1章-1 転移
目が覚める。なにか頭がフラフラするな...。ここはどこだ。薄暗いな。よく目を凝らすと周りは薄い霧に包まれ、草や木に囲まれている。上を見上げると木の葉の向こうに青空がうっすらとながら広がっているのが見える。おそらくここは森の中であろう。
さて状況を整理しよう。確かオレは死んだらしく、その後デューンとかいう自称神様に異世界でゲームに参加しろと言われ、そこで意識をなくした。
はっと思い体を見ると死ぬ前に着用していたTシャツとジーンズをはいている。裸ではなくて安心した。地面に直接寝かせられていたみたいだが、暑くも寒くもない。よかった、ここが雪の積もる地方とかだと凍死していただろう。
「…目を覚ましたわね」
なにやら聞き覚えのある声がし、そちらを振り向くと、黒猫がいる。
非常にかわいい見た目をしている。いや、どっちかっていうと美人…美猫? 短めながら光を綺麗に反射する黒い毛はきちんと管理されているのであろう、とても滑らかそうだ。体長は50cmほどか。綺麗な黄色と青のオッドアイが印象的だ。
まじまじと観察したところで、意識が飛ぶ前の会話を思い出し...。
「あ! え、と…そう! ペルナさん!」
そうだ、あの時聞いた女性の声が、今発言したこの黒猫と同じ声だ! しかし、人間ではなくても人の形をしているものだと思ったのだが…。
「そう、ご名答。ご機嫌はいかがかしら、皆杜秀清くん」
「あえ、いや特になんともなさそうです」
「そう、よかったわ。…はぁ。本来私は観戦側だからこんな会話もなかったのでしょうけれど…」
そういうペルナさんは、あまり表に出さないようにしつつも怒っているようであった。
まあ、オレの気まぐれで観客席から叩き落されたようなようなものだから怒るのも仕方がない…のか?
ひたすらに平謝りをするとさして気にしていないと言ってくれた。いわく、あのような気まぐれはデューン様なら日常茶飯事だとか。毎度振り回されるが今回は特にひどい、とひとりごちていてどうやら怒りの矛先はオレではなくデューン様に向いているらしい。ところで。
「さっき、観戦っていいましたね。オレたちはなにかと戦うということですか?」
「あら、するどいのね。私も過去のゲームを2回しか観戦してないけれど、どちらも『イベント』は戦うことだったわ。一方は強大な敵との共闘、もう一方は規定人数に減るまでのデスマッチ。ゲーム毎のイベントをそうするのかは運営しか知らないの、だから申し訳ないけど今回のことは私も、デューン様ですら知らないわ」
ペルナさんの言葉を聞いた後、ふと「こういった事を教えてくれるのはオレにとって他のプレイヤーより有利なのではないか」と思って尋ねてみると。
「ああ…。いや、多分ほかの参加者もこの程度の情報なら得ているわ。単純に…あの方が説明をしなかっただけ…」
ええ…。今更ながらオレはいわゆるハズレ神様を引いたのではないか。これまでの言動からして、そうだと確信してもよさそうだ。
「いくらなんでもちょっと適当すぎませんか…ペルナさんいなかったらオレなにもわからなかったですよ…。そういえば、ここはどこなんでしょうか」
「…そうそう、しっかり現状を知るべきよね。私もここがどこなのかわからないけれど、とてもマナの濃い森の中ですし、きっと野生の動物や魔物がいるはずよ。今は結界魔法を張って見えなくしているから大丈夫だけれど」
そう言われたところで気づく。そういえばここは魔法のある世界だ。
「そうだ、ここは地球じゃないんだ。あの、この世界…リューオ? について教えてください。できれば地球との違いを」
「…そういえばあの方はそれすらも説明してなかったわ。いいわ、教えてあげる。と言っても、私もあまりこの世界に詳しくないの。ええとね…」
この魔法の存在する世界リューオは、生物も文化も、科学の発展した地球と違う進化を遂げてきた。
今は冷戦状態となっているが、過去に人間と魔人という2大勢力が戦争をしたらしい。人間と魔人は同じ先祖の種族だが、地域のマナ濃度の差で進化の方向を変えていった。マナとは魔法を使うときの力の根源となる要素で、魔人とはマナ濃度の高い環境で進化した人の総称であるとのこと。他にも獣人や魚人、妖精といった異人種もいるとか。
残念ながらリューオに関しての細かい歴史や地理、文明レベルといった実用的な情報をペルナさんもほとんどもっていないらしい。
いや、ついてきてくれただけで感謝ですよ、ほんと。
「…なるほどとりあえずはわかりました。で、オレはこの世界でなにをすれば良いのですか?」
「とりあえず、イベントまで自由にすごせばいいわ。自分を鍛えるもよし、のんびり暮らすもよし」
のんびり暮らすにしても、この世界のお金を持っていないのでそれも難しいと思うが。
「イベントまでの期日ってわからないんですか」
「よくぞ聞いてくれました。そこで役に立つのがこれよ」
よく見ると、ペルナさんは小さな肩掛けバッグを所持している。小さなと言っても彼女には大きいので、オレが持つことになりそうだが。
ごそごそと中から一つの腕時計を取り出す。見慣れた24時間表記のデジタル式で、「14:21:08」と書かれた時刻のほかに「1504:21:38:52」と書かれた数字が存在する。後者の数字は、カウントダウンしている。
「これは参加者全員に配られているアイテムだから差し上げるわ。まあ、普通は説明を受けてから渡されるものですけれど」
「デューン様はそれをしなかったと」
彼のことだ。それだけで納得してしまう自分がすでにいた。
「この画面に表示されているのが、現在の時刻。そして、ここに表記されているのがイベントまでの残り時間。1504というのは日数ね」
ペルナさんは地球の数字を読めるのか。そう尋ねたら、彼女は地球のほとんどの言語をマスターしているらしい。今話しているのもれっきとした日本語である。その脳をくれ。
「なるほど。ところで、これ狂ってません? なんか1秒が長いんですけれど」
「それはあくまで地球人になじみある表記をしているだけよ。この世界をむりやり24時間にしてるだけ」
納得がいった。たしかに時間をパッと見でわかるのは助かる。どうやらイベントというのは正午に行われるようだ。内容がまだわからないが、1500日の猶予があれば準備も問題なくできるだろう。というよりむしろ長すぎる。
「それで、これからどうする? 1500日をこの森で過ごす?」
そう尋ねるペルナさんはどこかいじわるそうに笑っていた。いや、いくら会話相手がいるからといえそれは精神的に参ってしまいそうだ。
「…いえ、人里を探しましょう。それまでの食料も探さないといけませんし」
まだ平気だがいずれ腹も減るし、のども乾く。そして食料を探すにも日が暮れてしまうとアウトだ。なのですぐ出発するかと思い立ち上がったところでペルナさんに制される。
「出発前に最後の確認をしましょう。私たちの戦闘能力のことよ」
異世界英雄譚~仲間に恵まれ大奮闘~ バニアス @baniase
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