2話
1
ふわぁー、とあくびを噛み閉める。
「何その隈。すごくない?」
杏先輩がそう言って笑う。私は何とかまぶたが蓋をしそうになるのをこらえながら、パソコンに向かう。最近は単位目当ての授業でのみ寝ているから、寝不足なことこの上ない。
夜はずっと死体を探して、昼間は学校に行って授業を受けて、課題があるときは図書館やパソコンルームでひたすらレポートを打って、夕方はこうして大学の学生課でパソコンにデータ入力のバイトをしている。
いつ寝ればいいんだ、本当に。
進展らしい進展はないから、せめてもの抵抗で、人の不審な死亡事件がニュースで流れないかなと毎日毎日携帯ニュースでチェックしているけれど、目ぼしい事件はなく。
相変わらず葵はどこで死んだとか、どうして死んだのかは言ってくれない。
私は眠たくなるのを、ポーチからメンソール入りのリップを取り出してまぶたに塗り付けて、どうにかこらえる。少しだけすっとするから、そのおかげで何とかまぶたが落ちてきそうなのを耐えることができた。
だんだんモニターに映る表計算表が、ミミズの阿波踊りに見えてきた。
やばいやばい。
ここのバイトは楽だから競争率高い上に、もし四年間ずっと続けたらそのままここ学生課の事務員として就職にまで結び付くことができるから、ここをクビになるのは困る。
私が眠たそうに眼を深くこすったり開けたりするのを見て、隣の杏先輩はにやにやと笑う。
「何、男でもできて寝かせてくれないとか?」
にやにやしながら言う。
どうして女子が昼間眠たそうにしていたら、そういう方向に話を持っていきたがるんだろう、と私は思わず半眼になってしまう。
確かに今家にいることにはいるけど、相手は中学生だし、中身は中学生と元カレだから、ありえない。
「うち学校管理のアパートっすよ」
本当のことなんて言える訳もないから、もっともな返しをしておく。女子大は問題を起こしたら、OGがいろいろとうるさいらしい。
杏先輩は「ふーん」とだけ面白くなさそうに言ったあと、ポーチからコンシーラーを取り出した。
「まああんた、マジ隈やばいから。貸したげるから、帰りに目の下塗ってきな。つうか、あんたは自分でコンシーラー買いなさい」
「いや、今そんな金ないっす」
「倹約家め。マジでお金使わないよね、あんたも」
杏先輩に大げさに肩をすくめられ、私は肩をすくめ返す以外に答えることはできなかった。
まさか中学生の服と食費がかさんで今月は赤字なんですー、貯金を切り崩して何とかやりくりしているんですー。なんて言える訳もなく、杏先輩のおばさん臭い言葉に笑うことしかできなかった。
表計算にカチカチと打ち込むのは、学生の出席日数。
学生バイトはそれぞれ違う学年の名簿を渡され、出席分の日数を打ち込む。どうも他の大学ではあまり出席日数を参考にしないらしいが、うちだと出席日数が足りない場合はそもそも試験すら受けさせてもらえない。
だから日数を打ち込みながら「ああ、この授業足りない」とか「ああ、もうこの人休むんだろうな」とか思いながら、日数を打ち込む。
違う学年を任せられるのは、知人の打たされたら私達が知人に出席日数ばらされないようにする配慮らしい。そんなことしないのに。
私は出席日数を計算しつつ思う。
私あと何日休めるかな。何日か休めば、睡眠時間取れて、死体探せるとは思うんだけど。
葵が来てから、色んな意味でまともに眠れてないから。
そう思いつつも、手だけは機械的に数字を打ち込んでいた。
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