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朝ご飯を食べたあと、私は洗濯機を回したり掃除機を手早くかけて、すぐにアパートの近くの量販店へと向かう。不安だったけれど、潤君を外に出す訳にもいかないから「誰か来ても居留守使っていいから」と言って置いて行くことにした。
出た途端に小休止していた雨がまた降りはじめたけれど、仕方がない。ずっと私のジャージを着せる訳にも行かないし、だからといって私の持っている服を着せるのはちょっと問題あるだろうし。持ってるTシャツは小さめだからな。さすがに体操服と違って肩幅が違い過ぎるし。
傘を広げて歩くけど、人はほとんどすれ違わず、車が通り過ぎるばかりだ。まあ流石にこの時間はサラリーマンは働きに出ている頃だし、中高生も今頃は授業中だろう。この時間を歩き回っているのは大学生かフリーター、主婦くらいだろうし。
しばらく歩くとすぐに量販店が見えてきた。セール日だったら人がごった返しているここも、平日の今日は流石に人気が少ない。せいぜい大学生らしいカップルがいちゃいちゃしながら彼氏の服を合わせているのが目の端に映るくらい。今日が休みで本当によかった。人が少ない方が、私も何かと都合がいいし。
「ねえ~、これ私に似合う? この店で実験販売してるワンピだって」
「うん、似合うんじゃない?」
「さっきからそればっかじゃん~」
目の端で服を見繕うふたりを見ながら、私は傘を閉じてカゴを手に提げると、急いで棚の間に身体を滑り込ませた。
自分の服は好きな物を悩んで一着買うけれど、正直男物の服なんて自分で見繕った覚えがない。葵とは服屋に入った覚えがないし、葵と潤君だとそもそも似合う服も全然違うし。
私は仕方なく、ゴムで履けるけどそこそこ見栄えのいいハーフパンツに、あの子の細っこい身体をカバーできる程度に大きめのTシャツを選ぶ。黒以外も似合う気がするけど、さすがに自分の趣味で選ぶ訳にもいかないし……。替えとして、それぞれ二枚ずつカゴに放り込む。
しかし困ったなあ。私は男物の下着コーナーに入って思う。
あの子年齢まで聞いてないけど、中学生よね? 学校とかどうしてるんだろう……。親御さんはあの子探してないのかしら?
あの子は朝ご飯……まあトーストと付け合わせにハムエッグとか手抜きもいいところのなんだけど……を食べる時も、私を胡散臭げに見てあんまり手を付けてなかったみたいだし。
まあ普通に考えたら誘拐みたいなものだもんねえ……。いや、誘拐したのは葵で、私は共犯者みたいなもんか。……死んでいる奴に全部押し付けてもしょうがないか。生きているのは私だから、誘拐したのは私か? そんな馬鹿な。
でもなあ……。もし家出だったらどうしよう。家出の子供を匿ったとこかも誘拐にカウントされるのかしら。あの子も何も言ってくれないもんなあ。
そう考えつつ、ポイポイとボクサーパンツを放り込む。さすがに下着なんて私の女物なんて貸せないし、だからと言って同じ下着でずっといるなんて、いくら何でも不衛生だしなあ。ブリーフがいいとかトランクスがいいとかなんて分からないから適当に選んだけれど、これでいいのかしら……。
私は相変わらずいちゃいちゃしているカップルをちらりと見る。
こっちに気付いてないよなあ? ふたりが棚を整理している店員の目をはばからず引っ付いたり腕を組んでいるのを見つつ、ふたりの見ている鏡に自分が見えないか確認する。
女の子の方、うちの学校の子だ。
私はこそこそと悟られないように男物の下着コーナーを出て、女物の下着コーナーに滑り込み、自分のもので何かないかと見る。レギンスは間に合ってるし、靴下も……。パンツなんて今は特に買い換える必要なんかないし、そんなのは実家で買い換えるもんなあ……。
学校の子に見つからないよう物色していたら、ワゴンセールのキャミソールを見つけた。そこから無難な色と柄の物を選ぶと、カモフラージュとしてカゴの中身を隠すように覆った。
「これいいよ、絶対これがいい」
「でも俺普段もっと太めの履くし」
「いいじゃん。細いのも十分いけるって。絶対格好いいよ」
「えー? そう?」
「履くのはタダなんだから履けばいいじゃん」
ふたりがいちゃいちゃとズボンの試着に出かけたのを見計らって、小走りでレジに向かった。カゴをカウンターに置くと、小脇に挟んでいたエコバックを広げる。
「すみません。袋はこのエコバックに入れますから。どうせすぐ着るんで、ラベルとか全部取ってもらっていいですか?」
私はレジで、我ながら面倒くさいことを言う。
店員さんは一瞬だけ渋い顔をしつつも、「かしこまりました」と言ってバーコードを通した後、ラベルをハサミで切り取りはじめた。
私はその手元を見ながらこれからのことについて考え込んでいた。
後で銀行の預金も見てこないと。家賃以外の大きいお金はそんなに使ってないからそこそこ余裕はあるけど、今日の臨時出費は痛い。まあどうしようもなくなったら、実家に仕送り頼めばいいのかなあ。……どう言い訳してお金を送ってもらえばいいんだろう。ゼミ代も教科書代も自分で支払う約束だったしなあ。
ああそうだ。あの子のお昼どうしよう。冷蔵庫にもあんまり物入ってないから、何か買い足さないと。あの子全然食べてないみたいだったから、何か考えないと駄目だよねえ……。
流れとは言え、ふたり暮らしって結構お金かかるなあ……。
そうあれこれと取り留めもないを、店員さんが「お会計ですが……」と告げるまで考え続けていた。
本当に、面倒くさい。
私は人知れず、そっと溜息をついた。
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