閑話 早苗の家計簿
結局コンビニでアイスを買って帰った。
カップアイスを濡れないように普段から持ち歩いているエコバックの奥に入れて、エコバックはジッパーを閉じて持って帰ったのだ。
アパートの先輩たちの部屋からは灯りが漏れていない。やった、今日は泊まりだ。そう確信してから急いで家に入る。
「というか、俺の死体を探してたのに、何で早苗はエコバックなんて持ち歩いていたの?」
エコバックを出して、コンビニの店員さんに「すいません。この袋の中にお願いします」と私が言ったとき、コンビニの店員さん共々、葵は変な顔をして見ていた。
家に帰ってからわざわざ言わなくてもいいのに。
私は半眼で葵を見ながら、玄関で服に付いた滴をパタパタと叩いて落とす。
「うるさい。性分なのよ。ほっといて」
「ふーん。早苗、高校時代にそんなエコ主義だったとは思わなかったけどなあ……」
「うるさいな、いいでしょう。たかがエコバック持ち歩いているくらいで」
家に入ると、エコバックからアイスを取り出して、冷凍庫に入れる。
「葵、あんたまたグショグショじゃない。さっさと風呂にでも入ってきなさい。床が濡れる」
「えー、アイスはー?」
「着替えたら出すから。いいからさっさと着替えなさい」
「……はあい」
葵は渋々と言った様子で、玄関で靴を脱ぎ散らすと洗面所に引っ込んでいった。
私は葵が洗面所に引っ込んでいったのを見計らってから、エコバックからレシートを取り出す。
「あぁあ。出費しちゃったなあ。今月、赤字だってわかってるのに」
レシートをぴらぴらさせながら、棚から家計簿を取る。
【アイス2つ:210円】
きちんと書いておく。
ちゃんと書けたのを確認してから(スペルは間違ってないわよね……まあ読むのなんて私位だしさ)、棚に片付ける。
「ん?」
私は棚に立てかけていたノート類の順番が違う気がした。
いつも順番変えてないのになあ。葵か潤君が何か探してたのかしら? 私はぱらぱらとノートをめくり直す。
気のせいか、心臓の音が大きく聴こえる。
落ち着け、落ち着け落ち着け落ち着け……大丈夫、さっき薬飲んだ所だから……。大丈夫、あれは勉強してないと読めないから。大丈夫、大丈夫だから……。
心臓の音が聴こえ、身体が急激に冷えていくような気がした。
私はノートをぱらぱらめくり終えた後、黙ってノートを全て順番通りに片付け直した。
私はしゃがみ込みそうになるのを堪えながら、棚に置いてある手動シュレッダーを取る。
シュレッダーにレシートを突っ込むと、それを一気に回した。レシートはあっと言う間に、細かく千切りになった。私はシュレッダーのケースを取ると、そのまま台所のゴミ箱に捨てる。その上に水をかける。
大丈夫、大丈夫、大丈夫だから……、
私はまた台所でピルケースを漁ると、薬を一錠飲み下した。
「早苗―。出たよー」
間延びした声が洗面所から聴こえ、私ははっとなった。
大丈夫、もう変じゃない。変じゃないから。
私はできるだけポーカーフェイスを保った。
「ちゃんと着替えた?」
「着替えたってば」
私はピルケースを黙って食器棚に突っ込むのと、葵がひょっこりと台所に顔を出したのはほぼ同時だった。
葵の頭は水が滴っていた。
「ちょっとあんた、頭全然乾いてないじゃない」
「だって……面倒くさいんだもん」
「ちょっと貸しなさい」
私は葵が首にかけていたタオルを取り上げ、葵の頭をわしわしと拭き始めた。まるで犬や猫を拭いているような感じだ。
気のせいか、心臓の音が落ち着いてきたような気がした。
薬が効いてくれたのかな。そうであってほしいと祈った。
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