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チャーハンを出して、麦茶を出したら一区切り。梅雨の間は暑いのか寒いのかわからなくって未だに衣替えが進まないけれど、そろそろやかんにたっぷりと麦茶を炊いたほうがいいかもしれない。
麦茶の消費スピードの速さにそうぼんやりと思っていたところで、潤くんがガクンと首を曲げて眠ってしまった。あまりに不自然な眠り方にも、いい加減私は慣れてしまっていた。
むくりと起き上がったとき、さっきまで借りてきた猫のような仕草はなりを潜めて、快活なラブラドールレトリバーみたいな仕草の葵が起き上がった。
「うーん……」と大きく伸びをして、首や肩をくるくると回す仕草は、潤くんだったらまずしないものだ。
「早苗ー、おはようー」
「……おはよう」
「あれえ、普段新聞ないのに、どうしてこんなのあるのー?」
目ざとい葵は、潤くんが折りたたんだ新聞を広げて、不思議そうに小首を傾げる。なんだか面倒くさいことになりそうだなと、私は思いながらつぶやく。
「別に、読みたくなったから買っただけ」
「えー……早苗ってパソコンもスマホも持ってるじゃない。必要ないのかなって思ってたけど。株やってるわけでもないし」
本当に、葵はいちいち目ざといな……。思わずうんざりとしながら「なんとなくだよ、本当に」と私はごまかそうとするけれど。
葵は目を半眼にし、頬を膨らませる。これが本来の葵だったらムカついてしばらく口を聞きたくなくなるような顔だけれど、潤くんは顔が綺麗なせいで、そんな子供じみた仕草でもばっちり見られる。
「早苗ってば、この子に甘すぎるんじゃないの?」
「……ちょっと待ってよ。いったいどんな結論でそうなったの?」
「だってさあ。新しい服は買ってあげるしぃー、ご飯だって好き嫌い多いからって、無理して食べさせるんじゃなくって食べられそうなものを頑張ってつくるしぃー、普段全然新聞読まないのに新聞まで買い与えちゃうって……それ、甘いって思わずにどう取ればいいの?」
そう指を折りながら言い出す葵に、私は思わずこめかみを抑えてしまった。
葵と潤くんは同じ体を共有しているくせに、記憶は共有していない。互いのことをまったく知らないはずで、葵が指摘した話は全部潤くんが起きているときにしたことだ。服は自分も着ているからわかるとは思うけれど、どうして食べ物や新聞のことまでわかるんだろう。
面倒くさいことにならないうちに、なんか言ったほうがいいんだろうか。でも。どうして私は葵が面倒くさいこと言い出すって思っているんだろう。
自分でも違和感を持ちながら口を開こうとしたけれど、それより先に葵のほうが頬杖をついたまま、ぴしゃんと指摘した。
「俺がどうしてこの子に取りついているのかわかんないけどさあ。早苗は油断しすぎだよ。男は常にやましいこと考えてる。ましてや中学生男子なんてけだものと変わらないのに、油断してほいほい置いてるなんてさあ。どうしてこの子がひとつ屋根で早苗と一緒にいるのか、一度考えてみたほうがいいよ」
「……っ! それ、アンタが人のこと言えるわけないでしょ……!?」
「えー……」
「えーじゃなくってね……!」
「そこ、そこなんだよね。俺が早苗を見てて心配になるところは」
そう言いながら、潤くんだったらまず浮かべないような、妙に色気のある仕草で、私のほうにずいっと上半身を寄せてきたと思ったら、私の前髪をすいて、ぴんっと指で弾いてきた。痛い。
なにするの。そう口で言うよりも先に、葵は潤くんではまず浮かべないような蠱惑的な笑みを浮かべていた。
「早苗は楽なほうにすぐ流されるからね。だから俺も死ぬに死ねないんだからさ。今のほうが楽だから、現状維持をしているんでしょ?」
その言葉に、私はなんの反論もできなかった。朝に見た夢が、まんま現状を現わしていたことは自分でだってわかっていたんだから。
葵はにやりと笑うと「早く行こうよ、俺の死体探し」と立ち上がる。その言葉にはなんの悲壮感も感じられない。
言われた言葉に、私は思わず考え込んでしまっていた。
相変わらず雨が止む気配のない空の下、傘を広げて、ふたりで出かける。
……そうだ。私は葵のことも、潤くんのことも、全部投げっぱなしでまともに解決しようとしていない。
潤くんは訳ありだっていうのはわかっていても、彼が口を開いてくれない限り、私から聞くことができずにいた。……何故か。無理に聞き出してしまったら、私はあの子に対して責任を取らないといけなくなってしまうからだ。
葵についても同じだ。葵は自分の死体を見つけられたら成仏できるとは言っているけれど、あくまで自己申告なのだ。それでも、私はあいつのことに踏み込んでいない。潤くん以上に、私は葵に対して責任を取りたくない一心で、流されてばかりいる。
本当に、私は葵を心底嫌がっているくせに、やっていることは葵となにが違うんだろう。
自分勝手で、自分のこと以外可愛くない私。
……そこまで考えて、「あれ?」と私は思う。
私はいったい、いつ葵にそこまで「自分勝手で自分のこと以外どうでもいい」扱いを受けたんだろう?
そこまで考えたとき、心臓は一瞬早鐘を打つように、痛くなってきた。
「早苗?」
葵に言われて、私はどうにか呼吸を整える。葵に見つかりたくなかった。
「なんでもない」
そんなわけはないけれど、そう自分を必死にごまかした。
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