閑話 その頃の潤

 目が覚めたら、全く知らない場所にいた。

 埃ひとつないような病院みたいな部屋で倒れていたら、その部屋の家主らしいお姉さんにやたらと世話された。……というか、服を着替えさせるまでするなんて、世話好きの度を過ぎている気がする。俺はその人曰く、ここの前で倒れていたらしいけど。

 ……覚えてないや。いつからだろう?

 お姉さんは俺の服を見て、何故か服を買ってくると言った。


「……いや、別にいらない」


 断ったけれど、お姉さんは頑固だった。


「何言ってるのよ。君着の身着のままで倒れてたのに、こんなむしむしする中同じ服だけ着せておく訳にはいかないでしょ。不衛生よ」


 そりゃそうなんだけど……。お姉さんは俺に朝ご飯を出して家事をひと通り終えると、「ちょっと出かけてくるから。待ってて。あっ、外出ちゃ駄目だからね? テレビは好きに見てくれていいから」と言って出かけて行った。

 ……俺は誘拐されたのか? 一瞬だけそう思ったけど、そりゃ無理だとも思い直した。俺を誘拐しても、何のメリットもない。そもそもこんな無防備に俺を放置しておく訳ない。普通は監視か何かつけるだろうし。

 ならあの人、何で俺をここに置いておいてくれるんだろう。いくら考えても、俺をここに置いておくメリットなんて、やっぱりないと思う。身代金なんて払えないし、臓器移植するにしても、それなら俺ひとりじゃなくってもっと連れてこないと金にならないだろうし。

 とりあえずお姉さんが言ってくれたテレビをとりあえず見てみようと思って、部屋に視線を彷徨わせる。テレビは壁際に置いてあった。

 大きいテレビ。液晶テレビだっけ?

 テレビなんて学校にある奴しか見たことがない。昔はうちにもテレビがあったらしいけれど、今はテレビなんてない。

 俺はそうマジマジとテレビを見つつ、チャンネルを探す。

 あの人几帳面なのかな。棚にリモコンばっかり立てかけているケースが置いてあって、テレビ以外にもエアコンやCDプレイヤーのリモコンもそこに入れてあった。

 テレビの電源を入れて、チャンネルをガチャガチャと動かしてみる。


『あの人気アイドルの妹分! She through の登場です!』

『昨日午後4時30分頃に発生した、大阪府阿倍野区アパートの大規模の火災の続報ですが……』

『この子とっても可愛いんです! すごく気まぐれさんで、買っても遊んでくれないおもちゃとかありますけど、甘えてミャーミャー鳴く仕草が可愛くって……』

『やっぱり天ぷらってカロリーがちょっと気になりますよね? そんな時には、アレを使うととっても……』


 チャンネルをひと通り変えてみて、黙ってチャンネルを消して、電源もオフにした。そのままチャンネルを元のチャンネル立てに立てかける。

 何も見るものがないや。

 映像が俺の知っているテレビよりも細かすぎて、女の化粧がけばく見えてうんざりした。少し映ったアイドルは、前にクラスメイトが雑誌を見せてくれた時には可愛く思えたのに、デジタルで綺麗な画面で見たら大量に塗りたくっているのがわかったので、少しだけうんざりした。

 どうしよう……。俺はテレビの音の消えた部屋でぼんやりと天井を見る。

 何をする訳でもなく、テーブルの上を見ると、端の方にノートパソコンが置いてあるのが目に留まった。学校で使ったことのあるパソコンより薄っぺらいけど、最近の電化製品って皆薄っぺらいものなのか? パソコンなんて使えれば皆一緒と思っていたけれど、知っているものと大分形が違うのを見たら、そうじゃないのかもしれないとも思えてくる。

 俺はそれをそろっと開けてみる。最初は無理に開けようとしてもうんともすんともしなかったけれど、手前にあるボタンみたいなものを押しながらだと、するりと開けることができた。

 電源ってどれだろう……。見てみると、端の方に時計のマークが入っているのが見つかった。多分ここだろう。そう思って電源を押してみる。

 パソコンはすぐに立ち上がった。学校のパソコンよりも早い。最新家電ってすごいんだなあと、当たり前のことを思う。

 でもすぐに問題が出た。


【user】

【password】


 すぐにユーザー名とパスワード名を求められたのだ。

 ……知らないよ。そんなもの。試しに無視してエンターを押してみるが、【ユーザー名もしくはパスワードが違います】とすぐに撥ねられた。

 確かあの人は自分のことを「すずくれ」って言っていたよな。とりあえずユーザー名に【suzukure】と打ち込んでみる。そしてパスワード未入力でエンターを押してみる。


【パスワードが違います】


 よし。じゃあ後はパスワードだ。

 とりあえず目に入ったものを片っ端から入力してみた。

 違う。違う。違う。違う。違う……。

 駄目だ。やっぱりあの人に直接聞かないと駄目か?

 そう思い、試しにその辺りにあったノートを一冊手に取ってみた。


「何これ……」


【doctor feodo:1200】

【lac:210】

【salis:790】


 何が書いてあるのか分からないノートが見つかった。英語……にしては、学校で習ったことのない単語ばかりだし、何となくスペルの並びが英語じゃない気がする。

 何語か分からない言葉の隣には、数字が書いてあり、ノートの下にはそれの合計らしい大きい数字が書いてある。これって家計簿、とか……?

 でも何でこんな言葉で書いてるんだろう。

 何というか。


「随分細かい人だな、あの人……」


 俺はノートを元の場所に立てかけてから、俺を置いてくれているあの人の事を少し考える。

 何であの人が助けてくれたのかは、正直さっぱり分からない。

 ただ、置いてくれるのをちっとも迷惑がってないのが、少しありがたかった。

 ……いつまで、ここに置いてくれるのかな。

 そう自分に問いかけてみても、自分でその答えが出てくるなんてことはなかった。

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