャンネルをそろそろ変えようか。そう思ってチャンネルを回そうとしたとき、またインタビュー場面へと切り替わった。
【貧困についてどう思いますか?】
『自分を守れるのは自分だけって言いますけど、たかが知れていますよね? 保険ってどうしてすぐに困ってる人にお金をくれないんですか?』
『私たちの税金って、ちゃんとした使い道をしてくれているんでしょうか? 体が健康なら、もっと働かないと』
『私、事故で一年働けなかったことがあるんですけど。その間入院とリハビリに費やしました。セーフティーネットって、本当に突然必要になると思います。そういう人たちを助けるために存在しているものを軽んじられるのは困りますね』
そこまで見て、黙ってチャンネルを変えた。
他人の事情なんて、他人には関係ない。無関係だから、手を差し伸べようとしない。
「助けて」のひと言だって、言ってもどうにもならないんだから、言わずに飲み込んでしまう。
どうしてそんな簡単なことがわからないんだろう?
本当のことなんて、知らないほうがいい。
だって。本当のことを知ってしまったら、今度こそ雨の中外に追い出されてしまうんだから。
……お姉さんに悪いとは思っていても、本当のことなんて言えなかった。
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